機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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6章:始まりの御使い
プロローグ(6)


 

 

 

 

 

 

 

 許せないものはたくさんあった。

 自分はどれほど深く、救いのない感情を抱けるのか――今まで知らなかったのが嘘みたいに。

 

 今年で一五歳になるルクカカウは、大河のほとりで生まれ育った少女である。大いなる女神の河、この世をお作りになった神々の御業だというその川の雄大な流れを、ルクカカウは何よりも愛していた。

 

 集落に豊かな恵みをもたらし、生命を育む大いなる水。

 冬の寒さは厳しいけれど、必ず春は訪れて、命が芽吹く――そのような故郷の風景は、いつまでも続くものだと漠然と信じていた。

 毎日、神様にお祈りするのだって欠かしたことはないのだ。

 

 ならばきっと大丈夫だ、と信じられた。

 美しい亜麻色の髪はルクカカウの自慢であり、今年の春には婚礼も決まっていた。相手は同じ集落で生まれ育った幼馴染みであり、少女は自分が幸せになることを疑っていなかった。

 何故ならば少女は無垢であり、恐ろしいものを何も知らなかったのだから。

 

 

――理由もなく人は生まれて、理由もなく不幸になる。

 

 

 木で組まれた家々が、炎に飲まれてごうごうと燃え盛っている。夜闇の中で舞い散る火の粉が、熱と共にその存在を辺り一帯にまき散らしていた。遠くで聞こえていたいくさの音はすでに鳴り止んで、集落全体に略奪が押し寄せてきていた。

 

 武器を手にした見知らぬ男たちが、たいまつの火を掲げながら家屋に火をつけて回っている。鉄で鍛えられた剣を手にして、ルクカカウの故郷の戦士たちを殺し尽くして、とうとう集落を陥落させた異人の群れ。

 防衛のために集落を取り囲んでいた堀も柵も、こうなっては意味がなかった。真っ正面から守りを突き破られ、門が陥落したのだ。

 

 飢えた獣のように残忍で容赦ない、戦場で昂ぶった男たちの欲望が、無防備な集落に叩きつけられた。

 老人は皆殺しにされた。逃げ惑う女たちは地面に引き倒された。抵抗するものは子供も斬り殺された。

 

 子供は奴隷にできる。女は子を産ませることができる。

 そのような使い道のないものは殺す。

 身も蓋もない冷酷な暴力が、人を家畜とするために振るわれ続けた。

 

 悲鳴と鮮血と臓物が、土に染み渡っていく。鉄の剣を手にした一〇〇人以上の戦士たちを前にして、満足な武器も持っていない女子供に何ができるだろう。

 ここにあるのは悲嘆と絶望だけだった。

 

 

 

――ルクカカウを除いて。

 

 

 

 亜麻色の髪の少女は、故郷が燃えていく地獄のような光景の中で――思い描いていた未来が、永遠に失われたことを知った。いくさに出ていた戦士たちの中に、初陣になるはずの幼馴染みがいたのだ。

 そして洪水のように流れ込む異人の群れを見て、彼がどうなったのかを理解してしまった。

 

 意味のわからない言葉が聞こえてくる。下卑た欲望、これから略奪と陵辱に勤しむ男どもの声を耳にした。

 あちこちの家々から、ものが壊れる音、女たちの悲鳴が鳴り響く。

 

 とうとうルクカカウの潜んでいた家の扉が壊れた。鉄製の武器を前にして、薄い木の板でできた扉などなんの役にも立たなかった。

 家の扉を打ち壊して、今まさに自分に襲いかかろうとする男の武器を見た。

 

 綺麗な青い石のはめ込まれた鉄の直剣――あどけない少年の、勇気を奮い立たせて笑う姿が脳裏をよぎる。それは婚約者が戦場に持っていった剣であった。

 その刹那、ルクカカウの脳裏で何かが弾けた。

 

 

――気づけば、目の前が血の海になっていた。

 

 

 両目を潰されて絶命した異人の男――その手から奪い取った剣を手にして、ルクカカウは立ち尽くしていた。手指は真っ赤な血で染まっていた。

 家の中はもう、ルクカカウ以外の誰も生きてはいなかった。

 

 父は戦場に出かけて戻ってこない。母は床に倒れて動かない。土が剥き出しの家の中で、幼い弟たちもまた物言わぬ屍になっていた。

 何が起きたのか思い出せなかった。家の中に踏み込んできた異人の男が殺したのか、それとも無我夢中で刃が振るったおのれが手にかけたのか――それすらもわからぬままに。

 

 ルクカカウは鬼火色の瞳から、とめどなくあふれ出す涙の味を知った。

 どたどたと足音が近づいてくる。

 ただならぬ悲鳴を聞きつけて、略奪に勤しんでいた異人どもが駆けつけてきたのだ。

 血まみれの衣装を身にまとい、少女は剥き出しの剣を片手に家の外に飛び出した。面食らったように一瞬、目を見開く男の顔が目に飛び込んでくる。

 

 半裸の蛮族が、血まみれの剣を手にしている。それが何者の血であるのかは明白だった。

 隣近所に住む老夫婦の家から飛び出してきた異人は、老爺と老婆を斬り殺してその財産を奪い去っていた。祭日になると、彼らが必ず身につけていた首飾りを――じゃらじゃらと首からぶら下げている。

 

 

――ああ、殺そう。

 

 

