機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

111 / 203
第三種接近遭遇

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう簡単に解決しようのない問題は、世の中、ごまんとあるものだ。

 あの野外上映会での罪の糾弾/告白から一夜が経って――エルフリーデ・イルーシャはなんとも言えない、もやもやとした気持ちと共に朝を迎えていた。

 

 働きづめだったこともあり、エルフリーデは丸一日、自由時間をもらっていた。とは言っても可愛い妹はすでに先約があるので一緒に出かけられない。クロガネの方は今日もイベントに出席するのでもちろん自由時間などない。

 領主様と企業グループ代表を兼任なんて、たとえ実務の多くを部下に任せているお飾りだとしても忙しくて当たり前だった。もちろん従者のロイも同様である。

 

 そうなると俄然、エルフリーデは暇になった。生憎、可愛い副官であり年下の友人であるリザ・バシュレーも、ハイペリオンに呼びつけられて仕事と来ている。

 すごく困る。こうなるとスケジュールを合わせて、一緒に遊べる相手がまるでいないのである。

 

 

「もしかして、わたしって友達がいない……!?」

 

 

 おそらく異郷の空の下にいるミリアム・フィル・ゲドウィンが聞いたならば、「私がいますよエルフリーデ!」と全力疾走してくるであろう呟きだった。

 ともあれ暇を持て余したエルフリーデは、ふらっと街に繰り出すことにした。

 一応、警備の人間には知らせてあるし、そう心配はあるまいと思っていた。

 根拠はある。

 

 クロガネやハイペリオンのやりとりを聞いて、彼女にもわかってきたことがある――この収穫祭というお祭りの期間中に、バナヴィア独立がテロ攻撃を仕掛けるなんて、まずありえないという現実だ。

 

 考えてみれば当たり前の話である。その名の通り、独立派はベガニシュ帝国の支配に対する抵抗運動であって、その根幹にあるのはバナヴィアの民衆からの支持なのである。

 その民衆が楽しみにしていたお祭りを襲撃すれば、人々の意思は抵抗運動に対して非協力的になるであろう。

 

 先日起きた同時多発テロ事件とて、襲撃されたのは帝国に協力的な企業や警察組織に限られていた。

 大通りをふらふらと歩き、街並みを眺める。楽しげに街を歩き、あちこちで真っ昼間からビールを飲んで酔っ払っている老若男女。

 

 彼らは誰もが、この楽しい祭日が暴力で引き裂かれる可能性なんて考えていなかった。それだけヴガレムル伯領の平和が信じられているのだ。もしこの伯爵家の統治への信頼を破壊するなら、収穫祭へのテロ攻撃は有効だろう――そういう手段が執られていないのは、ひとえにバナヴィア独立派の統制の強さを物語っていた。

 

 

「……セヴランの言ってた戦争のやり方、か」

 

 

 エルフリーデがあの日、命を狙われた理由ははっきりしている。彼女の存在が帝国恭順派にとって都合がいい存在で、独立派にとっては不都合の塊だからである。

 この半年ほどで少女騎士にも薄ぼんやりとわかってきたのは、世間で言われるほどクロガネは帝国にすり寄っていないという事実だ――ヴガレムル伯領の内部でさえ、独立派に近い中立的スタンスが言論として保持されている。

 

 これは考えてみれば異常なことだった。ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの置かれている状況を思えば、もっと言論を取り締まっておく方が統治は楽だろう。

 実際問題、あの黒髪の伯爵様は恭順派の首魁のように見られているが、実態としては友好的中立の方が近い気がする。

 

 

「あっ、エルフリーデちゃん! うちのソーセージ食べていくかい!?」

 

 

 顔見知りのおじさんに声をかけられて、エルフリーデは手を振った。屋台の出店でソーセージを売っている肉屋のおじさんである。ここの腸詰めは絶品なので少女は目を輝かせた。

 

「いいね! おじさんの腸詰めは絶品だからね、売れ行き好調?」

 

「まあねえ、みんなビールのお供に買っていくのさ! エルフリーデちゃんもどうだい?」

 

「飲酒はちょっとねー……わたし、ご飯の方が好きだし?」

 

