機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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この青い空の下で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とっても綺麗な空だった。

 

 

 

 見上げれば見上げるほど、意識が吸い込まれてしまいそうな青い空。

 シャルロッテ・シャインは秋物のコートを羽織って、自動車から舗装された道路の上に降り立った。履き心地のいいブーツ越しに踏みしめた固い感覚は、ここが現実だと少女に知らせてくれる。

 

 ふんわりとした金髪を後頭部で結わえてポニーテールにした少女――そこは人々の喧騒から離れた場所、ヴガレムル伯領の有する空港の一角だった。

 地平線の果てまで平地が続き、薄いフェンス以外に視線をさえぎるものもないこれ以上ない立地。

 

 かつてヴガレムル国際空港と呼ばれ、今では西ベガニシュ国際空港と呼ばれる場所――その名の変遷だけでも、征服者による政治的意図が感じられる土地だった。

 黒服の男たちが、シャルロッテの隣を固めている。

 彼らは不死者である少女を守るための護衛であり、また同時に伯爵がつけた監視役でもあった。

 

 広大な滑走路が広がり、飛行機がひっきりなしに離発着を繰り返す風景を見ながら、少女は目的の人影へと近づいた。

 足音を聞いて、相手がこちらに振り返ってくる。黄金色の瞳のおかげで、その正体はすぐにわかった。

 

 

「ごきげんよう、ゲオルギイ卿」

 

 

 よく見知った背格好なのに、知らない顔の男がそこにいた。思えば自分と一緒にいるときはずっと、怪しすぎる覆面をしていた男――ゲオルギイ・カザールは、仮面が剥ぎ取られてみると普通の人間だった。

 

 少々、影のある美貌と言えなくもない。だけど得体の知れない不老不死の怪人なんてどこにもいなくて、ただ青みがかった髪が印象に残る、あどけない顔立ちの若者がいるだけだ。

 

 ゲオルギイの周囲には、やはりクロガネの手配した監視役が同行していた。

 空港の施設の内側、滑走路を一望できる場所で、かつて悪魔の契約を交わした二人は再会していた。

 

 

「何しに来たんデスカ、ロッテ。君って負け犬の顔眺めル趣味がありマス?」

 

 

 ゲオルギイはふてぶてしい笑みを浮かべると、皮肉たっぷりの言葉をシャルロッテに投げかけてきた。

 金髪の少女はこれまた、意地の悪い微笑みでこれに応じる。

 

 

「あら、つれないわね子爵様。せっかく伯爵様に無理を言って、お別れの挨拶をしに来たのに――」

 

 

「ハハハハ、君ッテ冗談が上手かッタンですネー。僕と君の間に親愛の情ナンテ冗談ジャネーデスヨ?」

 

 

 なるほど、道理である。

 すでにヴガレムル伯爵の調査によって、シャルロッテを襲った悲劇についての裏は調査済みだった。

 その結果わかったのは、ゲオルギイが白だという単純明快な事実だった。

 

 あるいはあのテロ事件――トレプヒャルの悲劇が起きることを知っていながら、わざと放置していた疑惑はあるものの、陰謀に男が加わっていた証拠は何もなかった。

 シャルロッテ・シャインが父母を失ったことも、不死に目覚めたことも、その手を血で汚したことも、ゲオルギイにとっては他人事でしかなかったのだ。

 ゆえに少女はただ、憎まれ口をこぼすだけだった。

 

 

「あら、じゃあ恨み言を聞かされる方がお好みかしら?」

 

 

「マサカ。僕ッテ繊細な人間デスカラ、傷ついて寝込んじまいマスヨ――マァ、上手クやることデス。あの伯爵様はホットチョコレートみたいにダダ甘デスカラ、思ウ存分、年頃の女の子ラシク過ごせばイイ」

 

 

「あら。もうわたしのこと、知ってたの?」

 

 

 察しは付きますヨ、とゲオルギイは肩をすくめた。いつも通りの胡散臭い片言喋りなのだが、こうして素顔で向き合っているだけで新鮮な気持ちになれた。

 現在、シャルロッテ・シャインの身柄はベガニシュ帝国特務機関〈勇者のゆりかご〉から、ヴガレムル伯爵家の預かりになっていた。

 

