機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
バナヴィアにおいて最も盛大な祭りは何か問われれば、それは間違いなく秋の収穫祭である。
晴れ渡った空の下を、大勢の人が楽しげに歩いている。近代的なビルディングと大聖堂を初めとした歴史的建造物が調和する街並みは、平時ではありえないほどの人混みでごった返している。
街の大通りから小道に至るまで、色とりどりの晴れ着を着た人々が行き交う姿で埋まっていた。
彼らが着ている衣装の装いも様々だ。バナヴィア人の民族衣装から中世をテーマにした僧侶や騎士のコスプレ、薄手の布地をふんだんに使った都会風の服装に至るまで多種多様である。
ともあれ普段、ヴガレムル市の風景にはない姿なのは間違いない。
ヴガレムル市に存在する宿泊施設は軒並み満員になっており、祭りが催される一週間は繁忙期が続くという。
さて、秋の収穫祭が何を意味するかと言えば――その起源はずばり、
元々、当時のバナヴィア王家に代わって政権を握った救国卿が、バナヴィア全土の解放を記念して始めた祭りだったのだという。
それまでにも秋祭りは存在しており、温暖なバナヴィア西部や南部ではブドウの収穫を、冷涼なバナヴィア東部ではビールの醸造開始を祝う祭りがあった。
救国卿はこうした地方ごとの特色ある祭りを、
その後の救国卿の失脚や王政復古などの政変を経ても、定着した祭りが消えることはなかった。
当初の政治的な意味合いは薄れて、純粋に秋の味覚を楽しむお祭りとして華やかな祝祭だけが残って現在に至る。
「――というわけで、バナヴィア人にとって秋祭りは楽しいイベントなんですよ。たぶん元々の由来とか覚えてる人はそんなにいないと思いますけどね」
エルフリーデ・イルーシャはよどみなくすらすらと
長袖の白いトップスに膝丈のスカート、黒のストッキングにブーツを履いた秋の装いである。上着として青いコートを羽織ったのがワンポイント、誰の目から見てもお祭りを楽しみに来た中流家庭のお嬢さんという感じのコーデ――よもや最新技術で作られた超薄型の防弾ジャケットを着込んでいるとは誰も思わない格好だろう。
ついでを言うなら、服の下にはごつい軍用拳銃を携帯している。片耳に装着したイヤホンは暗号化された無線機と接続されており、いつでもヴガレムル伯領の警備責任者と連絡が取れるようになっていた。
祝日を楽しむ私服姿に見えてばっちり仕事モードという装い――すらすらと収穫祭について話したエルフリーデは、ふつふつと身のうちに沸き起こる衝動と戦っていた。
――ううっ、ティアナと一緒にお祭り巡りたい!
過激な
大変申し訳なさそうに話しかけてきたクロガネに、愚痴の一つも言いたくなる程度には面倒な気持ちだった。ちなみにティアナの方はといえば、学校の友達と一緒にヴガレムル市での初めての秋祭りを楽しむ予定だという。
ここ数年は大陸間戦争の影響でバナヴィア全土のお祭りが中止されていたので、ティアナ・イルーシャにとっては幼少期以来の祝祭のはずだった。
身辺警護の人間もしっかりいるから、身の安全は大丈夫だろう――クロガネもハイペリオンもそういうところの仕事に手を抜くタイプではない――けど。
ああ、でも、だけど。
――つまりここ数年で最高の可愛いティアナが見られるはずじゃん! なんでわたし仕事してるんだろう!?
