機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
状況は最悪だ。
データリンクと電子戦システムによる索敵以上に、敵の第三世代バレットナイト――〈ヤークトドラッヘ〉というらしい――による奇襲が早かった。
あるいはこの機動性こそ、次世代の機甲駆体を名乗る存在のアドバンテージなのかもしれない。
――
投げつけた噴進手裏剣が敵の光波シールドジェネレータで防がれる。高エネルギー粒子を用いた粒子防御帯は、一時的とはいえ、戦車並みの防御力をバレットナイトに付与する。
しかし攻撃が接触することで、この手のエネルギーバリアは強烈な発光現象をともなう。
そうして稼いだ一瞬で後退――地面を蹴って跳躍しつつ、背部の兵装ラックから噴進手裏剣の次弾を抜き取った。
リザは口でこそ挑発に興じていたが、自らが操る兵器が〈アイゼンリッター〉だけではないことを深く承知していた。
彼女が今回の捕縛任務に駆り出された理由は、少なくとも特定分野ではエルフリーデ・イルーシャ以上に長けているからだ。
――三番から八番までの自爆ドローンを起動、目標指定は赤外線センサーで実行!
これまで低空を飛行していた無人航空機群――尾部に電動プロペラを持った推進式航空機の一種だ――が、カメラによる索敵モードから自爆モードに切り替わる。
リザの〈アイゼンリッター〉改修型によって統制され、その指令に従う機械仕掛けの翼のうち、この戦場に投入されている五機が爆弾に変じた。
敵バレットナイト〈ヤークトドラッヘ〉は強力だ。少なくとも第二世代機で白兵戦を挑もうという気にはならない。
ならばまともに勝負する必要もない。
レーザー誘導される
すかさず四〇ミリ電磁狙撃砲を撃ち込む――敵機は嫌でも光波シールドジェネレータを起動し続ける羽目になる。
粒子防御帯による障壁は、大型成形炸薬弾も極超音速の徹甲弾も防ぎきる強力な防御手段だ。そしてそれだけのエネルギーを解放するがゆえに、着弾時に発生する閃光と騒音まではどうしようもない。
すべてがギリギリまで電動プロペラ駆動の自爆ドローンを覆い隠してくれる。
――悪いけど死んでください、シャルロッテ!
一端仕切り直そうとしたのか、リザの強引な攻撃に違和感を得たのか――〈ヤークトドラッヘ〉が両足の推進機関を全開にして、ホバリングをし始めた。
そして何かに気づいたかのように、その三つ首が上空を向いた。
このとき電動プロペラ駆動の自爆ドローン群は、すでに〈ヤークトドラッヘ〉に対する突撃コースを取っていた。成形炸薬の弾頭部を叩きつけるべく、時速五〇〇キロメートル以上の速度で地面目がけて突っ込む五機のドローン。
シャルロッテの対応は迅速だった。
〈ヤークトドラッヘ〉の三つの首で光が灯る。それはエーテル粒子が渦巻く破滅の光であり、吸い込んだ大気をプラズマジェットへと加熱する吐息の準備だった。
光が解き放たれた。
熱線砲とプラズマジェット砲の連射――同時に三方向からの自爆攻撃を防ぎきる対空砲火――強烈な粒子ビームと膨大な熱量の槍に穿たれ、溶け爆ぜたドローン群が空中で爆発する。
真っ昼間のサンクザーレの森に響く轟音。
燃え盛る木々が倒壊していく。一瞬で灼熱地獄と化した周囲に構わず、リザは次なる攻撃指示を飛ばす。
――九番から一四番のドローンに自爆指令!
しかしそんな命令は読まれていた。
推力任せのホバリングで、こちらへと突っ込んでくる紫紺の竜。〈ヤークトドラッヘ〉に対して四〇ミリ電磁狙撃砲を撃ち込みつつ、噴進手裏剣をさらに追加で叩き込む。
――そんな熱量を放つ兵装、そう何度も使えるものじゃないでしょうに!