 気安いやりとりをしながら、マスタードとケチャップたっぷりの焼いた腸詰めをはさんだサンドイッチを買った。じっくりとあぶられた腸詰めからは、よだれが出るぐらい香ばしい香りがしていた。

 

 肉屋のおじさんと別れて、もぐもぐと立ち食いしながら周囲を見回す。

 ヴガレムル市の広場は、今やビールやワインを提供するテントで大賑わいだった。酒造会社の出したいろいろなテントと、お酒を飲むための簡易テーブルと椅子が用意された空間があり、人々はそこで飲み食いしてはしゃいでいる。

 実に平和な光景である。まずお酒が売られているということは、人々が食うに困っていない証だった。

 

 お酒のおつまみに売られている美食の数々も魅力的だった。チーズをたっぷりとはさんで火であぶったサンドイッチ、香辛料をうんと利かせた腸詰め、川魚の串焼き、豚一匹を豪快に焼き上げた丸焼き、大鍋で煮込まれたベーコンとジャガイモのホワイトソース煮、殻のついた生の岩ガキ、ムール貝の酒蒸し、リンゴを砂糖で煮込んだパイ、薄く焼いたクレープ生地にホイップクリームやフルーツを盛り付ける甘味――すべてが美味しいのは言うまでもない。

 

 流石にエルフリーデもすべてを食べることはできないが、見て回るだけでも楽しい風景だった。

 それはクロガネがこの地にもたらした富と繁栄の証だった――つい先日まで戦争だったとしても、疑いようもなくヴガレムル伯領は栄えていた。

 あるいは平和な営みの中に、自分が守っているものの価値を見出したくて、エルフリーデはここに来たのかもしれなかった。

 ふと、顔馴染みの喫茶店のオープンテラスを見た。

 

 

 

――それは絶対的に美しく、思わず目を止めてしまうような女人だった。

 

 

 

 まるで絵画に描かれる天使のように、艶やかな亜麻色のロングヘア。きめの細やかな肌は遠目にわかるほどしっとりとして、長いまつげで縁取られた目は芸術品のように整っている。

 鼻筋はぴんっと綺麗に通っていて、小さな唇は桜色――そう、誰の目からわかるぐらいに綺麗な人だった。

 

 年齢はおそらくエルフリーデより少し上、どんなに高く見積もっても二〇歳には届いていないぐらいだろう。

 細く優美な肩をおしげもなくさらけ出した、オフショルダーのワンピースは純白。椅子に座ってテーブル上のコーヒーカップを持っているだけで、なにがしかの絵画のように見える美貌だった。

 

 容姿端麗という言葉を擬人化したら、きっとこんな人に違いない――そう思わせる威厳めいた美しさがあった。

 目を閉じて、コーヒーの香りを楽しんでいた少女が、すっと目を見開く。

 こちらを見た。

 

 

 

――黄金色の瞳が、エルフリーデ・イルーシャを見つめ返している。

 

 

 

 ぎょっとした。

 まさかゲオルギイに続いて、三人目だなんて――そんな偶然があり得るのかと疑念が脳裏をよぎった刹那、まさに思考の空白と呼ぶしかない瞬間に、亜麻色の髪の乙女は口を開いた。

 不意討ちだ。

 

 

 

「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、まるで恋のように甘い……まさにこれぞカフェ! 文化の神髄、とってもバナヴィア~ン!! そこのあなた、そう思いませんか?」

 

 

 

 突然、話しかけられた。

 神秘的な第一印象が一発で粉々に吹き飛ぶほどの奇矯(エキセントリック)な言葉使い――説明的を通り越して詩的(ポエット)な反応は、何をどういう意図でそうなったのかさっぱりわからなかった。

 思わず無礼も承知でこう尋ねてしまった。

 

「えっ、酔ってます?」

 

「うふふふっ、この愉快なお祭りの喧噪(けんそう)が、わたくしを酔わせていると……そう仰りたいのですね、お嬢さん?」

 

「いえ、言ってませんけど?」

 

 不味い、たぶん苦手なノリの人だ。

 エルフリーデが反射的に身を引くと、亜麻色の髪の乙女は綺麗な顔で微笑んだ。

 

「ふふっ、そうかしこまらないでちょうだいな。まるで真っ昼間に酔っ払いに絡まれたような顔をしていますよ?」

 

