機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
我らが伯爵様の道化じみたパレードのあと、お祭りは本格的に始まった。
もちろんこの収穫祭の主役は食べ物である。
よって三人の少女たちは、ソフトドリンクを片手に食べ歩きをすることにした。
リンゴ味の炭酸水――アップルサイダーの入った大きな紙コップを片手に、エルフリーデがシャルロッテをまず連れて行ったのは鶏の丸焼きを売っている屋台だった。
戦場で磨いた勘働きによって、見渡す限りの屋台の中から一番美味しそうな店を嗅ぎ分ける――よく焼けた香ばしいにおいを感じながら、片目に傷のある少女は勢いよく注文した。
「おじさん、三つちょうだい!」
「あいよ、三人前ね!」
愛想のいいバナヴィア人の中年男性が、大きなナイフで鳥の丸焼きを切り分けていく。したたる肉汁を見つめながら、エルフリーデは三人前の代金を支払った。
切り分けられた肉は薄焼きのパンに挟まれ、サンドイッチとして提供された――これで手を汚すことなく片手で食べられるというわけである。
素晴らしいバナヴィア人の知恵である。パンはかなり薄く焼かれており、主食というよりは間食としてお腹に溜まらないボリュームに抑えられている。
それもそのはず、このお祭りではお酒のつまみとして食事が売られているので、食事としての食べ応えはあえて控えめなのである。
薄焼きパンのサンドイッチを頬張る。パリパリの焼きたての鶏皮と、肉汁があふれ出す鶏肉、ほどよい塩気が絶妙であった。
素晴らしく美味しい。エルフリーデは無言でサンドイッチを完食すると、弾けるような笑顔になった。
「うーん、美味しい! ヴガレムルのお祭りは初めてだけど、ローストチキンって絶品だね!」
「英雄さん、テンションがちょっとおかしいわ……!」
「いえ、お姉さんはこういう感じの人ですよ」
「何かすごいしたり顔だわ……!」
金髪碧眼の少女は、美味しいものを前にしたエルフリーデのテンションの高さにやや引いていた。しかしながらその自然体のリアクションに勇気を出して、屋台の焼き肉サンドイッチにかぶりつくことにしたようだった。
ぱくり、と小さな口がローストチキンを包む小麦の皮をかじり取る。もぐもぐと控えめな
「美味しい……!」
「塩焼きでここまで美味しいのは技量って感じですよねー」
リザは気だるげなテンションでサンドイッチを食べている。わりと食事のときは落ち着いているタイプなので、エルフリーデやシャルロッテほど体当たりの反応はしないのである。
ともあれ三人は美味しくローストチキンを完食した。エルフリーデ・イルーシャはちょっと上がったテンションのままに、次のお店に行こうとした。
「よし、じゃあ次はソーセージとかどう? ヴガレムル風ソーセージは大きくて食べ応え抜群なんだよ!」
「お姉さん、お姉さん、肉料理を二連発はキツくないですか?」
「えー? ロッテはどう思う?」
リザの指摘に対して、エルフリーデはやや不満げだった――なので最終決定権をシャルロッテに投げることにした。
自然体である。シャルロッテが潜在的な敵であり客人であることなど、綺麗さっぱり忘れたような対応だった。
その素朴すぎる問いかけに面食らって、ポニーテールの少女はしばらくの間、考え込むように黙った。
しげしげと屋台が建ち並ぶ広場を見渡す。やがてシャルロッテは自分が食べたいものを、おずおずと主張した。
「……あちらのお店が、気になるのだけれど。いいかしら?」
「んー、あれは……蒸した貝だね! うん、きっと美味しいよ!」
エルフリーデはシャルロッテの指さした店を見て、一瞬、目を細めた。
北海で採れる海の幸、ムール貝の酒蒸し――生前の父の大好物だったメニューである。普段は食事に対して質素、無頓着でサンドイッチにチーズ一かけでもあれば満足という人だったが、この酒蒸しの二枚貝だけは別だった。
バケツに二杯ぐらいは軽く食べる。食べ過ぎて母にたしなめられるほどの大好物だったのである。
