アイドルマリーで盛り上がっている最中にこんなものを書くなと言われればその通りです。
それと死んだ蝶の葬儀に対する独自解釈が多分に含まれるのでご了承をば。
蝶は翔び立つだろう
最近、ある噂が流れている。
ブラックマーケットのとある路地裏に、さ迷い込むように人が入っていく。
その人を追いかけてみると、路地の真ん中で倒れている。
そして、その人...否、人だったモノに温度は無い。
在るのはただ、周りで羽ばたく蝶だけ。
なんてことは無い、ただの噂話。
だが、吹けば飛ぶような噺も、積もれば立派な怪談だ。それがどう発展しても、良い方向に向かうことは無いだろう。
そしてまた、火のないところに立つ煙も無い。煙に紛れて悪事を働く輩の存在も、発生した環境を鑑みれば否定することも難い。
それ故に。
「シスターマリー、貴女にこの調査をお願い出来ますか。」
彼女、伊落マリーが頼られるのも、また当然のことだったのかもしれない。
無論、何の考えも理由もなしに、シスターフッドが対応する訳では無い。
ここ最近ーー時期で言えば、ちょうど例の怪談が流れ始めた時だっただろうか。
"『死』とは何か"
その疑問をシスターフッドに持ちかける者が、後を絶えなくなった。それも、憔悴極まった顔で、だ。
そもそもこの世界でそれを気にする人間が稀であり、それが連日、異様な様相で来るとなれば何らかの異変を感じない方が無理だろう。
加えて、あるシスターが、何故そんなことを聞くのかと尋ねたらしい。
『蝶、蝶が。』
『蝶達が、彼岸に、安息をもたらすって、お、大きな、蝶が...。』
『シスターなら、い、祈って、安息を...蝶じゃ無くて...』
要領を得ない返答であり、了いには蒼白になって倒れてしまったらしい。だが、蝶という妙な符号が、また例の噂を連想させた。
勿論、ただの怪談噺に公的な調査は出来ず、人員も割けない。
しかし、祈りと安息をもたらす者として、この話題はまた、無視出来ないものでもあった。
「わ、分かりました...精一杯、頑張ります!」
マリーは元気に返事をしてくれた。
シスターフッドの中でも力もあり、何よりも誰かの為に心から祷れる彼女なら、この仕事もこなしてくれるだろう。
ただ、何となく何かが起こりそうな気はしたが。
歌住サクラコは、結局その予感を、なんでもないものとして無視した。
意味を持たない騒音。規則性も、或いは規則がそもそもない露店。怪しげな大人と何処のものでも無い制服を身に纏う生徒たち。
これがブラックマーケットなのかと、伊落マリーは却って感心してしまった。
聖職者たる彼女がこの様な似つかわしく無い場所に立っているのは理由がある。
『路地裏の蝶』
彼女が此度立ち向かう怪事には、そんな名前がついている。勿論公式的なものではなく、あくまで人々の間でそう囁かれているだけだ。
ブラックマーケットのとある裏路地には、死に場所があると言う。
そこにさ迷い込むと、1人(1匹では無く、聞いた話では推し並べてこの表現だった)の蝶がいるという。
死にたがっている者その蝶に出会うと、導かれるように冷たくなり、その周りには沢山の蝶が留まっている。
これだけではただの怪談の域を出ないし、シスターフッドが対応するはずもない。
彼女らがこの件に関与する理由は、同じ時期に『死』について尋ねる、或いは悔悟する者が大勢現れたからだ。
斯く言うマリーも、その質問を受けたことがある。
『人は、人は死んだらどこに行くんだ?』
『その行先は、本当に安息なのか?』
『シスター...あんたなら、知ってるんだろ...?』
あの切羽詰まった顔は、今も脳に焼き付いている。
そのせいだろうか、此度の件はサクラコに割り振られたものではあるが、それがなくても自ら志願していただろう、マリーにはその確信があった。
件の路地は、思いの外すぐに見つかった。
一見すれば、ただの路地裏にしか見えない。だが、多くの人間がそこを避けるように歩き、却って目立っていた。
「そこ、気になるの?」
どうやって入ろうか思案していると、後ろから突然声をかけられた。
振り返ると、トリニティの制服を着た二人組の生徒がいた。
「もしかして、君もあの噂を聞いて来たの?」
「えっと...ま、まあ、そうですね....。」