「そこまで客観的に現状を認識できてるんですか!?」

 

「わたくしのこの両目は、常に曇りなき愛に満ちていますからね」

 

 少女騎士は半眼になった。じっとりと据わった目で絡んできた人を眺め、思わず辛辣な言葉を吐いてしまう。

 

「やっぱり酔ってますよね? いえ、アルコールじゃなくて自分に」

 

「ふふふ、どうしてでしょう……初対面なのに雑にあつかわれていますね、わたくし!」

 

「たぶん初対面だからですね!」

 

 見知らぬ麗人と傷あり(スカーフェイス)の少女のやりとりは、数多の酔っ払いがそこらで馬鹿笑いをしている街並みの中ではそう目立つものではない。

 

 カフェのオープンテラスだって、いつもより雑談が弾んでいるお客ばかりである。

 つまりどういうことかと言うと、そう簡単に周囲からの助けは望めない――いやもう、無視して立ち去ろうかと思ったとき、亜麻色の髪の乙女がしたり顔でこう言った。

 

「バナヴィアは美しい土地です。ご飯は美味しく、風景は美しく、人々は愛に満ちている。まさにこれぞバナヴィア――愛すべき故郷の味わいです、ちょっと嬉しくなってやや面倒な言動になるのも仕方がないと思いませんか?」

 

「そこまで現実が見えてるなら自制心も持って欲しかったですね!」

 

「情熱、理想、親愛! とってもバナヴィア~ン!」

 

 ダメだ、やはり酔っ払いだろう。まるで天使みたいに綺麗な人だと思った、だなんて初見の印象は下水に流して忘れるべきなのだ。

 そもそもなんだバナヴィアンって。

 よくわからなすぎる知らない人のテンションに、たじたじになっていると――たった今、思い出したとばかりに彼女は名乗りを上げた。

 

「わたくしの名前はリュシー・ノワール、親しみを込めてリュシーとお呼びください」

 

「あ、ご丁寧にどうも……いえ、なんか名前を名乗ったらチャラになると思ってません?」

 

「大抵の場合、じっくりと時間をかけて関係を結べば親しみに変わるものですよ、お嬢さん。第一に熱狂、第二に理想、第三に愛情――これぞ人生というものです」

 

「理性の存在がゼロだ……!」

 

 不味い、不味い、不味い。完璧に相手のペースに飲まれている、ええっと、何を考えていたのだっけ――そう、リュシー・ノワールの正体だ。

 いくらなんでもゲオルギイ・カザールの来訪と時を同じくして、黄金の瞳を持った第三の人物が現れるなんてできすぎている。

 

 懐に忍ばせた自動拳銃の存在を意識する。これだけ長く話し込んでいれば、警備の人間も気づいてくれるだろう。

 そう思って視線を横にずらす。

 

 普段は自動車や自転車が行き交っている道路上に、人集りができていた。収穫祭に合わせて出し物をする大道芸人などが集まって、様々な芸を披露しているのだ。

 ちょうどリュシーの背後、エルフリーデの視線の先に奇妙な人物がいた。

 

 

「……ニンジャ?」

 

 

 子供たちが集まっている一角に目をやった――柿色の布地に全身を包み込んだ不審者が、ものすごい身体能力でストリートダンスを披露――「ハッハッハ拙者は忍法を使うでござるよ~! ニンニンニ~ン!」と場違いに陽気な声が聞こえてきた。

 目を疑った。

 

 見間違いを祈って瞬きしたが、踊り狂う不審者は現実だった。胡散臭すぎてこれが白昼夢であることを疑ったものの、踊り狂う忍者は健在だ。

 頭頂部を地面につけて逆立ちになり、ぐるぐると回転する男――新手の大道芸人だろうと、その怪しすぎる格好は誰も突っ込んでいなかった。

 エルフリーデの視線に気づいてか、リュシーがぴんと人差し指を立てて喋り始めた。

 

 

「わたくしの従者で東洋出身の忍者です。腕が立つ男なので重宝しています。今時の流行りは歌って踊れるニンジャ、愛想のないサムライの時代は終わったのです。まさに忍者革命といったところですね」

 

