機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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救国卿は歌う

 

 

 

 

 

 

 

 

 バナヴィア西部、某日某所にて。

 亜麻色の髪の乙女は鼻歌交じりにコーヒーを入れると、私物のマグカップを片手に歩き始めた。香ばしいコーヒー豆の香りは生きるよろこびであり、バナヴィアという文化圏の誇るべきものだ。

 

 そのように不死者ルシア・ドーンヘイル――救国卿は考えていた。

 鼻歌交じりに朝のコーヒーを楽しみ、今日の新聞をテーブルの上に広げる。明かり窓一つない部屋は、明らかに普通の住宅のそれではなかったが、この部屋の主はそんなことを意に介さない。

 

 新聞はバナヴィア東部に拠点を置く新聞社のもので、ヴガレムル伯領の庇護の下、占領下にもかかわらず比較的自由な言論が保たれていた。

 とはいえ全体的な立場はベガニシュ帝国への配慮がうかがえるもので、決してバナヴィア独立派にとって心地よい論調ではないのだが――救国卿は新聞紙に書かれた内容をすらすらと読み込んで、微笑み交じりに顔を上げた。

 ちょうど控えめなノックの音がしていた。

 

 

「入りなさい、セヴラン」

 

 

「失礼します、総帥。外は素晴らしい天気ですよ、お祭りの最終日に相応しい快晴ってやつです」

 

 

 救国卿の元を尋ねてきたのは、きっと若い頃は色男だったのだろうと思わせる、甘いマスクの中年男性だった。今でも毎日、身体を鍛えており剣術を収めているためか、ぴんと伸びた背筋が印象的な男である。

 

 格好こそ長袖のシャツにジーンズを穿いた中年男という風情――しかしながら、彼こそがバナヴィア独立派の幹部〈守護の短剣〉であることを知るものは少ない。

 

 ベガニシュ帝国によってその足取りを追われていながら、未だに所在を掴ませず、ベガニシュ人の官僚や軍人、貴族や代官を狙った暗殺作戦を指揮する手練れである。

 バナヴィア独立派の指導者である女、救国卿にとっては能力・思想共に使い勝手のいい手足とも言える。

 

 

「ええ、ええ、実にバナヴィア~ン。伯爵への情報提供はとても役だったようです。知っていますか、セヴラン? ベガニシュ帝国軍ではとある将軍が失脚して、平民出の将軍がまた発言力を強めたそうですよ」

 

 

「……ヴガレムル伯爵の報復ですか。ヴガレムル伯領への襲撃を指示した一派を、敵対派閥との政争で負けるように導いた。たった数日でここまで話が進むとは……伯爵の政治手腕、空恐ろしいものがありますな」

 

 

「そういうことです。彼らが撃墜したベガニシュ帝国先進技術研究所の試作機――〈ヤークトドラッヘ〉は、ミトラス・グループによって回収されました。その残骸の扱いを含めて、彼は自分が握ったカードを最大限利用したということでしょう」

 

 

 つまるところクロガネ・シヴ・シノムラは情報を上手く使ったのだ、と救国卿は語る。これまでかの伯爵が培ってきた帝国中枢との人脈が、最大限の威力を発揮したとも言える。

 

 本来、バナヴィア収穫祭を正体不明機による虐殺の現場に変えて、伯爵の信頼を地に落とし、彼が推し進める政治的同盟の存続を危うくするはずだった一手――強力なバレットナイトによるテロ攻撃。

 それは駆けつけたエルフリーデ・イルーシャによって粉砕され、陰謀は闇の中に葬り去られた。

 

 戦闘の痕跡は賊の討伐と、それにともなうサンクザーレの不発弾の爆発事故という形で処理され、発生した森林火災は消防隊によって鎮火された。

 サンクザーレの黒塔を見に来ていた観光客などは、上空を飛翔する〈アシュラベール〉の姿を目撃していたし、爆音も耳にしていただろうが――なまじ数ヶ月前にテロ事件があったばかりだから、武装したゲリラの討伐という説明で納得してしまうのだ。

