機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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奇怪なる二人

 

 

 

 

 

 

 

 大河をはさんだドナヴァルク領からバナヴィア東部への帰路に就いた最中、エルフリーデを狙って襲ってきた紫紺の竜。

 よもや通信と同じ声音で喋るとは思わなかった。

 しかし考えてみれば当たり前のことである。バレットナイトが使用するインターフェースが、すべて共通仕様の電脳棺(コフィン)である以上、如何に未確認機と言えど声帯の偽装機能は組み込まれていない。

 

 バレットナイトがその制御系に利用する電脳棺は、搭乗者を情報体へと変換して自らに融合させている。

 やっていることが高度すぎて、ブラックボックス化した現在では、その機能を類推することしかできないのだ。情報体への転換云々も、電脳棺のインターフェースそのものから解読した初歩的な仕組みを鵜呑みにしているだけだ。

 

 現代文明が何よりも情報的に安全な通信手段として使っている電脳棺の無線通信も、先史文明種が初歩的な通話機能として搭載していたものに過ぎない――というのがクロガネの言である。

 

 一〇万年前から生きている超古代人が言うのだから、たぶんそれは本当なのだろう。

 つまりどういうことかと言えば、電脳棺と電脳棺が()()()()()機能の目的は、軍事でも諜報でもないから声質の偽装はできないということだ。

 よってバレットナイト搭乗中に聞いた声と、エルフリーデが生身で聞き取った声は完全に一致していた。

 

 

――この子は黒だ。

 

 

 エルフリーデ・イルーシャの判断は迅速だったが、決して拙速ではなかった。

 来客はベガニシュ帝国の爵位を持った貴族、そしてその庇護下にあるという女の子だ。

 相手が子供であることは特に意外性を持たせる要素ではない。電脳棺に融合さえしてしまえば、加減速時のGを感じず疲労することもない超人になれる――そのことは十代半ばにして徴兵され、戦地に身を投じたエルフリーデ自身が一番よく知っている。

 

 だが、どうすればいい――ここが戦場だったなら迷わずに射殺すればいいかもしれなかった。一瞬のためらいが自身や戦友を殺すかもしれない、極限の環境で研ぎ澄まされた境地はそう考える。

 でも今はそうじゃないのだ。

 ここはヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの領地であり、相手はゲオルギイ・カザール卿とその身内であり、無条件で危害を加えていいような状況ではない。

 

 

「――エルフリーデ」

 

 

 クロガネが声をかけてくる。それは一見すれば挨拶の返事を促すように聞こえたが、一瞬、男の顔によぎった悲しみの影をエルフリーデは見逃さなかった。

 当たり前のことだった。少なくともクロガネ・シヴ・シノムラは、エルフリーデが妹と同じぐらいの女の子を射殺しようとするのを見て、よろこぶほど外道ではない。

 

 自分の発想がつくづく、暴力に染まった殺人者のそれであることを痛感する。

 衝撃は受けなかった。ただこの優しすぎる男に悲痛な感情を覚えさせた、自分の愚かさを噛みしめた。

 クロガネはおそらく相手の素性――つい先日の襲撃者の正体であること――に勘づいている。その上では社会通念上、ここで処分はできないと示しているのだ。

 

 

「……ええ、わたしがエルフリーデ・イルーシャです。あなた方の来訪を歓迎致します、シャルロッテさん」

 

 

 傷あり(スカーフェイス)の少女は不器用に微笑んだ。緊張してぎこちない所作になっている風を装って、機械的な殺意を覆い隠すように。

 そんなエルフリーデの様子を見て、金髪碧眼の少女はにこにこと機嫌良さそうに笑っている。まるで猫みたいに細められた両目の奥、大きな青い瞳がこちらを映していた。

 ポニーテイルがふわっと揺れる。ずいっと前に乗り出してくるシャルロッテを名乗る彼女――身長はたぶん一五〇センチ台前半、エルフリーデより一〇センチぐらい低いだろう。

 

 

「ロッテって呼んでいいのよ、英雄さん。わたしたち、そんな水くさい関係じゃないでしょう?」

 

 

 馴れ馴れしさの中に嘲弄の意思が感じられた。お互いに殺し合いの相手が誰だったのかを知っていて、その上で白々しいやりとりを強要される――クソみたいな状況だ、と心の中で毒づく。

 

