機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
セヴラン・ヴァロールは険しい顔で新聞を読んでいた。ここはバナヴィア西部、ベガニシュ帝国の統治が満足におよんでおらず、独立派の拠点も数多い地域だ。
お尋ね者であり街を出歩けないセヴランは、レジスタンスの協力者が買ってきた新聞を差し入れとして読んでいた。
窓ガラスにブラインドが降りたビルの一室で、男は深々とため息をついた。暖房の効いた部屋の中で、コーヒーを入れながら新聞を読める。十分に恵まれた待遇と言えたが、それもそのはずであろう。
男はバナヴィア独立派の幹部であり、数多くの暗殺作戦を成功に導いてきたテロルのスペシャリストなのだから。
椅子に座ったまま、卓上においてあるラジオをつける。
時刻はすでに夜――ベガニシュ帝国の公報を垂れ流す番組に合わせた。
『皇帝陛下のお言葉です――我が帝国は、剣のみならず知によっても偉大たり得る。先日、発表された西ベガニシュ管区の改名と自治権の拡大について、お知らせします。これはバナヴィア管区において顕著な復興と秩序維持の功績を鑑みて、ヴガレムル伯領を中心とした地域を
セヴランは新聞の見出しをもう一度目にした。
バナヴィア人の自治権の大幅な拡大と、総督府による指導と規制の大幅な緩和が行われる見通し。今後、発足する自治政府の代表者には、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラ卿が選ばれる公算が大。
あまりにも突然の知らせだった。これまでベガニシュ帝国の圧政に反抗し、人民の怒りをかき立てるため、ヴガレムル伯領を狙った同時多発テロすら実行に移した男にとって――すべてが受け入れがたい現実である。
うめくように呟いた。
「……クロガネは帝国の犬か」
わかりきった話である。元よりミトラス・グループとベガニシュ帝国中枢の蜜月なしに、ヴガレムル伯領の繁栄はありえなかったのだから。
かの帝国がバナヴィア統治の困難さに音をあげて、自身に都合のいい傀儡政権を求めたとき――白羽の矢が立つのが、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラであることに不思議はなかった。
セヴランは一五年前、家族を失った。ベガニシュ帝国の仕掛けてきた侵略戦争の最中、かの国が市街地に落とした爆弾が、彼の妻子の命を奪った。
それ以来、彼はずっと燃えるような怒りの中で生きてきた。
ふと気配を感じて目線を上げた。
「…………お前かよ」
セヴランの視線の先に立っているのは、柿色の忍者装束を身にまとった不審者である。
そう、忍者である。頭がおかしくなりそうな現実だが、セヴランが属する組織――救国卿が率いるバナヴィア独立派には、指導者のエージェントとして忍者が存在している。
何故、忍者なのかは誰にもわからない。誰もこの男の本名も経歴も素顔も知らないので、間違いなく間諜としては凄腕なので困る。
というかセヴランはとても困っている。
そんな彼の困惑など素知らぬ顔で、忍者はとても友好的に話しかけてきた。
「いやぁ、大変なことになってきたでござるなぁセヴラン殿! これには拙者もびっくりでござるよ、まさか自治権の拡大とは――これで独立派の大義名分の一つが奪われた感じでござるな」
「お前、政治がわかったのか……」
「空気が読めない
「そのふざけた喋りで常識を諭してくるのやめろよ!?」
セヴランは頭が痛くなってきた。すっかりぬるくなったコーヒーを口に含み、一息ついてから考えをまとめる。
結局のところ、すべてはベガニシュ帝国の都合で動かされたゴールポストに過ぎない。
元々、連中が戦争を仕掛けてこなければ、こんなことにはなっていないのだ。
セヴランと同じような境遇の闘士は、独立派のレジスタンスにも大勢いる。彼らの思いを代弁するように、男は嘘偽りなき感情を口にする。
「俺たちはベガニシュ帝国に家族を殺された。それを忘れることなどできるものかよ」
忍者は目を細めた。
柿色の忍装束から除く目元だけが、じっとセヴランのことを見つめていた。
「しかしセヴラン殿、バナヴィアの一般大衆はそうではないでござろう? 結局のところ多くの人間は、明日の暮らしが保障されるならば、流血よりも無血を選ぶものでござる」