自分がクロガネと交わした主従の契約――ティアナ・イルーシャの暮らしが保障される限り彼の騎士として戦う――を忘れて、エルフリーデはちょっと泣きそうになった。
やや情緒不安定な少女である。
さて、エルフリーデの受難の元凶とも言える相手は、可愛らしい着せ替え人形みたいな顔に、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
ふわふわとした黄金の頭髪はポニーテール、ほっそりとした体を包む黒くてフリルたっぷりの可愛らしい衣装、鈴を転がすような甘い声。
「まあ、英雄さんってとっても博識なのね。まるで本物の観光ガイドの方みたいで素敵だったわ――わたしのために暗記してくださったのかしら?」
まるで観光ガイドブックを暗記したような解説だ、と煽られていた。いくらエルフリーデが天然ボケと言っても、目の前で露骨な態度に出されれば気がつく。
金髪の少女の名はシャルロッテ・シャイン。ヴガレムル伯爵の知己ゲオルギイ・カザールの庇護下にある少女であり、おそらくは先日、伯爵一行を襲ったバレットナイトの搭乗者である。
相手が病的な虚言癖でもない限りは、九割方、その疑惑は黒だと思ってよい。
エルフリーデは肩をすくめた。
「ええまあ、予習は得意な方なんです」
「それと英雄さん、どうして敬語なのかしら? わたしたち、もっと距離が近くて然るべきだと思うのだけれど――あんなに刺激的な出会いだったのに」
くすくすと笑うシャルロッテは、金髪碧眼に細面でとにかく絵になる感じの少女だった。年齢は十代前半、おそらくティアナと同じぐらいの年齢である。
小悪魔的嘲笑を受けても、そこまでイラッとしないのはその美しさゆえだろうか。
――いや、やっぱりムカつく。
前言撤回。
どうしてこうなったかな、とエルフリーデは嘆息したい気持ちをぐっとこらえて、精一杯の笑顔で受け流した。
「うーん、そうだね。大丈夫、戦ったらわたしの方が強いから。ちょっと言葉が強くてもお姉さん怒らない――ここまではいいかな?」
エルフリーデは笑顔で挑発した。お姉さんぶりつつ大人げない発言だったのは言うまでもない。
金髪の少女は、くすりと微笑んだ。シャルロッテ・シャインは、まるで着せ替え人形みたいな華やかな容姿に、悪意の棘を添えて笑い返していた。
「二度目はないわ、エルフリーデ・イルーシャ。たとえ〈剣の悪魔〉が相手だろうと、わたしは負けない」
「表向きは無関係ってことになってるんだし、それぐらいの建前は守って欲しいかな……!」
シャルロッテはあの日の空飛ぶトカゲの正体が、自分であることを隠そうともしていなかった。いろいろな政治的力学の末に、ひとまず襲撃者の正体をうやむやにしているヴガレムル伯領の側としては、「舐められている」という感想になりもする。
であるからして客人として丁寧に接するというTPOはギリギリ守りつつ、エルフリーデ・イルーシャはそれとなく釘を刺す羽目になっていた。
正体バレバレの刺客となれ合って、お祭りの見物を案内しなければいけない――あまりにも面倒くさい状況を前にして、それまでエルフリーデの後ろに控えていたリザ・バシュレーがカラカラと爽やかに笑った。
「あはははは、お姉さんの周りって常に面白おかしいトラブルだらけですねえ!」
「リザ、リザ。きみがそれ言うのツッコミ待ちなのかな?」
リザはかなり活動的な格好だった。一〇月に入ってやや肌寒くなってくるヴガレムル市の気候に合わせて、秋物の薄手のシャツにパンツスタイルのボトムス――羽織ったモスグリーンのジャケットの下には、さりげなく脇に吊す小型拳銃のホルスターが一挺。
その気になればいつでも拳銃を使えて、かつぱっと見では携帯しているように見えないという絶妙なコーデだった。このあたりは警察や軍隊ではなく、工作員上がりのリザらしい偽装である。
エルフリーデも腰のポシェットに紛れ込ませて軍用拳銃を携帯しているので、何かあれば即座に武器を使える態勢ではある。
こうなってくるとわからないのは、武器を持った敵対関係の人間二人に連れられてなお、大胆不敵な態度を崩さないシャルロッテ・シャインの肝の据わり方である。
あるいは年齢の幼さゆえに実感がないのかもしれないと思ったが、シャルロッテの視線の動きは訓練を受けた人間のそれだった。
つまりバレットナイトに騙されて乗せられている、可哀想な子という感じのストーリーは破棄しなければなるまい。
――いやまぁ、それこそ洗脳されてるならありうるのかな?
