機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
ベガニシュ帝国の特務機関〈勇者のゆりかご〉――その役割は次世代の戦争における希少な人的資源の発見と運用である。
バナヴィア戦争でその有用性が見出された人型兵器バレットナイトは、これまで戦場に適していないと考えられてきた女性や未成年者を、強力な兵力に変えられる革新的テクノロジーだった。
無論、若年人口を戦争に投じて減らしすぎれば、それは国力の衰退を招く。次代を産み落とす母体である女性の徴兵も同様である。彼女らには銃後の社会を守ってもらわねばならないし、それはこれからも変わることがない――ベガニシュ帝国上層部の戦略的思考はそのようなものだった。
彼らの思考において、すべての人間は帝国に対する貢献によって、その価値を定められる資源なのだ。
であればこそ、効果的かつ効率的な運用法は研究されねばならなかった。
戦場に投じるとすれば、それは極めて優れた素質を持つ存在でなければならない。例えば女性兵士が投じられるなら――彼女が戦死するまでの間に数十倍、数百倍の敵を撃滅できるならば、それは極めて価値の高い戦力と言えるだろう。
もちろん旧時代の男尊女卑の価値観から、〈勇者のゆりかご〉による女性兵士の育成に、疑問を呈する流れもあった。
だが、貴族勢力の相次ぐ失態と、三三二一独立竜騎兵小隊――エルフリーデ・イルーシャ率いる英雄部隊の働きが、この流れを後押しした。
バナヴィア人を対象として実験的に多くの少女兵を投入したその部隊は、数多の戦場で活躍して戦局を左右するほどの働きを見せた。
そして素晴らしいことに、このような素質を持った個人を絞り込むことは容易だった。電脳棺の軍事利用において、世界で最も先進的な知見を持つベガニシュ帝国は、バレットナイトを高度に動かせる人材の特定が可能なのだ。
――そして怪物を作り出す特務機関は本格稼働した。
選別されて送られてきたのは、主に身寄りのない子供や親に売られた貧民の子供であった。
未成熟なカリキュラムと高く掲げられた目標、階級意識の強い帝国社会ゆえの差別意識は、すぐにおぞましい惨状を呈した。
〈勇者のゆりかご〉はその教育課程で数多の死者を出した。最悪だったのは、犠牲となったのが後ろ盾のない弱者だったために、そういった不祥事は
その機関に属する子供たちにとっては、悪夢のような数年間が過ぎ去っていった。
結局、虐げられた子供たちの反乱で教官が射殺されるという惨事を経て、ようやくカリキュラムが改善されるという有様の地獄絵図――しかし本当に悪かったのは、それでもなお組織が一定の成果を出してしまったことである。
特務機関〈勇者のゆりかご〉の成果物の一つがシャルロッテ・シャインだった。
胸を焼き焦がす復讐の炎に殉じた少女は、そうしてゲオルギイ・カザールの求めた優秀な道具になった。
「約束、果たすときが来タみたいデスヨ」
ゲオルギイがそう言ってきたのは、シャルロッテにとってずっと待ち望んでいた時間だった。
それはちょうど世間が黒塔紛争――サンクザーレ会戦と呼ばれる劇的な英雄譚に沸き立っている頃であり、同時期、ベガニシュ帝国先進技術研究所は新興企業ミトラス・グループに技術開発で負けたという事実を重く受け止めていた。
如何なる手段を講じてでも第三世代バレットナイトの開発競争で、これ以上の敗北は許されない――そのような思惑の元、招集された特別チームにシャルロッテ・シャインは参加することになった。
事実上、帝国で最も優れた搭乗者の一人に数えられるほどに、シャルロッテの腕前は上達していた。
あるいはあの悪魔じみたバナヴィア人――エルフリーデ・イルーシャにも匹敵するかもしれない、と評されるほどに。
「待ちくたびれたわ、ゲオルギイ卿。あなたって本当に人を待たせるのがお上手なのね?」
毒を孕んだ軽口を口ずさみつつ、少女の青い瞳には抑えがたい激情が渦巻いていた。
格納庫にたたずむ巨大な竜、
身長一五〇センチ台の少女の小さな身体を包むのは、耐環境パイロットスーツと呼ばれる衣服だ。