「曖昧だなあ...でも、あそこは止めといたほうがいいよ?」
一人が意地悪そうな笑みを浮かべながら続けた。
「あそこ、"ホンモノ"だよ。」
「ホンモノとは...。」
「あの噂のことだよ。私見たんだ、あそこに入ってった人が帰ってこなかったの。
どうせこの環境だし、誰が消えようと関係ないから話題には上がらないけどね。それに~...」
そこまで言ってまだ何かを続けようとしていたみたいだが、もう一人のほうに口を塞がれてしまったようだ。
「ちょっと、あんまり不安を煽るようなことは...ああ、ごめんなさい。こいつ昔っからオカルト好きで他所にもそういう話をするんです...。」
「い、いえ...その、本当なんですか?今の話は...。」
「...帰ってこなかったのは本当です。もしかしたら私たちが見てないところで無事戻ってるかもしれないけど、探した限り見当たりませんでした。
それでも、あそこに行くんですか?あいつみたいに不安を煽るわけじゃないけど、止めといたほうがいい気が...。」
そこまで言われて、ようやくマリーの中には恐怖心が芽生えた。
行くのかという疑問に、つい目を逸らしてしまう。
その時。
一人の少女が、件の路地に入っていく姿が見えた。そして、奇しくもマリーは、その顔を知っていた。
あの日、マリーに人の行く先を尋ねた彼女だ。
彼女が、何かに取り憑かれたようにあそこに入って行っている。
それを見てしまい、先ほどまであった恐怖心はとうに振り切られてしまった。
気づけば足は駆け出していた。背中に二人の視線を感じながら、マリー自らも路地に入っていった。
間に合え、間に合え、間に合え。
マリーはただ、それしか考えてなかった。
恐怖はある。噂は既に彼女の中で実体化している。
それでも走っていた。誰も見捨てたくなかった。
数多の視線を感じる。好奇か、或いは別の感情か。今はどうでもよかった。
表通りに比べて路地裏はやはり暗い。そこには一切の喧騒もなく、静かで薄暗い、生きた者を感じない空間。
走って、走って。
目の前に、人が倒れている。追いかけていたあの人だ。そして、その周りには、真白い蝶達がはためいていた。
「大丈夫ですか!?」
マリーはそう言いながら倒れている者を抱き抱えた。
ーー既に、それからは体温は奪い去られていた。
「〜〜〜ッ!!」
自分は救えなかった。
あんなに切羽詰まっていたのに。あんなに助けを求めていたのに。
何故彼女のことを見捨ててしまったのだろうか、そればかりが頭の中を駆け巡る。
否、それだけを想うことは、目の前の彼女に対する冒涜になるのだろう。
今はただ、彼女に安らぎがあることを祈るしか無い。
そう思い直し、静かに手を合わせた
その時。
カツカツと、路地の奥から足音が聞こえてくる。
決して軽々しくないその音に顔を上げた。
目の前には、奇妙な存在がいた。
首から下は紳士服と言うべきだろうか。むしろ、葬儀屋の様な雰囲気さえ感じる。
そして特に目がいくのは、首から上、本来なら頭があるはずの場所だった。
そこに頭は無く、あるのは先程見たような蝶だった。
そして、背中には大きな棺を背負っている。
「ひっ!」
反射的に悲鳴を上げて、後ずさった。
だが、目の前のそれは気にする素振りすら見せず、蝶が纏わりついた者を抱え、マリーに1歩近づいた。
「こ、来ないで...!」
そう言いながら構えた銃口は、震えで照準が定まっていない。
それを無視するように、それは1歩、また1歩と近づいてきた。
あぁ、自分も死ぬのだろうか、マリーはただ死を覚悟した。
だが、期待していたことは起こらなかった。
『彼らが元は大きな羽ばたきだったのか、或いは小さな羽ばたきの群れだったのだろうか...。』
鐘がなる音と共に、頭に直接言葉が流れ込んでくる。奇妙な感覚だった。
「ぇ...?」
あまりにも唐突すぎる言葉に、頭が真っ白になった。
だが目の前のそれはマリーに構わず続ける。
『それは彼ら自身すら知らないだろう。
彼らはただ、大きな想念の為に必死に羽ばたき続けているだけだ。理由すら分からず、ただそうしなければならないというだけで。』
ゆっくりと抱えていたものを傍に下ろし、それに付いていた蝶を一匹拾い上げた。
