機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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斬首/救済

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチと火が爆ぜる音。

 燃える雑草が灰となって火の粉と共に宙を舞い、悪鬼と魔竜の周囲を煙の帯が漂っていた。

 敵を見る。正面方向、距離にして一五メートル。バレットナイトの脚力ならば、一刀一足の間合いと言ってよい距離だ。

 

 紫紺の装甲で覆われた機械仕掛けの竜〈ヤークトドラッヘ〉――その背後、視線の先にはサンクザーレの黒塔が見えた。あの冬の名残が残る春、ドゥガリオ公爵家の軍勢が押し寄せ、ミリアムと殺し合った因縁の地。

 収穫祭の真っ只中だというのに、再びこの地で竜と殺し合うことになった因果に思いを馳せる。

 

 

――思えばあの戦いは、すべての終わりじゃなくて、始まりだったのかもしれない。

 

 

 これは誰かに押しつけられた戦いではない。クロガネを支えるべく、エルフリーデ自身が選んだものだ。

 ゆえに、エルフリーデ・イルーシャは静かに右手で太刀を構える。逆手に握った左の短剣と共に、二刀流を形作る我流剣術――戦場で磨き抜かれ、先人が何世代もかけて研ぎ澄ましていった術理と同じ場所にたどり着いた剣。

 

 機甲駆体――人間を巨人へと拡張せしめる機械仕掛けの身体に異常はない。

 先の墜落で〈アシュラベール〉が負った損傷はなかった。地面に激突する瞬間、〈ヤークトドラッヘ〉をクッション代わりにしたのが功を奏したのだ。エンジン部から火花が散って、すでに飛行能力を失いつつある魔竜とは雲泥の差だった。

 

 その気になれば再び電気熱ジェット推進で飛翔することだってできた。

 だが、エルフリーデはそうしなかった。

 眼前で泣き叫ぶ子供の慟哭を、すべて聞き届けよう――そのすべてを一刀の下に斬り伏せるとしても。

 

 

『同じだと思ったのに――わたしと同じ、救われない人殺しだって思ったのに!』

 

 

 前傾姿勢になった〈ヤークトドラッヘ〉が、そのオオトカゲじみた巨大な頭部を震わせた。

 シャルロッテ・シャインの叫びは悲鳴に似ていた。彼女が歩んだ過酷な人生が、どんなものだったのかエルフリーデは知らない。

 それでもその痛みに満ちた声に共感してしまったから、少女は静かに返答した。

 

 

「ロッテ。誰だって同じだよ、人は人を殺す。目を潰す、首を絞める、骨を砕く、一番みっともなくて醜い暴力を使い始める。わたしたちは一人一人が、いつだって悪魔になれる生き物なんだよ」

 

 

 冷酷なまでに、エルフリーデの中にある実感がこもった理解だった。

 それはあまりにも透明な意思――暴力のもたらす邪悪を憎みながら、誰よりも暴力に順応した英雄の視座だった。

 シャルロッテには、そんな視点を受け入れる余地がなかった。少女は激昂して、そんなエルフリーデの言葉を拒絶する。

 

 

『矛盾してるわ……エルフリーデ、あなたは、そんな風に……人間を突き放して見ているのにっ! どうしてあんな風に笑えるの!?』

 

 

 そんな風に人間の邪悪さを信じているなら、隣人たちの中で穏やかに笑っていられるはずがない、と――そのようにシャルロッテは問いかけていた。

 瞬間、〈ヤークトドラッヘ〉に残された右腕から銃火。二〇ミリ電磁機関砲による機銃掃射、音速の数倍で放たれる砲弾を回避するのは不可能。

 

 ゆえに先読みが功を奏した。コンマ三秒前に展開した光波シールドジェネレータの粒子防御帯に着弾、着弾、着弾――高エネルギー粒子が弾けて、機関砲の直撃を防いでくれる。

 だが、これで〈アシュラベール〉は視界を失った。

 その次の二秒間に起きた攻防は、筆舌しがたい絶技の応酬だった。

 