 さて、どうしたものかと思案する。

 危険の兆候は感じられなかった。もしゲオルギイやシャルロッテが刃物や銃器、毒物や爆発物を身にまとっていたのなら、エルフリーデはそれを敏感に感じ取っただろう。

 この第六感じみた自分の勘働きを、彼女は信じている。

 

 

「いいえ、シャルロッテさん。わたしたちは()()()()()()()……そのことはあなたもよくご存じのはずですよ」

 

 

 そういうことにしておいてやる、と挑発で応じた。

 エルフリーデの不敵な微笑みを覗き込んで、シャルロッテはくすくすと笑う。まるで鈴を転がすような笑い声だった。

 

 十代後半と十代前半、歳の離れた少女二人の会話は、まるで武器を手にかけた状態で会話する荒くれ者みたいに血なまぐさい。

 華やかで美しい乙女たちの睨み合いを見て、ゲオルギイが愉快そうに肩をすくめた。

 

 

「オヤオヤ、カワイイ女の子同士もう仲良くなってマスネ――僕らみたいな年寄りにはない柔軟さってヤツデスヨ、クロガネ?」

 

 

 クロガネは冷たい一瞥(いちべつ)でゲオルギイに応じた。山羊の角が生えた獣の頭蓋骨を模した仮面――その合間から覗く青い頭髪は、ゲオルギイ・カザールがベガニシュ帝国でも珍しい容姿の持ち主なのを示していた。

 

「ゲオルギイ卿、我が騎士をからかうのはそこまでにしてもらおう。今日はもう遅い、宿は決まっているのか?」

 

「エエ、そこは安心してくれてイーデスヨ、まさか屋根の下で眠るために先生頼ルほど、落ちぶれちゃいないカラネー」

 

 からからと笑うゲオルギイの声には、一欠片たりとも悪意が感じられなかった。奇妙に胡散臭い発音のベガニシュ語も、決して聞きにくいアクセントではない。むしろ会話の要点は流ちょうですらあった。

 

 母国語ではない言語に不慣れな人間のそれではなかった。その異様で目を惹く仮面と同じく、ゲオルギイの片言の喋り方は演出されたものなのだろう。

 しかし聞き流せない言葉が混じっていた。

 

「……先生?」

 

 思わずエルフリーデは呟いた。

 クロガネの古い顔見知りだという仮面の怪人が、具体的にどういう存在なのかエルフリーデは知らなかった。

 自分の聞き間違いでなければ、今、たしかに先生と聞こえた気がするのだけれど。

 ゲオルギイは少女の戸惑いを見逃さず、困惑の色を強めた赤い瞳に答え合わせを投げかけた。

 

 

「アァ、言ってませんデシタネ――僕はクロガネ卿の教え子なんですヨ、エルフリーデ卿。たぶん貴殿も知っての通り、クロガネも僕も不老不死の仲間デシテネ。ちょうど貴殿が救われたみたいに、僕も彼に助けられた哀れな迷い子だったンデスヨ?」

 

 

 エルフリーデは呆気に取られた。

 思わずうめいた。

 

「――なっ」

 

 不老不死なのはまだいい。黄金色の瞳からなんとなく察してはいた。

 だがよもや、クロガネの教え子とは。

 こんな年齢不詳の胡散臭すぎる怪人が、これまた年齢不詳の美青年であるクロガネの弟子というのは――そう簡単に想像できるものではない。

 

 否、むしろ直感的な納得に反してすらいる。

 せめてこう、長い歴史の影で幾度となく刃を交えたライバルとか、悲劇的な因縁に彩られた因縁の相手とか、そういう冒険小説に出てくるような間柄を想像していたのに。

 助けを求めるようにクロガネの顔を見た。

 冴え冴えとした美貌の不死者は、深々と頷いた。

 

「事実だ。ゲオルギイ・カザール卿はかつて、俺の元で学問を学んでいた弟子の一人だった。ずいぶん昔に別れて、相互不干渉を貫いてきたがな」

 

「……わぁ」

 

 困った。

 クロガネが同胞を助けて教育を施していた、というのはすごく納得がいく。この世話焼きの男なら、きっとそうしたはずだと理解できる。

 だけどその結果が、胡散臭い片言で喋って怪しい仮面を被ってる不審者なのはどうなのだ。

 

