機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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変わりゆく世界で

 

 

 

 

 

 

 

 間違いなく、それは世界を変える発明だった。

 にもかかわらず不気味なほどに、クロガネの生み出した奇跡にも似た治療法に関しての情報は、表向きはマスメディアにも出てきていなかった。

 治療を受けた被験者も、経過観察のために医療施設で隔離されていたから、ひとまず関係者以外にこの電脳棺による復元療法を知るものはいない。

 

 そういう情勢下でヴガレムル伯領は一〇月を迎えていた。

 季節は秋――バナヴィアは収穫祭の時期を控えて、領内のあちこちが浮き足立っている。数年間、ずっと続いていた大陸間戦争の終結は、人々に祭日を祝うという当たり前の感覚を思い出させていた。

 

 

「……誰も知らないっていうのも、それはそれでやだなあ」

 

 

 昼食を終えた午後のひととき、エルフリーデは屋敷の一室で椅子に座ってそうぼやいた。収穫祭に向けての準備に向けて大忙しのクロガネとロイは、相変わらず領内を飛び回っているようだった。

 クロガネの騎士であるエルフリーデが、今こうして伯爵家のお屋敷にいる理由は単純だ。

 

 休暇である。ドナヴァルク市での戦闘以後、遭遇した敵戦力の評価レポートに加えて、電撃的に襲来したゲオルギイ・カザールに対する備えなどでいろいろと忙しかった分、しっかり休むように申しつけられてしまったのだ。

 四八時間の休息を義務づけられた、ともいう。

 

 そんなこんなでエルフリーデ・イルーシャは今、屋敷の書斎で過ごしていた。日課の筋トレとランニングを終えて、気持ちよくシャワーを浴びて、洗濯してある清潔なシャツを着て読書に励もうというわけである。

 元来、エルフリーデは読書家なのだ。ここ一週間ほどが激動過ぎて、まだ手をつけていなかった新刊はごまんとある。

 

「……むう」

 

 だが身が入らない。下手な空想科学小説よりも現実離れした光景を見せられてしまって、少々、気が落ち着かないのである。

 かといってリザやティアナ相手の雑談に持ち出すわけにも行かない。部外秘の機密情報をぺらぺら喋るほど、エルフリーデ・イルーシャは口が軽くないのである。

 

 そんなときだった。エルフリーデの鋭敏な聴覚は、自分の後ろに音もなく近づいてきた誰かさんの存在を捉えた。極めてスムーズな体重移動の痕跡を感じさせる、人体よりも密度の高い物質で構成された駆動体の足音だ。

 

「ハイペリオン、どうしたの?」

 

 エルフリーデは振り返りもせず、そう問いかけた。またぞろ面倒くさい話題をふっかけられるのかと思ったのである。

 

「ええまぁ、クロガネが民衆の救済者と呼ばれるか、社会の分断を加速させた悪魔と呼ばれるかはまだわかりませんがねぇ。エルフリーデ様がそのように落ち着かれないのも当然かと思いますよ、私めは」

 

 露骨な話題提起だった。エルフリーデは手元の文庫本を閉じると、ゆっくりと後ろを振り返った。

 赤い瞳が疑念に揺れる。

 

「……知ってるの?」

 

「ご安心を。私はヴガレムル伯領のセキュリティ・クリアランスにおいて最上位の権限を有していますし、書斎周辺の人払いは完了しております。この部屋はレーザー盗聴器に対しても耐性を備えていますので、存分にお話しになっていいのですよ?」

 

「そっか、じゃあ話しますね――率直に言って、ハイペリオンはあの技術をどう思ってる?」

 

 エルフリーデはハイペリオンのことが苦手である。フィルニカ王国の事件のときの挑発など、今思い返してもぶん殴りたいぐらい腹が立つ台詞だったと思う。それはそれとして、この機械仕掛けのブリキ缶紳士の仕事ぶりは高く評価していた。

 

 少女騎士はある種の信用を担保にして、ハイペリオンの意見を尋ねたのである。フロックコートを着込んだ機械卿は、手袋で覆われた両手を組んで、考え込む芝居をした。

 見え透いた大仰な仕草である。人間以上の思考速度と記憶容量があるハイペリオンが、そのように思索にふける必要は存在しない――彼の動作はすべて、人間くさく自分をアピールするための小手先のテクニックだ。

 

「クロガネにしてはハイリスク・ハイリターンの行動に出た、と評価できるでしょう。彼の狙っている電脳棺(サイバーコフィン)の平和利用は、戦後の社会で厄介者扱いされかねなかった人々を、新たな社会資本として再評価させるものです。しかし同時に、それが新たな争いの火種になる可能性も孕んでいます」

