機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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当たり前の違い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言おう――都市ドナヴァルクで開かれた帝国工業会議は無事に終わった。正体不明の未確認バレットナイトの襲撃という非常事態も、迅速な迎撃によって大きな被害を出すことなかった。

 不幸中の幸いというべきか、墜落した飛行型バレットナイトの残骸も市街地に大した損害を出していなかったので、エルフリーデ・イルーシャが非難されることはなかった。

 そして最新鋭の第三世代試作バレットナイトを運用するという性格上、長居は無用である。

 

 会議を終えたクロガネがティルトローター輸送機に乗り込むのと時を同じくして、エルフリーデもまた別の輸送機に乗り込んでいた――〈アシュラベール〉に融合したまま、がっちりと固定用金具に機体を固定されて帰路を急ぐ。

 今や上空を時速五八〇キロメートルで飛行中のティルトローター輸送機は、ヴガレムル伯領に向けて帰路についていた。二機の航空機の間では、無線を通じてクロガネとエルフリーデが会話していた。

 

『低空域での爆弾の誘爆が、周辺のビルの窓ガラスを破壊したが――封鎖されていた地域で人的損害はない。よくやった、エルフリーデ』

 

「よかった。バレットナイトの搭乗者たちは――」

 

『全員、電脳棺ごと破壊されていた。情報転換された肉体は物理的実体を残さずに物質世界から消失する。お前も知っての通り、電脳棺に融合した状態での死とは、エーテル粒子の残滓(ざんし)だけがその痕跡となる。残骸から検知されたエーテル粒子の濃度は、実体消失時の数値と一致していたそうだ』

 

 わかりきった問いかけだった。電脳棺が存在するバイタルブロックを確実に破壊し、自爆プロセスの実行を阻止したのはエルフリーデ自身なのだ。

 殺すべくして殺した、というだけの話である。それでも感傷的な問いかけを発してしまったのは、おそらく三機の飛行型バレットナイトの出自がバナヴィア独立派だと推定されるからだ。

 

 エルフリーデ自身、ベガニシュ帝国に対しての好意も忠誠心もありはしない。バナヴィア独立派を突き動かす意思に対して、少なからず共感する気持ちだってある。

 それでも独立派の同志とならない理由は、父母を殺されたことへの恨みであり、妹の安全な暮らしという身内大事の気持ちが大きい――いや、大きかったと言うべきか。

 こういう道を歩くことはわかりきっていた。半年前のあの日、帝都コルザレムで桜の花弁が舞い散る中、クロガネ・シヴ・シノムラに対してこう誓ったように。

 

 

――あなたの過去がなんであれ、わたしが斬り伏せてみせるから。

 

 

 クロガネ・シヴ・シノムラのためならば、敵を斬り伏せていく悪鬼の道とて選べてしまう。

 本質的に自分はそういう人でなしなのだ――だというのに、エルフリーデは自分の思わぬナイーブさに苦笑した。

 

「半端物だな、わたしは。ごめん、わかりきったことを訊いちゃったみたいだ」

 

『エルフリーデ、念のため当たり前のことを確認しておこう。お前が為した如何なる行為の結果も、俺とお前が主従関係である以上、その責任はすべて俺が背負うべきものだ。あまり思い詰めるな』

 

 要約すると「お前は悪くない」と慰められているらしい。如何にもクロガネが言いそうな不器用な台詞だったので、くすりと少女騎士は笑った。

 前置きが回りくどいくせに、終わり際には命令口調で押しが強すぎる。リザの話を聞くに会議の場では存分に外交と社交を繰り広げていたのに、身内相手にはこうなのが可愛らしいと言うべきか。

 

 これを愛嬌だと思える時点で、どうやら自分は毒されているようである。

 実際のところ、まだ二〇年も生きていないエルフリーデ・イルーシャには、不死者が積み上げてきた政治的経験やら見ている世界の複雑怪奇さはさっぱりわからない。

 バナヴィア独立派のテロの対象になったかと思えば、バナヴィア都市連合なんて政治的枠組みを作り出す手腕と人脈に至っては想像もできなかった。

 

 そう、直感的な理解に反する物事の展開なのである。

 一五年前、ベガニシュ帝国はバナヴィア王国に軍事侵攻してこれを併合した。その領土をパイのように切り分けて、総督府と貴族領と自治区の三つに分断してしまった。

 それは国家という枠組みの解体を指向していたはずだ、とエルフリーデは理解する。ひっそりと父が教えてくれた高等教育に類する知識の数々が、中流家庭の子女としての少女の世界認識を形作っていた。

 

 だが、現実にクロガネが提唱した概念はそういう流れに反していた。貴族領と自治区の安全保障上の連携、国境の撤廃、経済的な結びつきの強化――それはまるでバナヴィア人の国家の再建だ。

