カラン、と銃が地面に音を立てて、手から滑り落ちた。
「―――私は」
今にも泣きだしそうな顔を堪えるように、マリーは肩を震わせながら口を開いた。
「私は、許されない大罪を、どうにか正当化して、剰えそれを続けました。
そんな私でも、生きていても、いいんですか――?」
その言葉に、先生は静かに頷いた。
「大丈夫だよ、マリー。
その責任と罪の全部を背負うことは出来ないかもしれないけど...それでも、一緒に背負っていくことはできるから。」
そう言いながら、先生はそっとマリーを抱きしめた。
胸が、少し湿る感覚がした。
暫くの間、胸の中から呻く声が聞こえた。
「シスターマリー。」
後ろから、サクラコが声をかけてきた。
振り返る間もなく、彼女はマリーの元に近づいた。
「帰りましょう、私達の居るべき場所に。」
「...私が、帰ってもいいんですか―――?」
そう言いながら泣き腫らした顔を上げるマリーに、柔らかい笑顔でサクラコは応えた。
「勿論です。彼の者の教えは、我々皆に平等に与えられるものですから。
人を救うのも裁くのも、神の為すことです。だからこそ―――祈れば、貴女の神はお赦しになるでしょう。」
その言葉に応じるように、マリーは顔を離して肯いた。
「私は」
また傍から、今度はミネの声が突き刺してきた。
「マリーさん、私は貴女を許しません。」
その言葉に、マリーは一瞬身を震わせ俯いた。
「ミネさん」
「ですが」
サクラコの諫める声を遮るように、ミネは続けた。
「私は、貴女もまた救護すべき人だと考えています。
人に人を救うことは出来ないのかもしれませんが――病を治すことは出来ます。
だからこそ、私は貴女にその病から逃げることを許しません。
一緒に向き合い、治していきましょう。」
その言葉に、マリーは再度力強く頷いた。
気づけば、空は既に朱く染まっていた。
もう、帰る時間だった。
その後は、色々なことがあった。
マリーから諸々の事情を聴いた。
路地裏に現れた蝶やそこでの対話、棺や銃を通して駆り立ててくる声...それらはこの世のものとは思えない話だったが、同時にそれによって辻褄が合う部分もあった為に、それで納得することにした。
結局その後、路地裏の蝶の噂はパタリと止んだ。マリーは、その者の棺を意志と共に受け継いだからだと言っていた。
棺や銃は、未だに彼女の付きまとっている。幸いにして、声は今は聴こえなくなったらしいが...また同じことが起きないとも限らず、解決策を模索している最中だ。
また、マリーは結局、お縄になることはなかった。サクラコも先生自身も尽力したが、手にかけたのが元より死にたがっていた、他人との関わりの希薄な者ばかりで、ことブラックマーケットという特殊な環境において、あのような失踪事件は掃いて捨てるほどあった所為もあろう。
ただ、マリー自身がまだ罪を消化しきれてないことも相まって、流石に表立っての復帰はまだ難しいようだ。
今は、細々と亡くなった方々に祈りを捧げ続けている。そうすることが、今の彼女にとっても一番いいのだろう。
また、それと並行して、ミネによる精神治療も緩慢だが進められている。
曰く、人を殺めたという重圧はそう簡単に拭うことは出来ないという。特に事の発端となった懺悔室には、近づくどころか言葉を聞くことさえ億劫なのだとか。
「っていうことがあったんだよ。」
「くっくっく...何故それを私に?」
そう言いながら、黒服はビールを追加で一杯注文した。
先生はといえば、焼き鳥を串から外そうと悪戦苦闘していた。
「いやあ、お前に色々聞きたいことがあってさあ。」
「...およそその蝶のことだと推察できますが。」
「そのとーり!」
結局串から外すのを諦めながら、先生は大きく肯定した。
「くっくっく、とりあえず聞く相手は私で合ってるんですか?」
「だって知ってそうな顔してるし。」
「くっくっく、そうですねえ...。」
グラスを少し回しながら、黒服は語り始めた。
「恐らくですが、その蝶は"幻想体"でしょうね。」
「げんそうたい?何よそれ。」
「まあ焦らずに、順を追って話しましょうか。」
そう言いながら一気にグラスを空けながら、黒服は続けた。
「昔、私はここではない別の場所で研究をしていました。」
「今から身の上話ぃ?」
「だから焦らずに...。
とにかく、私は元はここの人間では無かったんですね。ああ、転々としているからと言って目的が変わっている訳では...いえ、今はこの話はやめておきましょうか。
私がその場所にいたとき、ある研究者と出会いました。アインと呼びましたね。...顔が少し変?くっくっく、旧い友人の名前を呼ぶと懐かしさからかこうなるんですよ。
