機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
空を切り裂く矢となって、ただ駆け抜ける。
深紅の悪鬼〈アシュラベール〉は決して、航空力学的に優れた機体をしていない。機体重量と比較したときの推力の大きさだけで空を飛ぶ、そういう無茶で成り立っているマシンだ。
高速巡航形態である〈マルドゥック・フリューゲル〉装備によって、その総推力は通常時の三倍以上に達している。
増加した重量分を考えても、現代の航空機――その多くは電動プロペラ駆動だ――から見ても破格の推進機構と言えよう。
とはいえ超音速巡行の障害は大きい。音速を壁を越えれば、そのときに流体として振る舞う大気と、生じる衝撃波で機体の末端部が受けるダメージは計り知れない。
これを軽減するため、ミトラス・グループの技術者たちは
従来であれば敵兵器の装甲を破壊するため用いられてきた高エネルギー粒子を、周囲の大気への干渉に利用し、空力制御を行う――莫大な量の電気的エネルギーとエーテル粒子を消費する特殊機構。
それが〈マルドゥック・フリューゲル〉装備の正体であり、背負われた巨大な単発ジェットエンジンも、両脚に装着された二基のスラスター・スティルツも、あくまでこれを補助するための推進装置に過ぎないのだ。
――でもこれ、やっぱり実戦では使いたくなかったかな!
エルフリーデは電脳棺に収まった意識の中、そうひっそりと毒づく。これまで大型爆撃機が頑張って時速六〇〇キロメートルを出していたような世界で、エルフリーデは今、時速二四〇〇キロメートル近い超音速巡行をしていた。
この速度は軽量で射程も短い対空ミサイルの類がようやく出せる類の数字である。
少なくとも実用的なジェット推進の航空機が、未だ作られていない現代文明では驚異的な存在――そのようにクロガネが評していた気がする。
たぶん人類初で世界初、世界記録を申請できるだろう。
これが試験飛行ならばエルフリーデだって技術者たちの創意工夫を褒め称えられるのだが――嫌でもわかる。光波シールドジェネレータにかかっている負荷は相当なもので、馬鹿でかい大容量蓄電池に満ちていた電力はすごい勢いで目減りしている。
すでに飛行高度は一万五〇〇〇メートルを超えている。
眼下を流れていくのは、真っ暗闇の中では暗色の塊にしか見えない雲の塊だった。空全体をヴェールのように覆う
万が一、不具合が起きて墜落したら、重力加速度に従ってパラシュートなしのスカイダイビングが始まって、自分は粉々に砕け散って死ぬだろう。
――雲の合間には海があるはずだけど、これじゃわからないか。
夜空の下、明かりと呼べるものは月光と偽りの星々だけだ。それは息を呑むほどに美しい夜間飛行だった。
あるいはクロガネの記憶を見ていなければ、この世界が人工物だらけのもの――天空も大地も海原も、在りし日の人類が科学技術を駆使して創造したのだという――だなんて信じられなかったかもしれない。
今の科学の発展を支えてきたのは、先史文明種の遺産の取り合いという身も蓋もない実益に基づくパワーゲームだ。
あらかじめ何もないことがわかっている虚空を目指すほど、人類は夢やロマンだけで生きられる生き物ではなかった。
超音速巡行の終わりが近いことを、エルフリーデは悟った。
現在位置は北海上空、これまでの巡行爆弾の進路から予想される敵ミサイル母艦の座標だ。
敵ミサイル艦の位置は計算し終えた。バレットナイトの制御系として脊柱に収まっている電脳棺、その高度な演算能力を利用する――複雑怪奇な計算式の取り扱いだって、電脳棺の補助を受けるならば可能だった。
――見えた。
空の彼方に浮かぶ黒々とした点が一つ。
それを目視した瞬間、こちら側もレーザー照準されたことを示す警告がインターフェースに表示される。
光波シールドジェネレータの出力強度を大気整流モードから物理防御モードに切り替える。高エネルギー粒子の防御帯がその強度を大きく変容させ、薄く広く展開されていた被膜が、強固な盾へと変わっていく。
刹那、着弾の衝撃が来た。
高エネルギー粒子が弾けて砲弾を削り飛ばす。極超音速で飛来した砲弾は対空レールガンの類だろう。続けて超音速でこちらに接近する高速飛翔体群――対空ミサイルが殺到してくる。