あの頃はすべてが欠けていなかった。大陸間戦争も始まっていなくて、苦しい暮らしの中でも秋の収穫祭だけは催されていて――父は家を訪ねてきた友人と共にビールを飲み明かすこともあった。
たった数年前の出来事なのに、エルフリーデにとっては取り返せない過去の象徴。
そんな料理を前にして、感傷的になりながらエルフリーデは微笑んだ。
「ああ、いいね。鮮度も良さそうだし食べてみようか! バナヴィアの味覚と言えばムール貝だよ! きっとロッテも気に入ると思うよ!」
「英雄さん、本当に食べることがお好きなのね」
くすくすと笑うシャルロッテの笑みには、最初の頃のような毒気がなかった。そうしていると年相応のあどけない少女がいるだけだ。
すべてが嘘みたいに思えた。父と母が死んだことも、自分が戦場に送られて英雄になったのも、父母の仇が優しいセヴランおじさんだったことも――何もかもが悪い夢で、本当は平和な日常があるのではないかという幻想。
左頬を指でなぞる。たしかに刻まれた傷跡だけが、エルフリーデの立っている現実を証明してくれた。
自分らしくもない感傷に苦笑して、エルフリーデはシャルロッテの言葉に応じた。
「もちろん。でもやっぱり豚足のローストは食べないと損だよ、ムール貝の次はお肉にしようよ!」
「そんなに食べたら、お腹がいっぱいになってしまうわ」
「でもせっかくバナヴィアに来たなら、ヴガレムル領の肉料理とリンゴパイは食べないと損だと思う」
ああでもない、こうでもないと言い合うエルフリーデとシャルロッテは、髪色も年齢も出身地もかけ離れているのに――まるで姉妹みたいに見えた。
つい先刻の緊張した空気が吹っ飛んで、すっかり仲良くなった二人を後ろから眺めて、リザ・バシュレーはため息一つ。
「お姉さんには敵いませんねー……」
そんな黒髪の少女の呟きを知ってか知らずか、エルフリーデが振り返って話しかけてくる。
「ねえリザ! ワイン蒸しとビール蒸しがあるんだけど、どっちがいいと思う?」
「えっ、どっちでもいいんじゃないですか」
「そういう曖昧な答えが一番困るなぁ!」
少女たちの時間は過ぎていく。
真昼に見る夢のように、ぬくもりに満ちたまどろみを携えて。
◆
結局、屋台食べ歩きで午後の時間をゆったりと使い切った三人は、すっかり日も沈んだ夕刻まで遊び歩いた。
それはもう楽しい時間だった、と思う。
今、三人がいるのはヴガレムル市の中央公園だ。広々とした公共スペースは、今やたくさんの座席が並んだ即席の屋外映画館だった。
整備された芝生の上に設置された大型スクリーンで、往年の名作映画を鑑賞するという無料の出し物である。
ヴガレムル市を代表する歴史的建築物、ヴガレムル大聖堂のすぐ隣の広場で、美しい街並みを舞台にした映画を見る――実にバナヴィア人らしい文化である。
今年の収穫祭は天気にも恵まれており、野外上映会にも好都合な晴天だった。気温も暑すぎず寒すぎずでちょうどいいし、何より屋台で買った飲食物が持ち込み自由なのが嬉しいポイントである。
三人がここにいる理由も、もちろん映画を見ることだった。
ここ数年、映画なんて楽しんだことがないというシャルロッテの言葉を聞きつけて、強引にエルフリーデが連れ出した――文学少女を自称するエルフリーデは映画も大好きなのだ――のである。
そもそもの出会いが映画館だったリザも映画好きではあるので、二対一の勢いに押し負けて、乗り気ではなかったシャルロッテも了承してしまったのだ。
――恋する年若い男女二人が、自転車に乗ってどこまでもヴガレムル市を駆け抜けていく。
軽やかで胸が弾むような音楽が鳴り響く中、エンドロールが流れていった。大きなスクリーンの中で演じられているのは、ささやかな日常の中のよろこびを謳った美しい光景だった。
楽しい映画だった、とエルフリーデ・イルーシャは思う。バナヴィア映画らしい叙情的な物語は、一人の少女の胸が弾むような恋物語を生き生きとつづっていた。
政治的メッセージとかバナヴィア固有の歴史的背景なども薄く、おそらくベガニシュ人が見ても楽しい内容だったろう。
エルフリーデはそのように思ったのだけれど。
野外上映会の薄暗がりの中、ちらりとシャルロッテの方を盗み見る。
――泣いてる?