 たった数日で進んだ政治的取引が、どんな手品だったのかシャルロッテは知らない。

 おそらく撃墜された最新鋭機――〈ヤークトドラッヘ〉の残骸が大きな効力を発揮したのだろうけれど。

 

 ベガニシュ帝国全体で見れば、シャルロッテ・シャインという優秀な機甲駆体搭乗者を失うことは些細なダメージだが、最新の設計技術が駆使された試作機となるとそうも言っていられない。

 

 要するにシャルロッテが保護されているのは、彼女の存在が帝国にとって軽いからなのだ。

 身も蓋もない現実を浴びせられたのに、少女の心は穏やかだった。

 

 

「君がまだ死んでない時点でネー。本当なら両方から口封じされてますヨ、君」

 

 

「そうね。伯爵様ってすごく甘いのね。あなたみたいに、人のことを道具にしたりはしなさそうだわ。エルフリーデ卿もいい人みたいだし――子爵様とは大違いよ」

 

 

 語るべき言葉はそう多くなかった。

 金のまつげで縁取られたシャルロッテの青い瞳は、遠くから近づいてくる機影を目にしていた。

 ゲオルギイ・カザールはクロガネとの取引の果てに、釈放されて自分の領地へ生きて戻る権利を獲得していた。

 

 どんなに胡散臭い存在であろうと〈有角卿〉ゲオルギイは領地持ちの貴族であり、相応の賠償金を払うことができたらしい。他にも裏取引の類は死ぬほどあったのだろう――あるいはゲオルギイの身柄を押さえていたからこそ、ヴガレムル伯爵はここまで有利な条件で事後処理ができたのだろう。

 

 この男にそそのかされて、自分は取り返しのつかない選択をしてきた。きっと思う存分、罵って嫌悪したって罰は当たらないだろう。

 だけどシャルロッテの口からこぼれ落ちた言葉は、そうではなかった。

 

 

 

 

「――さようなら、ゲオルギイ。あなたは()()()()()だったけれど、わたしの()()()()()でもあったわ」

 

 

 

 

 一呼吸置いたあと、ゲオルギイは爆笑した。

 面と向かって罵倒されたにもかかわらず、恩人というくだりに笑いが止まらなかったのだ。

 ひぃひぃと喉を枯らして笑い転げたあと、煌々と輝く黄金色の瞳に茶目っ気を覗かせて――ゲオルギイは愉快そうにシャルロッテへ祝福を送る。

 

 

 

「また会いまショウ、ロッテ。僕ラの人生はクソ長いンデス、どこかで顔ヲ合わせルコトだってありマスヨ」

 

 

 

 遠くからローターの回転音が近づいてくる。豆粒ほどの大きさだった機影がどんどん大きくなってきたかと思うと、超伝導モーター駆動するローターブレードが傾いていく。

 ティルトローター機が水平飛行から垂直離着陸に移るときの動作だった。飛行機はゆっくりと減速していき、やがてホバリングしながら滑走路に着陸した。

 

 二人から三〇メートルほど先に、大きな機体がその身を横たえている。

 タイミング的に、バドムア子爵家の送ってきた送迎用のティルトローター輸送機なのだろう――ゲオルギイはもうシャルロッテには用はないとばかりに、少女に背を向けて歩き出していた。

 

 二基のローターブレードで空気が切り裂かれる騒音が耳を叩く。

 もうゲオルギイが聞いていないことを承知で、シャルロッテは別れの言葉を投げかけた。

 

 

 

「そうならないことを、神様にお祈りさせてもらうわ」

 

 

 

 出会ったときと同じ秋晴れの空の下だった。復讐に生きた二人の不死者は、互いの道が分かたれたことを受け入れていた。

 あるいはゲオルギイの言うとおりに、また二人の道が交差する未来もあり得るのだろうが、それは決して今ではないのだ。

 

 シャルロッテ・シャインはそうして、ゲオルギイの乗り込んだ輸送機が飛び立つ姿を眺めた。

 その機影が空の彼方に消え去るまで――

 

 

 

 

 

 

 

――いつまでも、いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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