 よもやベガニシュ帝国陸軍が裏で暗躍していた、などという真実にたどり着けるものはいない。

 

 ヴガレムル伯クロガネ・シヴ・シノムラは狡猾だ――彼は決して市民の自由な言論を奪わないが、ありとあらゆる事実を公表するほど潔白なわけでもなかった。

 秘密主義の帳は政治に関わるものが背負う避けられない罪だ。

 ともあれ現状は、救国卿の思い描いた未来図に限りなく近しい。バナヴィア人を襲うはずだった惨事は回避され、ベガニシュ帝国内の勢力がまた一つその影響力を失い、帝国の軍事機密がバナヴィア人の手へと渡った。

 

 無論、クロガネが率いる企業連合体ミトラス・グループは、そういう最先端技術を簡単には漏らさないだろう。しかしいずれ、それらはバナヴィア独立のため役立てられるのだ――そのように救国卿は考えていた。

 

 

「よろこぶべきことです、セヴラン。わたくしたちは自らの血を流すことなく、敵対者の一つを無力化できたのですから。帝国陸軍のドルボーラ将軍は、バナヴィアへのさらなる軍事介入を主張する一派でした。彼の失脚によって、我々は貴重な時間を得ることができるでしょう」

 

 

 ついこの間、テロ攻撃の標的にした伯爵家に情報を流し、彼らに利するよう流れを整えて、事後の経緯を詳細に掴む――底知れない救国卿の言葉に対して、セヴランが返したのは一つの懸念事項だった。

 

 

「しかし総帥、エルフリーデをこのままにしていいのでしょうか?」

 

 

 ベガニシュ帝国に対する復讐者であり、希代のテロリズムの計画者であり、自身もまた恐るべき魔剣の使い手であるセヴラン・ヴァロール。

 彼が口にするのは、まるで実の娘にそうするように可愛がっていた、一人の少女のことだった。

 

 〈剣の悪魔〉エルフリーデ・イルーシャ――つい先日も、ドナヴァルク市を襲った独立派の末端組織の兵を、単騎で蹴散らした恐るべき騎士。

 ありとあらゆる優位を得てなお、セヴランが葬り去れなかった逸脱者のことを語るとき、セヴランの表情によぎるのは一抹の悲しみだった。

 

 

「あの飛行型バレットナイト――〈ウラガン〉を供与された独立派の闘士は、エルフリーデによって殺されました。我々はあまりにも多くの同胞を、彼女によって失っている」

 

 

「セヴラン、我らの悲願は何ですか?」

 

 

 しかし救国卿はセヴランの懸念を一言で切って捨てる。

 復讐鬼はただ一つの願いを、迷うことなく口にした。

 

 

「バナヴィアの独立、ベガニシュ帝国の排除です」

 

 

「――ええ、結構。であれば問題はありません。このわたくしが約束しましょう。すべての流血と苦難は、必ずや報われるのです」

 

 

 マグカップに入った魅惑的な液体を口にして、にこりと亜麻色の髪の乙女が微笑む。

 つまるところバナヴィア独立派が目指すべき大目標は揺るぎなく、その過程においては敵対者に見える英雄エルフリーデ・イルーシャもまた利用価値の方が大きい。

 

 そのように言外に告げて、美女は笑う。切れ長の目の真ん中、黄金色の瞳に浮かぶ感情は喜悦――まるで恋文を読み上げる少女のように、女はくつくつと喉を鳴らす。

 

 

「無論、バナヴィア独立のためには耐えねばならない試練も数多いでしょう――しかし安心なさい、セヴラン。嵐の時代は近いうちにやってきます。長くとも数年以内に、ベガニシュ帝国は新たな戦争に直面するでしょう。それは彼らが好むような侵略と収奪、奪い取った果実を帝国にもたらすものではありえない」

 

 

