機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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魔竜襲来

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? わたしなんか変なこと言った?」

 

 あまりにも今の情勢下に刺さる発言ゆえの沈黙だったが、エルフリーデ・イルーシャは慌てた。少女騎士の人がよすぎる反応に対して、クロガネが端的な解説を挟もうとした瞬間だった。

 二機のティルトローター輸送機のセンサー群が、同時に照準用レーザーの照射を感知した。すぐさま警報音が鳴り響き、戦術データリンクを結んでいた〈アシュラベール〉の電脳棺にも警告ウィンドウが立ち上がる。

 ロイが淡々と報告をしてきた。

 

『間もなくドナヴァルク領空を抜けます、レーザー光線の照射は西岸のバナヴィア領側からです』

 

 エルフリーデは即座に反応した。照準用レーザーの照射は、ミサイルないしレールガンによる攻撃の準備を意味していた。

 〈アシュラベール〉の機体状況を示すステータスは問題がない。微小機械群による駆動フレームと人工筋肉の自己再生機能によって、この機甲駆体は多少の負荷がかかろうとも復元する機能を持っている。

 

 腰の左右から伸びた電気熱ジェット推進機構のコンディションだけが気がかりだが、少なくとも今すぐ目に見えた不調があるわけではない。

 つまり〈アシュラベール〉ならば空中戦が可能である。

 

「機体の固定を解除後、後部ハッチを解放してください! わたしが迎撃に出ます!」

 

『了解、一〇秒お待ちを』

 

 ロイからの返答からきっかり五秒後、深紅の悪鬼〈アシュラベール〉を輸送機の内部で固定していたロック機構が解除された。それまでキャビン内で膝立ちの姿勢でいた巨人が、カチカチに固めていた間接部を伸ばして戦闘駆動モードに移行する。

 右腕に保持していた三〇ミリ電磁機関砲を握りしめ、無手の左腕で輸送機の壁面に手を付いて姿勢を安定させる。

 

 クロガネとリザが乗っている輸送機は与圧キャビンを備えているが、バレットナイトの輸送用に持ち込まれたこちらの機は機密されていない。

 高速飛行中の機体がハッチを開放しても影響は最小限で済むだろう。

 

『ハッチを開放します、ご武運を』

 

 さらに五秒後、〈アシュラベール〉の背中側で後部ハッチが開放された。

 ティルトローター輸送機のローターブレードが空気を切り裂く音、高速で吹き付ける大気が機体を叩く音が聞こえてくる。

 夕焼けの空から橙色(オレンジ)の西日が、キャビン内に差し込んでくる。高度六〇〇メートルほどの高さを時速五八〇キロメートルで飛行しているから、地上よりずっと外気温が低い。

 

 ドナヴァルク辺境伯の支配する領空と、旧バナヴィア王国の領土だった西岸部の領空は、ちょうどバベシュ大河の半ばにあった。

 貴族領とそうではない総督府直轄地や自治領の境界線は、最もテロ攻撃が発生しやすい。バナヴィア王国だった土地を従属させる上で取られた分割統治の手法を逆手に取られ、今やこういった境界線上は、どの統治者もうかつに動けないからだ。

 

 今こうしてクロガネたちの乗った輸送機が襲われているのも、自前の護衛戦闘機がやってこれない間隙を突かれたからである。

 そしてバナヴィア独立派は今や、独自開発のバレットナイトでベガニシュ帝国の支配する領土を襲うほどに力をつけている。

 

 

――でもバナヴィア都市連合ができて、西岸部はだいぶ動きづらくなってたはずなのに?

 

 

 相手がバナヴィア独立派だとすれば、少なからず違和感があった。対空センサーシステムと連動した近距離防空ミサイルぐらいなら、バレットナイトを一個小隊分、密輸するよりずっと用意が簡単だろうとはいえ――帝国工業会議の当日なんて警備が厳重なときにありえるのだろうか。

 エルフリーデは自身の一体化している巨人の重心を崩した。背中から倒れ込むようにして、真っ逆さまに空中へと飛び降りる。

 

 身をひねる。

 燃えるような橙色の日差しを浴びて、きらきらと宝石みたいに輝く大河の水面が見えた。ティルトローター輸送機からの降下――ざっと八〇メートルの自由落下――数秒後、電気熱ジェット推進機構を動作させる。

 大気を吸い込み、膨大な熱量を帯びたエンジン内部で加熱――偏向ノズルが超高温のジェット噴流を吐き出した。

 

 双発のジェットエンジンが爆発的な推力を生み出して、頭頂高四・五メートルの巨人を弾丸のように前進させた。それまで落下に転じていた軌道が、弧を描くようにして山なりへと移行――水平飛行になるまで三秒とかからなかった。

