機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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逸脱者

 

 

 

 

 

 

 

 

――虚空現象体(アカシャ・フェノメノン)の再定義を受諾。

 

 

 

 

――自動補完機構の恒常性促進を確認、再物質化プロセスが完了しました。

 

 

 

 

 誰もが、息を呑む光景だった。

 虹色に光り輝くエーテル粒子の輝きが、白亜の壁で覆われた室内を満たしている。

 ここはミトラス・グループの保有する研究施設、その医療部門――無数のケーブルで繋がれた電脳棺の筐体(ハードウェア)が、まるで本物の棺桶みたいに並べられた部屋の中では、尋常ならざる現象が起きていた。

 

 室内に並べられた計器類を見て、研究員たちが数値を測定していく最中、ゆっくりと電脳棺の蓋が開いていく。

 それはちょうど機甲駆体で用いられている巨人の脊髄に、棺桶そっくりの外殻を取り付けただけのシステムだった。

 

 ブラックボックスそのものであるそれは、たった今、従来とは異なる利用方法が発見されようとしていた。発光する半透明の物体から、ゆらりと人間の腕が生えてくる。それは成人男性の腕だった。

 上半身を電脳棺から抜き出して、何度か瞬きしたあと、片目を失っていたはずの青年は大きな声で叫んだ。

 

「み、見える……俺の右目、見えるようになった!」

 

 彼の右目は、砲弾の破片を浴びて大きくえぐれてしまったはずだった。しかし今、信じられないことが起きたと目を見開いている青年の顔には、傷一つない。

 その両隣に設置されていた電脳棺から目覚めた二人も同様だった。

 この研究施設での治験に同意したときとは大きく異なる姿――破滅的な戦争が多くを奪う前のそれに復元された肉体――となった青年たちは、歓喜に満ちた声を張り上げた。

 

「私の左脚もだ……地雷で失ったはずなのに!」

 

「……不思議だ、頭が軽いんだ……ずきずき痛んでた脳みそが、戦争の前みたいに……すっきりしてる……!」

 

 あらゆる傷が癒やされ、失われたものが復元されていく――まるで教会の聖典に書かれている救世主の伝説みたいだった。治験の様子をクロガネと共に視察に訪れていたエルフリーデは、想像を絶する光景を目にして固まっている。

 

 少女騎士の護衛対象であるクロガネはといえば、相変わらずの仏頂面で治療が上手くいったことを見届けて、静かに頷いている。

 彼が何を考えているかはわからない。

 

 エルフリーデにもわかるのは、間違いなくこれがクロガネ・シヴ・シノムラ――旧世界から悠久の時を生きる先史文明種(プリカーサー)、その知識なしには成し遂げられない結果だったということだけだ。

 

 

――これじゃ本物の救世主みたいだ。

 

 

 半ば呆れにも似た感嘆が、ため息と共に吐き出された。バナヴィア人の信じている伝統宗教では、〈始まりの御使い〉と呼ばれる人物が神の奇跡をもたらしたとされている。

 驕り高ぶった人類への罰を謳う旧約聖典に比べて、現在、人々に信じられている新約聖典はとても優しい内容で知られている。

 幾度もの繁栄と破滅を繰り返した果てに、人類の罪深さを背負う救世主の誕生と、それ以後の世を導く教えが生まれた――そういう物語が、バナヴィア教会に伝わる聖典である。

 

 

――もしかしてクロガネって宗教とか神話とかの元ネタだったりする?

 

 

 エルフリーデは突拍子もない考えに至って冷や汗を掻いた。これまでにもクロガネ・シヴ・シノムラと彼の影響下にある科学者たちは、それまでの常識を越えるような道具を作り出してきた。

 

 この伯爵にとっては虎の子であろう極めて高度な光学迷彩技術、瞬時に時速六〇〇キロメートル超にまで加速する次世代バレットナイト、ミサイルの誘導機能を妨害する高度なジャミングシステム――それらはいずれもエルフリーデの命を救ってきたすごい技術の結晶である。

 