 機械仕掛けの竜の突撃――エネルギーバリアによって視界が塞がれた〈アシュラベール〉に脚力のみで急接近、巨大な竜の(あぎと)では渦巻くエーテル粒子の破壊光。

 超至近距離で熱線砲を浴びせかけ、光波シールドジェネレータごと〈アシュラベール〉を蒸発させる。ただそれだけの意思がともなった殺撃は、単純明快であるがゆえに防ぎがたいはずだった。

 

 不意に、粒子防御帯の展開が終わる。板状に出力されていたエネルギーバリアが途切れた刹那、深紅の悪鬼は半身になって竜の突撃を受け流す。

 

 

――剣閃、そして刺突。

 

 

 熱線砲が発射された。しかし吐き出された竜の吐息は何者も傷つけられなかった。

 虚空を薙ぐだけに終わるエーテル粒子のビーム――熱線の射線上から身体をずらし、竜のかぎ爪をその根元から断ち切り、後ろ手に短剣を突き刺す。

 

 まるで踊るように軽快なステップ。ひらりと身を(かわ)して、悪鬼は恐るべき二連撃を見舞っていた。

 〈ヤークトドラッヘ〉は一瞬で右腕を失い、その腰部には短剣が突き立てられていた。超振動モーターが仕込まれた刺突短剣(スティレット)のいななき――高速振動する刃によって駆動システムを破壊され、紫紺の竜がゆっくりと地面に倒れ伏した。

 

 

 

「うん、矛盾だね。わたしもきみも、こんな世界で振るわれる暴力を嫌っているのに――こんなことばかりが上手くなる」

 

 

 

 一抹の悲しみのにじむ声で、エルフリーデは少女の言葉に応じた。

 果たしてこうなる前、自分はどんな夢を思い描いていただろうか――父母が爆弾テロで失われず、大陸間戦争に徴兵されることもなく、優しいセヴランおじさんが仇だと知ることもなかったもしもを夢見る。

 

 それは永遠に訪れることがない虚しい幻想だ。もしかしたら昔、小説家を夢見ていたかもしれない文学少女は、過酷な現実の中でそんな夢を手放したのかもしれない。

 すべては、うたかたの夢だったのだ。

 一騎当千の騎士エルフリーデ・イルーシャは、一振りの太刀を握りしめてシャルロッテの方を振り返る。

 

 地に伏せた竜は、それでもなお動いていた。満足に動かなくなった下半身を引きずるようにして、上半身の筋肉だけでずるずるとうごめいて――地面を這う芋虫を連想させる、異形のものがそこにいた。

 

 

 

 

『わたしは……()()()()()()()()()()()……!!』

 

 

 

 

 それは壮絶な苦痛と悲嘆に満ちた絶叫だった。いつでもシャルロッテにとどめを刺せるはずのエルフリーデが、ほんの一瞬、気圧されるほどの切実さに満ちた慟哭。

 両腕を切り落とされ、三つあった首すら一つに減らされて、すでに〈ヤークトドラッヘ〉はまともに戦える状態ではない。

 

 ずるずると地面を這い回る気味の悪い動きも、バレットナイト同士の白兵戦を基準とするなら、遅すぎて話にならない――だというのに、そこに宿った一種の狂気は収まっていなかった。

 翼をもがれた魔竜の成れの果てが、電波に乗せて呪いの言葉を吐き始めた。

 

 

『ベガニシュ人が、ベガニシュ人を殺すの……わたしのパパもママも、つまらない理由で死んだ! 恐怖(テロル)があれば、ベガニシュ人同士で憎み合わずに済む……そんな理由で、貴族の陰謀に殺された!」

 

 

 その絶望はあまりにも、かつてのエルフリーデに似ていた。

 同胞だと思っていた誰かが、大好きな人たちを一方的な理由で殺していった苦しみ――シャルロッテ・シャインの絶望は、かつてエルフリーデを出口の見えない悪夢の中に閉じ込めたものだった。

 