 深紅の悪鬼に、大気が壁のように押し寄せてくる。

 決して航空力学的に優れてはいない形状の〈アシュラベール〉は、空気抵抗を推力でねじ伏せて空を飛ぶ。

 

 二機のティルトローター輸送機はエルフリーデを置き去りにして飛行していたが、数秒で稼いだ距離はすぐに追い付かれる程度のものだった。

 爆発的加速――第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉を一騎当千たらしめると同時に、他の誰にも乗りこなせない怪物的機械(モンスターマシン)へ至らしめた高推力の証。

 

 

――レーザー光線を照射された方向はわかってる、なら。

 

 

 勘で当たりをつけて、〈アシュラベール〉は自らが備えているアクティブ・センサーを最大出力で行使した。

 頭部から生えた一本のブレードアンテナ型センサーユニットが、強烈な電磁波を放って指向性レーダー波で索敵する。

 

 それは闇夜で馬鹿でかい投光器を振り回すに等しい行為――敵を発見しやすいが、同時に自らの現在位置も敵に教えてしまう両刃の剣である。

 どうせ後手に回っているのだ、隠密性など気にしたところで仕方がなかった。

 そしてエルフリーデの勘はとびきりよく当たった。

 投げかけた電磁波の反射を感知。

 

 

――見つけた。

 

 

 予想に反して、それは高速で移動する飛行物体だった。バベシュ大河の西岸部のうち、岸壁が険しく人が住んでいない岩山の目立つ地形――そんな場所で地を這うような低空飛行をする巨大な鳥。

 距離にして一〇キロメートルは離れていた距離が、見る間に縮んでいく。ギリギリまで接近するために低空飛行していたであろう敵機が、ぐんと機首を上げて上昇に転じる。

 互いの対地高度が四〇〇メートルに達する。

 

 点にしか見えなかった敵機の姿をはっきり視認した。

 暗い鈍色に塗装された翼――アルケー樹脂で構築された特殊樹脂製の大きな翼、機体後方に向けて吐き出される推進炎の煌めき――おそらく時速八〇〇キロメートル以上の亜音速飛行である。

 前後に細長い胴体は航空機然とした印象を与えるものだった。

 エルフリーデはその存在に驚愕した。

 

 

――ジェット推進の戦闘機!?

 

 

 それはまだミトラス・グループ――この種の推進機構の研究で世界有数の技術者集団――ですら実用化には達していない概念だった。電気熱ジェット推進機構を搭載している〈アシュラベール〉や、光波ロケット推進機構を採用している〈シュツルムドラッヘ〉のような存在は、あくまでオーバーテクノロジーである電脳棺を前提にした異形の技術群なのである。

 

 半永久機関として無尽蔵のエネルギーを供給する電脳棺と、そのエネルギーを受け止める先史文明種の発掘技術あっての存在とも言い換えられる。

 電脳棺なしで運用可能な実用的ジェットエンジン――液体燃料による内燃機関が有力視されている――は、まだ試行錯誤する段階にあると言っていい。

 

 そのような思考と裏腹に、少女は冷酷に照準を終えていた。技術実証機でしかなかった半年前に比べ、〈アシュラベール〉はアップデートが繰り返され、火器管制システムと連動した重火器の運用能力を獲得している。

 三〇ミリ電磁機関砲が火を噴いた。

 

 極超音速にまで加速した三〇ミリ砲弾が連続投射される。白熱するプラズマの尾を引きながら、徹甲弾の雨が遠方に掃射される。

 敵の未来位置を予測しての偏差射撃――弾体を電磁加速させる火砲は、時速八〇〇キロメートル程度の高速飛行で避けきれるものではない。

 

 

――追撃させてもらう。

 

 

 敵機に向けて照準用レーザー光線を照射。空対空ミサイルを積んだ四連装ランチャーから、四発のミサイルが発射される。固体燃料ロケットモーターに点火後、成形炸薬の弾頭を積んで、瞬く間に超音速の矢となって飛び立つ飛翔体。

 撃ち放し型と呼ばれるこの種のミサイルは、一度、ロックオンしてしまえば自動的に敵を追いかけてくれる優れものだ。

 

 三〇ミリ電磁機関砲の弾幕で落ちればよし、これを避けて回避機動を取っても、速度が落ちたタイミングで襲いかかる誘導ミサイル群を躱す術はない。

 エルフリーデはまともに戦闘するつもりはなかった。

 ティルトローター輸送機から見て斜め前方向から襲い来るジェット戦闘機は、まともに三〇ミリ電磁機関砲の弾幕の中に突っ込んでいった。

 

 着弾、着弾、着弾――軽量化のために装甲を薄くしてある航空機など、戦車の装甲すらぶち抜く電磁投射砲の前では紙切れ同然。

 そのはずだった。

 発光、発光、発光――高エネルギー粒子の煌めきが、砲弾の雨を消滅させていく。

 まばゆい光の盾が徹甲弾を溶かしていく/鈍色の翼が機首にエネルギーバリアを展開。

 

 

――光波シールドジェネレータ!?

