機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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英雄のお仕事(事務)

 

 

 

 

 

 

 

「わからないことだらけだ……」

 

 ぼやきが虚空に吸い込まれて消えた。エルフリーデ・イルーシャは上着のジャケットを脱いだシャツ姿で、ミトラス・グループの本社ビル――その会議室でレポートをまとめていた。

 ここはあくまで企業連合体の本拠地であり、本来、エルフリーデは部外者だ。

 現在は次世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉のテストパイロットとして、エルフリーデはミトラス・グループにもよく出入りしているのだが、そうなると当然、関係者としての仕事も割り振られる。

 

 ヴガレムル伯爵の騎士であり、〈アシュラベール〉専属搭乗者でもある彼女は、実戦運用の中で対面した脅威について報告する義務があった。

 たとえ戦闘終了から四八時間も経っていない時間であろうと関係ない。

 高価な電子機器――映像を映すタブレット端末にキーボードを接続したもの――を長テーブルの上に広げて、借りてきた各種資料とにらめっこしながら時間を費やすこと数時間。

 

 ようやく文章がまとまったように思う。テーマは先日、遭遇した二種類の敵性バレットナイトに対する戦力評価。

 いずれも未確認の新型機であり、飛行能力を獲得していたことがミトラス・グループに与えた衝撃は大きかった。

 

 まず一機目――都市ドナヴァルクを襲った人面鳥、電動プロペラ推進するティルトローター機もどき。交戦してみた感想としては、大きくミリタリーバランスを崩すような兵器ではない。しかし確認されているだけでも三機存在したこと、哨戒網をくぐり抜けて爆装した機体が飛来したことを考えると、すでにゲリラ戦で運用できるレベルで完成していると見ていい。

 つまるところ技術的側面から目新しい要素はないだろうが、このレベルの航空兵器が実戦投入されていることは治安維持上の大きな懸念となるだろう――だいたいそんな感じの文章にまとまる。

 

 問題となるのは二機目である。おそらくジェットエンジンないしロケットエンジンと思しき反動推進と熱線砲を搭載し、可変機構による格闘戦能力と〈アシュラベール〉以上の最高速度を持った第三世代バレットナイト。

 トカゲを思わせる見た目だったので、とりあえず〈リザード〉のコードネームで呼ばれることになったかの機体――露骨なまでにベガニシュ帝国がかかわっている新型機だった。

 

 もちろん交戦したときの戦闘ログはすでに提出されているが、実際に戦った搭乗者の意見もしっかり報告書に記載しなければいけない。

 この際、〈リザード〉の背後にどのような政治的思惑やら陰謀やらがあるのかは置いておこう。それはクロガネやハイペリオンの対処すべき事案であって、目下、エルフリーデが考えるべきはより現実的な対策と、その元になる敵機の性能分析だった。

 

 要点は三つ。

 明確に〈アシュラベール〉を仮想敵にしたと思われる機体が、実戦投入可能な性能に仕上がっていたこと。

 大型の機体ゆえに加速性能や運動性能で劣っているものの、エルフリーデの乗った〈アシュラベール〉と打ち合えるほどの格闘戦能力を獲得していたこと。

 ただしこの格闘戦能力に関しては、敵機の搭乗者に由来する属人的な技能の可能性があること。

 

 

――なるほど、面倒くさいことになってきたなぁ。

 

 

 こうしてレポートにまとめると厄介極まりない。キーボードに打ち込んだ文字列が適切だったかどうか、少々、判断がつかないのが困りものである。

 伯爵家の騎士エルフリーデ・イルーシャは天下無双の機甲猟兵、バレットナイトに乗せれば最強の戦士だったが、事務仕事については従軍していた頃にたしなんでいた程度だった。

 

 何せ然るべき士官教育を受けたエリートではなく、野戦任官で一兵卒から異例の昇進をさせられた元一般人なのである。

 元副官のミリアムの補佐もあって、戦地では苦労せずに済んでいたが――本格的に技術者向けの報告書を出すとなると、骨が折れそうだった。

 うーん、とうなること数秒。

 ひとまず気分転換にスクワットでもしようかと席を立った瞬間、控えめなノックの音がした。

 

「どうぞ」

 

「失礼します、お姉さん。お仕事は順調ですかー?」

 

 リザだった。褐色肌の少女はにまにまと機嫌良さそうな笑顔で、ラフなの緑色のトレーナーにジーンズを穿いた私服姿である。お堅い企業グループのビル内をうろついたら逆に目立つ類の格好だったが、首からパスケースを提げているから平気なのだろう。

 

 どこかの学校の生徒を社会科見学に招いたような雰囲気すらある。

 いい香りがした。片手にトレーを乗せて、コーヒーの注がれた紙コップを二つ運んできたリザが、ひょいっとそれを手渡してくる。

 