その数は一六発を超えている。
まともに喰らっては光波シールドジェネレータの防御限界を迎える。
エルフリーデは〈マルドゥック・フリューゲル〉の主翼武装ハードポイントを行使した。
二枚の主翼に装備された二〇ミリ電磁機関砲四門、連続発射型の小口径レールガンを操作する。
四基の電磁機関砲はそれぞれの基部に可動軸が設けられており、わずかながら射角をつけることが可能だった。
電磁投射砲は通常のバレットナイトが携帯する重火器をそのまま転用した兵装であり、射程・威力どれを取ってもミサイル相手には十分な兵装だった。
あとはそう、当たりさえすれば文句はない。
――当てる。
引き金を引いた。自らの背中に接続された巨大な主翼と、その翼に吊された機関砲四門を操る感覚――エルフリーデの人外じみた拡張身体への適応と、制御補助AIの共同作業によって可能となる精密射撃。
砲弾が豪雨となって吐き出された。
着弾――接近してきたミサイル群の九割を叩き落とした。
それでも一発は防ぎきれなかった。
光波シールドジェネレーター表面で高エネルギー粒子が弾け、表出されたエネルギーが成形炸薬の爆発を相殺する。
そうして放出された指向性エネルギーが、逆噴射じみた作用をもたらした。急激に減速していく機体――〈アシュラベール〉の超音速巡行は瞬く間に時速一三〇〇キロメートル以下にまで落ち込んでいく。
光波シールドジェネレーターの大気整流作用は失われた。
高速飛行中の大気が、機体を包み込む壁となって現れたかのようだった。
減速Gでみしみしと軋む機甲駆体は、それでも腰だめに構えた長大な砲身を揺るがさない。馬鹿でかい砲身は明らかに頭頂高四メートル半の〈アシュラベール〉の背丈よりも長かった。
五〇口径一四〇ミリ大型電磁投射砲――対艦レールガンとも呼ばれるそれは、ミトラス・グループの技術者が作りあげた試作兵装の一つである。
絶大な推力で発射時の反動を相殺できる、〈マルドゥック・フリューゲル〉形態でなければ運用することすら難しい火砲だった。
四角柱型の砲身を構える。
接触時に比べればずいぶんと大きくなった飛行艦を見やる。
近づいてみると、不気味な銀色の船体が月光を反射して妖しく輝いていた。
――とんでもなく大きい船だ。
ガルテグ連邦軍の武装飛行艦〈スオラン〉。全長七〇〇メートルを超える巨体に、数千発の巡行爆弾を詰め込み、ありたっけの対空兵装で自衛能力まで持った空飛ぶ火薬庫だ。
大陸間戦争で確認されたその防御性能は凄まじく、生半可な対空ミサイルではまともにダメージが通らない。
おそらくガルテグ連邦は、アルケー樹脂装甲ないし電磁装甲で覆われた飛行船を建造したのだ。
その動力源をどう実現したのか、帝国が首をひねるばかりの規格外の怪物だ。
ぐんぐん近づいていく互いの機体――バレットナイトとしては規格外の〈マルドゥック・フリューゲル〉装備と言えど、大きさとしては既存の爆撃機と大差ないのだ。
〈アシュラベール〉が小魚だとすれば、〈スオラン〉はそれをはるかに凌駕する
シュモクザメを思わせる
嘘みたいに馬鹿でかい超伝導モーターに、これまた馬鹿げたでかいプロペラをつけて推進力にしているのだ。
――
なるほど、如何に大きいと言えど数千発の爆弾を積むスペースなどあるのかと思っていたが――七〇〇メートルの船体のほとんどが、兵器庫になっているのならば十分に可能だろう。
空中飛行に可能な揚力は抗重力場機関が、推進力はバレットナイトよりもはるかに大きな電動プロペラが生み出してくれる。
夜闇の中、白熱するプラズマの尾を引いて砲弾が飛来する。
飛行艦の近接防御火器として設置された電磁投射砲が、対空砲火を浴びせかけてきていた。
――まだだ、わたしは
接近する。
機体が上げる悲鳴を無視して、五基の推進装置の噴射方向を自在に切り替え、超音速域で回避運動を取った――脚部スラスター・スティルツと電気熱ジェット推進機構、合計で四基の可動軸を備えた推進装置を駆使した異形の
螺旋を描くような回避運動だった。
既存の如何なる飛行動物、飛行物体にも似ていない不気味な機動――超音速と音速の狭間で、常軌を逸した機体負荷にがくがくと軋む〈アシュラベール〉。
それでもいい、肉薄する。
銀色に輝くシュモクザメの化け物、その船体を照準器に捉えて。
――今だッ!