 果たしてどのような思惑があって、彼の取り組みが現実化しようとしているのかは、エルフリーデにはわからない。

 〈アシュラベール〉の電脳棺の中、高度な情報処理能力を得た魂は祈るように呟いた。

 

 

「ええ、そうでした――わたしが戦うのは帝国のためじゃない。あなたという人間を信じているから、この剣は振るわれているんです」

 

 

 それはまるで告白にも似た、熱烈な親愛と信頼の証であった。

 電動プロペラの回転音をいいことに、一連のやりとりを聞いていたリザ・バシュレーは口笛を吹いた。ばっちり集音マイクに拾われているのだが、そんなこと百も承知で悪びれないのがリザという少女の流儀であった。

 

 褐色肌の少女はクロガネと同じ飛行機に同乗しており、無線越しに二人の会話に耳をそばだてていたのである。あまりエルフリーデが敵の死を嘆くようなら、自分の境遇をネタに不謹慎な冗談でも言おうかと思っていたのである。

 エルフリーデもリザのそういう気遣いはわかりきっていたので、茶化すような口笛を咎めはしなかった。

 ただじっとりとすわった目つきで、リザに対して軽口を叩く。

 

「リザ、リザ。言いたいことあるなら聞くよ?」

 

『いいえ、お姉さん。やっぱりバナヴィアの方は感情表現が詩的(ポエット)でロマンチックだと思っただけですよ。ご覧の通り私は異国(フィルニカ)生まれの敵国(ガルテグ)育ちですので、ちょっとこういう会話が新鮮だっただけです、ええ』

 

「えっ、普通じゃない? このぐらいはみんな言うよね?」

 

 エルフリーデは首を傾げた。

 適用範囲が広すぎる主語の大きさに、リザは爆笑し始めた。自由すぎる少女に対して、無線越しにロイ・ファルカから忠告が飛んできた。

 

『リザ様、エルフリーデ様の真摯な思いを笑うのは褒められたことではありませんよ』

 

 ロイは今、エルフリーデが乗っている方の輸送機で操縦桿を握っている。クロガネの従者である金髪碧眼の青年は、主人の身の回りの世話はもちろん、身辺警護・大型車両の運転・航空機の操縦すべてをこなせる万能な人間だった。

 そんな彼が口を挟んでくるのは、おおむねブレーキをかけるべきだと判断したときである。だが、けらけらと笑うリザは、ロイの()()()にもめげない。

 

そうですね(イグザクトリー)、ロイさん。でも世間の人たちがみんなエルフリーデお姉さん並みに情熱的だったら、世の中もっと素敵だと思いますよ』

 

『リザ様の軽口は……時として多弁すぎるように思いますね。旦那様に迷惑をかけてはいませんね?』

 

『あっはっはっは、知らないおじさんばっかりの場所では借りてきた猫みたいに大人しいですよ、私は』

 

 リザとロイのじゃれ合いを聞きながら、エルフリーデはため息一つ。

 実際問題、リザのこういうところには大いに助けられている。つい先日、エルフリーデの旧知――セヴラン・ヴァロールがテロリストとして現れたあと、気持ちが沈んでいたのを励ましてくれたのも彼女だった。

 

 その明るい人柄には、クロガネやロイにはないよさがある。

 だからエルフリーデは言うべきかどうか迷った末、伝えるべき大切なことを口にすることにした。

 

「それでね、リザ……きみに伝えなきゃいけないことがあるんだ。とっても大事なことだと思う」

 

『えっ、なんですかお姉さん?』

 

 きょとんとしたリザの声を耳にして、エルフリーデ・イルーシャは本当に心が痛んだ。

 少女騎士は意を決して、言いにくすぎる現実を伝えた。

 

「きみが見たいって言ってた新作のヒーロー映画、年内の輸入は流石に難しいってハイペリオンが言ってたんだ」

 

『げぇっ!?』

 

 リザは首を絞められた鶏のような苦悶の声をあげた。

 リザ・バシュレーは趣味者(オタク)である。今年の春までばっちり帝国と全面戦争していた敵国――ガルテグ連邦のヒーローコミックとその実写映画、アニメーションをこよなく愛する重度のヒーローオタクなのである。

 そもそも帝国と連邦の対立に関しては中立的なフィルニカ王国の出身であること、亡命後はガルテグ連邦の育ちだったこともあり、文化的には連邦発の諸々に馴染みが深いのだ。

 

 紆余曲折あってヴガレムル伯爵の家臣に加わった彼女は、その才覚と人柄でするりと馴染んだ。言語面で慣れるのも異様に早かったのは、エルフリーデと同じく電脳棺から受けたフィードバックだろうとクロガネは言っていたけれど――ともあれ、リザの唯一の願いはオタクとして新作映画が見たいというものだった。