バレットナイトの操縦システムである電脳棺を利用する上で、最高効率の融合状態を持たせつつ、脱出時に最低限の防弾性能、体温調整、除湿機能を持たせた衣装という合理性の産物――ウェットスーツによく似た見た目だが、拳銃弾程度なら防ぐことができる優れものであった。
痩躯と言ってもいい十代前半の少女の体つきは、シャルロッテの実年齢相応のものだった。
シャルロッテ・シャインは不死者なのだ、とゲオルギイは言う。たしかに裂傷であれ骨折であれ、常人ならば治るまでに何週間、何ヶ月もかかるような大怪我でさえ、シャルロッテの今の体質はあっというまに治癒させてしまう。
だが、シャルロッテにはそれ以上の実感がなかった。〈勇者のゆりかご〉の過酷なカリキュラムの中で、自分が脱落せずにいられたのはこの特異体質のおかげだという自覚はあった。
しかしこれから先、一〇〇年経とうが一〇〇〇年経とうが寿命の終わりがない――そんな現実に対しての実感はまったくなかった。
――どうでもいい、家族の仇が討てるならそれだけでいい。
金髪碧眼の少女に睨まれても、ゲオルギイ・カザールは悪びれていなかった。あの山羊の頭骨じみた仮面の奥、黄金色の瞳は今もシャルロッテを見て笑っている。
道化じみた胡散臭い片言のベガニシュ語――言葉に不慣れなのではなく、意識的に聞き取りづらい発音にしている男――には、誠意というものが欠片も存在していなかった。
「アーアーアー、すいませんネー。マァマァ、君がちゃんとモノになるのか見守ッテタ僕の立場ってヤツもわかってくださいヨ」
「言い訳はもうたくさんよ、ゲオルギイ卿。教えて、あなたが知ってることを全部……!」
「いいデスヨ、っていうカ、お膳立て、ゼーンブ済んでるンデスヨ」
しれっとゲオルギイはそういうと、つかつかと格納庫に響く足音を立てて、シャルロッテのすぐ傍にまで近づいてきた。
悪魔じみた白骨の仮面が、じっとシャルロッテの顔を見下ろしている。まるで教会の神父が信徒を祝福するような口ぶりで、異形の怪人はこんなことをのたまった。
「シャルロッテ・シャイン、君はこれから――お父さんとお母さんの仇ヲぶっ殺スお仕事をするんデスヨ」
◆
目標の正体を知らされたとき、シャルロッテ・シャインはその意味が上手く飲み込めなかった。
あの日あのとき、シャルロッテの家族を襲った惨劇は、ベガニシュ帝国に不満を持っている異民族のテロリストが、ベガニシュ人を狙って仕掛けた卑劣な虐殺だった。
そのようにシャルロッテはあのテロ事件を理解していた。だからこそうっすらと予想していたのだ――ゲオルギイの言う黒幕とやらは、ベガニシュ帝国の臣民に悪意を持ったどこかの悪者に違いない、と。
そいつがどんな辺境に隠れ潜むテロリストだろうと、地の果てまで追いかけて殺してやる。
そんな殺意を抱いて生きてきた。
――なのに、どうして?
夕闇の空の下を、紫紺の竜が飛翔していた。
〈ヤークトドラッヘ〉の滑空――その対地高度は精々八メートル、文字通り地面すれすれの高さを飛翔する第三世代試作バレットナイト――大気を取り込んでプラズマとして吐き出す、怪物的ジェットエンジンの轟音が響き渡る。
ここはベガニシュ帝国本土に存在する、とある貴族の領地だった。そこそこ広い領地を持った歴史ある伯爵家、古くからの上級貴族で作られる門閥貴族の一員だ。
新興貴族や軍人、官僚から構成される改革派と対比して貴族派とも称される人々。
その領主の住まう館目がけて、シャルロッテは真っ正面から奇襲を仕掛けていた。
民家が建ち並ぶ街並みのすぐ上を飛び越え、衝撃波と騒音で地表を混乱に陥れながら――〈ヤークトドラッヘ〉が街道を横切っていく。
すぐに対空砲火が飛んできた。
速い。超高速に加速された二〇ミリ電磁機関砲、連写型レールガンによる速射だった。日没ですっかり薄暗くなった闇を切り裂き、プラズマ化した大気を置き去りにして砲弾が浴びせられる。
シャルロッテは〈ヤークトドラッヘ〉に積まれた防御機構、光波シールドジェネレータを展開。高エネルギー粒子の障壁が出力され、紫紺の竜を穿つはずだった機銃掃射を消滅させていく。
