機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
きっと一万年前がそうだったように、今日もまた雪が降る。一二月上旬、某日。ヴガレムル市内は物々しい雰囲気に包まれていた。
近代的建築物が多いヴガレムル伯領の近郊は、雪が降ると行ってもさほど厚くは積もらない。少なくとも除雪車が出動しなければならない環境は、サンクザーレ地方にまで足を伸ばさなければお目にかかれないだろう。
都市には多くの住人がいたし、当然のように通行人の目も多い。
雪のちらつく冬の最中だというのに、この日ばかりは街のあちこちに警官が配置されていたし、交通上の要所にはバレットナイトまで出張ってきていた。
肩に雪を積もらせている機体は、警察機動隊の保有する第二世代機〈アイゼンリッター〉の初期型である。重武装こそされていないものの、いざというときには、バレットナイトとの戦闘まで視野に入れていることは誰の目にも明らかだった。
身長四メートルの巨人は、警察組織の所属を示す鮮やかな青色に塗られていても、物々しい印象を隠せるものではない。
そうした非日常な存在感がかえってよかったのか、学校帰りの子供は手を振ったりしていたけれど。
ヴガレムル市の上空にはヘリコプターが常時、滞空しており、同じく監視のため飛ばされている長距離飛行型ドローン共々、警備網に鷹の目を提供している。
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先のヴガレムル同時多発テロの教訓から、警備は何重にも強化されていた――その理由は単純明快である。
今日この日、バナヴィア都市連合の記念となる会合が行われるのだ。
それはベガニシュ帝国によるバナヴィア併合以後、初めて開かれる自治区同士の会合だった。それまで実務者レベルの協議だったのが、様々なやりとりの末、首長クラスが出席しての集まりとなるのである。
ヴガレムル伯領を襲った凄惨なテロ事件のあと、世論が動揺することを抑えるために立ち上げられたような枠組み。
それが数ヶ月でこうして実態を持った組織になりつつあるのは、ひとえに提唱者であるヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの影響力ゆえだった。
元々、周辺地域の安定化のために尽力し、西ベガニシュ総督府による圧力に対しても手を尽くしていた彼には信用があったのである。
何より分断された旧バナヴィア王国の地に住まうバナヴィア人にとって、クロガネが唱えた都市連合の理想は魅力的だった。
自治区単独では対処できない諸問題にも、一つの政治的勢力となれば対処できる――安全保障上の問題にせよ、経済上の非効率だらけの問題にせよ、現状を変えたいと願う人々は大勢いたのだ。
警官によって封鎖された道路を通って、黒塗りの高級自動車が乗り付けてくる。
レーザー式防空システム――ドローン兵器に対する強力な対抗手段は、バレットナイトが提供できる強力な電源に由来する――を積んだバレットナイトが並走して護衛する中、何台もの防弾仕様の車両がやってきては、会議場の入り口に横付けして停車する。
ヴィタフォード、グリムシャトフ、マリヴォーネ、ヴェルナシオ、ハーモント――いずれも名だたるバナヴィア自治区である。
帝国が要求する高額な税を納めて自治権を維持できることからも、彼らが有する影響力の大きさがうかがえよう。
当然のことながらその地の代表者たる人々は、お人好しでヴガレムル伯領に来たのではない。
彼らは知りたがっていた。
果たしてクロガネ・シヴ・シノムラ――たとえどれだけヴガレムル市民に市長を選ぶ自由を与えていようが、かの人物が政治と経済を牛耳っている事実は揺るぎない――が、どの程度、ベガニシュ帝国の中央に対しての影響力を持っているのかを。
ヴガレムル市の金回りの良さを感じさせる、新築の会議場の中では、無数の思惑が飛び交っていた。
にこやかな笑顔を浮かべて互いに挨拶しながら、その実、腹を探り合う首長たち。
バナヴィア都市連合という構想が有名無実なものではないと確信してはいても、事実上の盟主であるクロガネの底は探りかねている人々は――会議が始まってすぐ、驚愕することになる。
「本日、皆さんにお目にかかれたことは望外の喜びです。さて、少々お時間をいただきましょう――我々に吉報をもたらしてくださるゲストをお招きしました」
天井の高い大きな議場に座った人々を見渡し、愛想のいい微笑を浮かべて――年齢不詳の美青年が口を開く。
鴉の濡れ羽色の黒髪に黄金色の瞳、驚くほど整った面差し、がっしりとした長身。ぴったりとディレクスターズスーツを着こなした姿は、企業グループの表向きの顔役をしているかの人物の二面性にぴったりだ。
この集まりの発端、バナヴィア都市連合の提唱者であり、一五年間、この地の領主を務めてきた怪人――ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラである。
ある種、妖怪じみた不老体質の人間。バナヴィアにおいて今や知らぬものはいない企業連合体ミトラス・グループの創設者。帝国の軍事侵攻後の政治的働きかけから、売国奴とも呼ばれる男。
バナヴィアに残っている記録を参照するだけでも、実年齢が老爺でないと計算が合わない存在である。
その立ち位置にもかかわらず、帝国貴族に付きものの婚姻外交を回避しているのは、怪物じみた存在感ゆえだろう。
会議場に集った政治家たちの脳裏をよぎるのは、彼の人好きのする笑顔に対する畏怖だった。
――よもや本物の不死者なのか?