たしかにあのプラズマジェット砲は脅威だ。一瞬で金属を溶断するほどの熱量を浴びれば、如何にアルケー樹脂装甲が強靭であろうと破綻するだろう。
だが、それは〈ヤークトドラッヘ〉とて同じなのだ。強烈な熱を武器として、敵機の装甲を撃ち抜くほどの熱量をあつかう以上、自機が負うダメージも無視できないだろう。
おそらく電磁気を使ったプラズマの遮蔽と、何らかの耐熱性に優れた新素材なりを使った武器だとは思うが――そういった処理にも限度はある。
そんなリザの予想を余所に、再び迎撃されて燃え尽きる自爆ドローン群――あまりにも一方的な殲滅だった。
「その業火はあなた自身を焼き尽くすんですよ、シャルロッテ! それ、正直言って止めた方がいいですよ!?」
『今さらよ、リザさん! わたしは――わたしはもう――』
こう言えば意地でも攻撃を止めないだろうという打算半分、本心からの忠告半分の言葉だった。
リザはエルフリーデほど優しくないから、シャルロッテの境遇にも思うところはあれど同情はしていなかった。
――憎い相手をぶっ殺せたなら、逃げ切られるよりよっぽどマシでしょうに。
そう思ってしまうのは、自分が復讐に燃えてやり遂げた側の人間だからなのだろう。あるいはシャルロッテは、憎悪の対象を断罪するという行為に傷ついてしまったのだろう。
だから何だというのだ、とリザ・バシュレーは思う。
殺し合いの場に
〈ヤークトドラッヘ〉が竜の姿をやめた。禍々しい竜人へとその骨格が組み変わる――四メートルの〈アイゼンリッター〉より一回り大きい巨人が、その両腕を構えた。
機銃掃射が来る。
敵機の両腕に内蔵された電磁機関砲が、
リザはたまらず〈アイゼンリッター〉の光波シールドジェネレータを展開した。
二〇ミリ砲弾とはいえ、電磁機関砲の打撃力は無視できない。〈アイゼンリッター〉の正面装甲ならば耐えられると言っても、センサーや兵装はその限りではないのだ。
――だけどバリア使ってるときが一番危ないんですよね!
リザもエルフリーデと手合わせして、徹底的にぶちのめされて、白兵戦のセオリーというものを教え込まれている。
かの偉大なる機甲猟兵にして竜騎兵に言わせれば、バレットナイト同士の白兵戦とは――防御力の優越が、射撃兵装に対して起きているからこそ生じるのだという。
要するに光波シールドジェネレータでエネルギーバリアを使えば、ある程度は電磁投射砲を防げてしまうから、それを打破するために接近戦になるのだ、と。
この強力な障壁が、使用時に著しく視界を悪くするのもその傾向に拍車をかけた。
そして超硬度重斬刀――テロス合金製のブレードは光波シールドジェネレータのバリアごと、バレットナイトの装甲材を切断できてしまう。
よって機銃掃射を浴びせながら突撃、超硬度重斬刀で斬りかかるのは極めて合理的な戦術なのだ、とも。
――つまり私、今すっごいピンチですね!?
シャルロッテの考えは手に取るようにわかった。
第三世代機と第二世代機の性能差を考えれば、下手に小細工するよりスペック差でゴリ押しした方が強いのだ。
後退を重ねたリザ・バシュレーはそんなことを思いながら、ある意味、予定通りかと思った。
――いろいろと仕込んでくれたハイペリオン卿に感謝!
巨木の森に設置されていた無人戦闘車両――ドローン化されたミサイル発射機に指令を飛ばす。〈アイゼンリッター〉のセンサー群と連動している、有線式誘導ミサイルの雨。
キルゾーンに入り込んだ敵機に対戦車ミサイルを叩き込む。
今度こそ死んでくれ、という気持ちは裏切られた。
そのときだった。地面を穿つような爆裂、煙幕のように巻き上げられる土煙。
空中で生じる無数の爆発――〈ヤークトドラッヘ〉が何をしたのか、リザは信じられないものを見るような気持ちで理解する。
――あの刹那で対応したんですか、
全身の推進装置を使って飛び上がり、誘導ミサイルに対して稼いだコンマ数秒の時間で全弾を迎撃する。言葉にすればそれだけだが、それを高速戦闘の最中にやってのける戦闘センスは異常だった。
上空五〇メートルほどの高さに跳躍した敵機が、巨木の幹を蹴りながら再度、落下してくる。自由落下速度と反動推進を組み合わせた爆発的な加速。
間に合わない。