着弾の衝撃はないものの、エネルギーバリアが激しい閃光を放つ。
これで領主の館を守る騎士たちは、完全に〈ヤークトドラッヘ〉の存在を認識したことだろう。先ほどの数倍の濃度で弾幕が展開される。流れ弾が領民の方に飛んでいくことなど、気にもしていない砲火だった。
――わからない、どうしてベガニシュ貴族の領主が黒幕だなんて。
意味がわからなかった。戸惑いを胸に秘めたまま、シャルロッテ・シャインは〈ヤークトドラッヘ〉を操る。空気の濃密な地表付近でさえ、高速巡行できる第三世代バレットナイトの機動力は圧倒的だった。
領主の館を守るように配置されているのは、帝国製第二世代バレットナイト〈アイゼンリッター〉の軍団だった。
中世に用いられていた騎士の甲冑を、そのまま四メートルの巨人に拡大したかのような見た目の兵器である。
数にして一六機。通常のバレットナイトが最小で二機運用であり、四機で一個分隊に数えられることを思えば――おおよそ一個小隊規模の戦力だった。
平時としては過剰とも言える布陣だった。
――怯えているのね、ここの領主様は。
ああ、ああ、理解してしまう。おそらくこの地を治める領主には後ろ暗い秘密があり、今や彼は断罪を恐れてバレットナイトを護衛としてお屋敷に引っ込んでいるのだ。
真実が知りたかった。それがどんなに救いがないものだとしても、直接、聞き出さねば死んでも死にきれないと思った。
――だから、あなたたちは邪魔よ。
飛び交う砲弾を粒子防御帯で弾きながら、〈ヤークトドラッヘ〉が空中変形する。紫紺の竜が、かぎ爪を生やした竜人の姿に変じた。一秒間に二〇〇メートル以上の距離を詰める第三世代バレットナイトの機動力は、〈アイゼンリッター〉部隊の想定を上回るものだった。
彼我の距離が数秒で詰まる。目の前には機関砲を構えている騎士人形が四機。
すべてが遅すぎる。〈ヤークトドラッヘ〉は、三連装超硬度重斬爪――三つ連なった竜のかぎ爪を横凪ぎに振るった。
エーテル粒子をまとった特殊合金製のブレードは、比類なきその破壊力を発揮。一瞬で打ち砕かれ、切り裂かれた身長四メートルの巨人が、泣き別れになった上半身を地面の上にぶちまける。
五秒間で四機の〈アイゼンリッター〉が即死した。
刃振るう魔竜は、瞬時に再び変形――地面を蹴った勢いのまま、前傾姿勢の強襲形態に移行する。
飛んでくる対空砲火のおかげで、今や敵〈アイゼンリッター〉部隊の位置は丸見えだった。
――死んでちょうだい。
巨大な竜の顎が開く。短距離熱線砲〈リヒト・ゾイフツェン〉と呼ばれる主砲が、禍々しい粒子ビームの光を渦巻かせていく。
シャルロッテは迷うことなく、自身の肉体となった殺戮機構の引き金を引いた。
電脳棺の内部で生成されたエーテル粒子を状態変化させ、物質と相互作用する高エネルギー粒子として撃ち出す兵装――それが
周囲の光を屈折させる高エネルギー粒子の渦は、音もなくとぐろを巻いていたかと思うと、やがて極超音速の衝撃波と共に解き放たれた。
夕闇を粉々に打ち砕き、閃光が走る。そして大気を引き裂く悲鳴じみた轟音、着弾地点で発生する火柱によってすべてが終わった。
幾度かそれが繰り返される。閃光と轟音と火柱が生まれては消え、一六機いた〈アイゼンリッター〉は跡形もなく、焦土と化した爆心地に転がる残骸に成り果てた。
――もう誰も守りはしない。
〈ヤークトドラッヘ〉は遠くからでもよく見えるお屋敷――まるでちょっとした高級ホテルのように見栄えのいい洋館に突撃した。
ジェットエンジン二基とスラスターテールのロケットエンジンを停止させる。膨大な推力を生み出す推進装置が、騒音を生み出さなくなる。
紫紺の竜は巨大な暴虐だった。機首から尾部のクラスターロケットまで全長一〇メートルにも達する巨体は、体当たりするだけで屋敷の壁を土塊のように突き崩し、窓ガラスを粉々にしてしまう怪物だ。
見た目が立派な洋館と言っても、バレットナイトに襲われて無傷で済むわけがなかった。あっというまに一階の壁が崩れて、瓦礫だらけになってしまう。
