機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
国際空港でのシャルロッテとゲオルギイの別れから数時間後、無事にバナヴィア収穫祭は終わった。
閉会式もまた盛大に開かれ、多くの人に惜しまれながら一週間の祭日は終わりを告げたのである。連日連夜、飲んで食べて大騒ぎしていた酔っ払いどもの相手で疲弊していた地元警察などは、やっと終わったかと胸をなで下ろしていたりもする。
宿泊業や観光業を営む人々にとっては、かき入れ時が終わって一段落という雰囲気――そしてもちろん、ヴガレムル伯爵家ではこれを祝うささやかなパーティが開かれていた。
ここ一週間ほど、クロガネもエルフリーデも大忙しだった。
それこそまともに顔を合わせる暇もないぐらい、あちこちを飛び回っていたのは言うまでもあるまい。
何せ、収穫祭を狙ったテロの脅威は現実として存在していたのだ。密かに進行していた陰謀を破壊し、その事後処理を行っていれば五日ぐらいすぐ過ぎ去ってしまう。
あまりにも忙しかった数日が終わって――エルフリーデとクロガネは、二人そろってヴガレムル伯爵家のお屋敷を歩いていた。
「ところでクロガネ、反省してください。今回、わたしに追撃の任務を与えなかった件、結局、リザの命を危険に曝しただけでしたからね? あの子が死んでたら一〇〇〇発ぐらい殴ってましたよ」
パーティー会場になっている広間へと向かう間、エルフリーデが口にしたのは今回の事件の総括だった。
実際問題、戦う相手の境遇に同情した少女を気遣ってのものとはいえ、クロガネとハイペリオンの判断は誤っていた、という指摘である。
エルフリーデ・イルーシャの到着が数分遅れていれば、リザ・バシュレーは命を落としていてもおかしくはなかった。
黒髪の美男子は、反論することもなく粛々と頷いた。
「……ああ、言葉もない。今回は俺の判断ミスだった、本当にすまなかった」
言い出したエルフリーデがびっくりするぐらい素直な謝罪だった。頭も回れば口も回る不死者とは思えない率直さに、傷跡の刻まれた目をぱちくりさせる。
「…………意外ですね、自分の非を認めるとは」
「俺とて万能の人ではないからな……こうした間違いで誰の命も失われなかったのは、お前の活躍あってこそだ。世話をかけた」
「ええまぁ、次から改善してくれればいいんですが……」
調子が狂う。
ちなみに一〇〇〇発殴ると言ったのは本気である。あるいは頭蓋骨が割れて死ぬかもしれないが、その程度の制裁を科すぐらいには――リザのことを大切に思っているエルフリーデだった。
とはいえここまで反論も言い訳もなく非を認められると、振り上げた拳のやりどころがない。
やれやれ、と少女騎士がため息をついたときを見計らうように、クロガネは次の話題を切り出した。
「シャルロッテ・シャインのことは任せろ。適切なカウンセリングを約束しよう。もちろん彼女を戦闘に駆り出すことはしない――どんなに優れた才能があろうと、精神がそれに耐えきれないのならば、そんな業界にいるべきではない」
「うん、それに関しては同感です。あの子は強いけど、傷つきすぎているから」
エルフリーデはほっと胸をなで下ろしていた。場合によってクロガネに直談判する気だったので、彼の気遣いがしっかりしていると安心する。
シャルロッテ・シャインは相当な手練れだったが、それでも精神的な安定度を欠いているのだ。彼女は戦闘や殺人を繰り返すことに強い拒絶を抱いている。
善悪の問題ではない。それはそれ、これはこれ、と割り切れる人間ではない以上、如何に機甲駆体の操縦に長けていようと優秀な人材とは言えないのだ。
そんな風に思考するエルフリーデに対して、クロガネはなんとも言えない表情をしたあと、ふと足を止めた。
ぽつり、と言葉がこぼれる。
「俺としては――将来的にはお前にも別の道を探してほしいものだが」
言外に彼はこう示していた――エルフリーデもリザも、本来はバレットナイトで戦う仕事に就いていてほしくない、と。
それが実にこの伯爵らしい甘さだったので、エルフリーデは苦笑する。
――仕方がない人だなぁ。
たぶんクロガネのこういう性質を、偽善だと嘲笑う人間も大勢いるのだろう。実際問題、その能力の優秀さゆえに、彼女たちを手放せないヴガレムル伯爵の発言としては矛盾している。
真実、彼が少女たちを絶対戦わせたくないのならば、その権力の限りを尽くして
それができていないのは、クロガネ・シヴ・シノムラという男の大いなる矛盾だった。
だが、困ったことに――エルフリーデはそんな彼の甘さが嫌いではない。肩をすくめて軽口で返した。
「気が長い話ですね?」
「人生は長いぞ、エルフリーデ。存外、自分には向いてないと思えたことが、天職だった事例などいくらでもある」
「何それ、一般論ですか?」