はらはらと頬を伝い落ちる涙の雫を見て、エルフリーデは無言でポシェットを開けた。右隣にハンカチを差し出すと、数秒間、シャルロッテがこちらを凝視してくる。
小さな声で、ありがとう、と告げてハンカチを受け取る女の子――悪魔のように狡猾に、エルフリーデを殺しに来た機体の搭乗者とは思えなかった。
ちなみにエルフリーデの左隣では、綺麗にリザが寝落ちしていた。たぶん起こせば一瞬で起きるが、あまりにも神経が太すぎる気持ちよさそうな寝顔だった。
映画のエンドロールに入って、三人の前後の席にいた観客がいなくなり始めた。
上映の最後まで映画を見るのは少数派だと突きつけられる感じ――その空白を見計らっていたように、シャルロッテ・シャインが不意にこう言った。
「わたしは、あなたの罪を知っているわ……それは、強すぎたことよ」
エルフリーデはシャルロッテの顔を見た。今日一日でずいぶんと無防備な姿を知ることができた、年下の少女は――あの悪意のあるまなざしではなく、
そこにはただ、幼げな容姿通りの子供がいるだけだった。目の前の現実の醜悪さに傷ついている、かつてのエルフリーデと同じ女の子が、そこにいたのである。
シャルロッテの視線が前を向く。スクリーンを眺めながら、ただ静かに竜の少女はこう続けた。
「〈
初めて知る事実だった。
だが、どうしてシャルロッテのような女の子が、凄腕のバレットナイト搭乗者になっているかの説明はつく。エルフリーデ・イルーシャの適性を見抜き、徴兵したのも軍部と繋がりの深いベガニシュ帝国の組織だった。
エルフリーデは自分を訓練した
たぶんエルフリーデはやりすぎたのだ。古代兵器〈ケラウノス〉を巡るサンクザーレでの戦いよりもずっと前、大陸間戦争に従軍していた頃から、自分は勝ちすぎていたのだろう。
その因果が巡り巡って、シャルロッテ・シャインのような存在を作り出していたのだ、と。
そう告げるシャルロッテの横顔に、意地の悪い嘲笑は浮かんでいない――ただ途方もない悲しみだけが、涙と共にその頬を伝い落ちていた。
「あなたはとっても強いわ、英雄さん。だけどその強さが、たくさんの子の人生をねじ曲げたのよ」
反論の余地はなかった。だからこそエルフリーデは自分の発言が残酷すぎることを承知の上で、ただ一言、問いかけた。
「……それは、恨み言?」
答えはなかった。
軽やかで耳に残るエンドロールの音楽に紛れて、二人の会話は誰にも聞こえていない。この野外上映会の観客は、家族や恋人と雑談交じりに映画を見ているから、エルフリーデとシャルロッテのやりとりもさほど浮いてはいなかった。
周囲に大勢の人がいるのに――ささやくような小声で言葉を交わす少女たちは、まるで宇宙空間に放り出されたみたいに孤独だった。
「――殺したいほど憎い相手、あなたにはいる?」
呼吸が止まるかと思った。その一言で察した。シャルロッテ・シャインが何故、エルフリーデと互角に渡り合えるほどに強くなったのか――その理由を。
誤魔化すことはしたくなかった。それはたぶん、胸の内を聞かせてくれているシャルロッテに対して誠意がない対応になる。
長い沈黙のあと、傷ありの少女は息を吐いた。
「…………うん、一人いるよ」
「そう」
「きみは……その憎い相手を、どうしたの?」
金髪碧眼の少女は今度こそ、皮肉たっぷりの笑顔を浮かべた。そこにあるのは、きっと、もうどうしようもない行き止まりにたどり着いた人間の諦念だった。
「
映画のエンドロールが終わる。希望に満ちた明日を信じる若者たちの物語――その前向きさはエルフリーデにとっても、シャルロッテにとっても、苦すぎる味わいを舌の上に残していた。
三人で過ごした今日一日の、夢のような楽しさは燃え尽きていた。彼女たちに残されたのは抜け殻のような燃えかすの現実だけだ。
心を通わせて言葉で触れ合ったからこそ、痛みが生じていた。
わかりあえないまま殺し合うのは地獄だが、わかり合っても楽に生きられるわけではないのだと――当たり前の事実を突きつけられて、少女二人は打ちのめされていた。
密かに起きて狸入りしていたリザ・バシュレーが、シャルロッテの告白を聞いていたことも知らぬままに。