機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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追憶:血まみれの約束

 

 

 

 

 

 

 

 

――この世界は()()()()()()()()

 

 

 

 真っ白な天井、真っ白な壁、真っ白なベッド――清潔という言葉を絵の具で塗りたくったような病室に隔離されていると、自分の頭がおかしくなったかのように思えてくる。

 ベッドの上に横たわっている少女は、無気力で感情というものが見えない瞳で、ただぼうっと視線を宙にさまよわせていた。

 

 シャルロッテ・シャインはベガニシュ帝国の地方都市を襲ったテロ事件の生き残りで、爆弾と短機関銃が用いられた現場で奇跡的に無傷だった。

 そういうことになっている。

 長い金髪がシーツの上に散らばっている。

 

 

――もうどうでもいい、何もかもが。

 

 

 シャルロッテは父母が死ぬ瞬間をその目に焼き付けていた。ズタズタに切り裂かれたはずの自分の瞳が、何一つとして痕跡を残さず、白くなめらかな皮膚には火傷のあと一つないことをいぶかしがる余裕すらなかった。

 

 高性能爆薬が爆ぜて、その爆発で人体がバラバラに消し飛ぶ――あのような状態で父母が生きていると思えるほど、シャルロッテは幸せな考えに浸れなかった。

 父も母も、たぶんきっと、死んでしまったのだ。

 

 ただひたすらに、すべてが無意味で無価値に思えてならなかった。

 どうしてなのだろう、と疑問が脳裏をよぎる。どうしてあの日あのとき、自分たちがテロ攻撃に巻き込まれて――お父さんとお母さんが死なねばならなかったのだろう。

 答えはない。

 

 この病院にシャルロッテが運び込まれてから、どれだけの時間が経ったのかも定かではなかった。

 一日中、ぼうっとして意識を途切れさせている少女にとって、過ぎ去っていく月日など重要なことではなかったからだ。

 自分に見舞客一人いないことに疑問を持ちもしなかった。

 

 

――とんとん、とドアをノックする音。

 

 

 病院の医師や看護師のそれではなかった。職業人である彼らのするノックは、幾度となく見聞きするうちにその特徴までしっかり覚えることができた。

 シャルロッテは無反応だった。難しいことなんて何一つ考えたくなかった。もう何日、ご飯をまともに食べていないかも覚えていなかった――そもそも空腹を最後に感じたのはいつのことだろうか。

 

 わからない。何もわからないし、このまま植物みたいにベッドの上で寝たきりのままでいた方がマシだと思えた。

 点滴のチューブを繋がれた腕をベッドの上に置いて、すべてを拒絶して呼吸するだけの存在。

 そういうものに、彼女はなりたかった。

 ドアがスライドする。

 

 

「失礼シマス、入リマスヨー?」

 

 

 馴れ馴れしくて、うざったいぐらいに陽気で、それでいてどこまでも冷たい男の声だった。

 こつこつ、こつこつと固い床を歩む足音が近づいてくる。無関心に天井を見上げていたシャルロッテは、そいつが視界に入った瞬間、その現実への儚い抵抗を終わらせるしかなかった。

 

 真っ白な白骨じみた仮面、山羊を思わせる三日月型の角、のぞき穴からこちらを見ている黄金色の瞳――首から下だけは立派なフロックコートなのが、余計に悪夢じみた印象を強める誰か。

 異様だった。

 

 そしてこのろくでもない現実感のない存在に対して、金髪碧眼の少女は見覚えがあった。

 大勢の人が銃で撃たれて、死ぬこともできずにくぐもった声を上げて、真っ赤な血が石畳を染め上げていたあの日。

 

 

 

――不死身の世界にヨーコソ、最も新しき同胞ヨ。

 

 

 

 あの日あのとき、話しかけてきた仮面の怪人だった。

 シャルロッテは虚ろな視線を道化じみた不審者に向けると、しばらく動かしていなかった喉を動かして、掠れた声でこう問いかけた。

 

 

「……あなた、誰なのかしら?」

 

 

 はっきりと棘のある、敵意のにじんだ声だった。

 まだ一〇歳にもならない小さな女の子に、露骨なまでに敵意と嫌悪をぶつけられても、仮面の怪人は動じなかった。

 それどころか愉快そうにクックックと笑い声を上げる始末だ。

 

「オーオー、チャアント覚えてくれてたみたいで嬉シーデスネ。君の方は……身体はしっかり元気みたいでよかったデス、マァ僕らって脳の病気になることもできない不器用な不死身ですからネー」

 

「……元気? わたしが?」

 

 そんなわけがなかった。大好きなお父さんとお母さんが、目の前でバラバラになって死んだのに。

 たぶんきっと今、世界で一番つらいのは自分だと思い込めるぐらいに――シャルロッテ・シャインはこの世界に絶望していたのだ。

 