 

 反応に困る解説が飛んできた。リュシーは如何にも人好きのするお姉さんという感じで、にこにこと愛想のいい微笑みを浮かべている。

 エルフリーデ・イルーシャはどう返すべきか迷った末、息も絶え絶えに引きつった笑みを浮かべた。

 

「に、忍者……? ああ、そういう設定の仮装(コスプレ)を……?」

 

 エルフリーデにも忍者についての知識はある。何せベガニシュ帝国では空前の忍者ブームが到来しており、忍者をテーマにした娯楽小説がいくつも書かれているのだ。

 謎めいた東洋の神秘、君主より密命を受けて悪を討つ刃、人知れず世直しをする影の軍団。おおむねそれがベガニシュ帝国における忍者ブームであり、ベガニシュ帝国で人気のヒーロー映画・怪傑ヌルも忍者の影響下にある。

 

 その人気ぶりは留まるところを知らず、バレットナイト用の投擲武器であるロケット弾の一種が、噴進手裏剣(シュリケーン)と名付けられるほどである。

 少女騎士の戸惑いに、リュシーは笑った。亜麻色の髪をした美女――いや、美少女と呼ぶべきか――は胡乱な口調のまま、意味深に語り始めた。

 

 

「忍者とは東洋において恐怖と共に語られる暗殺者――そんな存在が晴れ渡った空の下、群衆の中にいる。ふふっ、なんとも空恐ろしい風景だとは思いませんか?」

 

 

 直感する。この女は危険だとエルフリーデの勘がささやいていた。ありとあらゆる理性的判断をねじ伏せて、純然たる本能に従って少女は戦闘態勢に移行する。

 力んではいない、むしろリラックスしている。猫科の猛獣のようにしなやかな肉体が、いつでも飛び出せるように準備万端になっていた。

 目を細めてじっとリュシーの細面を睨み付けた。

 

「…………どういう意味ですか?」

 

 リュシーの背後では件の忍者が連続倒立回転しながら「これはバク転の術でござるよー!」と叫んでいる。めちゃくちゃ気が散る存在である。

 気づくとヴガレムル市を訪れている老若男女、ありとあらゆる人々が忍者の大道芸に拍手を送り、おひねりとしてコインを空の菓子箱に投げ入れている。

 これで全部が全部、自分の深読みだったら生き恥だなと思う。そうであって欲しい気持ちと共に、エルフリーデは赤い瞳でリュシーをじっと見つめた。

 

 

「あまり時間もありません。わたくしがハイペリオンの目を誤魔化せるのは、あと五分もないでしょう。ですので単刀直入に申し上げましょう、英雄殿」

 

 

 リュシーの微笑み――ハイペリオン卿の存在は存外、知られていない。ヴガレムル伯領を代表する存在といえば、まず領主であるクロガネ・シヴ・シノムラであり、第二に絶対的勝利者であるエルフリーデ・イルーシャなのである。

 

 あのうっとうしい機械人形のことを知っているのは、ヴガレムル伯爵家ないしミトラス・グループ上層部の人間か、ベガニシュ帝国の上流階級の一部ぐらいであろう。

 この時点でリュシーはその限られた人間の中にいることは確実だった。

 

 リュシー・ノワールとはバナヴィア西部風の名前だが、本名かどうかも怪しいものである。エルフリーデの警戒に満ちたまなざしを浴びてなお、亜麻色の髪の乙女は揺るぎなかった。

 それはそれは愉快そうに、くつくつと喉を鳴らして――美しい少女は告げた。

 自身の正体を。

 

 

 

 

 

「〈始まりの御使い〉クロガネの一の弟子にして永遠の理解者、不死なるバナヴィアの守護者――救国卿(ロード・セイヴィア)とはわたくしのことです」

 

 

 

 

 

 いっそのこと全部が夢だったらいいのに、と思わずにはいられなかった。悪夢じみた名乗りを聞いてしまい、今度こそエルフリーデ・イルーシャは絶句した。

 

 

 

 

 

「…………うぇっ!?

 

 

 

 

 

 英雄は情けなさすぎる悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















救国卿&ニンジャ「やあ」
エルフリーデ「アイエエエエエ(リアリティショック)」





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。