悲鳴を上げて屋敷の外に出てきた使用人が、怯えながら逃げ去っていくのが見えた。
カメラアイで面相を確認した。
目標の領主ではない。
「――出てきなさい、伯爵様。次はこのお屋敷を吹き飛ばすわよ?」
脅しをかけると、渋々といった感じで一人の紳士が進み出てきた。二足歩行する機械仕掛けの竜を見て、中年の貴族男性は一瞬、怯えたように後ずさった。
シャルロッテ・シャインは苛立ちを隠せずに、殺意をにじませて問いかけた。
「正直に答えて――何年か前、トレプヒャル市でテロ事件が起きたわ。罪もない平民がいっぱい犠牲になった。ねえ、あなたってあの事件に関わっていたのかしら?」
〈ヤークトドラッヘ〉の放った電子音声が、思いのほか幼い子供の声だと気づいて、領主の男は戸惑いを隠そない様子だった。
依然として怯えた様子ではあるものの、何とか言葉で暴力行使を思いとどまらせることができるのではないか、とわずかな希望にすがりついて――歴史ある伯爵家の当主は、厳かな声でこう告げた。
「なんのことだ? トレプヒャルの悲劇は反帝国のテロリストが引き起こしたものだ、どこでそんなデタラメを」
シャルロッテはそこに虚偽を嗅ぎ取った。〈ヤークトドラッヘ〉を変形させる。前傾姿勢を取っていた紫紺の竜が、長い手足を展開した竜人の姿となる。
鋭いかぎ爪を一閃した。土埃が宙を舞い、ぽたぽたと赤い雫が地面に落ちた。遅れてやって来た痛覚で耳の上半分を切り飛ばされたことに気づき、伯爵は痛みで絶叫した。
「ぎゃあああぁぁああ!?」
どくどくと血が流れ出す左耳を手で押さえ、うずくまって痛みに震える男――手指の間から漏れ出す流血は、男の感じている苦痛がそうであるように止むことがなかった。
「ねえ、正直に話してちょうだい? そんなに死にたいなら殺してあげる」
苛立ちの混じった問いかけ――シャルロッテの見せる強烈な憎悪に怯えて、ようやく男は本当のことを話す気になったようだった。
流れ出す血の熱さと、切断された耳の神経が訴える激痛で意識が遠のき、地面に座り込んで――身なりのいい貴族男性は、途切れ途切れに喋り始めた。
「ま、ままっ、待ってくれ……た、たしかにトレプヒャル市で事件を起こしたグループには、わ、私が資金を提供していた……しかし信じてくれ、あれはあくまで脅しだったのだ! それがまさか、あれほどの犠牲を生むとは……」
「おかしいわ……なんで帝国を憎んでるテロリストに、帝国貴族がお金を渡すのかしら?」
シャルロッテは震える声で問いかけた。事前にゲオルギイから聞かされていた裏事情と寸分違わぬ、愚かすぎる真実がさらけ出されていく。
これ以上は聞きたくない、と未熟な少女の心が訴える。それでもどうにか納得できる理由を探して、シャルロッテは会話を続けてしまう。
哀れっぽく〈ヤークトドラッヘ〉を見上げて、この地を治める領主の男は、必死に自己弁護を始めていた。
「す、すべては祖国を守るためだった……! 今、ベガニシュ帝国は貴族の必要性に疑問を呈している……帝国臣民の心を一つにまとめ上げるために、
笑えるほどに真実は邪悪だった。
大陸間戦争の相次ぐ敗退を受けて、その地位が低下していた貴族が、帝国の内側に敵を作ってその場をしのぐための生け贄――それがあの事件の真実だった。
トレプヒャルの悲劇。シャルロッテ・シャインの父母はそうして、貴族の卑劣な自己保身のために、テロリストの犠牲に選ばれてしまったのだ。
胸の内を真っ黒な憤怒が塗り潰していく。あふれ出る憎しみを抑えきれずに、シャルロッテは叫んだ。
「死者一二〇人……何も悪くない人たちが殺されたのに、必要なことだったって何っ!? そんなの全部、貴族が自分を守るための卑怯な企みじゃない!」
そのときだった。
〈ヤークトドラッヘ〉の動態探知システムが、音もなく忍び寄ってきていた敵機を捕捉する。大きさからしておそらくバレットナイト――シャルロッテは振り返ることもしなかった。
年若い少年の声が聞こえた。
『父上から離れろ、
いい動きをする機甲駆体だった。だが、それはあくまで年の割には、という程度のものだ。
