機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
「はっきり言わせてもらうわ、エルフリーデ・イルーシャはものすごく変よ」
少女の戸惑いの混じった言葉が響いた。
ここはヴガレムル伯爵の邸宅――食堂で軽めの昼食を取っていた一同が目を向けると、シャルロッテ・シャインは憮然とした表情で周囲を見回した。
食堂にいる面子は、外出中のクロガネとロイ、そしてエルフリーデ以外の面子である。
つまりリザ、ティアナ、そして最近やって来た新参のシャルロッテがご飯を食べていた。
美食家で知られる屋敷の主、クロガネ・シヴ・シノムラの雇っている料理人は腕がいい。何より格式張った料理だけではなく、今風のジャンクフードだって作ってくれる。
今日の昼食は焼き肉のサンドイッチとフライドポテト、トマト味のスープ、温野菜のサラダ、そして甘いプリンである。薄焼きのピタパンに千切りキャベツと刻みタマネギ、グリルした豚肉を挟み込んだサンドイッチは、じんわりと肉汁の染みた生地がとても美味しい。
たっぷりの牛脂で低温調理されたジャガイモはサクサクで、塩気が効いていていくらでも食べられる。酸味の利いたトマト味のスープは舌をさっぱりさせてくれるし、柔らかくなるまで蒸された温野菜は甘みが出ていてたまらない。
卵と牛乳と砂糖がたっぷり使われたプリンは絶品で、舌の上でとろけるようだ。
ジャンクフードを所望した当事者であるリザ・バシュレー自身、納得せざるを得ないメニューだった。何よりしっかりと野菜が摂取できる献立なので、ジャンクフード的な味わいに反して栄養バランスも考えられている。
ご機嫌でランチメニューを食べていたリザは、突然、突拍子もないことを言い始めた少女――金髪碧眼のベガニシュ人を怪訝そうな目で眺めた。
そして呟いた。
「シャルロッテ、あなたって鳥が空を飛ぶことに疑問を感じるタイプでした?」
「リザさん、エルフリーデは鳥じゃなくて人間よ。犬でも馬でも魚でもないわ」
「それっぽい例え話の候補を的確に潰してきましたね、
カラメルの絡んだプリンをスプーンですくい、ぱくりと口に運ぶ。なめらかなプリンの甘みが舌の上に広がる。
ちらりと目を横に動かす。年下の友人であるティアナ・イルーシャはと言えば、姉が連れてきた女の子――ティアナ視点でのシャルロッテは正体不明のよくわからない存在だ――の言動に、距離を測りかねている様子だった。
シャルロッテ・シャインは一〇月に起きた暗闘――バナヴィア収穫祭へのテロ攻撃が計画され、エルフリーデに叩き潰された――以後、表向きはゲオルギイ・カザールの庇護を離れて、ヴガレムル伯領に長期留学しに来たことになっている。
であるからしてクロガネの屋敷で預かりになるのはおかしなことではない。
血なまぐさい陰謀の生き証人である以上、保護のためにも伯爵の目の届く場所にいるべきだったし、心身共に傷ついていたシャルロッテのことを誰もが気にかけていたからだ。
――優しい人たちですね。
どうにも根っこが乾いていて、割り切りがいい性格であるリザの目から見て、この屋敷の人々はとにかく甘い。
ともあれ、そういう人々でなければ――フィルニカ王国でのクーデター事件に関わっていた工作員を、こうして家中に招き入れるなんて真似は普通しないだろうけれど。
シャルロッテがやって来てから丸二ヶ月は経っているので、ティアナの側もいろいろと話しかけていたようなのだが。
いかんせんシャルロッテが気難しい性格なので、表面上の関係はともかく、深いところには踏み込めていないようだった。
――いや、見ず知らずの敵の深いところまで踏み込むお姉さんがおかしいんですけどね?
リザはそんなことを思いつつ、スプーンを置いて口を開いた。
「それで
「……上手く言えないけれど。あの人、経歴のわりに元気すぎないかしら……」
「そりゃ初対面のときは、シャルロッテが喧嘩売ってたからピリピリした対応だったんですよ? いつものお姉さんはゆるい雰囲気でゆるく生きてる楽しい人ですよ、
「まるでわたしが無礼だったみたいなこと言うのね?」
「自覚があったみたいで何よりですねー。敗北者は素直になるのが一番です」
シャルロッテの表情を観察する。まるで人形みたいに整った容姿の少女は、ずいぶんと顔色がよくなった。表情も最近は柔らかくなってきて、くだらない冗談でくすくす笑う姿も見せるようになってきた。
エルフリーデがこの娘を連れてきた当時は、もっと雰囲気が暗かったのである。
今みたいに軽口を叩いて、エルフリーデを雑談の種にできるぐらいになってきたのは、おおむねいい傾向なのだろう。
精神科の医師ではないリザには細やかな心理の分析などできないが――まあ、適当に幸せになってくれるならそれに越したことはない。
ちなみにエルフリーデはシャルロッテのことも年下の友人として扱っているが、リザとシャルロッテの関係は友達と呼ぶにはやや緊張感があるものだ。
一度は
リザとシャルロッテの会話を眺めていたティアナが、素朴な疑問をこぼした。
「うちのお姉ちゃんが変なのは否定しないけど……リザさんとロッテってどういう関係なの?」