「なんだ、見てきたように喋るんだな?」
「街の様子は見てきたでござるよ。皆、半信半疑でござるが――反ベガニシュ感情が強いここでさえそうなら、東部や南部では風向きが違っても不思議ではござらん」
この忍者、びっくりするぐらい有能である。もちろん忍者装束は脱いで一般人として、カフェや酒場を見て回ったのだろうが――こればっかりは、指名手配中のセヴランにはできないことだった。
とはいえゲリラ戦の指揮官として、セヴラン・ヴァロールには異なる見解があった。
ぬるいコーヒーを飲み干したあと、静かに口を開く。
「これは所詮、ベガニシュ帝国が内向きの論理で始めた政策だ。奴らは大方、保守派だ改革派だと、ベガニシュ人の中でしか通じない派閥を見て政治をしたんだよ。だがこれは明らかに、帝国の影響力の減退を示す兆候だ――これからバナヴィア情勢は荒れるぞ、確実にな」
「ああ、それでござるが――
「総帥から? そういえばあの方は今、何をしておられる?」
どうしてこの忍者がやって来たのか、という意味では納得がいくものの――この一大事に姿を見せない総帥を、少々、いぶかしがるセヴラン。
そんな彼の疑念に答えるように、忍者はすらすらと伝言を口にした。
「ガルテグ連邦陸軍から脱走した武装飛行船が、バナヴィア東部に向けて進行中。まもなく大規模なテロ攻撃が始まるゆえ、その阻止のため総帥自ら打って出るそうでござる」
情報量が多すぎる。
戦争が終結してなおベガニシュ帝国の強力な敵対者であるガルテグ連邦――その脱走兵というだけでも頭が痛いのに、そいつらがバナヴィア人に対するテロ攻撃を仕掛けてくるなど。
よりにもよってこのタイミングで、という気持ちになる。何者かの深遠な陰謀なのか、それとも馬鹿げた運命の巡り合わせなのか。
総帥自ら出撃する云々については、もう諦めている。
実際のところバナヴィア独立派の誰よりも、かの英雄ルシア・ドーンヘイルは強大なのだ。
正しく一騎当千の力を持つ英雄が、これまた常軌を逸したスペックの戦闘兵器に適合して打って出るならば――セヴラン・ヴァロールにはこれを止める術がない。
ため息一つ、男は閉じられたままの窓に目を向けた。
「……ちょっと待て、俺にどうしろと言うんだ」
「馬鹿な気を起こさず、レジスタンスの皆をまとめ上げる仕事をしていろ、ということでござろうなぁ」
「お前。忍者のくせに言うことがまともすぎるぞ……」
「忍者とは心に刃を秘めるものでござる」
ふざけたござる口調――今時、時代物の演劇ぐらいでしかお目にかかれない芝居がかった言い回し――と裏腹に、この忍者はかなり冷静で視野が広い。
救国卿が自分の元に彼を使わした意味を噛みしめつつ、それでも耐えきれなくて、セヴランはうめいた。
「なんで忍者なんだよ……!」
答えはない。
この世はきっと不条理で、理不尽に満ちているから。
◆
暗闇に覆われた空の下を、静かに雪が舞い落ちる。大地を白く染め上げる雪花は、冬の寒さが作り出す芸術のようだった。
冷たい波が押し寄せては砕け、飛沫を上げる岸辺。北海を望むバナヴィア北部の沿岸部にも、やはり冬は平等にやってくる。
寒々しい北の空――空中を、うなるような音を立てて飛行するものがあった。
鳥ではない。
それは翼で滞空するのではなく、推進装置によって前進する人工物だった。
その形状は細長い筒状であり、側面からは魚のヒレを思わせる翼が突き出て、その尾では電動プロペラが回転していた。
全長六メートル、翼幅三メートルにもなる飛翔体――樹脂製の外殻に包まれた誘導装置と爆薬、蓄電池とモーター駆動のプロペラで構成されたそれの名は、プロペラ式巡航爆弾〈ピルム〉。
時速三〇〇キロメートルを超える速度で、空を切り裂きながら飛翔するもの。
その機影は二〇を超えていた。
――
それは元々、バナヴィア王国が開発した長距離誘導兵器である。ベガニシュ帝国という仮想敵との武力衝突に備えて、バナヴィア人が用意した備えの一つであるそれは、既存技術の集合体であった。
高威力の爆薬、超伝導モーター駆動プロペラ、大容量パワーセル、航法コンピュータ――いずれも現代文明ではそう珍しいものではない。
巡航爆弾が画期的だったのは、それらすべてを効率的に組み合わせて、低コストで大量生産ができる兵器にまとめ上げたことにあった。