蝶は羽ばたくことなく掬い上げられる。それもまた死んでいるのだろうか。何とか気をそらそうとしているのか、どうでもいいことに気が向くことにマリー自身可笑しく思った。
『貴女は、この場所がどういう場所か知っているか。』
「い、いえ...知りません...。」
唐突に質問を投げかけられ、思わず素直に答えてしまった。
目の前の蝶は、うなずくように一度翅をはためかせた。
『此処は彼岸と此岸を繋ぐ道。生きた者は通れず、旅立つ者のみが歩むことを許される場所だ。』
蝶は周囲に目を遣りながら、鐘の音を鳴らし続ける。
『分かるだろうか?蝶は花粉を運ぶものだが、ここには一輪の花すら咲かない。
留まるべき場所も羽ばたき続ける理由も分からず、ただはためき続けるということは...計り知れない苦痛だ。
何故人は生きなければならないと口々に言うのだろうか。彼らには生きる理由というものがあるのだろうか。』
蝶は質問を投げかけるように話すが、答えを待つ前にまた鐘を鳴らした。
『ここにはそうやって何かを強いるものがない。ただ自由に、あの光の向こうへはばたける。』
蝶が振り向いた先には、確かに細く暖かい光があった。だが、その光は恐ろしいものでもあるように感じられた。
「あの光は...。」
『人は死んだら何処へ行くのだろうか、或いは何処かへ行けるのだろうか。』
マリーの質問を遮るように、蝶は言葉を続けた。
その質問は、いつか目の前で倒れている者が投げかけてきた質問と同じだった。
「それは...。」
マリーが答えに詰まる中、蝶はただ待っているようだった。
永遠にも思える時間の中、漸く彼女は口を開いた。
「死んだ人は...天井の国に召し上げられ、安らぎを得ると...。」
蝶はその言葉を咀嚼するように羽を羽ばたかかせた後、再度声を流し込んだ。
『では、貴女は何故彼女に祈りを捧げた?』
「...彼女に、安らぎがあるように。」
もはや慣れきってしまったのか、その言葉は詰まることなく流れ出た。そのことが、マリー自身どこか可笑しかった。
蝶は頷きの代わりか、翅を一度はためかせた。
『あぁ、貴女のような人は実に珍しい。彼らの安らぎを祈る者は、実はそう多くは無い。皆、自分が生きているという事実に満足と安寧を覚えるからだ。
だが、そうだな――。』
いつの間にか、蝶の腕のうち二本には白と黒の銃がそれぞれ握られている。
『死後に安らぎがあるとするなら、此岸に魂を縛られた者に捧げるに相応しいのは哀悼だろうか。』
その言葉は流暢に、マリーの耳から頭に雪崩れ込んできた。
その言葉を、横たわる彼女の視線とあの顔が、否定することを赦さなかった。
結局、マリーは無言のまま固まった。
それに関わらず、蝶は言葉を続けた。
『私は見送ることしか出来なかったが、貴女は祈ることが出来る。
一丁は逝きし者に祝辞を、一丁は厳粛な哀悼を此岸に遺りし者に向けて。
そして――。』
握っていた銃を二丁とも差し出しながら、残りの腕で背負っていた棺を下した。
白と黒のみで形どられた、蝶の紋様が刻まれた棺。それが地面に置かれる音は、どこか荘厳だった。
『私が、そして貴女が背負うことになるこの棺には何百もの蝶が眠っている。
彼らは逝きし者に静けさと安らぎを齎すと共に、彼ら自身もまた解放と旅立ちを求めている。
行き場の無い者の代わりに棺の中で眠り、皆が安息を得るその時まで、彼らは安息に向かって羽ばたき続けるのだ。』
差し出すように置かれた棺を前に、マリーは身を屈めた。
頭の冷たい部分はその行いの意味を理解したが、それ以上に熱く、ある意味ではそれ以上に冷たい気持ちが、今から執ろうとするを止めようとしなかった。
『迷い行き止まった彼らの安らぎと旅立ちを祈り与える崇高な誓いを、君も共に...。』
何かに取り憑かれたように、棺を抱きかかえるように持ち上げる。
重い。この重さは、決して軽々しく哀悼を行わないようにという崇高な誓いとも取れた。
気づけば、蝶は居なくなっていた。
ただ、どうすることもできず、茫然としたまま棺を背負った。
そして光に背を向けたまま、重い一歩を踏みしめ帰路に着いた。
ご拝読ありがとうございました。
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