ちなみにイベストをまだ読めていないので、pixivへの改稿が終わり次第読もうとは思っております。
マリーに対する解釈違い、キリスト教圏の文化に対する誤読などが予想されうるので、苦手ならご容赦をば。
伊落マリーは、ベッドに横たわりながら思案していた。今日起こった出来事についてだ。
勿論、帰ってから何度も、今日のことが全て夢では無いかと疑った。
だが、机の上に置かれた二丁の拳銃と、その傍に立て掛けられた棺が視界に入る度に、その疑念は否定され続け、その度に少しの落胆を覚えた。
あの後。
マリーは、棺を背負ったまま路地から出てきた。
気づいた時には夜で、人通りも少ない場所だったからか周囲に人はほとんどいなかった。
むしろそれは幸いだったかもしれない。あの時の彼女の顔は、自分でも分かるぐらいに酷かった。
足取りも重く、背負ったものも相まって、そのまま誰かに見つかれば通報などされてもおかしくはなかった。
結局、誰にも見つからず自室まで戻れた訳だが。
ベッドに身を投げ出しながら、マリーは少しの間逡巡した。
このことをどう報告するか――否、そもそも
常識的に考えれば、余すことなく全て報告すべきだろう。だが、躊躇うにはそれに足る理由というものが付き纏うものである。
一つは、この事を報告することによって、現実だと認めることが怖かったから。
キヴォトスという都市では殆ど有り得ず、余りにも遠い『死』の概念。そして、それを安息だと信じ齎す存在。
それら二つの未知が同時に目の前に現れることは、一介の少女であるマリーにとっては殊の外重く圧し掛かることだった。
あの出来事を全て報告するということは、即ちそれらが現実に起こったことだと認めることになる。
それは―――とても、恐かった。
そしてもう一つの理由が――
『何故人は皆生きろと叫び続けるのか――むしろ、安寧を得て羽ばたきを休めることこそが、我々の行き着くべき場所なのではないか。』
白黒の銃を握る度に、頭にあの鐘の音が響く。
あの時聞いたことと同じ内容が、柔かな羽ばたきの音に混じって静かに語りかけてきている。
この声こそが問題だった。
あの時の恐怖と遠大な荘厳さが、脳裏に蘇る。
そして、その言葉にマリー自身が安堵し、納得してしまっている。頭の冷静な部分は厭うているが、あの鐘の音が熱を持って妨げて来る。
『彼らに安らぎと静けさを齎す為に、この蝶達を羽ばたかせよう。』
いつの間にか、その言葉に流されるままに、銃を強く握りしめそうになる。
慌てて銃を手放しても、先程の行動が正しいのだと、頭の片隅にその思いが焼き付いてしまっている。
自らの理想である姿と、あの言葉の通りに実行する姿はかけ離れていて――
そして、後者の姿にこそ安寧があるのだと、心のどこかでそう思っている。
その事が、理想的でありたいマリーにとって、何よりも恐ろしかった。
結局、ベッドに倒れこんだまま、ああとかううとかの不明瞭な声を発しながら、そのまま目を閉じた。
このまま自分も永遠に眠れたらなと、起こり得ない願望を抱きながら、静かに意識を手放した。
数日後、マリーはようやく自室を出ることに成功した。
特段何かに縛られている訳では無かった。ただ外に出て誰かと顔を合わせることが、酷く恐ろしく感じられていた。
仮病を使ってまで引き籠ることなんて珍しい――否、一度もそんなことをした記憶がマリーにはなかった。そして、何が彼女をそうさせたかすらも、彼女自身分かっていなかったのかもしれない。
きっと周囲の人々は、それでもマリーを怪しむことはないだろう。それがまた、彼女の足を真後ろに向かわせようとしている。
嘘といえば、結局マリーはサクラコに報告することを諦めていた。何もなかったの一点張りをしているが、そこでもまた嘘を重ねていることに、乾いた笑いすら出てしまう。
かと言って、あの棺と銃を手放すことも出来ずに、今もそれらを携えている。
嘘をついてまで何かから逃げようとしていた、という事実が付き纏う最中に歩く廊下は、平時よりも幾らか厳かで、自分にはここを歩く資格が無いように感じられた。
棺の重さのせいか、廊下を歩く足音は酷く重く聞こえ、顔も自然と下を向いてしまう。
「あ、マリーさん!」
ふと、上から声が投げかけられる。
顔を上げると、ヒナタの顔がそこにあった。
「体調のほうは大丈夫ですか?風邪と聞きましたが...。」
「いえ...もう治りました。」
「そうですか?顔色が優れないように見えますが...。」
そう言いながら、彼女はずいと顔を近づけてくる。
その真っ直ぐな目に、思わず目をそらしてしまう。
「だ、大丈夫ですから...!」
少し後退りしながら何とか答える。