 しかも師匠の命を狙ってバレットナイトを送りつけてきた疑惑が濃厚――というか九割九分そうだと自白しているようなものだ――ときている。

 教育失敗である。墜落事故を起こして爆発炎上している航空機みたいな悲惨な現場と言わざるを得ない。

 

「意味不明な人間関係です、クロガネ……!」

 

「よせ、流石の俺も反論の余地がないので困る」

 

 クロガネは露骨に目を逸らした。

 もう表面上の礼儀とか表向きとか、そういう配慮(はいりょ)が消え失せた奇っ怪な空間だけが残っていた。

 

 洋館のエントランスに漂う雰囲気は形容しがたい。先ほどからばっちり無言でクロガネの後ろに控えているロイ・ファルカとか、不気味なほど静まりかえって一同を観察しているハイペリオンとか、頼むから何か喋って欲しい。

 しかしここでエルフリーデは気づいた。

 クロガネとゲオルギイの間で交わされている視線は、決して友好的なものではない。

 

「イヤハハハ、美しい乙女の騎士に驚イテ貰えると紳士冥利に尽きマスネ?」

 

 おどけて肩をすくめているゲオルギイに、黒髪の伯爵は黄金色の瞳を向けた。つかつかと仮面の怪人に歩み寄る長身――それまでの道化じみたやりとりが嘘のように、その表情はとてつもなく真剣だった。

 

 

 

「――答えろゲオルギイ、何故、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 ほんの数秒の沈黙。

 ゲオルギイはからからと虚ろな笑い声をあげて、かつて師事した男からの威圧を受け流した。

 

「僕には何のことだかサッパリデスヨ、クロガネ。ただマァ、どこの誰だか知らないケド、そうなった理由は察しがつきマスヨ?」

 

 怪人はその仮面の奥から、やはり黄金色の瞳を覗かせて――じっとエルフリーデのことを見た。

 深い栗色の髪、血のように赤い瞳、白くなめらかな肌、すっきりとした小顔。左目に走った深い傷跡さえなければ、きっとどこにでもいる綺麗な町娘だったに違いない少女を、そうではないものとして観察する目。

 

 その視線の冷たさにエルフリーデはぞっとした。

 まるで南洋の孤島で発見された新種の動植物を、しげしげと観察する学者のような――そういう生き物として眺めている瞳だった。

 

 

 

「――ベガニシュ帝国は竜の頭が相争う多頭竜デス。新しく生えてきた首ナンテ、いじめたいヤツはいっぱいいるに決まってるデショ?」

 

 

 

 何故この場でクロガネが手を出さないのか、エルフリーデは今度こそ理解する。バドムア子爵の背後には明らかに、軍部と深い繋がりのある誰かがいるのだ。

 春のサンクザーレ会戦から半年あまりの間に、第三世代バレットナイトが開発されたことも異常なら、それを一介の子爵が刺客に送ってきていることも異常だった。

 

 ベガニシュ帝国の先端科学を注ぎ込んだ新型機に、それを供与されるほどの人脈を持った個人。

 ゲオルギイとシャルロッテの電撃的来訪は見え透いた挑発だった。

 下手に手を出せば、どういう風に爆発するかわからない爆弾の導火線――それが今起きている事件の本質なのである。

 

 

「デワデワ、また後日お目にかかりマショウ――」

 

 

「またね、〈剣の悪魔〉さん。次はもっとゆっくりお話ししたいわ」

 

 

 別れの挨拶は優雅ですらあった。ヴガレムル伯爵家の一同が見守る中、二人の来訪者はゆっくりと(きびす)を返す。

 エルフリーデはこのまま返していいものか、本気で悩んだ。

 見え透いた爆弾だからこそ、いっそのことここで解体してしまうのもありかもしれないと思ったのだ。

 そんな少女騎士の苦悩を余所に、クロガネ・シヴ・シノムラは生真面目に頷いた。

 

 

 

「アポイントメントはビジネスの基本だ、ゲオルギイ。次は気をつけるように」

 

 

 

 本気(マジ)なのか諧謔(ジョーク)なのか誰もが判断しかねる一言だった。

 ずっこけそうになりながら、ゲオルギイ・カザールはこの日一番の演技抜きの声を出した。

 

 

 

「僕ハもう弟子じゃないンデスヨ!?」

 

 

 

 そういえばこの男、天然ボケだったな――そう思い出してうんうんと頷くエルフリーデだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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