こうして開発された巡航爆弾は、その兵器としての完成度ゆえに数多くのデッドコピーが作られた。バナヴィア王国の敗戦後、設計図が流出したのも不思議ではない。
ベガニシュ帝国もガルテグ連邦も、バナヴィア人が作ったこの空飛ぶ爆弾を大量生産して、互いに敵軍へと使用したのである。
――沿岸部に配置された対空レーダーは、すぐさま飛来する矢を捉えた。
『こちらロシュバレア第二四監視砲台、北西の方角から未確認飛行物体を探知。数は三〇、低空域を南下している。指示を求む』
『こちら司令部。撃墜を許可する。通報のあった巡航爆弾だ、叩き落とせ』
バナヴィア沿岸部の対空レーダーシステムが、飛来する爆弾の群れを探知。
許可が出るとあとはすぐだった。大型の複合センサーシステムを搭載した砲台が稼働――即座に電磁投射砲が火を噴いて、対空砲火が吹き荒れる。極超音速で吐き出された電磁投射砲は正確無比だった。
次々と撃ち落とされたプロペラ式巡航爆弾が、空中で爆ぜていく。砕け散った残骸が洋上に降り注いでいく。
大陸間戦争の主要な戦場になったのは太平洋方面であり、大西洋側であるバナヴィアは戦場にならなかった。
しかしながら敵国が大西洋を渡って攻め込んでくる可能性に備えて、ベガニシュ帝国はレーダーと連動した対空レールガンの防衛網を整備していた。
レールガン砲台に配置されていた兵士たち――現地で採用されたバナヴィア兵がその大半である――は、正体不明の爆弾の群れを迎撃できたことに安堵の息をついた。
巡航爆弾の進路上には大きな街があった。
長距離巡航能力を持った爆弾を素通しすれば、市街地に爆弾が叩き込まれる事態になりかねない。
冬至祭を控えた一二月中旬の時期、街は買い物客で賑わっているはずだ。
だが兵士たちの思いを裏切るように、レーダーは次なる飛翔体の群れを感知していた。
『飛翔体、再び接近! 数は三〇……四〇……五〇……! なおも増加中! 進路は先ほどと同じです!』
『波状攻撃だと!? 一体、どこからだ!』
不気味なプロペラの音を立てて、空飛ぶ爆弾が押し寄せてくる。
対空レールガン砲台に併設されたレーダーシステムと複合センサー群が弾き出したのは、絶望的な答えであった。
『…………巡航爆弾の出現位置から予測して、北海の洋上が発射地点だと思われます。これは明らかに……巨大なミサイル発射機が存在しています!』
ぞっとするような事実に、一瞬、砲台指揮所に沈黙が降りた。
指揮官である男が、敵の正体を察して声を震わせた。
『ガルテグの超大型ミサイル艦……! 戦争の亡霊どもめ、もう一度、バナヴィアを焼くつもりか!』
戦後の政治を始めようとしている帝国を嘲笑うように――おぞましい戦火の矢が、再びバナヴィアを焼こうとしていた。
・プロペラ式巡航爆弾〈ピルム〉
飛行爆弾とも呼ばれる。
「投げ槍」の意。
誘導装置・弾頭・翼・大容量電池・電動プロペラで構成された自律飛行型爆弾。
全長6メートル、翼幅3メートル。
最高速度:時速500キロメートル。
バナヴィア戦争(現時点で15年前)の時代に登場した大型ドローン兵器。
高威力の爆薬、超伝導モーター駆動プロペラ、大容量パワーセル、航法コンピュータなど要素要素は中世から存在していた。
この巡航爆弾と呼ばれる兵器が画期的だったのは、それらを組み合わせ、工場で大量生産可能な自律飛行爆弾として設計した点にある。
元々はバナヴィア王国が、ベガニシュ帝国の軍拡に対抗すべく開発したもので、同国の滅亡後は設計図が流出――二大国で模造品が生産されるようになった。
特にガルテグ連邦はその圧倒的な工業力を注ぎ込み、巡航爆弾を大量に使用した。
〈ピルム〉はあらかじめ入力されたコースに沿って水平飛行し、尾部の電動プロペラにより推進する。
低高度で飛行することでレーダーに探知されにくいが、ミサイルの類としては鈍足のため対空レールガンや対空機銃で撃墜されやすい。
前線の兵士からはその破壊力ゆえに恐れられた一方、対策が確立されると急激に目標命中率が低下、迎撃されるようになっていった。
クロガネがあえて選んだ道は、反帝国の立場から見ると「帝国の犬がよ…」ですし、帝国側から見ると「傀儡政権やってくれるんだよね?」なところです。
なお実際にはものすごいバランスの取り方していきます(再独立RTA走者)