ヒナタは不服そうな顔をしながらも、そうですかと一応納得はしたようだ。
「ところで...。」
話題を変えようと、取り繕うように表情を変えてヒナタは口を開いた。
「"路地裏の蝶"の話、最近聞かないですね。
教会に来る人もめっきり減りましたし――前までが多かったんですけどね。」
「え...あぁ、そうですね。」
その原因を、マリーは知っていた。
あの噂の主の責務を、今はマリーが棺と共に背負っているからだ。
だが――。
「マリーさんはあのことについて調査されてたんでしたよね。何かありましたか?」
「いえ...ただ迷いやすかったのと、ヘルメット団がそれを利用していただけでした。」
あのことについては、まだ誰にも話したくなかった。
その為に、また一つ嘘を重ねることにもなってしまうが、今のマリーにそれを案ずる余裕は無かった。
それでも、一抹の重い感情は蟠っていたが。
「そういえば...銃、変えたんですか?前までのものと違うような...。」
嘘をついたという事実を何とか飲み込んでいると、唐突にヒナタが腰に差していた銃を指さしてきた。
「奇麗な銃ですね!」
彼女はきっと、純粋に褒めているのだろう。この人に感情を隠せるような器用さがないことは知っている。
それでも、その言葉に何かを見透かされるような錯覚を覚えてしまった。
「い、急いでるので、すいません...!」
自分でも笑ってしまうほどの適当な誤魔化しを残して、足はヒナタの向かう方向と真逆に向かっていった。
彼女も何か声をかけようとしていたようだが、その言葉を聞きたくはなかった。
暫く周りも見ずに、茫然自失としながら小走りをした。
廊下は延々と続いているようにすら覚え、どこまでも続く袋小路をひたすら駆けていた。
気づいた時には、懺悔室の前にいた。
理性が神に悔い改めよと喧伝しながら、自分の足がここまで身を運んできていた。
それでも未だに声は聞こえる。何を悔い改めよというのだと、鐘の音が響き渡る。
立ち戻り部屋に帰る選択もあったにも関わらず、それをする気にはなれなかった。既に引き返せないところまで来てしまっているのだ。
逡巡の挙句、結局告解を受ける側の部屋に入った。
罪から目を逸らす罪悪と、その罪悪に来た道を塞がれているという自覚による袋小路に追い込まれてしまっていた。
出来ることなら誰も来ないでくれ、マリーはそう願った。
だが、罪を抱えた者に対して手を差し伸べる神が都合よくいないこともまた、事実であった。
「その...ここって、誰でも入っていいんだよな...?」
不安に満ちた声が、壁一枚を隔てて尋ねてくる。
「ええ...あなたの罪を、お聞かせ下さい。」
儀礼的に定型句を並べるが、今の自分に誰かの罪を聞く資格など無いと思っている。
それでも、告解はマリーの意思に関わらず始まった。
「...私には通うべき学校っていうものが無いんだ。
どこにも所属できずに、ブラックマーケットでその日暮らしをし続けてる。」
ブラックマーケットという言葉に、色をなくした路地と死の匂いが呼び起こされる。
それを振り払う間にも、告解は続けられる。
「あんた見たいに行く場所がある奴は知らないかもしれない――いや、多分知らないだろうな。
属せないっていうことが、どれだけこの世界において不必要で排斥されることなのか、知ってるか?」
「...。」
告解室において、罪の告白が為されるまで聞き手の言葉は存在しない。
だが、話し手はその無言を肯定と受け取ったようだった。
「私たちのような人間には、私たちを守る存在が無い。誰かを傷つけることも傷つけられることも、全部自分のせいになるんだ。
縛られるものがないっていえば聞こえはいいけど、実際は互いに互いを苦しめあう泥沼――いや、それ以下の掃き溜めだろうな。」
そこまで言うと、重たいため息が狭い密室に満ちた。
その後暫く、何かを躊躇うような、奇妙な間が隙間を埋めた。
「...どのような罪であろうとも、神は貴女をお赦しになります。」
罪を抱えながらその言葉を吐くことは、何だか奇妙でちぐはぐな気がした。
だが、向こうはその言葉に得心がいったのか、重く話をつづけた。
「...シスター。
私、死にたいんだ。」
外で荘厳な鐘の音が響き渡る。
浅い息遣いと交じり合い、余韻がしつこく部屋中にこびり付く。
「他人に利用され続けて、騙されてはその日暮らしすらできない金を渡されて、それに対して何もできない...この無力に、もうどうしようもなくなって――。」
死。
その言葉に、あの鐘の音がまた頭に響いた。
『あぁ、この子供もまた、行くべき場所を見失ってしまったか。哀れだ...。』
うるさい。