リザは四〇ミリ電磁狙撃砲をほとんど勘で照準する。発射した。敵の螺旋を描く回避運動。直後、切り飛ばされた電磁投射砲の銃身が宙を舞う。
そうして稼げたコンマ数秒が命を救った。
抜刀が間に合った――引き抜かれたサーベル型の超硬度重斬刀が、〈ヤークトドラッヘ〉のかぎ爪を受け止めていた。
右手に握った刀で斬撃を受け止める。左腕で噴進手裏剣を引き抜き、自爆技を覚悟して相手に叩きつける。
できない。
左腕が千切れ飛ぶ。あまりにも獰猛な竜人の斬撃が、〈アイゼンリッター〉の腕部を破壊したのだ。その衝撃で姿勢が崩れたリザに追い打ち――サーベル刀を握った右腕も切り飛ばされた。
「
『あなたが獲物よ、お馬鹿さん! わたしを、恐怖の竜を、恐れて死んでちょうだいな!』
ダークブルーに塗装された〈アイゼンリッター〉の腹を、シャルロッテの竜人が蹴飛ばす。凄まじいパワーだった。第三世代バレットナイトを成り立たせる推力と筋力と強度の三位一体――きっと暴力の星の神様が祝福してくれている奇跡という感じ。
サッカーボールのように蹴飛ばされたリザは、生身の身体なら血反吐を吐いていたに違いない衝撃と共に、地面へと叩きつけられた。
駆動フレームがあげる悲鳴に構わず、サンクザーレの森を転がり回る。ほんの一秒前、自分がいた空間に突き込まれる刺突を見た。馬鹿でかいかぎ爪を生やした、紫紺の竜人が追撃を放ってくる。
「――うぁぁああ!」
恐怖など感じる暇もなかった。
一瞬でも判断を誤れば殺される、最悪な反射神経を試されるゲームという感じ――シャルロッテにとっては遊び半分であろう、クソみたいな時間が五秒ほど続く。
そう、必死こいて土まみれになって逃げ惑ってなお、稼げた時間は五秒しかなかった。
――ヤバい、ヤバい、ヤバい!
ちょっぴり後悔した。こんなことなら最初から命乞いすべきだったのでは、と思ったりもする。
そうだ、できることは全部試そう。心の底からの感情を、嘘偽りなく言葉にして伝えることにした。
きっと会話で伝わることもあるはずである。
「
シャルロッテ・シャインはキレた。
『馬鹿にしているのかしら!?』
「えぇ!?」
このときばかりは自分の生来の気性を悔いたかもしれない。もうちょっと
ミロ、シリル――お姉ちゃんまだそっちには行きたくないけどちょっとヤバいかも、と自分でも不思議なぐらいに落ち着いて死を覚悟する。
――刹那、大気を引き裂くような地獄の咆哮が聞こえた。
巨木の森の間を駆け抜けて、真っ赤な機影が飛び込んでくる。時速六〇〇キロメートルを超える速度で、そこら中に障害物がある森を突っ切ってきたもの――名実ともにベガニシュ帝国において最強の名をほしいままとする一本角の悪鬼。
双発の電気熱ジェット推進機構の轟音を届かせ、その第三世代バレットナイトは流星のようにやって来た。
それは切り裂く悪魔、それは
「――〈アシュラベール〉!」
〈ヤークトドラッヘ〉が三つの爪を閃かせる――その爪の先端目がけて、三〇ミリ電磁機関砲が叩き込まれる。
極超音速の徹甲弾に対して、紫紺の竜が取ったのは単純明快な迎撃だった。その背中から伸びた一対二本の竜頭が、プラズマジェットの吐息をぶちまける。
一瞬で機関砲を蒸発させるほどの熱量。
高温に熱せられた大気が、陽炎のように揺らめく中で――〈アシュラベール〉の飛び蹴りが、〈ヤークトドラッヘ〉の胴体にぶち込まれた。
『なっ!?』
ほんの一瞬で一五メートルほど吹き飛ばされる魔竜――咄嗟に光波シールドジェネレータを展開するシャルロッテ。
次の瞬間、追い打ちとばかりに三〇ミリ電磁機関砲が至近距離で接射された。粒子防御帯によって電磁投射砲が蒸発する、着弾時の高エネルギー粒子の解放、強烈な発光現象、そして――〈アシュラベール〉が抜刀する。
超硬度重斬刀が閃いた。
エーテルの光が爆ぜて、金属と金属が擦り合う火花が散る。
シャルロッテの駆る〈ヤークトドラッヘ〉が、超硬度重斬爪で斬撃を受け止めていた。
それは第三者として一連の動きを追ったリザですら、何が起きたのかわからなくなりそうな神速の攻防だった。
『――ロッテ。きみを、
エルフリーデ・イルーシャの宣告――死神じみた悪鬼を前にして、シャルロッテが吠えた。
『待っていたわ、英雄さん! 二度と誰も殺せないようにしてあげる……!』