機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
秋と言えば収穫祭の季節である。
この時期、クロガネ・シヴ・シノムラはどうやらとても忙しいらしい、とエルフリーデが気づいたのは、夕食の席に彼のいないことが増えたからだ。
あるいは単純にこの男がワーカホリックの極みみたいな生態をしているせいかもしれなかったが――何せ帝国のお偉いさんが集まる会議の帰路、明らかに帝国製と思しき兵器に襲われようとも、翌日からはけろりと通常業務に戻るほどである。
裏では背後関係を洗ったり、敵の待ち伏せのための情報がどこから漏れたのかの特定が行われているはずだが。
――普通に考えたらドナヴァルク辺境伯が怪しいんだけどね。
クロガネの騎士として同行していたからわかる。
ドナヴァルク市を襲ったテロ事件のあと、空港を飛び立ったティルトローター輸送機の出発時刻と進路を知っているのは、ドナヴァルク辺境伯の関係者だけだ。
ベガニシュ帝国陸軍の将校だった領主は軍とも繋がりが深い。突然、最新鋭の第三世代バレットナイトが襲いかかってくる状況なんて、偶然にしてはできすぎているのだ。
しかしこうなると、なんというか謎の浅い話である。
怪しい立場の人間が順当に怪しいだけだから、これまでエルフリーデが巻き込まれてきた陰謀の数々に比べると、どうしても違和感がつきまとう。
――こういうの考えるのは、わたしの仕事じゃないのにな。
デザートに供された果汁を固めたゼリーを食し終えて、エルフリーデは食後のお茶を飲んだ。睡眠を妨げるとよくないため、カフェインの入っていないハーブティーを出してもらうようにしている。
これはもちろん、成長期である可愛い妹の健康を思っての要望だった。
エルフリーデ・イルーシャの偏執的なまでの妹への溺愛は、すでに屋敷の人々の知るところになっていた。当然、クロガネと親交の深い料理人もこれを了承している。
裏で姉が手を回していることを知らずに――明らかに重たい感情なので、たぶん知らない方が幸せだ――ティアナは幸せそうにデザートを食べている。
リザはそんなイルーシャ姉妹の様子を、感情の読めない表情で眺めている。
おおむねいつも通りの風景――足りないのはクロガネとロイの姿だった。
「伯爵様、遅いですね?」
リザが話を振ってきた。
エルフリーデは反応に困った。たしかに自分もそれが気になっていたけれど、正直にコメントするとそれはそれで、彼の姿を求めていたような響きになってしまう。
それは流石に恥ずかしい。
少女騎士が口後困ったタイミングを見計らって、ぬるりと食卓に混じってくる人影が一つ――身長一八〇センチを超える長身のフロックコート姿、ブリキ缶を頭に被ったような異形の紳士である。
名を機械卿ハイペリオンという。
「いやいやリザ様、それにお気づきでしたか。ええ、ええ、今の時期は特に忙しい季節ですとも! ヴガレムル市でも秋の収穫祭が開かれますからね――特に今年は大陸間戦争が終戦して、戦地から大勢の若者が戻ってくる頃合いですから。例年になく盛大に祝われることでしょう、そうなると出店もたくさん、領主である旦那様のお仕事も激増するわけですね!」
とてもわかりやすい解説なので腹が立つ。エルフリーデは目を細めて、この万能にして無礼な機械仕掛けの家令を見つめた。機械卿ハイペリオンは基本的にとても有能であり、事前に頼んでおけばどんな仕事もささっと済ませてしまう。
それこそ雑事から防諜まで何でもござれだ。エルフリーデの妹であり一般人であるティアナ・イルーシャの警護体制も、この機械卿が手配してくれている。
ヴガレムル伯領を襲ったテロ事件のときでさえ、何一つ不備がなかったのである。春先にティアナを救出してからの半年間、様々な事件が起きたが――これまで何事もなかったこと自体が、彼の有用性を示していた。
そう、エルフリーデ・イルーシャはハイペリオンのことを頼もしい同僚だと思っている。溺愛している妹の身の安全を、クロガネがハイペリオンに任せていることに不満はない。
だが、一つだけ問題があるとすれば。
