機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
バナヴィア都市連合の会合は、大いなる波乱の予感を抱えながら初日を終えた。三日間にわたって開かれる会合の初日だから、話し合う議題が尽きないとしてもひとまずの区切りはある。
とりあえず断言できるのは、ヴガレムル市に集まった代表者の誰もが、自分の本拠地への緊急連絡を余儀なくされたことである。
それもそのはずだ。
ゆるやかな自治権の拡大ぐらいが落としどころだったはずのバナヴィア都市連合は、皇帝の宰相による完全な自治権獲得の約束で、その将来図が大きく変わってしまった。
元々、先帝によるバナヴィア併合に批判的だった皇帝ルートヴィヒの方針を思えば、それは不自然なものではない。
だが、とにかく性急すぎる。
ほとんどバナヴィアの再独立に等しい条件を提示されて、心穏やかでいられるものは為政者とは言えまい。
送迎のためやって来た大型自動車の車内で、この地の領主――ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラは、帝国有数の大貴族と向かい合って座っていた。
広々とした対面式のシートはここが自動車の中であること忘れてしまうほど優雅で快適な空間だった。
それを当然のものとして享受する、生まれながらの貴族が相手だった。最新の複合装甲と防弾樹脂で覆われた車体は、対戦車兵器を撃ち込まれようと耐えられるほどの強度がある。
燃えるような赤毛の紳士、ケヴィン・ハイゼが口を開いた。
「フィルニカ王国の一件では娘が世話になったね。あれもレディ・ノーラなどと呼ばれてはいるが、戦争には不慣れな乙女だからね。無事に帰してくれたことに感謝しているよ、伯爵」
「身に余る光栄です、閣下。私こそ、ご令嬢の機転によっては大きく助けられました。フィルニカ王国を襲った怪ロボット事件は、レディ・ノーラのご活躍なしには解決できなかったことでしょう」
「ああ、報告書は読んだが……にわかには信じがたい話だったよ。五〇メートルにも達する巨大人型兵器、宮殿殺しとはね……ガルテグ連邦の我らに対する悪意には驚くばかりだ」
ザムド侯爵は一点の陰りもない表情でそう言った。たとえ改革派に属する知識人であり、皇帝の腹心と言える人材であろうと――彼はやはりベガニシュ貴族なのだ。
侵略と圧政、平和と啓蒙。
まるで二つの顔を持つ神のように、尊大にして傲慢、それでいて理性的で慈悲深くもある。
この矛盾こそがベガニシュ帝国だった。帝国がその拡大政策によって、大陸諸国にもたらしている影響を知りながら、ザムド侯爵はこう言えてしまう人物だった。
帝国が買っている恨みはよく知っているし、対策を怠っているわけでもないが――残酷なまでの厚顔無恥さこそ、帝国貴族に求められる素質なのは疑いようもなかった。
ちなみにガルテグ連邦を中心とした敵対陣営において、ベガニシュ帝国がどう報じられているかは語るまでもない。
侵略を繰り返す悪の帝国、旧態依然とした貴族たちが支配する悪の枢軸。
おおむねそのようなイメージである。
かの新大陸国家もまた営利企業への利益誘導や、貧困層や難民を使った人体実験など、後ろ暗い話題には事欠かないのだが――ただ一つ言えるのは、どちらの陣営も危ういバランスの上に成り立っているということだ。
その論理に飲み込まれれば、際限なく死者を出す悪夢そのものになるだろう。
一〇万年前、旧人類が滅び去ったあの日からは想像もつかないほど人類は復興した。世界人口は大きく増えたし、未だに先史文明種の遺産頼りとはいえ、科学技術の振興も進みつつある。
クロガネはふと思い出す。
最愛の少女の言葉を。
――
ああ、そうだ。
自分が何のために戦うのかと言えば、つまるところそれは――帝都コルザレムの庭園で目にした、あの娘の笑顔に報いるためなのだ。
愛するもののための戦い。
はるかな太古の昔から幾度も繰り返されてきた、陳腐ですらあるうたい文句を、不死者はたしかに選んだのだから。
そのような湿っぽい感情などおくびにも出さず、クロガネは冷静に話を切り出した。
「ガルテグ連邦は帝国に対する
「はははっ、すべては皇帝陛下がお決めになったことさ。元より総督府は機能不全を起こしていた。バナヴィアの戦後統治という宿題に、我々は従来のやり方では答えが出せないと気づいたのさ」
現在の皇帝ルートヴィヒとヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラは、公的にも私的にも極めて近しい関係である。
皇帝は様々な紛争の調停を通じてクロガネに便宜を図ってきたし、クロガネはその先進的な科学技術をミトラス・グループを通じて提供してきた。