わからない。
何せエルフリーデもリザも、世間一般の女の子の人生と比べたら、明らかに可哀想な子にカテゴライズされる側だろう――他人に言われたら反感は持つが、それはそれとしてその程度の自覚はある。
シャルロッテがどんな人生を歩んできて、どんな理由でヴガレムル伯爵の乗った輸送機を襲い、〈剣の悪魔〉を目の敵にしているのかなんて想像のしようがない。
それっぽい妄想を連ねることはできる。だけどそれは、エルフリーデがスッキリするための虚しい自己満足でしかない。
戦いの中で彼女の思考を
ゆえに
「じゃあ行こうか、
「えっ?」
一瞬、きょとんとした少女の顔は、年相応の幼さが色濃いものだった。それがなんだか微笑ましくて、エルフリーデはにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「きみが言ったんだよ、ロッテって呼んでもいいって。嫌だったかな?」
負けず嫌いなエルフリーデの振る舞いは、一本取ってやったという自信にあふれていた。
シャルロッテは青い瞳を細めると、皮肉っぽい微笑みを浮かべて、差し出されたエルフリーデの手を取った。小さくて可愛らしい、
どんなに訓練を積もうと、皮膚の硬質化すらリセットされる電脳棺利用者の手――その繊細な指先を、エルフリーデの手が包み込んだ。
「いいえ、いいえ。そうね、わたしが言ったんだもの――ええ、いいわ英雄さん。あなたのエスコートに、少しだけ期待してあげる」
シャルロッテ・シャインはどこまでも生意気で強がりだった。彼女とエルフリーデのやりとりを眺めて、褐色肌の少女はやれやれとため息をついた。
「前途多難な一日ですねー……」
◆
さて、バナヴィアの祝祭と言えばもちろん美食である。
元々、美食家として名高いヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラのお膝元ともなれば、さらに食べ物に対しては気合いが入る。
街中では大通りを練り歩くパレードが、公園では威勢のいい音楽コンサートが、日が暮れれば名作と名高い映画の屋外上映会も開かれるけれど――まあそういうイベントもいいものだが、バナヴィアでしか味わえないのはやはり美味しいご飯であろう。
ワインやビールが振る舞われる祭りという色合いも濃いのだが、基本的にエルフリーデは飲酒をたしなまないのでその辺はわからない。
酒は感覚を鈍らせる。
戦地の部下たちは飲酒を好んでいたし、あれでミリアムなどは酒豪なのだが、エルフリーデはどうにもあの味が好きではなかった。
自分はそもそも酒精に酔うということができない体質のようだ――多くの人間は、酩酊してストレスから解放される感覚を好むらしいのだが。
残念なことにまだお祭りは初日、それも午前中ということもあってまだ本格的ではなかった。
となれば開会式の見世物を見せるのいいだろう。主催者側ということもあって、エルフリーデは見晴らしのいい場所にシャルロッテを連れてくることができた。
ここはヴガレムル市にいくつかある階段の上、小高い丘の上の特等席だ。街の大通りを見下ろすことができる。狙撃にはうってつけのポイントなので、当然のようにヴガレムル市警察によって封鎖されていた。
――それにしても、つい先日、テロがあったばかりなのに度胸あるよね。
今はちょうど開会式のパレードの最中だった。シャルロッテ・シャインを案内するという仕事を仰せつかったエルフリーデは、開会式の運行からは外れていたけれど――数年ぶりの開催となる収穫祭は、運営側の人間がパレードに参加するという伝統を守るのだという。
この祝祭を楽しむ人々もそうだが、みんな戦時下の頃では考えられないぐらいに大胆だった。
いくらここが戦争の影響から遠いヴガレムル市とはいえ、終戦から数ヶ月でここまで切り替えられるものなのだろうか。
流石にパレードの進行ルート上には念入りに警備兵が配置されていたものの、それでも見物客で道路の両脇は埋まっている。
そんなお祭りの喧噪に目を細めつつ、エルフリーデはシャルロッテに話しかけた。
「パレード、ここからならよく見えるよ。どう?」
「…………あの方、伯爵様よね? 別人のように……愛想がとてもいいわ……!」
シャルロッテは目をまん丸に見開いて、正直すぎる感想を漏らした。
ちょうど眼下の大通りを、パレードの先頭が通りかかる頃合いだったのだ。
ヴガレムル市の市政を担う市長や収穫祭の運営責任者を引き連れて、パレードの最前列を行く馬車が一台――その先頭で手を振る人物は、見慣れた黒髪の美男子だった。
冴え冴えとした美貌に長身、見間違えようもなくヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラである。
いつもの彼と違っているのはその格好だった。実用性重視の三点揃いの背広姿ではなく、マントまで着用して中世然とした貴族の格好をしているのだ。
あまりにコテコテすぎる。しかもむっつりとした愛想のない表情はどこへやら、今は柔らかな微笑を浮かべて、見物客が並ぶ人混みに手を振っている。
群衆からは黄色い悲鳴や笑い声が上がっているのは言うまでもない。
おおむね好意的な反応である。
――誰だこいつ!?