あの言葉が、自分をその方向に誘っている。そして、それに乗ろうとする自分もまたいる。
「これ以上生きてても、私は何をすればいいのか...もう、分からないんだ。」
『理由も分からずに羽ばたくことの恐怖は計り知れない。自分がどこに向かっているのか見えていないからだ。』
それでも、死を選ぶなんて間違っているはずなのに。
『何故彼女を縛り付けようとするのか。あの子供は、何を望んでいる?』
...安らぎを。
誰に傷つけられることも傷つけることもなく、ただ平穏に休める静けさを望んでいる。
『なら、理想的なのは――。』
「...シスター?大丈夫か?」
でも、それは――。
『私たちは、往きし者に安らぎがあるように祈り、遺りし者に厳粛に哀悼の意を示す。
人は死んだら――。』
天上の国にて、安穏を得るから。
『ならば、やるべき事はわかっているだろう?』
銃を手に握りしめる。
「貴女は。」
「ど、どうした?シスターさん...。」
「貴女は、安らぎが欲しい――そうですね?」
「...そう、かもな。でももうこの世界には」
言葉を遮るように、銃を鳴らす。
「私は貴女の、彼岸に往く者の安息を祈りましょう。」
引き金に力を籠める。決して軽々しい気持ちはない。ただ荘厳に、あの者の安息を祈り。
「往きし者に祝辞を、遺りし者に厳粛な哀悼を。』
小さく鐘の音が鳴り響き、幾匹かの蝶が舞った。
向こう側を覗くと、一人の少女が――。
ただ、安らかな顔で、蝶と共に眠っていた。
二度と目覚めることのない、永遠の眠りに落ちている。
その姿を見ても、恐ろしさなど感じるはずもない。
ただ静かに跪き、手を合わせて呟いた。
「貴女にも――蝶と共に安息がありますように。」
どこかのブラックマーケット。
ここには、とある路地裏がある。
長く入り組んでいて、入れば二度と出られないと言われる路地裏。陽や月の光が差し込む隙間が殆どなく、唯一入り口となる所を除けば、常に色褪せて薄暗い、ともすれば死臭すら匂い立ちそうな場所。
伊落マリーは、その中に佇んでいた。
あの後。
マリーは悔いようとした。
自分の為したことを悔悟し、素直に人殺しの名を被ろうとした。
だが。
『貴女が為したことを否定する者などいない。貴女のしたことは正しいからだ。それに――。』
視界の端にあの蝶がちらつき、優しく話しかけてきた。
『彼女はきっと安らぎを得られただろう。それを悔いる必要が、どこにある?』
蝶は言葉を続け、その言葉に安心する自分もいた。
それでもマリーは、自分の行いに潰されそうになった。
『迷うことはない。彼女はただ苦痛から解き放たれただけだ。』
「だからって、人殺しは」
『決して罪深くはない。崇高な誓いを以て、ただあのような子供の安息を祈り執行し続ける――それが、私達だろう。』
何も分からなくなった。
何が正しいのか、何が罪なのか、何が理想的なのか――判断の物差しは折れてしまっていた。
だから――。
「あんたは...。」
迷い込むように、ふらふらと路地に誰かが入ってきた。
「あんたが、あの噂の...。」
言葉は要らない。ただ、この場に来る者が望むものは決まっている。
「お願いだ...私も、もう疲れたんだ...。」
その言葉に静かに頷き、銃口を差し向ける。
引き金が軽くなることは決してない。祈りと哀悼に軽々しい気持ちが混じることは、あってはならない。
静かな鐘の音とともに、また一人、安らかな顔で眠った。
「貴女にも、静けさと安らぎがありますように...。』
眠った者の前で、静かに手を合わせて祈る。決して儀礼的ではなく、真に逝った者への祈りを込めて、目を閉じる。
棺は未だに重い。だがこの重さこそが、迷える蝶達の数と、自分の為すことの偉大さを表していると、マリーは思っている。
「まだ眠りを求める蝶は遺っている。彼らはいつ安息を得られるのだろうか...。』
そう独り言ちていると、後ろから幾つかの足音が聞こえてきた。
普段来るようなものではない、しっかりした足音。
背を向けていた光に、顔を向けた。
「シスターマリー、探しましたよ!」
「マリーさん、貴女には救護が必要なようですねッ!」
「マリー、帰る時間だよ。」
よく通る二つの少女の声と、落ち着いた大人の声。どちらも善く知っている声だ。
目を遣ると、予想通りの姿が目に入った。
逆光で顔は見えない。否、見る必要すらないか。
「貴女達にも、安らぎを与えましょう。』
ゆっくりと銃口を向け、引き金に指をかける。
静かな路地裏に、鐘の音が響き渡った。
ご拝読ありがとうございました。
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あかんで