 信じていた世界観が打ち崩され、何者も埋められない空虚だけが残る。怒りと憎しみに満ちた怨念では、決して埋められない傷跡がいつまでも残響する。

 バナヴィア人とベガニシュ人という違いこそあれ、あまりにも眼前の少女の体験は自分自身のそれと似通っていた。

 

 

「ロッテ、きみは――」

 

 

『わたしみたいな子供の泣き言を、誰が聞き入れてくれるというの!? エルフリーデ、あなたは卑怯よ! 自分だって大人じゃないくせに、こんなときだけ大人みたいな物言いをして! 痛いのを我慢したって、誰も救ってくれないってわかってるのにっ!!』

 

 

 〈ヤークトドラッヘ〉が身をよじって絶叫する。大きく開かれた竜の口腔――その喉奥に仕込まれた粒子加速器が、禍々しいエーテル粒子の渦を束ね始めていた。

 凄まじい量のエネルギーが、機械仕掛けの竜の全身を駆け巡っていた。すでにあちこちの超伝導回路が破損しているのか、その装甲の奥から火花が散って、バチバチと放電現象が起きている始末だった。

 生きながら全身を燃やし尽くして、〈ヤークトドラッヘ〉は熱線砲を撃とうとしていた。

 

 

「いけない、ロッテ! その機体でこれ以上戦えば、きみが死んでしまう!」

 

 

()()()()()……()()()()()()()()()()……!』

 

 

 エルフリーデの静止は無意味だった。

 シャルロッテは泣き叫びながら、全身から黒煙と火花をあげ、我が身を燃やして粒子ビームを放とうとする。おそらく今の〈ヤークトドラッヘ〉の状態では、高エネルギー粒子を投射する熱線砲の負荷には耐えきれない。

 

 彼女は死にたがっていた。

 こんなにも残酷で醜悪で、ひどいことばかり起きる世界で、人間でいるなんて耐えきれないから――竜として焔の中で燃え尽きたい、と。

 

 あの熱線砲はもう、〈アシュラベール〉を狙ってすらいなかった。

 放電と火花をまき散らし、収縮する人工筋肉がガクガクと痙攣(けいれん)を繰り返す中で――〈ヤークトドラッヘ〉が熱線を放たんとしていた。

 ただ自滅するために。

 

 

 

――わたしはこの子に、何をしてあげられる?

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは思考する。刹那の時間が永劫に引き延ばされて、走馬灯のようにこれまでの半生が、今まで忘れていたような記憶と共に浮かび上がった。

 短いようで濃密な半年間ほどの日々だった。クロガネやハイペリオン、ミトラス・グループの技術者たちと交流して得た知識が脳裏をよぎる。

 

 それは第三世代バレットナイトを成立させている緻密(ちみつ)な設計技術であり、機甲駆体(パンツァーケルパー)とも呼ばれる兵器システム――その胴体に電脳棺(サイバーコフィン)を組み込む上での定石(セオリー)についての解説だった。

 

 あくまで人型の〈アシュラベール〉と、半人半竜といった風情の〈ヤークトドラッヘ〉では外見が大きく異なる。相手は可変フレームだから内部構造だって違うはずだ。

 だが、それでも機能からおおよその見当はつく。

 あの竜の頭は、熱線砲(ビーム)を撃つための砲塔とセンサーを兼ねているはず。

 

 ならばおそらく、脊髄に当たる制御中枢は頭部には存在していない。シャルロッテが融合しているエーテルの神経組織は、胴体側に埋め込まれているはずだ。

 バレットナイトは融合操縦型インターフェースを採用しているから、電脳棺を大きく破損させなければ、融合者を殺さずに機体を機能停止させることも可能である。

 そして斬るべきは、今まさにエネルギーが集約され、内側から爆ぜようとしている竜の首。

 

 

 

――ああ、()()()

 

 

 

 永劫が終わる。まばたきする暇もないほどの神速の踏み込み――両手で握った超硬度重斬刀が袈裟懸けに振り下ろされた。

 それはシャルロッテが熱線砲の引き金を引くより、わずかに早い斬撃だった。

 刹那の差が、生死を分けた。

 