 亜麻色の髪の乙女は、臓腑(ぞうふ)を引き裂くような憎悪と共に剣を振るう。

 ルクカカウは今まで自分がこのように力に満ちあふれていることを知らなかった。農具よりも重たい鉄製の武器が、まるで長年、手にしていたかのようによく馴染んだ。

 

 筋肉で覆われた首が骨身ごと断ち切られ、動脈から鮮血をまき散らして首が飛ぶ。

 少女は鉄の剣を我が物として振るい、瞬く間に蛮族の戦士を切り倒した。非力な少女の腕ではぶちぶちと筋繊維が断裂していたが、それらは瞬く間に修復され、さらに強靭な体組織となっていく。

 

 意味のわからぬ言葉を叫んで、蛮族の男どもが走り寄ってくる。

 目にも止まらぬ剣閃が吹き荒れ、瞬く間に腕を切断された男どもが、絶叫しながら地面に倒れる。

 

 射かけられた弓矢を切り払う――両腕を失って泣き喚く男の顔面を踏み潰し、その腰から短剣を奪い取る――抜き放った短剣を、弓の射手目がけて投げ込む。

 抜き身のナイフが喉笛に突き刺さり、がぽがぽと血の泡を吹きながら弓兵が死んだ。

 ルクカカウは何も考えていなかった。

 

 ぎしぎしと軋む筋肉が、骨格が、引き裂かれ折れ砕けながら再生されていく異様な感覚――そのすべてを当然のものとして受け入れた。

 突き込まれる矛先を撃ち払い、槍を手にした蛮族の頭蓋骨をなまくらになった鉄の剣で叩き切る。

 兜ごとぺしゃんこになった頭蓋骨から、眼球が飛び出した。

 また敵が死んだ。

 

 

――この武器ではもう戦えない。

 

 

 迷うことなく幼馴染みの形見を手放した。所詮、これは切れ味の悪くなった剣に過ぎないのだ。斬り殺した敵から武器を奪い取り、新たに拾った剣でさらに蛮族の首を切り飛ばす。

 返り血で真っ赤に染まった衣服を気にもせず、ルクカカウはそうして敵に挑むことを止めなかった。

 

 剣を持つもの、槍を持つもの、斧を持つもの、弓を持つもの――ありとあらゆる敵が立ちはだかり、そのすべてを殺戮し続けた。

 数多の武器が折れ、砕け、うち捨てられた。生まれて初めて手にするような武具のすべてを、惜しみなく敵へと振るい続けた。

 

 亜麻色の髪の少女はその美しい長髪と白い肌を、敵の返り血で真っ赤に染めながら――時に手傷を負って、どぱどぱと血を流して、それでも倒れることなく戦い続けた。

 

 

――獣どもを皆殺しにしてやる。

 

 

 炎がすべてを飲み込んでいく。ごうごうと燃え落ちる家々が、がらがらと自重で潰れていくのを見た。

 怯えて逃げ惑う蛮族を、背中から切り伏せた。臓物をこぼして倒れた男が、子供のように泣きじゃくって息絶えるのを見た。

 

 集落の女子供を人質にした愚か者の頭蓋を、手斧を投げて粉砕した。頭が潰れた男が、ぐらりとカカシのように倒れ込む。目の前で人体が破壊される惨劇に、見知った集落の少女が甲高い悲鳴を上げている。

 無視した。

 

 自分以外の何者も意に介することなく殺して、壊して、生かすことなく――気づくと朝になっていた。

 夜闇の中で起きた殺戮の結果は、あまりにもおぞましかった。

 かつて数え切れないほどの人々が暮らしていた集落は、今や燃え落ちた家々の残骸が転がる焼け野原だった。真っ黒な炭になった家の骨組みに混じって、真っ黒に焼け焦げた家人の死体が転がっているような地獄絵図である。

 

 辛うじて生き残った人々は、誰もが怯えていた。

 自分を遠巻きに見つめる、無数の怯えた瞳――ルクカカウはそのときになってようやく、自分が何をしたのかを悟った。

 ここには二種類の死体がある。

 蛮族に殺された人々の骸、そしてルクカカウが殺し尽くした蛮族どもの骸である。

 

 

――みんなが、わたしを恐れている。

 

 

 たった一晩で世界は激変していた。友達だったはずの少女たちがいた。生き残った母親たちがいた。前夜に吹き荒れた流血を生き延びた女たちは、誰一人としてルクカカウを受け入れてはいなかった。

 

 おぞましいものを見るように、血まみれの少女を拒絶する視線だけがあった。

 ルクカカウはもう、自分があの輪の中には入れないことを悟った。

 ふと足下に視線を移すと、見覚えのある青い石が見えた。幼馴染みが戦場に持っていった剣だった。幾人もの蛮族を骨ごと両断して、なまくらになった剣――それを拾い上げると、ルクカカウは無言で歩き始めた。

 

 どのみちこの集落は終わりだった。

 果たして生き残りが別の集落に流れ着くまでに、どれほどの死者が出るかも定かではない。

 

 

――わたしがもう、あなたたちの仲間じゃないって言うなら、それでもいい。

 

 

 居場所など要らなかった。

 亜麻色の髪の乙女は、そうして振り返ることなく故郷から立ち去った。

 その一歩が、幾千幾万の冬を越える長き放浪の始まりになるなど、知りもせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















6章開始です。
エルフリーデとクロガネにとって、いろんなイベントが起きる12月の始まりです。






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