機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
遠雷のように鳴り響く爆音――砲弾や爆弾が爆ぜ、ジェットエンジンの駆動音が空気を震わせていく。
再生した鼓膜でそれを聞きながら、ようやく肉体の完全復元が終わった男は、ゆっくりと自動車の残骸から這い出た。ひどい傷だったのだろう。ちょうど自動車の後部に刺さった馬鹿でかい爆弾が、衝撃波と爆風と破片をまき散らしたおかげで、着ていた衣服はボロボロだった。
ひどい裂傷と火傷も負った。全身が血まみれでボロボロなのに、べっとりと皮膚に張り付いた血の下は、すでに健康体の肉体になっていた。
常人であれば即死していたはずの負傷すら、一〇分と経たずに蘇生できるのだ。傷だらけになった仮面が、とうとう頭部からずり落ちて、ぼとりと地面に落ちる。
「アーアーアー……気に入ってタノニ……」
露わになった男の素顔は、ふてぶてしい笑みを浮かべる若い男だった。まだ少年のあどけなさすら残るような顔立ちの青年である。
生まれつきの青い髪と少しだけ色の濃い肌、そして整った目鼻立ちの顔は、多くの民族が交易で交わった彼の故郷を思わせるものだった。
後天的に変異した瞳の色だけが、男をこの世ならざる場所に縛り付けている呪縛の証だ。
しかし不味いことになった、とゲオルギイ・カザールは思う。シャルロッテと別行動を取り、彼女が〈ヤークトドラッヘ〉にたどり着くことを前提に、囮として行動していたのだが――まさかクロガネの手下が、ここまで手段を選ばずに攻撃してくるとは。
「弟子ニ優しくなさすぎデショ、ありえネーデス」
しれっと弟子面をして、愚痴を吐いたときだった。ゲオルギイの耳は、遠方から聞こえてくる異音に気づいた。
電動プロペラ――いや、ヘリコプターのローターブレードが空気を引っかき回すときの音だろうか。しかしブレードの回転音がするだけで、一向に近づいてきているはずの機影は見えてこない。
回収を頼んでいる彼の後援者ではない。予定の合流ポイントはずっと先だったし、サンクザーレではあまりにもクロガネの本拠地に近すぎる。
バタバタと空気がかき混ぜられる騒音は、とうとう耳を押さえたいぐらい大きくなった。森の木々の合間をぬって、巨大な何かが地面すれすれをホバリングしているのだ。
「
透明化したティルトローター輸送機が、唐突にその姿を現していく。まるで安っぽいトリック写真みたいに浮かび上がった機影――その胴体後部、カーゴキャビンのハッチが開いたかと思うと、黒ずくめの兵士たちが飛び出してくる。
顔の見えないフルフェイスのヘルメットをした屈強な男たちが、ゲオルギイを取り囲んだ。極めて殺傷力が高い騎兵銃の銃口が自分に向けられていることを知って、ゲオルギイはちょっと泣きそうになった。
「ひどすぎマース、僕ハ無害な不死者デース……」
「ふざけるなよゲオルギイ、お前自身のしてきたことの責任は取ってもらう」
聞き慣れた男の声だった。ここ何百年かは聞いていなかったものの、ゲオルギイの長すぎる人生の中では、一緒にいた時間の方がずっと長い――そういう間柄の命の恩人であり、人生の師であり、うんざりするぐらい隠居を決め込んでいる傍観者のクソ野郎。
ゲオルギイはその黄金の瞳に複雑な愛憎を浮かべて、はぁっとため息をついた。
「オッ、これまで何もしてこなかったアンタが、今サラ僕に説教デスカ? 笑えマスネー」
悪態をつきながら、ゲオルギイは地面に座り込もうとしたが、後ろから回り込んできた兵士にがっちり腕を掴まれた。がちゃり、と後ろ手に手錠をはめられる。
読みを誤ったようだ、と男は思考する。あの事なかれ主義みたいなクロガネが、まさか自分で出向いて身柄を確保しに来るなんて――幾度となく訪れた冬を、二人で越した日々を思い出す。
クロガネはもっと、厭世的で世の中に深く関わろうとしない不死者だった。
ゲオルギイはここ半年で大きく姿勢を変えた師に対して、嫌味たっぷりの皮肉を投げかけた。
「ハイハイ、逃げませんヨ。僕はそちらの伯爵と違って、女の子ヲ犬みたいに戦わせて気持ちよくなる趣味はないのですヨ?」
面と向かった侮辱だった。クロガネ直属の部隊の兵士たちは、彼に対する忠誠心の厚い面子だったから、ゲオルギイの言葉に苛立ち始めていた。
ゲオルギイの素顔を目にして、黒髪の美男子――果たしてこの男の実年齢がどれほどのものなのか、知るものが何人いるのだろう――は深々とため息をついた。
それは幾分かの自嘲を込めたものだった。
「ある一面ではそうだな。だが同時に、俺は彼女たちの強さに救われた――だからこそ信じている」