 だが、今ここで起きている事象は明らかにそういう次元を飛び越えていた。

 失った眼球や手足が復元され、戦地の悪夢に悩まされる脳みその焼き付きが完治される。途方もないその成果は、どうやら科学技術によって再現される事象に過ぎないようだった。

 

 ベガニシュ帝国が凄惨な消耗戦で大量に生み出した、肉体に大きなダメージを受けた人々――この先、何十年も続く彼らの人生に、大きく影を落とすはずだった戦傷――は、たった今、既存の医学では達成不可能な領域の治療で蘇ったのだ。

 

 

「すごすぎる……」

 

 

 うめくように呟いた。庶民であるエルフリーデ・イルーシャには想像もつかなかった、電脳棺の平和利用の形だった。

 まるで救世主が起こした奇跡みたいな光景に、さしもの天然ボケの少女も唖然とするしかなかった。

 

 ふと、クロガネが(きびす)を返した。遠巻きに被験者たちの様子を見守っていた男は、恩着せがましいことを何一つせずに、さっさと部屋の外に出てしまった。

 ほとんど宗教書の一節みたいな光景に反して、あまりにもそっけない反応だった。栗毛の少女は慌ててその背中を追った。

 背後でドアが閉まったタイミングで、少女騎士は率直な疑問をぶつけた。

 

「ちょっと待ってください、いいんですか?」

 

「何がだ?」

 

 黒髪の美青年は、足を止めてエルフリーデの方を振り返った。

 切れ長の目がこちらを見つめてくる。エルフリーデはその黄金の輝きに魅入られそうになりつつ、自分の気持ちをぶつけた。

 

「あなたは、戦傷を負ったバナヴィア人を治した。わたしには想像もつかないすごい技術でそうした。なら少しぐらい、感謝されたっていいはずです――」

 

 エルフリーデ・イルーシャはたぶん、クロガネ・シヴ・シノムラという人間のことが好きだ。善良で慈悲深く、何よりも真面目すぎて世界を背負おうとするような男の優しさを知っている。

 

 そういう人だから、どうにかして幸せになって欲しいと強く願ってしまう。少女はとても素直な性格だから、然るべき感謝を受けるべきだと思ったのだ。

 だが、そういうエルフリーデの素朴な感情は、クロガネの意見とは異なるようだった。

 

「エルフリーデ。彼らの治療は、断じて上手くいくかわからない試行錯誤の果てなどではない。これはすでに技術的に確立された()()()()()の確認に過ぎなかった」

 

「えっ……?」

 

「――()()()()()()()()()。大陸間戦争で後遺症を負ったバナヴィア人すべてに対する再生医療プログラム、いずれバナヴィア全土で実施される社会復帰支援の根幹を成すテクノロジーだ」

 

 とんでもないことを聞かされていた。エルフリーデは今日ここに来るまで、詳しい事情を知らないままだった。何せ先日のバドムア子爵ゲオルギイ・カザールと、その私兵シャルロッテ・シャインのことで手一杯だったのである。

 

 伯爵家を襲撃するような危険人物が、堂々と領内に居座っている異常な状況と、その対策に関する協議――いけ好かない機械卿ハイペリオンや警備責任者とも何度も話し合った――で時間が取られっぱなしだ。

 クロガネの護衛として、ロイとリザを残して研究施設の中に入って、ようやく視察目的が飲み込めたぐらいに忙しかった。

 

 

――ちょっと待って、これと同じことを何万もの傷痍軍人に?

 

 

 途方もない施策だった。少なくともエルフリーデ・イルーシャが父から受けた歴史の授業では、このようなことを実施した社会はなかったように思う。

 絶句する少女の顔を見て、クロガネは我が意を得たりとばかりに頷いた。

 

「そう驚くな。たしかに電脳棺の復元作用を利用した試みは初めてだが――過去に存在した機械知性社会主義の体制下では、幾度か試みられた思考ではある」

 

「ええっと……?」

 