不死者とはこの世界の歴史において、度々語られるおとぎ話の主役たちである。それは創作であり、歴史の主役になり損ねた人々の逸話が、一人の登場人物としてまとめ上げられたものだとされている。
今日、この地に集ったバナヴィア自治区の首長たちもまた、そういう常識に従って生きてきた。
だが、会議場の中央でマイクの前に立つ青年――そう、彼らの息子ほどの年齢に見える――を目にすると、その確信は揺らいでいく。
若作りと呼ぶにはあまりに若すぎる。
そしてそれゆえに思うのだ。
真実、彼がそのような存在であるならば――今のバナヴィアに対して、希望の火を灯せるだけの値打ちがあるのではないか、と。
客観的な事実を記すなら、ヴガレムル市の繁栄とはすなわち、ミトラス・グループのもたらす巨額の利益に由来している。
外部から見たときのヴガレムル伯領は、決して
そして見方を変えれば、ミトラス・グループは死の商人だった。大陸間戦争という凄惨な戦いすら利用して、富を吸い取ってきたのは事実なのだ。
尋常な振る舞いではなかった。本来、ベガニシュ帝国に骨の髄まで搾り取られるはずのバナヴィア人が、むしろ帝国から富を集めるなど――かの帝国の邪悪さを知るものほど、信じがたいと思えて当然だった。
その異様さゆえに彼らは強い。豊かな地域であるバナヴィア自治区の首長たちから見ても、ヴガレムル伯領の経済力と軍事力は抜きん出ている。
であるからして、どのような客人が招かれていようと驚くには値しない。
そう思った出席者たちの思いは、会議場に入ってきた人物の姿を目にして凍りついた。
従者に付き添われて会議場に入ってきた人物は、歩く所作一つ取っても気品あふれる人物だった。
その頭髪は燃える赤色だった。それは多かれ少なかれ、政治に興味を持つ人物ならば誰もが知っている特徴だった。
「皆さん、ご紹介いたします。こちらはベガニシュ帝国からお越しくださったザムド侯爵ケヴィン・ハイゼ閣下です」
微笑むクロガネがさらりと紹介したのは、明らかにこの場にいてはならない人物だった。
ザムド侯爵――それはベガニシュ帝国の現政権において、皇帝ルートヴィヒの腹心としてその
年若い皇帝の経験のなさを補う、重臣と言えよう。
大陸の三分の二を統べる超大国の頭脳が、何故このような場にいるのか。理解に苦しみ、この場にいる誰もが思考を停止しかけた時間に、侯爵はやるべきことを済ましていた。
あごひげを生やした侯爵は、つかつかと会議場の中央――クロガネのいる場所まで歩み寄ると、ごく自然な流れでマイクの前に立った。
「ああ、ありがとう伯爵。さて、お集まりいただいた諸君、私はこの通り侯爵をしているものだが――結構、私の顔は知れ渡っているようだね。素晴らしいことだ、帝都にいると自分が客観的に見て、どの程度、顔が知られているのかわからなくなるものでね」
聴衆を見渡し、ウィンクすらしてみせる余裕――帝国貴族らしからぬ気安さをにじませて、ザムド侯爵は語る。
そして彼はやはり世間話でもするかのような気安さで、魅力的な笑みを振りまくのだった。
「ああ、本来ならば諸君とじっくり帝国の未来を語り合いたいものだが……多少、礼を失するのを覚悟で用件を済ませよう」
ケヴィン・ハイゼは電光石火のごとき迅速さで本題に斬り込んだ。
聞いたものが現実かどうかを疑うような言葉を、彼はするりと口にした。
「――ベガニシュ帝国はバナヴィア都市連合の自由な軍備を許可する。防衛費に応じて税は免除され、ベガニシュ総督府の権限は段階的に縮小される。すべては
まるで占領下から解放されるような宣言が、矢のように降り注いだ。
ザムド侯爵――ベガニシュ皇帝の腹心から飛び出した爆弾発言に、バナヴィア都市連合の参加地域から集った首長たちはどよめいた。
その意味するところを理解した人々は、疑いようもなくやってくる新時代の予感に震えた。
――帝国は圧制者であることも、庇護者であることも放棄するつもりなのだ。
それはおそらく、一五年間の長きにわたってバナヴィアの統治に失敗し続け、大陸間戦争で深い傷を負った帝国の一つの答えだった。
侯爵の言葉を聞くクロガネ・シヴ・シノムラは、ただ微笑みを浮かべる。
その胸の内をさらすことなどせずに、静かに決意を秘めて。
集まった政治家「クロガネの実行力を見定めに行ったら…なんかえらい勢いで帝国から自立しろって言われた…」
たぶん時間停止攻撃を食らったポルナレフみたいになってる。