素質からして厳選され、短期間ながらも常軌を逸した訓練を受けてきた〈勇者のゆりかご〉の主席――シャルロッテ・シャインにおよぶほどの戦士ではなかった。
斬撃を避ける。二本の太い足で地面を蹴って、ロケットエンジンに点火。爆発的加速と共に、装甲化された騎士人形を弾き飛ばす。
総重量が一〇トンを軽く超える〈ヤークトドラッヘ〉の突撃を浴びて、それ以下の重量しかない〈アイゼンリッター〉が無事でいられるはずもなかった。
『ぐあ!?』
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた騎士人形――その横腹を踏みつけ、紫紺の竜人が殺意を露わにした。
鋭く尖ったテロス合金製ブレードのかぎ爪を、死神の大鎌のように振り下ろす。膨大なエネルギーを帯びた刺突を見舞われ、アルケー樹脂装甲が砕け散り、いとも容易くバイタルブロックが刺し貫かれる。
『ギャッ!』
まるで野良犬のようにみっともない断末魔を挙げて、のこのこと出てきた貴族の少年は死んだ。
犬死にと呼ぶに相応しい末路だった。
電脳棺を破壊されれば、バレットナイトの搭乗者は死ぬ。エーテル粒子の情報体に還元されていた存在が無意味化し、淡い燐光だけを残して消失するのだ。
〈アイゼンリッター〉の残骸を蹴り飛ばすと、ボロボロになった屋敷から人影が歩み出てくる。
中年の貴族女性だった。
「ああああああ、オットー、オットー!」
半狂乱になっている貴族女性は、ほとんど〈ヤークトドラッヘ〉の存在も目に入っていないようだった。
それまで地面に座り込んで怯えていた領主の男が、焦ったように叫んだ。
「デボラ、出てくるな! 戻れ!」
胸くそ悪い家族愛の発露を見せつけられて、シャルロッテ・シャインの中に湧き上がったのは燃え盛る憎悪だった。
どうして、自分の父と母を陰謀で殺したクズどもが、人並みに悲しんでいるのだろう。
許せなかった。
シャルロッテは激情を口走った。
「わたしの家族はゴミみたいに殺された! なんでその優しさを、わたしたちに向けられなかったの!?」
瞬間、〈ヤークトドラッヘ〉の方を中年女が振り返った。最愛の息子を惨殺された母親は――嘘偽りなき純粋な言葉で、シャルロッテの疑問に応じてしまった。
「
殺す理由は十分だった。
シャルロッテは迷うことなく〈ヤークトドラッヘ〉のかぎ爪を振るった。あらゆる物質を引き裂く超硬度重斬爪の一閃――金切り声を上げていた中年女は、一瞬で血煙になってこの地上から消滅した。
ぶしゃっ、と湿った音。数十キログラムの体液と肉塊が、布きれに混じって地面にばらまかれた。
「は、ははは…………ははははっ!」
たった数分で長年連れ添った妻と跡取り息子を惨殺され、伯爵の精神は限界を迎えた。
最初の頃の落ち着き払っていた態度はどこへやら、中年貴族はけたたましい笑い声を上げ始めた。
ぼろ布のようになった左耳を押さえながら、男は恨み言をぶつけ始めた。
「これが報いのつもりか! 貴様とてゲオルギイの小間使い、命じられて人を殺す走狗ではないか! 地獄に堕ちろ、小娘! 如何に被害者を気取ったところで、貴様はその手を血に染めた虐殺者だ!」
そして何かを思いついたかのように、ニィッと笑って――凄絶な悪意を、眼前のバレットナイトに投げかけた。
「――貴様は決して、
それから自分が何をしたのか、シャルロッテ・シャインは思い出せない。
ただ気づけば、領主の館は真っ赤な焔に包まれていた。
電気熱ジェット推進機構のうなり声を聞きながら、現場から急速離脱する。
〈ヤークトドラッヘ〉のカメラアイが捉えるもの――炎の中で崩れ落ちていく洋館――自分が犯した罪とは何なのか、頭が混乱して何もわからなくなる。
目の前が真っ暗になる絶望の中で、シャルロッテは悲鳴のような声をあげた。
「やだよ……こんなの、全部おかしいよ……パパ、ママ……」
復讐をすれば、マイナスに振り切れた人生をゼロに戻せるのだと思っていた。
なのに救われないままの自分を見つけて、シャルロッテ・シャインは今度こそ、心が折れる音を聞いたような気がした。