 接触、破砕、両断、分離――高々と宙を舞う竜の首――かつて〈ヤークトドラッヘ〉の頭部だったものが溶け爆ぜた。空中でバラバラに砕け散ったアルケー樹脂と金属と電子部品の集合体が、高熱を放つ飛沫となってまき散らされる。

 地面に落ちた飛沫から、もうもうと白煙が上がる。

 

 剣を振るった悪鬼の巨体が、強烈な風を巻き起こして火の粉をかき消していた。首を切り離された紫紺の竜が、今度こそ力を失って、どうっと音を立てて崩れ落ちる。

 パチパチと燃える草木の音が響く――静寂の中、〈アシュラベール〉はたった今、斬り捨てた魔竜の残骸を見下ろした。

 音がした。

 

 機械仕掛けの竜の亡骸、その背中で装甲ハッチが跳ね上げられる。

 露わになった発光する半透明の結晶体――電脳棺と呼ばれる制御中枢から、ゆっくりと少女の手が伸びる。

 それは耐環境パイロットスーツを身にまとった、成長の途上にある子供の腕だった。まるで水面下から浮かび上がるように、金髪碧眼の少女がずるりと這い出てくる。

 この世に生まれてきたばかりの赤子のように、涙を流して。

 

 

「…………なんで……」

 

 

 真っ青な瞳に形容しがたい激情を浮かべて、シャルロッテ・シャインは〈ヤークトドラッヘ〉の装甲ハッチに手を伸ばした。

 緊急脱出時の搭乗員の武器として、バレットナイトの装甲ハッチに搭載されている個人携帯武器――それは小さな自動拳銃だった。

 

 樹脂が多用された玩具のようなそれを握りしめ、細い指先で安全装置を外して、スライドを引いて薬室に弾を装填(そうてん)して。

 震える両腕で、シャルロッテはその銃口を〈アシュラベール〉に向けた。ほんの三メートル先に立っている深紅の悪鬼、身長四メートル半のバレットナイトは何もしなかった。

 

「リザ。今はダメだよ」

 

 エルフリーデは静かに呟いた。たぶん戦場の様子を遠くから見ていて、この通信だってしっかり聞いている相棒に対する警告だった。

 そんな傷ありの少女の言葉など意に介さず――シャルロッテは黄金色の長髪を振り乱して、哀切に満ちた声で叫んだ。

 

 

 

「……なんで、邪魔するの!?」

 

 

 

 銃火が瞬いた。

 パァンと乾いた銃声が響く――重厚な第三世代バレットナイトの装甲は、非力な拳銃弾をあっさりと弾いてしまう。

 何度も何度もそれが繰り返され、やがて弾倉内のすべてを撃ちきって。

 

 シャルロッテの手の中から、弾切れになった拳銃が滑り落ちた。

 またしても戦場になったサンクザーレの荒野――そこにたたずむ〈アシュラベール〉は、静かに少女を見下ろしていた。

 

 

「――きみに生きてほしい。これはわたしのわがままだよ、ロッテ」

 

 

「う、あぁ……」

 

 

 シャルロッテの頬を、ぽろぽろと涙の雫がこぼれ落ちた。

 悲しさと悔しさとうれしさの全部がない交ぜになった、矛盾だらけの感情の渦が、塩辛い液体になってあふれてくるようだった。

 やがて少女の嗚咽だけが聞こえる戦場で――巨人は背中の鞘に太刀を収めると、そっとその右腕を差し出した。

 

 

 

「生きよう、わたしたちが――()()()()()()()()()()

 

 

 

 今度こそ感情が決壊して、シャルロッテ・シャインはみっともなく泣き喚いた。

 きっと誰かにそう言って欲しかった――差し伸べられた手が嘘ではないと信じられたから、〈アシュラベール〉の腕にすがりついて、少女は涙を流し続けた。

 この胸の痛みが、いつか忘れ去られる日が来るなど想像もできなかったのに。

 

 

 

 

 

――この人ならば、嘘を本当にできるのかもしれないと思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


























5章のバトル決着です。
感想・評価などいただけると…作者がよろこびます…!


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