「エルフリーデ様、私を睨んでも建設的な事件は何一つ起こりませんよ? ええ、ええ、愛おしき我が君のいない食卓は寂しいものですが、それを受け入れるのもまた騎士の務めというものでしょう――」
この性格である。機械卿ハイペリオンは道化であり、どういうわけかエルフリーデを
実害は本当にない、むしろ親切ですらある。ただ鬱陶しいだけである。
エルフリーデ・イルーシャはひとまず、この喋るカカシを相手にするとき我慢しないことにしている。
「ハイペリオン卿、騎士としての心構えを説いてくださりありがとうございます」
「おおっ! そのように正面からお礼をいただくと……照れてしまいますね!」
「オーバーすぎて鬱陶しいだけだって気づいてないんですか?」
「はははは、私にそのような機能はありませんよエルフリーデ様。何せ低倫理型人工知能ですから!」
面倒くさそうな態度の姉/馴れ馴れしい機械紳士――二人のやりとりを眺めて、ゼリーを食べ終わったティアナはその赤い瞳をぱちくりさせた。エルフリーデの歳の離れた妹は、ひとまず一番年齢が近いリザに疑問をぶつけることにした。
「リザさん、あれって仲いいの?」
「うーん、難しい問題ですね。基本的にウザがってるお姉さんに絡んでるだけですからねアレ」
「難しいところなくない?」
ティアナは聡明だった。
リザはテーブル越しにやれやれと肩をすくめた。
「明言を避けるのが
「なんでもいいけど全部聞こえてるから意味ないと思うな、わたし……!」
エルフリーデの抗議は聞き流された。
何故ならばこの屋敷の食卓において、暴力を基本とした序列で頂点に君臨するのはエルフリーデだからだ。少女騎士はその本分こそ機甲猟兵だが、生身でも周囲がドン引きするぐらい強い。
夏のバカンス先では案の定、事件に巻き込まれて――小型バレットナイトを相手に大立ち回りを繰り広げたぐらいである。
機械仕掛けのロボットであるハイペリオンも、間違いなくそこらの人間より頑丈でパワーもあるだろうが、本当に怒ったエルフリーデと対峙できるかは微妙なところである。
そしてそうなっていないという点において、少なくともハイペリオンのウザさは
一体どうして、この飄々とした胡散臭い家令がエルフリーデに絡むのかは、当事者以外にはわかりようもなかったけれど。
「……おや、旦那様がお帰りになられたようですね」
不意にハイペリオンはそう呟くと、「お客様もお見えのようですから、
エルフリーデは口の周りをナプキンでぬぐい、席を立った。
食堂の壁に掛かった時計を見る――もう夏も終わり秋に差し掛かっている時期だ、当然、日は暮れている頃合いだった。今日は夕食後の歓談もゆったりとやっていたせいだろう。屋敷の主人であるヴガレムル伯爵はここのところ仕事で遅いから、こんなに早く帰ってくるのは珍しいぐらいだ。
ハイペリオンの言う客人というのは気にかかった。
事前に連絡があった客ならば、こういう言い方にはならないはずだろう。リザに目配せする。少女はそのやりとりだけでエルフリーデの意図――ティアナの護衛を任せる――をくみ取ってくれた。
エルフリーデはハイペリオンと連れだって廊下に出た。後ろ手に食堂のドアを閉めたあと、静かに問いかけた。
「……それで、わたしの仕事は?」
「本日、面会の約束はありませんでした――極めて注意すべき人物が、クロガネと同行しています。エルフリーデ様はいつも通りにお出迎えしてください」
「わかった」
ハイペリオンは付け加えるように、廊下を歩きながらこう付け加えた。
「ああそうそう、お客様を目にしても驚かれることがないようお願い致しますね。どう形容すればいいのかわかりませんが――ええ、そうですね。ちょうど私めを初めて見たときのような気持ちでいていただければ、多少の心構えになることでしょう」
「なにそれ……」
エルフリーデは首を傾げた。さっぱり意味がわからなかったからだ。
一〇分後、屋敷の正面玄関に到着した人々の姿を見て、栗毛の少女騎士は目を見開いた。