つまるところ両者は一種の運命共同体であり、その思想の面でも近しい面が多い――科学技術による生活水準の向上、理性による秩序の信望など多くの理想を共有している――なのである。
それゆえにクロガネを盟主とする政治勢力が、バナヴィアにおいて大きな自治権を獲得するならば都合がいい。
彼はベガニシュ皇帝にとって最も信頼がおける代理人なのだ。
元々、バナヴィア王国への軍事侵攻は先帝とその取り巻きの貴族たちが始めた征服行為だった。
あれから一五年が経ってすべてが変わった。
当時の皇帝は崩御し、門閥貴族による寡頭政治は失態に塗れて、彼らは名誉も権力も失いつつある。
改革派の筆頭たる皇帝ルートヴィヒにとって、旧体制がこしらえたろくでもない負債であるバナヴィア問題は、どこかで帝国の内政から切り離したい要素だったのだ。
もちろんこれは所詮、侵略者であるベガニシュ帝国の側の身勝手な理屈に過ぎない。
――ベガニシュ帝国の未来に必要な、新たな統治モデルの実験区として、バナヴィア都市連合に自治権を付与する。
――新時代の科学技術の育成拠点として、帝国の全面的支援のもと、一定の自治を許可するのである。
つまりあくまで帝国が主導した改革であり、クロガネを中心とした統治者は、皇帝の信任を受けた賢人ということになる。
バナヴィア人の手強い抵抗に屈して、すごすごと退散するわけではない――そういう理論武装は帝国中枢で何重にも練られており、流布すべきプロパガンダも作られている最中だろう。
そもそも貴族派の牙城だった西ベガニシュ総督府は、帝国内部の権力闘争ではとっくの昔に負け犬であり、できることならば特権も何もかも廃止すべきだと思われているのだ。
対外的にはヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの功績に対して、報いたがゆえの施策。
そのように報じられもするだろう。
クロガネは自身の置かれている立場――つまりは良くも悪くもベガニシュ皇帝の代理人であれと思われている――を承知の上で、慎重に言葉を選んだ。
「これは帝国にとって――新たな統治モデルを築く試金石だと心得ております」
そんな不死者に対して、ザムド侯爵は人の良さそうな微笑みを浮かべてうなずいた。
代々続く大貴族の家系でありながら、改革派の皇帝と思想的に共鳴して、ばっさりと数多の利権を切り捨てていく侯爵――温厚な紳士そのものの笑みに嘘はない。
ただクロガネという人物を値踏みして、その価値に満足したがゆえの好意だった。
その空恐ろしい笑顔のまま、ケヴィン・ハイゼは語る。
「ベガニシュ帝国の歩む未来――戦後の秩序は、武力と恐怖によってもたらされる旧時代と決別しなければならない。伯爵、君が実証した電脳棺の医療活用は、科学技術が切り開く新たな時代を予期させるものだ」
そこにはたしかな情熱があった。新たな帝国、新たな秩序、新たな世界を願う人間だけが持つ夢想の熱だ。
クロガネはベガニシュ帝国の現実を知っている。
その統治が生んだ無数の犠牲を、悲鳴を、慟哭を見聞きしてきた。自らの使命のために見捨ててきた生命の数を忘れたことはない。
そんな自分が為政者と手を結び、権力の果実を得ようとしていることに――男は数奇な運命を感じた。
クロガネの感傷を感じ取ったのか、ザムド侯爵ケヴィン・ハイゼはにこやかな笑顔のまま、自らが目指す未来を口にした。
「バナヴィア都市連合の権限拡大を、
英雄王カーラン一世。
ベガニシュ帝国が古代帝国の祖と仰ぎ、バナヴィア王国すらも自らの源流として尊重する歴史上の偉人。
かつて自身が導き、共に戦った王の名を聞いてクロガネは目を閉じた。悠久の時の流れに置いてきてしまった、大切な親友の顔を思い出す。
そして長い時間の中で決別した愛弟子のことを思った。
――ルクカカウ、お前はきっと俺を許さないだろう。
きっと今さらだ、と罵倒されて当然だった。
だが、それでも彼は選んだから――完璧に制御された表情で侯爵に応じた。
「ええ、閣下。微力ながら私どもの知恵が、
些細な言葉選び一つが、見ている未来の違いを浮き彫りにしていた。しかしそれは、元よりお互いに織り込み済みのことだった。
ベガニシュ皇帝とその腹心は帝国の新時代を語り、不死者クロガネは人類の進むべき明日を語る。
微笑みを浮かべた紳士二人を乗せて、車はヴガレムル市内を走る。
――ちらちらと空を舞う雪は、いつまでも降り止まなかった。
今まで:クロガネはベガニシュ皇帝になんでもお願いするズッ友
これから:ベガニシュ皇帝はクロガネに無茶振りするズッ友
おそらく…政治に強いスパダリだと思われています…!
次回から爆発とか超兵器とか出てきます(予告)