「ありがとう、きみが入れてくれたの?」

 

「ええまあ、お屋敷は紅茶じゃないですか。外に出たときぐらいはコーヒーもいいですよね」

 

 ちなみに軽口を叩くリザはリザで、開発中のバレットナイトのテストに駆り出されていたはずである。ミトラス・グループは大陸間戦争を通じて成り上がった企業体であり、優秀なバレットナイト搭乗者で科学技術にも精通してる人材は喉から手が出るほどほしい。

 そして各種機材のあつかいに優れ、自身も凄腕の戦闘員であるリザ・バシュレーはその条件に該当していた。今だって仕事上がりに熱いシャワーを浴びて、着替えたばかりのはずだ。

 にもかかわらず疲労が見えない理由は簡単だった。

 

「リザは元気そうだね……あー、電脳棺か。あれすごいよね、眠気も疲れも取れるし」

 

「お姉さん、私とそんなに年違わないのにおじさんみたいなこと言い出してません?」

 

「ふっ……リザ、わたしはレポート作りとかさあ、別に得意じゃないんだよ……!」

 

 湯気を立てるコーヒーの入った紙コップを片手に、ひょういっとリザが画面を覗き込んでくる。

 

「これ、私が読んでも大丈夫なやつですか?」

 

「答えを聞く前に覗き込むのやめようね? ……きみはわたしの従者で、クロガネの部下だからね。情報にアクセスする権限があります、いいよ」

 

 ふむふむ、とレポートを流し読みするリザは、エルフリーデ・イルーシャがキーボードとにらめっこしていた時間を嘲笑うようにすいすいと文末にたどり着いた。

 薄々わかっていたが、リザ・バシュレーはびっくりするぐらい優秀だった。ヴガレムル伯領にやって来た当初は、クロガネがあれこれと多種多様なテストを受けさせ、メンタルケアや学習機会の準備を進めていたのだが。

 驚いたことにリザはそのすべてをゆうゆうとクリアして、「今すぐ戦力になる人材」として自分を売り込んだのである。

 そのときの彼女の台詞が凄まじかった。

 

 

――今さらハイスクールの授業を受ける必要はありませんよ、伯爵様。私って何せ、おっそろしく有能(クール)なので。

 

 

 その行動力には、彼女に手を差し伸べたエルフリーデ自身、驚愕したものである。彼女が仲間になるとしても、それは精神的な整理がついたあとの話になるだろうと、長い目で見ていたのだけれど。

 

 ともあれリザはすこぶる有能な副官として、幾度もエルフリーデを支えてくれている。

 今でも定期的なカウンセリングは受けているらしいが、一番懸念されていた精神的な面でも安定していた。

 そういうわけで頼りになるエルフリーデの従者(本人の自己申告は魂の妹らしい。意味不明だ)は、レポートを読み込んだ末にこう呟いた。

 

「ちなみに一応、うかがいたいんですが……〈リザード〉にもう一度襲われたら、お姉さんって勝てます?」

 

 素晴らしく率直な質問だった。言われてみると一番大事なところはそこである。エルフリーデはうんうんと頷きつつ、正直な回答を口にした。

 

「次に戦ったらまぁ……負ける気はしないけど」

 

 ちょっと自慢げな顔だった。左目の傷すら愛嬌になる表情――誇らしげに胸を張る年上の少女を、リザはやや胡散臭そうなまなざしで見つめた。

 

「根拠をうかがっても?」

 

「あの反動推進で空飛ぶトカゲ――〈リザード〉の搭載兵装と機動性に関しては、前回の戦闘でだいたいわかったからね。たぶん電子戦能力も〈アシュラベール〉とそこまで差はないか、こっちの方が勝ってるぐらいだと思う。つまり極端な話、初見殺しも不意討ちの狙撃も、次回以降はありえないってこと。あいつが使ってるのがジェットエンジンかロケットエンジンにせよ、騒音は避けられないから熱線砲の射程に入る頃にはこっちも気づけるしね」

 

 エルフリーデ・イルーシャは自分の常識を話した。

 何故かリザはやや引いていた。

 

「ええーっと、一回見たら通じないのが前提なのおかしくないですか?」

 

「戦争なんて強い戦術、強い兵器に対策(メタ)ぶつけ合うのが当たり前でしょ? 現状、〈アシュラベール〉は最高速と火力で負けてるけど、電子戦も加速性能も運動性能も互角以上だよ。無茶な使い方しても壊れないから、対抗できる余地は全然あるってこと」

 

なるほど(アイシー)、いつものお姉さんですね。毎回ヤバい無茶して壊れてないのがすごいですよ、〈アシュラベール〉は」

 