「嘘クセエ御託デスネ? エルフリーデさんもリザさんも本来、我々の世界で戦うべきではない女の子でショウ? それを自分の都合で戦いに引き込んで、殺し合いの道具にする――呆れるぐらい、アンタは
ゲオルギイ・カザールは師の言葉を一蹴して嘲笑う。
クロガネは相変わらずの無表情で、道を違えた弟子の顔を見つめるとただ静かに問いかけた。
「何故、今になって敵になった?」
「そりゃ僕の台詞デスヨ……今になってバナヴィアのお山の大将トカ、アリエネーデショ。僕ハただ、帝国内の利害関係をマネタイズしただけデス。ソウソウ、僕ガ躾けたシャルロッテはツエーデスヨ? アンタの手駒の〈剣の悪魔〉にだって勝てるカモ」
「それはないな、我が騎士は最強だ」
クロガネは断言した。遠くからまだ聞こえる戦闘の音は、ここが安全ではないことを示していた。もし電磁投射砲の流れ弾でも飛んできたら、輸送機などあっという間にガラクタに変わるだろう。
にもかかわらずクロガネの目に迷いはない。それは自らの歩むべき道、指針となる光を見つけた人間だけのまなざしだった。
今度こそゲオルギイは絶句した。愛だの希望だの、彼の知っているクロガネ・シヴ・シノムラには似合わないことこの上ない。
鬱陶しいぐらいに光ある黄金色の瞳に気圧されて、青髪の不死者は形容しがたい感情に襲われた。今では歴史書に小さく書き込まれているだけの、塵に埋もれた小さな故郷のことを思い出す。
彼の故郷を滅ぼした侵略者もまた、もう残っていない。ゲオルギイが長い時間をかけて、じわじわ貴族も民も苦しめて滅ぼしてやったからだ。
最後は醜く殺し合って、衰退して消えていった。
そう、時間だけが絶対の勝利者だった。愛するものも、憎むべきものも、砂の城のように崩れて消えた。長い長い流浪の旅の果てに、ゲオルギイの手の中に残ったのは、いつまで続くかわからない生への不安だけだった。
――アンタにとっての特別が、今さら見つかったってわけですか?
どうやら生きるために資産作りと人脈作りに勤しむ自分とは、決定的に違うものを見ているらしい――現在の師を前にして〈有角卿〉が悟ったのは、そんな
血まみれの青年は口元をつり上げて笑った。兵士たちに肩を掴まれ、輸送機のカーゴキャビンへと引っ張られていく。
ゲオルギイはクロガネの方を振り返ると、心からの親愛と嘲笑を込めて呟いた。
「アンタは今でも僕にとって
クロガネの表情は揺るぎなかった。いつも通りにぴっちりと背広を着込んで、鉄面皮の愛想のない表情を浮かべて、この世の如何なる問題にも賢者面している。
とうの昔に心折れてしまったゲオルギイは、理想を見据えて歩き続ける師のことが大嫌いだった。
「――この世界は、不死の放浪者に居場所をくれない。アンタが好いてるエルフリーデだって、いつか、アンタのことを憎むようになる」
片言の喋りを止めて、本音を叩きつけてやる。
カーゴキャビンの座席に座らされ、シートベルトで縛り付けられたゲオルギイは、クロガネがティルトローター輸送機に乗り込んでくるのを見た。
後部ハッチが閉まった。ティルトローターが再び回転し始め、機体がふわりと空中に浮かび上がり始める。
真向かいの座席に座ったクロガネ・シヴ・シノムラは、教え子の吐いた呪詛を浴びてなお、力強い微笑みを浮かべていた。
「――それでもいい。俺は、あいつと約束した未来を築き上げるだけで構わない」
強がりではない本心だとわかってしまった。
いつか訪れる破局すらも祝福だと言い切る姿に、今度こそゲオルギイは何を言うべきかわからなくなって――うつむきながら毒づいた。
「色ボケって救エネェ……」
「口を慎め。俺は真剣だ」
「面倒クセェ……!」
そしてゲオルギイ・カザールは、自分の負けを悟った。
絶対的なまでにエルフリーデ・イルーシャの勝利を信じているがゆえに、戦いの決着を歯牙にもかけない男を見ていると、自ずと予感がしてくるのだ。
たぶんシャルロッテはエルフリーデに勝てない。
クロガネの有する一枚看板、武力の象徴である最強の騎士を下すという最高のパフォーマンスのつもりだったが――こうなってくると雲行きは怪しい。
――可愛いロッテ、君の地獄はちゃんと終わるんでしょうかね?
使い勝手のいい不死身の道具のつもりだったが、愛着も湧いてきたところである。
他人事のような無責任さと、救いようのない酷薄さを同居させて、ゲオルギイは奈落の底にいる少女の末路を思うのだった。
明田川さんからバレットナイト「パンツァーゾルダート」の支援絵をいただきました!
是非ご覧になってください。