 これが中々の難題だった。

 

 何せ、ベガニシュ帝国とガルテグ連邦は今年、和平条約を締結したばかりなのである。大陸東岸からのガルテグ兵の撤兵とて、まだ終わっていないのが現実なのである。

 ついこの間まで大陸間戦争をしていた相手と、すんなり貿易ができるほど世界情勢も感情的反発も落ち着いてはいない。

 

 そしてヴガレムル伯領もベガニシュ帝国の一部である以上、帝国本土と同じく物品のやりとりは厳しく制限されている。

 リザ・バシュレーとて賢い少女である。流石にタイムラグなしで連邦製の娯楽映画が見られるとは思っていなかっただろう。それでも年内の視聴が絶望的と言われると、うめき声を漏らしてしまうようだった。

 

「どうする? もうちょっと押しを強くすれば、ハイペリオンのやつが手を尽くしてくれるかも――」

 

『お姉さん、それはダメですよ。あの機械卿(マシンロード)、たぶん涼しい顔で不正に海賊版とか輸入してくるタイプですよ!』

 

 リザは権利問題に対して、わりと規範意識が強いオタクだった。

 エルフリーデはちょっと感動した。何故ならば――ベガニシュ帝国に徴兵されて戦っていた頃、戦地ではご禁制の品がこよなく愛されていた。

 つまり正規の手続きを経ていない書籍や映画――汎用インターフェースである電脳棺は、映像作品の再生だってできてしまうのだ――がたしなまれていたのである。

 

 帝国のような統制の厳しい社会では、闇市場や地下の流通網は当然のものだった。御上が制限を課してくるのが当たり前の社会では、それに対する面従腹背(レジスタンス)もまた当たり前になる。それに伴って正規の手続きだとか公式だとかを気にする人間も少数派になる。

 

 然るに気軽に手に入る海賊版を愛好する人間の母数もとんでもなく増えるのだ。

 ベガニシュ帝国の臣民は全体的に、その辺の意識が曖昧なのだ。バナヴィア生まれでバナヴィア育ちの文学少女たるエルフリーデ・イルーシャは幸か不幸か、そういう権利意識を持っている側だった。

 

 もちろんエルフリーデは戦地での兵隊の楽しみに水を差すほど無粋な人間ではなかったものの、まあ思うところはあったのである。

 なのでリザの「手段を選ばず新作にアクセスする権利よりも、正規の手続きを経たい」という姿勢に感銘を受けた。

 

「リザ……きみの信念を感じたよ……!」

 

『ふふっ、何がお姉さんの心の琴線に触れたのかさっぱりわかりませんね!?』

 

『リザ・バシュレー、おそらくエルフリーデは権利者の利益が保護されることに対して共感しているのだろう。意外と彼女はそういった事柄に対してナイーブだ』

 

 困惑するリザに対して的確な解説を告げるクロガネ――うんうんと電脳棺(コフィン)の中で頷くエルフリーデを余所に、リザはとぼけた声で問いかけた。

 

『……感覚が違いますね?』

 

 つまるところ育ってきた環境の違いである。リザ・バシュレーはガルテグ連邦の情報機関で育成され、暗殺や破壊工作などを行うダーティなエージェントして訓練を受けてきた。

 弟たちを人体実験に供された復讐として、告発などの法的手段ではなく、私的制裁による皆殺しを選ぶ程度に手段を選ばない人間でもある。

 

 だが、同時にその教育課程で、ガルテグ連邦の標榜する価値観――近代的市民としての権利と遵法意識をすり込まれているのだ。

 あるいはそういう多面性こそが、人間性の複雑怪奇さなのかもしれなかった。

 リザにとっては意識するまでもなく当たり前のことが、ベガニシュ帝国という体制の下では当たり前ではない。そしてそのことを意識するのは、当事者には不可能なのである。

 その悲哀に気づかぬまま――エルフリーデ・イルーシャはこう呟くのだった。

 

 

「たぶんこういうのって、当たり前だと思ってるときは気づけないんだよ。あとになって答え合わせみたいに、結果を知ることはできるけど」

 

 

 軽口から始まった話題が行き着いたのは、まるでとんでもなく難しい宿題みたいな現実だった。

 エルフリーデもクロガネも、本当の解答なんてわからないまま、がむしゃらに走っているだけなのかもしれなかった。

 超伝導モーター駆動プロペラの回転音が響く中、二機の輸送機の内部に沈黙が降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 




















Q:技術だけSFで社会体制がふわふわのファンタジー帝国での版権はどうなる?
A:ゆるふわ意識で…海賊版がすごい…!




明田川様から支援絵をいただきました!
2章登場の山岳猟兵ロボ〈ホーラドーン〉です、是非ご覧ください。




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