 聞き慣れない単語が出てきた。少なくともバナヴィアとベガニシュを中心にした歴史の講義では、まず出てこない範囲の知識らしい。

 そういえば眼前の男は不老不死なのだ。一〇万年前の旧文明滅亡から、現在に至るまでの人類史をその目で見てきた天文学的若作りなのである。

 エルフリーデの把握していない遠い昔の出来事ぐらい、するっと口から出てくるかもしれない。

 

「先史文明種の滅亡後、古代バベシュ文明以前に存在した政治体制の一つだ……気にするな」

 

「クロガネ、意味深なキーワードだけ出してそれやるの、ものすごく印象悪いですからね?」

 

 この男が「気にするな」と言うからには、本当に差し迫った現実とは関係のないことなのだろう。知的好奇心をひとまず落ち着かせて、エルフリーデは脱線しかけた話題を修正した。

 

「それで……あれってどういう仕組みなの」

 

「電脳棺のちょっとした応用だ」

 

「クロガネ、それ説明になってない」

 

 じっとりと半眼で睨み付けると、黒髪の美男子は肩をすくめて応じた。いつも通りの生真面目なディレクターズスーツ姿、身長一八八センチメートルの長身にもかかわらず愛嬌のある仕草だった。

 まったくもう、と少女が頬を膨らませると、クロガネは饒舌(じょうぜつ)に語り始めた。

 

「電脳棺による情報化とは、生物的メカニズムの塊――物質として存在する人間を、超高密度のエーテル粒子として再構築する行為だ。ここまではいいな?」

 

「ええ、まあなんとか……つまり生身のわたしが(ほど)けて、バレットナイトの脊髄に融合してるのは、その間だけエーテルに変換されてる、と」

 

「ああ、そして電脳棺に溶け込んだ人体は、融合解除のときに物質として再構築される――このときエーテル粒子は存在の設計図というべき、()()()()()を参照している。それは最も通俗的な観念に言い換えるなら、人間の魂と呼ぶべきものだ」

 

 ぶっ飛んでる解説だった。過去に存在したすごい科学文明の遺産について尋ねたつもりが、胡散臭いオカルト話をされた気分――鼻白んだエルフリーデの気持ちはしっかりと顔に出ていた。

 クロガネはむしろ愉快そうに、目を細めて微笑んだ。

 

「いい加減な話に聞こえるか? だが実際のところ、先史文明種の遺産は――その到達点に関してはオカルトじみているものだ。俺もそれなりに長い時間をかけて勉強したつもりだが、それでも完全に理解しているとは言いがたいほどに高度な技術の結晶体だ」

 

「えーっと、つまり……人間の設計図みたいなものが概念として存在していて、目を失った人や手足を失った人には、その設計図で元通りになるよう働きかけた?」

 

 なんだそれ。

 反則過ぎる、というか空想科学小説の域を超えて胡散臭い神秘体験みたいだ――エルフリーデはなんとも言えない顔になって、クロガネの噛み砕いた説明を必死に飲み込んだ。

 とにかく要点は簡潔だった。

 

 あれは電脳棺(サイバーコフィン)というオーバーテクノロジーを利用する限りにおいて、決して奇跡でもなんでもない事象なのである。

 今まで実現していなかったのは、ベガニシュ帝国を初めとする現在の人類が、電脳棺の取り扱いをほとんど理解していないからなのだろう。

 そこまで考えて、エルフリーデ・イルーシャは素朴な疑問を抱いた。

 

 

「あれ? じゃあなんでわたしの左目の傷は消えてないんです……?」

 

 

 悪意のない一言だったが、効果てきめんであった。場の空気が冷え込んだ。クロガネはそれまでの語りのなめらかさが嘘のように、目を伏せて黙り込んだ。

 そして鉛のように重たい空気をまとって、謝罪の言葉を投げかけてきた。

 

「…………すまない。今の俺の技術力では、お前のその目の傷を消すことはできない」

 

「んっ?」

 

 エルフリーデは小首をかしげた。

 そして自分が盛大な失言をしたことに気づいて、だらだらと冷や汗を掻いた。流石に今のはだいぶ空気が読めてない、というか皮肉たっぷりの発言にしか聞こえない。

 大陸間戦争の英雄と謳われた少女は、気まずさを誤魔化すように早口になった。

 