彼が言うことには、この世界の底には大きな"川"が流れているらしいです。それは人類の根底を流れる川でもあると言っていましたが...まあ、私は特段興味の湧かないことでしたから、軽く流しましたがね。
その川から特定の方法、或いは道具を使って水を汲み上げると、ある形を以て現れるといいます。」
「それが...幻想体?」
「ええ。彼らは人類にある様々な感情やある出来事に対する恐怖、古くから語られる物語など、川の中に堆積する様々な要素を抽出して具現化したものです。
ここからは私の推察になりますが...思うに、死に対する想念が何らかの理由で高まったせいで、その蝶が生まれたのではないかと考えますね。」
「ええ...そんなこと有り得るの?」
「元より此処は受けたテクストが直に反映され易い場所ですから、もし川がここにも流れ着いているとすれば、そうしたことは十分あり得るかと。」
そういうものかと思いながら、先生は漸く鳥を食べ切った。
「私としてはその棺の方が興味深いですね。」
「ああ、それも聞きたかったんだけど...もしかして分からない?」
少し煽ってみるような口調の言葉に、それなりに呑んでいたせいか、黒服はいとも容易く乗った。
「いえ、おおよその検討は付きますね。恐らくはE.G.Oギフトでしょう。」
「えご...何て?」
「E.G.Oギフトは、文字通り、幻想体の自我の欠片です。
幻想体に対する適切な行為──その蝶の場合はおそらく対話──によって稀に貰うことがあると聞いたことがあります。」
「それって貰うとどうなるの?」
「凡その場合は、身体能力の向上や、使いこなせれば自由に幻想体の力も引き出せるようになります。が――適性が無かったり精神が摩耗していると、却って自我に侵食されてしまいます。」
「じゃあ、マリーがああなってたのは...」
「聞いたところ、ヘイローも消えていたようですし、侵食されたのでしょうね。そのまま放置していれば、帰ってこれなかったでしょうね。」
そこまで聞いて、先生は漸く納得のような何かを得た。
矢張りあれはマリーの本心ではなく、蝶の言葉だったのだろう。
「しかし、神秘に影響する侵食...非常に興味深いですね。」
「生徒を使っての研究はダメだからね?」
「...。」
「何で黙ってるのさ。」
「くっくっく、冗談ですよ痛い痛い痛い」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるでしょーが!」
「ギブ、ギブです先生――。」
「それよりも、先生。」
少し落ち着いて、再び黒服が口を開いた。
「何よ。」
「何よ、じゃありません。また身を危険に晒しましたね?」
その言葉に少しビクッとしたのを、黒服は見逃さなかった。
「...したんですね?」
「シテナイヨ?」
「したんですね?」
「...しました。」
それを聞くと、黒服は分かり易く溜息をついた。
「前々からずっと言っていますが、あなたには死なれてしまっては困るんですよ。あなたの愛する生徒も悲しんでしまいますよ?」
「だって、あの時はああするしか無いかなって...。」
「もう少し自分の身を案じてほしいものですよ、全く。」
また分かり易い溜息とともに、暫くの間無言が流れた。
「そういえばさ。」
「今度は何でしょう。」
「いや...神って実際いるのかなって。」
「名もなき神ならいたでしょうが...そういうことではないでしょうね。」
「まあ、所謂救世主の方だね。神とか死後の世界とか、それを理由に人生を諦めるのは否定したいけれども―――実際どうなんだろうね。」
「信じることだと思いますよ。
神は人の内に宿るとも言いますし、そういったものはいると信じたほうが救われるものです。無論例外はあるでしょうが。」
「信じる、かあ...。」
そうぼやきながら、何となく外を見遣った。
暗い闇の中に、白い蝶が一匹翔んでいた。
その姿を見て、何となく祈ってみようかという気分になった。
あの蝶が、真に自分の往きたい方向に飛び立てることを。
ご拝読ありがとうございました。これにて「往きし者に蝶を、遺りし者に祈りを」は一先ず完結です。
感想やお気に入り、評価などしてくれると作者がとても喜びます。
それと、リクエストも募集しているので、感想などに書いてくだされば書こうと思います。
裏話的な雑多な感想も書いたので、興味があればそちらもどうぞ。
↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=319693&uid=447779
プロムン関係無い純粋なブルアカ創作をここに載せてもいいか
-
ええよ
-
あかんで