 クロガネやロイ、ハイペリオンはともかくとして――それ以外の人々にとって、リザ・バシュレーは前歴不明の謎の人物である。

 それもそのはずである。彼女は大陸南方の地域大国フィルニカ王国を政変で追われた上流階級の子女であり、亡命先のガルテグ連邦で育成された工作員なのである。

 

 暴力によるクーデターの煽動と破壊工作の生き証人であるリザは、ほんの四ヶ月前、エルフリーデ・イルーシャの駆る〈アシュラベール〉と死闘を繰り広げたばかりだった。

 軍隊を蹂躙する超巨大兵器をたった一機のバレットナイトが圧倒し、封殺するという恐るべき経験だ――エルフリーデの傲慢な物言いすら、まあ事実だろうと納得できる程度には。

 

「……こういうのって伯爵様に訊けば助言くれるんじゃないですか?」

 

「今回は自分で考えて書くのが、あの人の出した課題なんだよ。電脳棺で自動生成するんじゃ訓練にならないってわけ――つまりわたしが午前の素敵な時間を溶かしたのもクロガネのせいだよ」

 

「あー、愛ですねえ」

 

 リザはにやりと笑ってコーヒーをすすった。エルフリーデは自分の聞き間違いかと思って首を傾げた。

 

「……なんでこのタイミングで愛?」

 

「お姉さん、お姉さん。時々たまに信じられないぐらい鈍くなりますよね。私は照れ隠しでわざとやってるのかと思ってたんですが……いえ、もう少し気づきましょう? たまに伯爵様が可哀想になりますし」

 

 エルフリーデは今、何故か一五歳ぐらいの女の子に諭されていた。

 ぽやぽやした顔で首を傾げるエルフリーデ・イルーシャは、その左目から頬にかけて走った傷跡がなければ、面倒な宿題に愚痴を垂れる女学生そのものだった。

 少女の実年齢を思えば、あるいはそれこそが――クロガネ・シヴ・シノムラがかくあるべきだと思っている世界の姿なのかもしれなかった。

 

 だが、エルフリーデ・イルーシャは冷酷なまでに醒めている。自分の暴力装置としての価値が、クロガネにとって必要だと理解しているから、気の長い学生相手の授業みたいな課題に文句を言いたくなりもする。

 それが自身の未来のための投資なのだと、勘づいていても――まるっきり子供あつかいで気に入らないのだ。

 こればかりは仕方がない。

 

「リザは大人だなあ」

 

まさか(ノーウェイ)! 私はとっても優秀な二番目の妹(セカンド・リトル・シスター)ですが、その点においてお姉さんほど割り切れてはいませんよ」

 

「そういうところ。大人だよ」

 

 ぽやーっとした顔でうんうんと頷くエルフリーデと、その天然ぶりにやや不安になるリザ――若すぎる機甲猟兵二人の会話は、まるで雑談に興じる学校の生徒みたいに緊張感がなかった。

 時計を見る。

 

 もうお昼までさほど時間がない。今からでは外のお店に行くのも間に合わないし、ミトラス・グループの本社ビルに入っている食堂はご飯が美味しい。

 うんと背伸びしながら、深い栗色の髪を揺らして――何気なく一言。

 

 

 

「もうすぐ収穫祭だし、()()()()()()()も近いし――うん、秋だね」

 

 

 

 リザが固まった。

 あれ、今変なこと言ったかな言ってないよね、たぶん――エルフリーデ・イルーシャはきっちり五秒ほど自分の発言を反芻(はんすう)したが、論理的にも道徳的にも破綻している箇所はなかったはずだと自分に言い聞かせた。

 

 ボブカットの黒髪をぽりぽりと指で掻き、リザ・バシュレーは神妙な顔つきで飲み干した紙コップを机の上に置いた。

 深呼吸のあと、褐色肌の少女はしみじみと呟いた。

 

 

 

「――お姉さんって天から降臨したわけじゃなかったんですね」

 

 

 

 鬼火色(グリーン)の瞳には大真面目な驚嘆だけがあった。微塵(みじん)も冗談が混じっていない感嘆符混じりの台詞に、エルフリーデは眉をひそめた。

 その深紅の双眸(そうぼう)をよぎったのは、純粋な戸惑いであった。

 

「リザ、リザ。直球でわたしをバカにしてない?」

 

「いえ、私にとってお姉さんは漫画に出てくる正義の味方(ホープ・オブ・トゥモロー)ですから」

 

 全体的にふわふわしてるやりとりをしながら、エルフリーデ・イルーシャはこう思うのだった。

 どうかこの平和な時間が、一分一秒でも長く続きますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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