 

 

 理解する。

 あれは自分の〈アシュラベール〉と同じカテゴリの機動兵器だ。

 反動推進による推進機構を搭載したバレットナイト――であれば何故、まだ攻撃してこないのか。

 エルフリーデの違和感はどんどん大きくなっていった。

 最初のレーザー照準からすれば、すぐさま空対空ミサイルを撃ってきてもよさそうなものだった。今日日のミサイルであれば、個人携行型地対空ミサイルを転用したものであっても有効射程は数キロメートルあるはずだ。

 

 エルフリーデが降下した時点で、ティルトローター輸送機に対してミサイルが飛んできていてもおかしくはなかった。

 如何に敵機がジェット推進するバレットナイトで、駆けつけてくるであろうヴガレムル伯領の護衛戦闘機群に対して速さで有利と言っても――のんびりと遊覧飛行する暇などないはずだ。

 答え合わせはすぐだった。

 

 ジェット戦闘機のように見えていたものが、その姿形を変えていく。機銃掃射の余波で一部が欠損した翼――エネルギーバリアの防護範囲外で翼端が欠けたのだ――が、続けて飛来した誘導ミサイルの直撃を受けて千切れ飛ぶ。

 成形炸薬弾四発の炸裂。

 閃光――アルケー樹脂装甲が、エーテルパルス反応を起こして爆ぜる虹色の爆発だった。

 

 翼が折れ曲がる。砕け散る。火焔の華を咲かせながら主翼を失って――否、そのすべてを切除する。爆裂ボルトが正常に動作して、飛行翼として取り付けられていたユニットを切り離していく。

 美しい流線型を描くシルエットのすべてが偽りだった。

 

 空気抵抗を低減するための外殻(カウル)が廃棄され、陸上を闊歩するオオトカゲのごとき機体が露わに。

 戦闘機の機首のように見えていたものは、近づいてみると顎を持った竜の首だ。

 その胴体から突き出しているのは、歩行脚と思しき一対二本の機構だった。人間じみて長い二本の脚部と、そこに埋め込まれたエンジンが吐き出すジェット噴流。

 オオトカゲから太く長い二本足を生やしたような機影――毒々しい紫色の装甲で彩られた怪物は、揚力を得るための翼を失ってなおそれ単体の推力で飛翔していた。

 

 

――不味い、こいつはまだ戦える!

 

 

 バベシュ大河の上空で、〈アシュラベール〉と敵機が交差する。上昇機動を取ってティルトローター輸送機の腹に頭を向ける竜――その後ろを取って追いかける〈アシュラベール〉。

 彼我の距離は三〇〇メートルを切った。飛行速度はほぼ同等、否、敵機の方が優れているかもしれない。

 

 後ろから見てわかった。巨大なトカゲの尾のような構造体が、推進炎を吐き出している。二本の脚部と一本の長い尾っぽ、それぞれにジェットエンジン/ロケットエンジンを積んで加速しているのだ。

 装甲とエンジンと人工筋肉で組み上げた神話の竜のパロディといった風情――どこか春に戦った〈シュツルムドラッヘ〉を思わせる機体形状だが、あれよりもずっと小さい。

 おそらく所属不明機は、ベガニシュ帝国製の機体だ。バナヴィア独立派のそれとは異なると判断する。

 エルフリーデは迷わなかった。三〇ミリ電磁機関砲の弾倉に残っていた全弾を叩き込んだ。

 

 紫色の竜が空中で姿勢変更――エルフリーデの射撃を見越していたかのように光波シールドジェネレータを展開。

 コンマ二秒、粒子防御帯の出力が遅れていれば即死だった。

 そしてそのコンマ二秒が狙いだった。対地高度四〇〇メートルから五〇〇メートルの高さでは、空気もまた濃密だ。そのような空気抵抗の強い条件下で、姿勢を崩して無理矢理にエネルギーバリアを使えば、大幅に速度を失うのは必定だった。

 機体の立て直しにかかる時間は三秒ないし四秒。

 相手の姿をはっきりと視認できる、ドッグファイトの距離感では致命的だ。

 彼我の距離は五〇メートルを切った。距離が縮む。三〇メートル、一五メートル、七メートル。

 

 

――斬る。

 

 