ヴガレムル伯爵家の屋敷は真新しい――見た目こそ古めかしい領主の館という感じだが、その実、最新の建築学と設計基準が適用された近代的な建物である。建物には空調と床暖房が取り入れられているし、小動物が出入りするような隙間も存在していない。
見た目は貴族趣味を装っているものの、その実態としては極めて機能美を追求――屋敷の主人の性格をこれでもかと反映した建築物と言えよう。
そういうお屋敷のエントランスに、今、時代錯誤の怪人が立っていた。
怪人である。
――えっ、なにこれ。
エルフリーデは困惑を表情に出さないよう必死だった。眼前ではハイペリオンが応対しており、クロガネとロイの主従が、仕事場を訪ねてきた古い知人を屋敷に招いた旨を淡々と告げている。
懐かしい友人を家に招いた、という温度ではなかった。それぐらいのことはクロガネのやや憮然とした表情を見ればわかるつもりだ。
どういう経緯かはわからないが、クロガネはその
「こちらは俺の旧知――バドムア子爵のゲオルギイ・カザール卿だ」
切れ長の目の奥、黄金色の瞳がエルフリーデに目配せをした――警戒しろ、とでも言いたげに。貴族社会の
あくまでクロガネの騎士であり、平民出のエルフリーデ・イルーシャは相手側に話しかけられるまで口を開く必要はなかった。
だが、こういう風に紹介されてしまったら、置物でいることもできない。相手に目を向けつつ意識の中心に入れない、という器用な真似をして努力したが、結局のところ、それは現実に対する儚い抵抗だった。
まるで地面に伏せた兵隊の真上に爆弾を落とす爆撃機みたいに、そいつはずいっと身を乗り出して、エルフリーデの注意を引いてきたのだから。
「ドーモドーモ、お噂はカネガネ。僕はゲオルギイ・カザール、クロガネ卿の古い友達デスヨ。人は僕をこう呼びマス――」
たぶん山羊か羊、大きな角を持った哺乳類の頭蓋骨を模した仮面――すっぽりと成人男性の頭を覆い隠してしまうようなマスクを被って、身長一八〇センチほどの男が喋っている。
上質な素材で作られた、ジャケットもシャツもスラックスもセットの三点揃いの背広姿、たくましく若々しい肉体を想像させる姿勢の良さ。
いい服を着て身体も鍛えている、いわゆる当世風の紳士だった。
首から下に限って。
その首から上――白骨じみた白色の仮面は、まるで悪魔みたいだった。そいつが人外の類でないとわかるのは、ちょうど眼窩の部分にのぞき穴が開いているからだ。
そいつは
「――〈
茶目っ気たっぷりの声だった。
クロガネと同じ金色の瞳を持った怪人は、バカみたいに馴れ馴れしかった。まるでハイペリオンの二人目が生えてきたみたいだな、と思う。
黄金色の瞳はとても珍しい。少なくともエルフリーデは今まで、クロガネとその妹――たしかスオウという名前だ――以外、目にしたことがないぐらいに。
「こちらこそよろしくお願い致します、ゲオルギイ卿」
そう返すのが精一杯だった。
彼らの特徴的な瞳はある種の特別な体質を表すのか、それとも単なる偶然なのかわかりかねた。だが、流石に当事者の目の前で尋ねるわけにもいかない。
そしてこのとき、エルフリーデは自分を見つめるもう一つの影を見た。
――場違いなぐらい、綺麗な女の子だ。
宝石をはめ込んだような青い瞳が、どこまでも鮮烈な少女だった。
まるで蜂蜜を日に透かしたような、艶やかな金髪をリボンでくくったポニーテイル。白く美しい頬が曲線を描く小顔、すらりと伸びた細い足をフリルつきのニーハイソックスで包み、膝下まである黒いワンピースドレスを着込んだ
未成熟な子供でありながら、その将来の美貌が約束されたような造形美――どこか小悪魔的な魅力を漂わせる少女が、にこりと微笑んだ。
エルフリーデの視線に気がついたのか、山羊角の仮面を被った怪人が胡散臭い片言のベガニシュ語でこう告げた。
「アァ、こっちは僕が引き取って面倒を見ている子でしてネ――シャルロッテ、ご挨拶ナサイ」
所作まで美しい一礼だった。シャルロッテと呼ばれた少女は、その目を細めてエルフリーデ・イルーシャを見つめた。
「シャルロッテ・シャインです――ごきげんよう、〈
その声は、間違いなく――あの竜の姿をしたバレットナイトと