 

「うーん……? ちょっと待って、戦争で傷ついた人を健康にする技術が、どうしてよくないことを引き起こすの?」

 

 エルフリーデが目にした奇跡のような光景は、ボロボロの体と心を抱えていた若者たちに、心身の健康を取り戻させる素晴らしいもののように見えた。何故、ハイペリオンがそれを危険視するのかわからず、少女は首を傾げるしかなかった。

 予想に反して、ハイペリオンはエルフリーデを煽ったりはしなかった。ただどこか愉快げに、ちょっと意地悪な学校の先生みたいな口調で例え話を出した。

 

 

「では思考実験をしましょう。戦争で手足を失った人間と、事故で手足を失った人間。どちらの治療がより優先されるべきだと思いますか?」

 

 

 少女は直感的に正解を選べない類の問いかけを受けて、言葉に詰まった。

 息を呑んだエルフリーデの顔を眺めて、ブリキ缶みたいな頭の紳士は、三日月型のスリットが入った口でねっとりと猫なで声を放った。

 

 

「――ほら、()()()()()()()()()()。クロガネの打ち出そうとしている社会復帰支援プログラムは効果絶大ですが、影響が大きすぎて治療の順番待ちになるだけでも格差と不満を生むかもしれない、というのが私めの理解です」

 

 

 ハイペリオンにしてはすごく真面目な言動だった。その真っ当さに毒気を抜かれつつ、エルフリーデは自分にも理解できる範疇(はんちゅう)で反論を試みた。

 

「……それってほら、電脳棺の台数を増やして対応できないのかな?」

 

「もちろんクロガネはそれを視野に入れて拡充して、治療体制を構築するつもりなのでしょう。事後のリハビリやカウンセリングも考えると、工場のライン作業のようには行きませんからねぇ――それにほら、完全に治癒させてしまうということは、既存の医療事業に対する影響も大きいんですよ。伝統的宗教などの保守的界隈からの反発も考えると、いやはや面倒くさいですねぇ、これ」

 

「聞いてるだけで嫌になってきたよ……」

 

 エルフリーデはげんなりした。元々、中流階級の文学少女を自称するところのエルフリーデ・イルーシャは、そういう政治とか経済とかが深く関わってくる議論について行けるほどの下地は自分にないと思っている。

 だいぶ噛み砕いた説明であろうハイペリオンのそれでさえ、聞いてるだけでうんざりしてくるのだ。

 

 実際にヴガレムル伯領の統治者であり、今ではバナヴィア都市連合という政治的共同体の旗振り役もしているクロガネ・シヴ・シノムラが、どれほどの困難に直面するのか――聞いているだけで恐ろしくなる話であった。

 あるいはそのように、すんなりと固定観念を捨てて話を聞けるのが、少女の聡明さではあるのだが――そういうところの無自覚さを、ハイペリオンは面白がっているのだった。

 

 

「また倫理的な面でも問題が見受けられますねぇ。電脳棺の自動補正機構は、大量に集められた人間のデータを参照して、()()()()()()という概念を補正しています。存在の設計図(プリセット)をそのまま参照するのは、あまりにも危険であり差別的だからです」

 

 

 ちょっと話の方向がずれてきたな、とエルフリーデは思う。これまでの説明は、要するに「クロガネの発明がすごすぎるので社会的影響力も大きくなりすぎる」という話だった。

 しかし今、ハイペリオンがしているのは、より深淵なる領域の話である。納得ができなかったので、少女は率直な問いを発した。

 

「んんっ? ちょっと待って、なんでそこで危険とか差別とか、そういう言葉が出てくるの? そりゃ優先順位とか利害関係とかで揉めるのはわかるけどさ、大怪我を治したりするすごい技術でしょう?」

 

 気づくとエルフリーデは、椅子ごとハイペリオンの方を向いて議論に参加していた。少女の赤い瞳は、如何なる欺瞞(ぎまん)も許すまいと機械仕掛けの紳士を捉えている。

 彼女はただ、クロガネ・シヴ・シノムラという人物の善を為そうとする意思を信じていた。ゆえにその選択に潜む道徳的欠陥という指摘は、看過できなかったのである。

 ハイペリオンは動じない。彼は胡散臭い語り口を崩さず、エルフリーデに対してこんな例え話を出した。

 

 

「そうですねぇ、例えばですが――生まれつき病弱な身体だった人間の()()()()姿()とはなんですか? 彼もしくは彼女は、他人よりも病気になりやすい肉体へ復元されることが自然なのですか?」