「あぁいや、クロガネを責める気はないです。今のは純然たる疑問ってやつです、ほら伯爵、辛気くさい顔しない――この話はやめましょう、ね!?」

 

「……そうだな、エルフリーデ。俺もお前のそういうところに慣れるべきかもしれん」

 

「うぐぐぐ……!」

 

 仕方ない子を見る目だった。あまりにも不名誉なので反論したかったが、エルフリーデは流石に自分が原因とわかっているので言い返せなかった。

 海賊めいた傷あり(スカーフェイス)の少女は、クロガネ・シヴ・シノムラの生暖かい視線を浴びて苦悶していた。

 ともあれ、エルフリーデの問いかけに対して、善良なる不死者は答えることにしたらしい。

 そうだな、と言い置いて――男はこう告げた。

 

 

「あるいはお前が、特別だからなのかもしれない。それは血筋で継承されることのない、確率論的奇跡の産物――人間の形(たましい)を自らの認識で書き換える逸脱者(イレギュラー)だ」

 

 

 その淡々とした言葉を聞いて、エルフリーデは思い出す。

 それは数ヶ月前、父母の仇である剣鬼セヴラン・ヴァロールと戦ったときに聞いた言葉に似ていた。

 

 

――なるほど、君はどうやら本物らしい。我らが総帥殿と同じ逸脱者(イレギュリエ)か。

 

 

 薄ら寒いような感覚に襲われる。親愛なる我らが伯爵様と、あの悪意に満ちた剣鬼セヴランが同じはずもないのに。

 奇妙な既視感に襲われながら、エルフリーデ・イルーシャは視線をさまよわせた。

 どう反応すればいいかわからない言葉だった。そんな少女の戸惑いを余所に、クロガネは淡々と続けてこう言った。

 

「その目の傷跡は、おそらく……お前自身が、左目を傷つけられたあとの自分を再定義した結果だ。自分自身の姿形として、エルフリーデ・イルーシャは深い傷跡すらも受け入れ超克した。その証とも言えるだろう」

 

「うーん……普通なら治ってるはずの傷が残るのって、どっちかっていうと普通より不便な体質じゃない?」

 

 クロガネの言葉は、エルフリーデの特異な才能を褒めるような響きを帯びていたが――失った手足すら取り戻した人々を見たあとでは、ただ単純に不利なだけのようにも思える。

 

 この左目の切創の痕が残った理由は、ある種の特異体質なのだと言われてしまえば、そんなものかと納得するしかない。

 結局のところ少女は全然ピンとこなかったので、小首をかしげるばかりだった。

 

 自らの顔に消えない傷跡をつけられてなお、何かを恨むことなく健やかに心を保っていること自体が、クロガネにとって賞賛に値することなのだと――エルフリーデには実感できなかったのだ。

 ぽやぽやとした少女騎士の表情を目にして、クロガネはふと微笑んだ。それは長く過酷な旅を続けてきた巡礼者が、雲間から差し込んだ日の光に目を細めるような光景だった。

 

 

 

 

 

「俺がエルフリーデ・イルーシャを愛しているのは、お前がお前だからだ。それを、忘れないでくれ」

 

 

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは時間が止まったように硬直した。そして次の瞬間、顔を真っ赤にしてすっとんきょうな声をあげた。

 

 

 

ほぇあ!? な、なななっ、何を――!?」

 

 

 

 クロガネは肩をすくめると、振り返ることなくすたすたと歩き出す。口説き文句を通り越して、愛の告白みたいな言葉をぶつけられてエルフリーデ・イルーシャは混乱していたけれど。

 そんな少女を心の底から愛おしむ男は、エルフリーデの抗議の声を背中に浴びても涼しい顔をしていた。

 

 

「行くぞ、我が騎士」

 

 

 深い茶色の髪を揺らして、エルフリーデは嘘偽らざる本音をぶっちゃけた。

 

 

 

「……これって反則じゃない!?」

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは初心(うぶ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















たぶん画面外でロイとリザも軽口交えてイチャついてます。






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