引き金を引いた。
その刹那、〈マルドゥック・フリューゲル〉装備に蓄えられていた電力のすべてが、一本の電磁バレルに注ぎ込まれた。超伝導回路を凄まじい量のエネルギーが駆け抜け、まるで雷鳴じみた圧力と共に砲身に強力な電磁誘導の力場を形成。
口径一四〇ミリ、重戦車の主砲にも匹敵する大口径砲であった。
数十キログラムの重たい弾頭を、純粋に高出力の電磁バレルで撃ちだして、高速の運動エネルギー弾として使用する。
ただそれだけの攻撃は、それゆえに防御が困難であった。
激烈な反動を制御するため、一四〇ミリ大型電磁投射砲の尻に装着された固体ロケットモーターが点火される。
衝撃と衝撃の二重奏――世界で最も強固な駆動フレームを持つ〈アシュラベール〉すら、実用限界ギリギリの破壊的な反動が襲ってくる。
――白光。
大気が圧縮され、プラズマ化して白熱の尾を引く。
そして閃光が瞬いた次の瞬間には、超大型ミサイル飛行艦〈スオラン〉の艦首に亀裂が走っていた。
雷鳴のような轟音が響き渡る。打ち砕かれたアルケー樹脂装甲が、エーテルパルスの燐光を漏らしながらひび割れて、ボロボロと剥離していく。
全長七〇〇メートルの巨大艦にとっては、一四〇ミリメートルの砲弾が開けた孔など取るに足らないものだったが――内部構造に対してもダメージが入ったのは間違いなかった。
内側から吹き出す高エネルギー粒子の噴流が、砲弾の
――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
そして悲鳴が聞こえてくる。それは風のうなり声、吹き出す高エネルギー粒子の噴射が反響して聞こえる断末魔じみた声だ。
〈スオラン〉は明らかに異常を来しており、着弾後、対空砲火は止んでいる。
とはいえ代償は大きかった。
異常なまでの反動を受け止めた〈アシュラベール〉は、急激な失速を迎えていた。右腕部フレームにも強烈すぎる反動のせいで骨格にひびが入っていた。
腕部骨格に充填されたナノマシン群体が、亀裂を修復しているが――さて、どこまで修復できるものだろうか。
みちみちと音を立てて骨格の異常に応急処置していく〈アシュラベール〉――視界いっぱいの押し寄せてくる銀色の船体――両脚のロケットブーツからランディングギアを展開し、その船体表面に着陸する。
衝撃。
たった今、自分が対艦攻撃を加えたばかりの飛行船に不時着するという離れ業だった。ランディングギアの車輪が回転し、銀色の大鯨の表皮を滑走していく。
――よし、なんとかなった!