クロガネがこちらを振り向く。栗色の髪を揺らして、少女がちょっとびっくりしていると――黒髪の伯爵は何を考えているかわからない、とぼけた表情でこんなことをのたまった。
「経験談だ。何を隠そう、かつては俺も流浪の剣士として戦っていたぐらいだ。政治や経営については実地で学び、書を開き学び、そうして今がある」
「さすらいの剣士!? クロガネが!?」
どうしよう、想像がつかない。頑張ってそれっぽい格好の彼を想像してみた。
マントを羽織って帯剣して、無人の荒れ野を歩くクロガネの姿――いや、あの中世じみた貴族の衣装よりはマシかもしれないが、違和感がものすごい。
いつだってパリッと背広を着こなして、ジャケット/ベスト/スラックスの三つ揃えが似合うできる男。
それがエルフリーデ・イルーシャの知るクロガネ・シヴ・シノムラなのである。初めて出会ったときの態度最悪の言動のときでさえ、とりあえず有能なのは伝わってきたぐらいである。
いや、たしかに自分でバレットナイトに乗って最前線までやって来て、絶体絶命のエルフリーデを救うという離れ業をやっていたわけだが――それにしたって剣士だったなんて初耳である。
苦悶の末、少女はぽろっと本音をもらした。
「……に、似合わない……てっきりインテリ魔法使い的な感じだと思ってたんですが……」
思わずうろたえてしまう。
そんなエルフリーデに対してクロガネは気分を害した様子もなく、
「エルフリーデ、俺とて人間だ。青二才として失敗した経験も山ほどある。人よりも失敗を重ねた自覚はある。お前の目から見て俺が老練に見えているなら、それは単に、失敗した時代を見せていないからだ」
「一〇万年生きてる超すごい若作りっぽい台詞……!」
「よせ。自分がひどく歳を重ねた年寄りのように思える」
「えっ、事実ですよね?」
クロガネはしょんぼりした。御年一〇万歳の不死者男性は、どうやら
年長者として先輩風を吹かせるのか、若作りしたいのかはっきりしてほしいところである――エルフリーデは面倒くさい心の機微だなあ、と思う。
再び歩きだした二人が、会場になっている大広間に近づくといい匂いが漂ってきた。
「そういえばクロガネ。今日ってごちそうだったりします?」
「流石だな、エルフリーデ。匂いだけでわかるのか?」
「ええ、焼いた鴨肉に……ニンニクとワインを効かせた白身魚の煮込みかな? 牛骨のスープもありますよね」
「……バレットナイトのセンサー顔負けだな」
クロガネ曰く――伯爵家の台所を預かる料理長ピエールが腕によりをかけ、贅沢なメニューの数々を大皿に並べているのだという。
いわゆるビュッフェである。
お屋敷の広い部屋に机を並べて、各々が自由に料理を取り分けて食べる――気軽なパーティーという趣は、エルフリーデたちをねぎらう意味も込めてクロガネが提案したものらしい。
しかも並べられた料理はどれも手が込んでいる。具材のうま味が溶け込んだスープ、ローストされた鴨肉、丸々一匹の白身魚を使った煮込み料理、ソースがたっぷり絡んだパスタ、焼きたてのミートパイ、新鮮な生野菜を使ったサラダ。
ついでを言うなら評判の洋菓子店から仕入れたケーキ類もすごいらしい。
肩肘を張らずに食べられるメニューの数々なのに、そのどれもが材料も調理も超一流――唸るほどの美味、まさに美食家クロガネ・シヴ・シノムラの本領発揮という感じ――エルフリーデは話を聞くだけで、期待に胸が高鳴った。
今年は妹とお祭りを見て回る時間が少しだけ(それでも半日ほどは一緒に出かけたのだが、
クロガネはエルフリーデの顔を覗き込み、ぽつりと呟いた。
「……まさか忘れているのか?」
「えっ、何をです?」
「いや、こちらの話だ」
そういえば今日のクロガネはどこか変である。てっきりバナヴィアの収穫祭が終わり際だから、いろいろとやることがあって気が急いているのかと思ったが。
万事滞りなく済んだ今でも、何か含むことがあるなんて――そんな風に違和感を覚えたときである。
そういえば今日は、朝からリザの姿も見えなかったな、と思う。何でもティアナの付き添いで出かけるところがある、という話だったけれど。
ふとエルフリーデは足を止める。扉の向こうで誰かが自分を待ち構えているのがわかった。敵意の兆候はなく、こちらに対して危害が加わるような予兆も感じられない。
機械的なブービートラップすら感知する絶対的な勘が、とりあえず危険はないと知らせてくれた。
エルフリーデは自分が先導する形で、一歩、前に進み出て――大広間の扉を開いた刹那。
「――お誕生日おめでとう、お姉ちゃん!」
弾けるような笑顔が目に入り、愛おしい声が聞こえた。
この地上におわす天使がいたと思ったら
白いフリルと青い生地が合わさって、まるで童話に出てくる姫君のような気品すら漂う妹――その可愛らしさに、ちょっと涙ぐみそうになるエルフリーデだった。