 だから何も飲み食いせず、身動き一つすることも拒否して、少女は絶望を示していたのだ。

 自分自身が不幸であることを、信じ続けたかったから。

 

「お馬鹿サンデスネー、君。普通の人間が、一週間も飲み食いせずに生きられるわけないデショー? その点滴だってホントは必要ないぐらいデスヨ? それにネ――」

 

 片言のベガニシュ語を喋る仮面の男は、ウフフフフと気味の悪い笑い声をもらした。

 調子の外れた鼻歌でも歌いそうな陽気さで、妙に身なりのいい紳士――顔をすっぽりと覆い隠す仮面さえなければ、どこかの上流階級で通るだろうに――はこう続けた。

 

「――フツーの女の子は目の前で家族がバラバラ死体になったラ、もっと心が壊レチャウヨ? きっとフラッシュバックでもっとぐちゃぐちゃだろうネー、デモ君は違ウ」

 

「あなた、お医者様だったのかしら? わたしのこと、まるで見てきたみたいに喋るのね?」

 

 シャルロッテは上半身をベッドの上で起こした。真っ直ぐに怪人を睨み付ける。

 その端整な可愛らしい顔に浮かんでいるのは、隠しきれない怒りの感情だった。白い肌が桃色に上気して、青い瞳にうっすらと涙がにじんでいる。

 

 見ず知らずの赤の他人に、人生で一番苦しい瞬間を嘲笑われる()われはないと思った。

 けれど幸か不幸か、気丈なシャルロッテの振る舞いはむしろ、仮面の男を一層、愉快な気持ちにしただけのようだった。

 

 

「アァ、お医者サンも看護婦サンも来まセンヨ? 僕ってそれなりに偉イカラネ、ベガニシュ帝国ってそういう国ですシネ――マァマァ、ちょっとだけ僕の話を聞いてください、お嬢さん(フロイライン)

 

 

 あるいは仮面の不審者が言うとおりなのかもしれなかった。シャルロッテ・シャインは世界に絶望して、無気力という形で反抗していたが――それはあまりにも理性的で、意識的すぎる病人のふりだったのだ。

 傷つきすり切れた心が、生きる気力を失って反応できなくなるような心の病のそれではなかった。

 

 こうして侮辱的すぎる振る舞いを目の前でされれば、怒りの感情で破れてしまうほどに、意識してそう振る舞われていた無気力のふり。

 きっと大好きな父母が死んだ善良な女の子なら、そうしていただろうという自分自身を騙すための嘘――その欺瞞(ぎまん)を突き崩されて、シャルロッテは激しい口調で相手を罵った。

 

「わたしは……あなたみたいな変態とは違うわ!」

 

「僕の仮面はオシャレデスヨ? あと変態はヤメヨーネー、世間体が悪イカラネー」

 

 山羊の頭蓋骨のような仮面を被った怪人は、少しだけうろたえたような口調でカラカラと笑った。

 そして入院着を着た少女の小さな肩を見つめて、静かに目を細めた。

 

 

「君モ察してルトォリデスヨ、シャルロッテ・シャイン――君のパパとママは死にマシタ、お葬式も終わった頃デス。このまま行けバ、君は親戚にでも引き取らレルことにナルデショーネー」

 

 

「うそ……」

 

 シャルロッテは目を見開いた。

 父と母にお別れすることもできなかったという事実に、これまで外界を拒絶していた少女は動揺していた。そんなシャルロッテの感傷的な反応を見て、仮面の男は笑った。

 優しく言含めるような口調でこともなげにこう問いかけてきた。

 

 

「ところで君、()()()ッテ興味ありマスカ?」

 

 

 意味がわからなかった。

 金髪碧眼の少女は言葉を失った。仮面の男が言わんとすることの意味が飲み込めず――ぼさぼさの長い金髪をぶら下げて、数日間、何も食べていないにしては健康的すぎる色艶の肌を硬直させる。

 そして一泊遅れてその意味を理解して、真っ青な瞳の周囲に激情の涙がにじんだ。

 

 

 

「――()()()()()()()()?」

 

 

 

 吐き出されたのは形容しがたい、底知れない憎しみがこもった声だった。

 父と母の敵が生きている、という事実の前では、ありとあらゆることが些事のように思えた。眼前に立っている怪人の正体とか、自分が不死身になったとか言うふざけた物言いとか、気になる他のことが全部吹き飛ぶぐらいに。

 

 これまで新聞やラジオのような情報に触れる機会がなく――医師がそういう刺激的な情報から少女を隔離したのは当然だろう――何も知らなかったからこそ、シャルロッテはその匂わせるような言葉に食いついた。

 きっと仮面の下で笑っているであろう男が、猫なで声と共に肩をすくめた。

 

 