 預言者じみた確信を込めた言葉だった。

 果たして救国卿ルシア・ドーンヘイルが、どのような情報網を元にして未来図を思い描いているのかは定かではない。

 

 バナヴィア独立派を導く伝説的指導者であり、今や精神的支柱でもある英雄の中の英雄が語る未来は――どうしようもなく、揺れ動く動乱の時代を予期させるものだった。

 果たしてセヴランはその言葉に、どう応じるべきか迷った。ベガニシュ帝国の侵略によって家族を失った男は、それゆえに正当なる報復が果たされることを願った。

 

 だが、決して大勢の人間が傷つく姿が見たいわけではない。

 そのような彼の苦悩を察してか、救国卿――ルシア・ドーンヘイルは話題を変えるように軽い口調で呟いた。

 

 

「あとはまぁ……間抜けで欲深な不死者が一人、クロガネに捕まって賠償金をたっぷりと払う羽目になったようですね。人間というのは幾百幾千の冬を越えようと、人間性が進歩するわけではないようです。悲しいことですね?」

 

 

「……お知り合いですか?」

 

 

 救国卿が不死者であり、歴史上の独裁者と同一人物であることを知るのは、バナヴィア独立派でも限られた一部の人間だけである。

 セヴラン・ヴァロールは救国卿の正体を知る数少ない幹部であり、それゆえに戸惑った。

 バドムア子爵ゲオルギイ・カザールの人柄も来歴も知らない、現代人であるセヴランの困惑に、亜麻色の髪の美女はくすくすと笑った。

 

 

「ええ。要するにです、セヴラン。ヴガレムル伯爵は優秀です。彼に任せておけば、バナヴィアに介入しようとするベガニシュ帝国内部の動きは抑えられる。そうして稼がれた時間こそが、我ら独立派にとっての勝利を呼び込むでしょう」

 

 

「総帥の意のままに。そういうことでしたら、私からは何も」

 

 

 椅子に腰掛けてコーヒーを楽しむ亜麻色の髪の乙女と、直立不動で彼女の微笑みに応じる退役軍人/レジスタンス――いっそ場違いな取り合わせの中、ふとセヴランは瞠目(どうもく)した。

 気づいたら視界に入っていた存在がいた。まるで靴の中に入り込んでいた虫の死骸に気づいたときのような、形容しがたい表情になったあと、剣鬼は呆然と呟いた。

 

 

「ところでそいつは誰なんです……?」

 

 

 セヴランの視界の先。いつの間にか救国卿の背後に立っていた何者か――全身を柿色の装束で包んだ不審者が一人。

 そいつは目元だけが露出している、あまりにも怪しい東洋風の衣装を着込んでいた。

 そう、忍者である。

 

 子供向けの芝居に出てくるような大げさな格好なのに、その気配を視界に入るまで殺しきっていた異様な手練れ。

 自身も卓越した暗殺剣の使い手だからこそ、セヴラン・ヴァロールは驚愕していた。

 救国卿が悪戯っぽく笑う。

 

 

「セヴラン、そういえば紹介がまだでしたね。彼はわたくしの個人的な配下、東洋に生まれた恐怖の化身――忍者です」

 

 

 セヴランは沈黙した。

 救国卿のズレた諧謔(ジョーク)なのか、それとも本気で言っているのか判断がつきかねたからだ。

 そんな彼の混乱に反応して、忍者は片目を閉じてウィンクしてきた。

 

 

「ニーンニンニン、拙者のことはお気になさらず……拙者は忍び、闇に生きて闇に散っていく存在でござるよ~」

 

 

 耐えられなかった。

 セヴラン・ヴァロールは叫んだ。

 

 

 

 

 

存在が忍んでないだろ!?

 

 

 

 

 

 バナヴィア収穫祭が最終日を迎える、秋の一幕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






















エルフリーデ「この忍者なんなの…!?」

セヴランおじさん「この忍者なんなんだよ!?」







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