「えっ、お姉ちゃん!? なんで泣くの!?」
「うん、ティアナが可愛すぎて……ちょっと泣いていい? やっぱりさ、永遠にティアナの姿を記録できる保存方法が必要だよ……」
「気持ち悪い反応だった……!? ごめん、すごい気持ち悪い……!」
妹は困惑して罵ってきた。生きている実感が湧いてくる。
思えばこの年間、徴兵されて戦地にいたものだから、こうして家族に誕生日を祝ってもらうこと自体が久しぶりだったのである。
無論、戦場で共に戦った仲間たちからは祝われていた。副隊長ミリアムに下士官のモラン、そして三三二一独立竜騎兵小隊のみんな――戦死したものも含めて、戦地においても誕生日は大切な思い出だった。
だが、こうして平時の日常で家族に祝ってもらうなんて、すっかり忘れ去っていた体験だった。
そう、感動して泣いてしまったのは嘘ではないのだ。
しかし、今の今まで自分の誕生日を忘れていたなんて――クロガネだってわかっていたのなら、言ってくれてもよかったのに。
文句の一つも口にしようと、後ろを振り返った。
堅苦しいディレクターズスーツ姿の男は、びっくりするぐらい険のない微笑みを浮かべていた。
毒気を抜かれて、反応が遅れる。
「エルフリーデ、誕生日おめでとう――お前がこの世に生まれ落ち、巡り会えた奇跡に感謝する。どうか、その歩みに幸多からんことを」
クロガネ・シヴ・シノムラはこの男らしからぬ、親愛と慕情のこもった言葉で祝ってきた。
予想は可能だったが対処は難しかった。すっかり毒気を抜かれたエルフリーデ・イルーシャは、今度こそ顔が火照るのを感じた。
白い頬を上気させて、少女はおろおろした。
やっとのことで返せたのは、自分でも冴えてないとわかる呟きだけだった。
「お、大げさだなあ……」
照れ隠しの一言だったのだが、クロガネは遠慮がなかった。身長一八八センチメートルの長身の男が、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
頭一つ分は背が高い不死者は、そっと手を伸ばすと――少女の手を取って、優しくその掌で包み込んだ。
「大げさなものか、エルフリーデ・イルーシャ。お前と出会えたこと以上の幸福など、俺の長い人生には存在しない――これだけ言っても伝わらないか?」
顔から火が出そうなぐらい恥ずかしかった。
エルフリーデ・イルーシャは今度こそ顔を真っ赤にして、視線を上に向けたり下に向けたりしたあと、逃げ場がないことに気づいてうろたえた。
「う、うわぁ……」
そのときである。
ひゅーひゅーと冷やかすように口笛を吹く音がした。
この屋敷でこんな真似をするのは一人しかいなかったし、当然のように従者ロイ・ファルカが注意する声が聞こえてきた。
「リザ様、はしたないですよ」
「ニコニコ笑顔で見守ってるのはロイさんも同じじゃないですか?」
「いえ、私は職務ですので」
「都合がいい仕事もあったものですね……!」
二人のちょっと力の抜けたやりとりを聞いていると、ようやくエルフリーデも頭が冷えてきた。
そう、少し周囲を探れば、妹のティアナもメイドのアンナも、芝居じみた伯爵からの熱烈なアプローチを手に汗握って見守っている。
流石に衆人環視の元で見世物になる趣味はなかった。
エルフリーデはそっとクロガネの手を握り返すと、優しく微笑んで――不器用すぎて愛おしい伯爵様に、そっとこう返すのだった。
「じゃあ……これからもよろしくお願いしますね」
そしてクロガネの身体を
黄色い悲鳴が上がった。
ティアナがものすごく照れているし、アンナは口元に手を当てている。リザは「ほえー」と間の抜けた声で感心している。ロイはいつもの笑顔だろう。
背中の方ではブリキ缶紳士のハイペリオンがカメラを回している――あの野郎はあとで蹴飛ばすぐらいでちょうどいい。
まったく。
今日が誕生日だと気づいていたのなら、自分だってもっとオシャレをしてきたのに。
サプライズを優先するのは貴族の悪い癖だな、と思う。今の今まですっかり誕生日のことが頭からすっぽ抜けていたのは――自分の落ち度だとしても、である。
そしてクロガネの身体を抱きしめながら、少女はそっと自分たちの約束を呟くのだった。
「わたしと同じ未来を歩いてくれるんでしょう?」
「ああ」
それは果たされるかもわからない約束だった。
きっと世界は揺れ動く。この時代は進み続ける。ベガニシュ帝国もバナヴィアも、今の姿のままではいられないだろう。
不確かな未来しかないのに、それでもなお、お互いに相手が裏切ることなんて考えもせずに――
――二人はその腕の中に、愛するものを抱きしめていた。
これにて5章は終わりです。
収穫の秋は終わり、6章は作中でのクリスマスのお話になるかと思います。
黒くて悪いライバルロボとバトルするかもしれません。
感想・評価などいただけると…作者がよろこびます…!