 エルフリーデは左手で抜刀。

 超硬度重斬刀が背部ハードポイントの鞘から引き抜かれ、長大な太刀が振り下ろされる。

 斬撃。

 如何なる複合装甲も切り裂くテロス合金製のブレード――その剣閃を避けることは不可能。

 ()()()

 

 

――エーテル粒子が火花と共に散った。

 

 

 異様/異形――竜の胴体から腕が伸びる/折り畳まれていたテロス合金製の爪が叩きつけられる。

 それまで胴体に密着していた間接機構が人工筋肉の伸縮によって跳ね起き、バネ仕掛けじみた瞬発力で〈アシュラベール〉の斬撃を受け止めた。

 互いの速度が破壊力に転化され、運動エネルギーが殺されていく。

 原子間結合を強化された超硬度重斬刀でなければ、その絶大な負荷に耐えることは不可能だった。

 

 第三世代バレットナイト二機がその絶大な推力をぶつけ合い、失速して眼下の水面へと落ちていく――殺人的Gと共に突っ込む機影。

 ギギギギギ、と刀身が軋む音。

 表面にまとった高エネルギー状態のエーテル粒子が舞い散り、火花を散らしながらテロス合金製の太刀と爪が鍔迫り合いになる。

 

 

――わたしに反応した!?

 

 

 深紅の悪鬼の一太刀を受け止めた魔竜――()()()()()()()()()

 ロック機構が解除され、間接機構が伸縮し、オオトカゲじみた胴体が起き上がる。巨大な頭部が九〇度回転して、脊柱に頭骨が乗った直立二足歩行型のシルエットになっていく。

 それはまるで、トカゲが人型に収斂(しゅうれん)していくかのような不気味な動き。

 

 まるでベガニシュ帝国に伝わる原初の神話――偉大なる竜から貴い血筋が生まれたという伝承のごとく、竜から人型へと変じていく異形のもの。

 〈アシュラベール〉と敵機が同時にジェット推進機構を全力で噴射した。大河の水面に激突する直前で加速、すれすれを背面飛行する。

 激しいジェット噴射を浴びて、水飛沫が散った――鍔迫り合いをしながら、機体の推進方向を制御するという異常なテクニックの応酬だった。

 

 敵機の攻撃。

 自由に動く左手を突き出してくる。

 鈍く黒光りする超硬度重斬爪の刺撃だ。三〇ミリ電磁機関砲の砲身を突き出し、テロス合金製ブレードを受け止める――刹那、膝蹴りの要領で蹴撃(キック)を叩き込む。

 衝撃。

 竜とも巨人ともつかない怪物が弾き飛ばされる。

 〈アシュラベール〉の姿勢を立て直し、二基の電気熱ジェット推進機構でホバリングを行う――水面が砕けて水飛沫が上がる。

 

 

「……ロイさん、あとはよろしく。こっちは忙しくなりそうだ」

 

 

 エルフリーデの呟きに応じるように、二機のティルトローター輸送機が遠ざかっていく。個人携行型の地対空ミサイルを避けるために、実用限界高度ギリギリまで上昇しているのだ。

 少女騎士は砲身が真っ二つになった三〇ミリ電磁機関砲を投げ捨て、両手で太刀を握りしめた。

 ジェット推進機構が立てる悪鬼のうなり声――遠方から再び接近してくる紫色の機影。

 最早、疑問に思う余地はなかった。

 

 

――こいつの狙いは()()()()()()

 

 

 そのときだった――どこからか声。敵機から発信されている電波を拾って、電脳棺のインターフェースが音声として再生していく。

 それは鈴を転がすように甘やかな、あどけない少女の声音。

 限りない親愛の情を込めた呟きだった。

 

 

 

 

『――さあ、人殺しらしく殺し合いましょう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















正体不明BKのオプション装備
・長距離巡航用飛行翼
翼長12メートルにも達するバレットナイト用オプション装備の主翼ユニット。
軽量かつ強靭な素材であるアルケー樹脂で構築されており、これを装備した状態では航空機と誤認されるほどにシルエットが変わる。

全長10メートルにも達する巨大なトカゲを思わせるバレットナイト――未確認BKの背中に接続され、炸裂ボルトによって任意で分離が可能である。
飛行翼そのものに推進装置は搭載しておらず、その動力・推力は共に元々BK本体に備わっていたものを利用する。

発想としては〈アシュラベール〉がフィルニカ王国で使用した地面効果翼ユニットと同じ――強大な推力を持ち、飛行時の安定性に欠ける第3世代バレットナイトの飛行能力を補う試作段階の装備である。
これによりバレットナイトがジェット戦闘機として振る舞うことが可能になるが、主翼部分は光波シールドジェネレータの展開範囲からはみ出るため、防御能力に不安が残る。







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