事前にパレードの進行手順まで知っていたエルフリーデすら、愕然としてしまう光景だった。ましてやゲオルギイとの緊迫したやりとりしか知らないシャルロッテが、印象が違いすぎる状況に戸惑うのも無理はなかった。
困惑する二人を余所に、リザ・バシュレーは
「伯爵様ってピエロの真似事もできたんですねー……意外です」
「……わたしもびっくりだよ、リザ」
ふとエルフリーデは生前の父が言っていたことを思い出した。一軒家の一室で、教師だった父が教えてくれたのは、学校のペーパーテストでは出てこない雑談だった。
――いいかい、エルフリーデ。歴史上、最も愛された独裁者は誰だと思う?
あのとき自分はなんと答えたのか、エルフリーデ・イルーシャは覚えていない。
けれどそれに対する父の言葉だけは、鮮烈に思い出せた。
――いい答えだよエルフリーデ。うん、僕の答えかい?
――それはね、救国卿ルシア・ドーンヘイルさ。彼女は近代バナヴィアの基礎を築き上げると同時に、大勢の貴族を処刑して、貧民を新大陸送りにした人物だ。なのに当時、彼女は会う人すべてに親しまれ愛された。
近代バナヴィアの理想は、市民一人一人が政治に参加する国家である。だが現実に救国卿が作りあげたのは、反抗勢力を徹底的に叩き潰す独裁政治だった。
にもかかわらず彼女は愛された。
ヴガレムル伯領は矛盾した土地である。市民革命が起きた近代バナヴィアの発祥地でありながら、今ではベガニシュ帝国の貴族制に組み込まれ、その体制下で繁栄を謳歌している。
その発達した重工業を生かして大陸間戦争において富を蓄えたことが、その矛盾を強めた。あらゆる資源を消費する戦時下において、ヴガレムル伯領は経済的に豊かな中流階級の市民を育てることに成功した。
市長選などの選挙は行われているものの、その本質が領地と企業グループの双方を掌握しているクロガネ・シヴ・シノムラの支配にあることは疑いようもない。
それはバナヴィア人のアイデンティティと矛盾する現実なのに、彼は市民に愛されていた。
「素敵な領主様なのね、クロガネ卿は。みんな
ベガニシュ人であるシャルロッテ・シャインには、エルフリーデが感じている薄ら寒さはわからないようだった。
貴族が領民を支配して、体制を形作るのが当たり前のベガニシュ帝国の臣民にとって、それは疑問に思うようなものではないのだ。
たぶんエルフリーデ・イルーシャは今、初めてクロガネの才覚を恐ろしいと感じている。
彼に対する親愛も信頼も消えていないのに、ふと可能性を見出してしまったからこそ――盲目的に断ち切るわけにもいかない思考だった。
「うん、そうだよ。クロガネ・シヴ・シノムラは……すごい人なんだ」
エルフリーデの呟きに応じるように、リザがぼそっとこう言った。
「
エルフリーデは噴き出すと、肩を震わせながら忠告した。
「……リザ、リザ。きみって時々、シンプルな暴言を吐くタイプじゃない?」
「えぇ!? 事実を指摘することが罪なんですか!?」
「そういうのよくないと思うなぁ!」
ぷっ、と金髪碧眼の少女が吹き出した。
「ふ、ふふふっ……ごめんなさい、お二人がとても面白いから、つい……ふふっ」
二人のコントみたいなやりとりに釣られて、とうとうシャルロッテまでくすくすと笑い始めた。
とりあえず向こう一日は、異常に愛想がいいマント姿のクロガネを思い出すだけで笑える――そんな他愛のない連帯感が、三人の間に芽生え始めていた。
魔法みたいに。