しかしこの対艦レールガンは明らかに失敗作だった。たった一回の発射で電磁バレルが異常を来しているし、冷却系も正常に作用していない。
短時間で大電流・大電圧を受け止めた構造材が、耐えきれずにエラーメッセージを吐き出していた。
よもや超音速巡行が可能な速度域から、失速して墜落する手前まで速度を殺されるとは。
やっぱり試作兵装なんてぶっつけ本番で使わないに限る。
そう思いながらエルフリーデは電磁投射砲を投げ捨てた。電磁バレルが赤熱化している電磁投射砲が、巨大艦の甲板に当たって硬質な音を立てた。
照準する。
次の瞬間、エルフリーデ自身が放った機銃掃射を浴びて、試作レールガンはバラバラに消し飛んだ。
これで残骸から構造を解析される恐れはなくなった。
「さて、どうしようか――ああ、そっか」
なし崩しに戦闘に突入したので忘れていたが、こういうときは言うべきことがあったな、と思い出す。
かつての副官ミリアム・フィル・ゲドウィンに仕込まれた口上をきっちり述べた。
「飛行艦〈スオラン〉に告ぐ。こちらはヴガレムル伯爵家の騎士エルフリーデ・イルーシャである、直ちに武装解除して降伏せよ。貴艦は今、民間人に対する無差別攻撃を行っている」
返答は期待できないと思っていた。
このような降伏勧告を聞き入れる相手ならば、そもそも無警告で市街地に向けて空襲などしないからだ。
だが少女騎士の予想に反して――応答はあった。
強烈な悪意が、電波と共に放たれる。
『――バナヴィア人の英雄〈剣の悪魔〉か。帝国の走狗が、
ざらついた声。
まるで複数の人間が異口同音に喋っているかのような違和感――その感覚には覚えがあった。つい最近、身近に感じたばかりの悪意のかたち。
巨大過ぎる殺意の塊が、人間的な言語と共に、非人間的な機構を行使する。
そのズレがもたらす破綻した自我の形。
直感的にその正体を悟る――かつてリザ・バシュレーを襲った悲劇の犠牲者、その弟たちの成れの果て。
「……あなたたちは、まさか……」
銀色の船体に取り付いたエルフリーデは、迷うことなく、武装ハードポイントから二本の太刀を引き抜いた。超硬度重斬刀が通電され、凄まじいエネルギー消費と引き換えに原子間結合が極限まで強化される。
決して折れぬ剣となったそれを手にして、〈アシュラベール〉はジェット推進/ロケット推進を全開にした。
再び動き出した自動砲塔に飛びかかる――すれ違い様に切り裂き、攻撃を躱した悪鬼に対して、嘲笑うような声が届けられた。
『我らは
怪物そのものとなった声の主たち――自らが犠牲者であることも忘れた何か。
涙を流す術すら忘れ去った銀色の鯨が、砕け散っていく自らの装甲も意に介さずに笑った。
『――戦争を始めよう、すべての人類のための戦争を!』
・超大型ミサイル飛行艦〈スオラン〉
全長720メートル、全幅150メートル、全高120メートルの空中飛行母艦。
最高速度は時速250キロメートル。
シュモクザメを思わせるシルエットを持つ巨大飛行船。
アルケー樹脂の外殻で覆われ、電脳棺によってエネルギー供給されて半永久的に空を飛ぶ。
推進機関である大型超伝導モーター駆動2重反転プロペラ×8基は、傾斜角度をつける機能があり、これによって急速上昇と急速下降が可能。
オーバーテクノロジーである抗重力場機関で浮揚力を得ており、通常の飛行船で言うバルーンに見える部分は、強固なアルケー樹脂装甲で覆われた格納庫・兵器庫である。
この内部格納庫に保管されている巡航爆弾を電磁カタパルトで次々と発進させ、単独で大規模な空襲を展開可能。
格納庫から電磁カタパルトまでのセッティングは自走レールで自動化されており、短時間で「再装填」が可能である。
バレットナイトと同じくエーテル粒子を利用した兵器であり、アルケー樹脂装甲に高い防御力を付与している。
このため通常の飛行船に比べてはるかに高い防弾性能・耐久性能を誇る。
動力源としてガルテグ連邦による人体実験――トリニティ・コフィンの被験者が用いられており、機械的故障がない限り半永久的に空中飛行が可能。
その豊富な電力供給を生かして、極めて強力なレーダーと航空管制能力を獲得している。
ガルテグ連邦が大陸間戦争中に運用していた超大型航空機であり、対空レールガンの射程外から大陸遠征軍を火力支援する空の要塞。
〈スオラン〉とは現行世界の古代神話に登場する巨人の名である。
武装
・40ミリ電磁投射砲×16
・8連装艦対空ミサイル×20
・36連装近接防空ミサイル×15
・プロペラ式巡航爆弾〈ピルム〉×約6000発(縦30列×横34×奥6列)
・電磁カタパルト×6
・装甲材:アルケー樹脂
・主推進機関:電動式二重反転プロペラ×8
・動力源:並列起動型電脳棺〈トリニティ・コフィン〉
終戦に伴い、情勢の変化やその維持コストなどにより廃棄処分が決定。
搭乗員である兵士たちの反乱により、ベガニシュ帝国との戦争を再開するために爆撃すべくバナヴィアへ飛来した。
リザの弟たちと同じ実験を受けた兵士たちの成れの果てです。
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