 

 

 機械卿の言わんとすることを理解して、エルフリーデ・イルーシャは絶句した。人間が戦災や事故で失った肉体を復元する技術は、その根幹からしてある種の不平等を持っているという事実を突きつけられたのだ。

 

「…………ちょっと待って、それって」

 

「電脳棺による根本的再生療法は、たしかに先史文明においても想定された使用法の一つでした。しかし同時にその運用には、クロガネにすら外せない厳しい倫理プロテクトがかけられています。現在の人類では数億年かけても解除できないでしょう――えぇ、ですから洗脳や催眠などの悪用の心配はしなくていいですよ?」

 

「うぁ……」

 

 エルフリーデが想像もしていなかった問題点の指摘が次々と飛んできた。こうなってくると、一〇万年以上の過去に存在した超古代文明――先史文明種の遺産である電脳棺の存在がどういうものなのか、少女にもうっすらわかってくる。

 

 それはたぶん、現代とは比べものにならない高度科学文明であると同時に、あまりにもエルフリーデたちの価値観とかけ離れた倫理観で動いていた文明の産物なのである。

 その機能の一部を利用する以上、電脳棺による再生療法にもその影は落ちる。

 

先史文明種(プリカーサー)と彼らの先祖である造物主(ライフメーカー)は、いずれも極めて傲慢な思想の持ち主でした。彼らは人間の原型(アーキタイプ)という概念を創造したのですよ。クロガネの方法論は、この危険な思想と地続きのものでしかない――なのでまぁ、手放しで賞賛するのは危うい、というのが嘘偽らざる私めの本音ですねぇエルフリーデ様。参考になったでしょうか?」

 

「……ハイペリオンは今回の施策に反対なの?」

 

 ここまで聞くと、クロガネが背負うことになるリスクは無視できないほど多種多様だとわかってくる。

 おそらくハイペリオンは意地が悪い言い方をしているが、虚偽を口にしてはいない。むしろ当然の事実を口にしているだけなのだと、直感的にエルフリーデは納得していた。

 

 彼の論理には特に穴はない。そうなってくるとよりわからなくなってくるのは、どうしてクロガネがそんなにも危うい手段を執ったのかの理由である。

 今すぐにクロガネに訊いてみたい気持ちをぐっと堪えて、エルフリーデはハイペリオンの出方をうかがうことにした。

 かの機械卿の返答はすぐだった。

 

 

「――いいえ。これから先、クロガネが戦うことになるのは()()()()()()。それを思えば、敵を作ってでもより多くの味方を作れる仕組みは有用性が高い。かつて〈ケラウノス〉探索に身命を賭していた頃とは、彼を取り巻く環境は大きく異なっているのですよ」

 

 

 書斎に並ぶ本という本、技術書から歴史書、古典文学から大衆娯楽小説までカバーされた本棚が並ぶ空間で――ブリキ缶のような頭に空いた二つのスリットが、じっとエルフリーデの顔を見ていた。

 機械仕掛けの万能家令を名乗る存在は、それまでの芝居がかった饒舌(じょうぜつ)さが嘘のようにこう言った。

 

 

 

「クロガネは変わりました――あなたが変えたのです、エルフリーデ・イルーシャ」

 

 

 

 その行き先が光であれ、闇であれ、不可逆のものなのだと言い添えて――観客を気取る低倫理型人工知能は、今を生きる少女の功罪を突きつけるようだった。

 

 

「……そっか」

 

 

 エルフリーデはしばらくの間、目を閉じてじっと考え込んだ。そして自分の答えが変わりないことを悟って、ぱっちりした両目を開いて笑う。

 深い栗色のミディアムヘア、少しくせっ毛でウェーブした髪質、炎のように赤い瞳、雪のように白い肌――クロガネが幾度となくその美しさをたたえる美貌は、強がりではない微笑みを浮かべていた。

 

 

 

「――なら、わたしがあの人の道を切り開くよ。だからたぶん、なんとかなる」

 

 

 

 何の根拠もない断言だった。

 にもかかわらず異様な説得力がある言葉を聞いて、ハイペリオンはおやおやおや、と呟いて肩をすくめた。

 そして皮肉たっぷりの嫌味が飛んできた。

 

 

 

「はははっ、敵いませんねぇ暴力の星の救世主には!」

 

 

 

 エルフリーデは静かにキレた。

 

 

「喧嘩売らないと死ぬのかな、このポンコツ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 























技術チートあるあるの功罪の可能性の話でした。
たぶんハイペリオンはエルフリーデのことは好き。
ウザいけど。



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