「ティアナ、それは簡単よ――わたしが格付けで勝った側なのよ。こうして先輩面してくるのも悲しい抵抗ってことかしら?」
シャルロッテの小生意気な発言に、褐色の少女はにこやかな笑みを浮かべた。
そう、無言でキレている。
――このクソガキ、ずいぶんと言ってくれるじゃないですか。
別段、リザにとってバレットナイトの操縦はアイデンティティではない。
自分のことをそれなりの手練れだと思う自負はあるけれど、エルフリーデのような本当の意味での規格外を前にしてしまえば、ちっぽけなプライドにこだわる意味も失せてしまう。
それはそうと目の前で舐めた態度を取られて、はいそうですかと流せるほどリザは善人ではなかった。
ふー、と深呼吸したあと、
「お姉さんにボコボコにされたわりには元気ですね?」
「ええ、あの人に勝てなかったのは認めるけど……わたし、あなたよりは強いわよ?」
「野良犬が序列を競うような悲しい風景ですね?」
リザとシャルロッテは互いに微笑みを浮かべていた。そのくせ口にしているのは、拳が自慢のチンピラが腕力を誇示するような虚しい風景だ。
あるいはここにエルフリーデ本人がいたなら、容赦なき実力行使で喧嘩両成敗にしていたかもしれない。
しかしこの場にいたのは一般人のティアナ・イルーシャだったので、投げかけられる疑問はより切実なものだった。
「よくわからないけど……ロボットに乗って強いとか弱いとか、お姉ちゃんは気にしてないと思うよ? それに二人とも、あたしの友達だもん。ご飯ぐらい美味しく食べようよ」
ぐうの音も出ない正論だった。
あまりにも善良な少女の一般論で殴られて、リザもシャルロッテも同時に沈黙した。
自分たちの人間性の
争いを調停してみせたティアナはといえば、姉と同じ色のウェーブした髪を揺らしてその赤い瞳に疑問符を浮かべていた。
「二人とも、どうしたの?」
「いえ……ティアナさんは強いですね。ええ、私が大人げなかったみたいです、
「……そうね。私が悪かったわ。今みたいな会話、あの人に聞かれたら恥ずかしすぎるもの……」
棘のない言葉一つで、リザとシャルロッテの対立を収めてみせた――ティアナはそうとは知らぬまま、二人から一目置かれることになるのだった。
◆
鈍色の空の下、ちらちらと白い雪が舞う。だが、一面の雪景色の中であろうと仕事は続く。
ヴガレムル市の郊外、サンクザーレ地方にほど近い平野――その場所には今、巨大な囲いが構築されていた。足場を組み上げて、柱を打ち立て、屋根までつけて大きな移動式クレーンまで据え付けられたそこは臨時の工場だった。
高さ数十メートル、奥行きに至っては一五〇メートルはあろうかという空間。夜間でも作業できるようにと電源と照明が持ち込まれ、昼夜を問わず進行していた作業は今、大詰めを迎えようとしていた。
囲いの内側にあるのは、巨大な船である。
内陸部にもかかわらず、陸に打ち上げられた鯨のように身を横たえている船体。真新しい艤装が施されたそれは、かつて陸上駆逐艦〈ペネテシス〉と呼ばれた兵器だった。
サンクザーレの黒塔――先史文明種の遺産〈ケラウノス〉を巡る戦いにおいて、軍事侵攻してきた公爵家の軍が用いた巨大陸上艦艇。
あの戦いでは奇襲攻撃を受け、エルフリーデの駆る〈アシュラベール〉によって
戦闘続行が不可能になり、放棄された船は今、ミトラス・グループが所有する軍事工場で改修を受けている最中だった。
何故こうなっているかと言えば、つまるところこの船がうち捨てられたから、の一言に尽きる。
サンクザーレ会戦と呼ばれる紛争が終わったあと、ドゥガリオ公爵ガトア家は、多額の賠償金をヴガレムル伯爵に払うことでひとまずの和睦となった。
その一貫として格安で
実際のところそれは、
陸上駆逐艦という兵器に対する評価はかんばしくない。
元々、ベガニシュ帝国陸軍でもその運用コストゆえに持て余していた兵器だったし、公爵家が私的に運用した一隻も、エルフリーデによって無力化されてしまった。
要するに時代遅れの兵器だと見られているのが、今現在の陸上駆逐艦という兵器の嘘偽らざる実態だった。
あの戦闘で指揮システム、搭載火器、推進機関のすべてを破壊されたせいで、流用できるのは船体構造と浮力生成に使われている
だが、二〇〇〇トン近い重量を軽減して、陸上を滑るように移動できる兵器システムは、ヴガレムル伯領にとって魅力的な存在だった。
バナヴィア都市連合という政治的共同体を立ち上げたために、今後、ヴガレムル伯爵の軍は、様々な地域での安全保障に関わることになるだろう。
このとき迅速に展開可能な陸上要塞として、陸上駆逐艦は生まれ変わろうとしていた。
つまるところ為政者であるクロガネも、彼を支える臣下の参謀たちも、ミトラス・グループの技術者たちも――見据えているのは次の戦争だった。
かつて帝国が仕掛けてきた侵略戦争は、バナヴィアの敗北によって終わった。長きにわたって流血をもたらした大陸間戦争は列強同士の痛み分けに終わった。
それゆえに引き起こされる次の争いの予感に、誰もが備えようとしていた。
たとえ誰も戦いを願っていなくとも、もう奪われたくないという祈りは本物だから――鋼の城を築き上げて、人は明日に備える。
はるか太古の時代に、剣を研いでいた祖先と何も変わらずに。