「公式では賊徒(テロリスト)はみんな死んだことになってマスヨ、実行犯は射殺されてますしネ。でもあの爆弾テロはいろいろときな臭い裏があンデスヨ、僕って情報通の貴族なのでわかっちゃウんデス」

 

 

 へらへらと軽薄な声で、山羊角の仮面がせせら笑うように情報を投げつけてくる。

 シャルロッテ・シャインは今すぐこの不審者に飛びかかりたい気持ちを必死に抑えつけた。胸の中を荒れ狂う激情を思えば、知っていることを全部喋れと脅したっていいぐらいだった。

 

 何一つとして男の言が正しい保証はない。病室の外にある気配は、この男が身辺警護の人間を雇える身分にあることを示していた。

 何よりこんなおかしな格好をして、病院を我が物顔で歩いていること自体が――この男が平民には手出しできない特権階級であることを示していた。

 

 怪人の言の真偽はわからない。

 何日も身体を動かずにいた小さな女の子に過ぎないシャルロッテが、身長一八〇センチほどもある成人男性を脅すのはとても難しいことだった。

 

 

――考えなきゃ。わたしが、どうすればいいのか。

 

 

 幼い少女が必死に考えを巡らせた末、ぽつりとこぼした言葉がすべてだった。

 

 

 

「……わたしに、何を、させたいの?」

 

 

 

 理解が早いシャルロッテに満足したように、仮面の男はウフフフフと笑った。

 気味が悪い、とシャルロッテは思った。そんな少女の嫌悪などどこ吹く風で、山羊角の不審者はセールスマンの営業トークみたいに調子がよかった。

 

「取ッテ食イはしませんヨ、お嬢さん(フロイライン)――簡単なことデス、君ニハ優れタ才能がありマス。前に小学校で検査ヲ受けたデショウ?」

 

「覚えて、ない」

 

「エェ、チビッ子にとっては身体検査の項目が一つ多かったってだけデショウからネ。とにかく大事なのは、君には僕が望ム適性があるってコトデス。機甲駆体(バレットナイト)を超人の高みで操縦するための、馬鹿げた素質がね――きっと東海岸で名高い〈剣の悪魔〉と同じぐらい強クなれマス」

 

 シャルロッテには男がいっている言葉の意味がわからなかった。

 それが本来、先天的素質など必要としないはずの電脳棺への高次適性――現代文明がオーバーテクノロジーを持て余しているがゆえの錯誤――を意味することも、機甲駆体なる兵器がどういうものなのかも、〈剣の悪魔〉がどんな存在なのかも、シャルロッテ・シャインは知らない。

 

 裕福な平民の父母に愛され、のびのびと育てられた少女はまだ、暴力と流血と破壊が渦巻く世界の暗がりを知らないのだから。

 本当ならば殺し合いなど知らずに済んだかもしれない、幼い少女を奈落の底に引きずり込むため、悪魔じみた男は甘言をささやく。

 

 

「僕の道具になってくだサイ、シャルロッテ・シャイン――君が使える駒になッタそのとき、復讐を遂げさせてあげマショウ」

 

 

 長い沈黙だった。

 この名前も知らない、素顔さえさらそうとしない怪人の言葉の何が信じられるのか、シャルロッテには何もわからなかった。

 まだ一〇歳にもならない彼女にもわかるほど、眼前の男には信用できる要素が何もなかった。ひょっとして見舞客が今まで来なかったのも、この男の仕業なのかもしれない――そう、年齢にしては聡いシャルロッテは勘づいていた。

 

 ただ一つわかるのは、この怪人が自分に対して高い利用価値を見出していることだけだ。

 ただ予感があった。

 ここで仮面の男の提案を蹴れば、()()()()()()()()()()()という真偽不明の言葉を検証する術もなくなる。

 

 

――許せない。

 

 

 自分は()()()()()()()()を奪われたのに、それを手引きした誰かがのうのうと息をしているなんて耐えられなかった。

 道徳も良心も燃やし尽くすような、烈火のごとき憎しみの果てに――シャルロッテ・シャインはそっと右手を差し出した。

 華奢(きゃしゃ)で頼りない子供の手が、異形の怪人に対して伸ばされる。

 

 

「…………あなたのお名前、教えていただける?」

 

 

 男が薄く笑った。

 きっと口の端がつり上がった、薄ら笑いをしているに違いない声音で――深々とお辞儀をして、彼は名乗った。

 

 

 

 

「僕の名前ハ、ゲオルギイ・カザール――君に復讐の蜜の味ヲ教える先達デス」

 

 

 

 

 シャルロッテ・シャインの手を包み込んだ指は、熱くもなく冷たくもなくて、芝居がかった物言いに反して平凡だった。

 それが悪魔のものには思えなくて、金髪碧眼の少女はただぼんやりとそれを眺めた。

 他人事みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















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