機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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断罪の天使

 

 

 

 

――馬鹿げた妄言だ!

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャの脳裏をよぎったのは、そういう冷酷なまでの直感だった。

 互いに言葉を交わす意味があるのか、疑問に思えるほどの断絶――電気熱ジェット推進機構とエーテルパルス・ロケット推進機構、四基の可動軸を持ったスラスターを駆使して、銀色の鯨の表面を滑るように移動する。

 

 敵飛行船〈スオラン〉は船体のあちこちに自動砲塔や対空ミサイル発射管が設置された飛行要塞だ。船体から離れすぎれば、敵砲台の餌食になるのは間違いなかった。

 スラスターの出力を調整、〈スオラン〉から離れすぎないギリギリの機動を行った。

 そして通信の電波に乗せて、問いかけを発した。

 

 

「――こんな空爆で変えられる世界なんてあってたまるかッ!」

 

 

『愚かにもベガニシュに飼い慣らされた犬に相応しい諦念だ、〈剣の悪魔〉! 旧態依然とした貴族たちに支配され、その搾取をよしとする何億もの人民――その存在自体が害悪なのだと何故わからない! お前たちが呼吸して明日の暮らしを求める自堕落こそ世界の閉塞そのものだ!』

 

 

「話をすり替えるな! それが民間人を虐殺する理由になるわけないッ!」

 

 

 走る。走る。走る。

 ジェット推進機構の推力で銀色の飛行船の甲板を走り抜け、振るう二本の太刀で自動砲塔を切り捨てる。

 

 砕け散った砲塔の残骸が、飛行船の船体を転げ落ちて、重力に従って一万五〇〇〇メートルの高みから落下――銀色の怪物はその馬鹿げた巨体を震わせ、抗重力場機関の咆哮を叩きつけてくる。

 

 レーザー照準されたことを知らせる警告。

 勘で〈アシュラベール〉を反転させ、巨大な飛行ユニットの主翼に接続された四門の電磁機関砲を操作する。

 引き金を引いた。

 

 最新型の空対空ミサイルは数十Gの旋回運動を可能にしている――〈スオラン〉の表面に取り付いていようと、ミサイルの雨は容赦なく降り注いでくる。

 電磁機関砲が雨あられと掃射された。五〇発以上のミサイルを打ち砕き、炸薬と固体ロケットモーターの塊が空中で爆ぜた。

 

 避け損ねたミサイルが何発か、光波シールドジェネレータの表面で弾けて消える。

 同じ数の対戦車ミサイルならばともかく、航空機相手を想定している小型ミサイルならば、十分に防ぎ切れる火力だった。

 

 

 

『ゆえに恐怖(テロル)が必要なのだ! 親兄弟、知人、友人――いずれかを奪われた理不尽は怒りをかき立てるだろう、憎しみを育てるだろう! 我らがこの空で朽ち果てようと、流された血が刻む(わだち)は消えることがない! ベガニシュ帝国という邪悪なシステムは、その無力と愚劣さを、バナヴィア人の犠牲によって世界にさらけ出すのだ!』

 

 

 

 それがガルテグ連邦軍を脱走して、防空網の手薄なバナヴィアを空襲する意味だった。彼らは数千発の爆弾を発射して複数の都市を焼け野原にできるかもしれないが、それでベガニシュ帝国を滅ぼす結果に繋がったりはしない。

 

 ただ二等市民として差別され、苦難の道を歩んできたバナヴィア人が何千、何万と死んでいくだけだ。

 〈スオラン〉の融合者たち――兵器システムと自我が渾然一体(こんぜんいったい)となった存在は、その無意味な屍の山こそが目的だった。

 

 世界最大の超大国として振る舞い、宗主国として振る舞っていたベガニシュ帝国にとって、致命的な権威の失墜。

 そのための流血を、彼らは欲していた。

 怒りは湧かなかった。エルフリーデは目を細めて、ただ一言、告げた。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 結局のところ、それは自分が見たいものしか見ておらず、他のすべてを足蹴にする身勝手な論理だ。

 恐るべき暴力によって担保される影響力――あるいはエルフリーデ・イルーシャが嫌う不条理そのもの。

 

 

 

――斬るしかないか。

 

 

 

 これまでの索敵で飛行艦〈スオラン〉の構造はおおむね把握した。この飛行船の構造は、船体のほとんどを占める火薬庫と、そこに収められた巡行爆弾を発射するための六基のカタパルト、そして推進力となる八基の二重反転プロペラで構成されている。

 

 エルフリーデは思い切りよく、飛行船の甲板から飛び降りた。銀色の巨鯨の表皮を滑り落ち、船体から突き出た電磁カタパルトに飛び乗る――超硬度重斬刀(テロス・ブレード)を足下に突き立て、巡行爆弾を打ち出すための機構を打ち砕いた。

 瞬間、推進器を噴かして次のカタパルトに着地する――二本の太刀を振るい、今まさに発射されようとしていた爆弾ごと切り捨てた。

 

 たとえ七〇〇メートル超の巨大船であろうと、〈アシュラベール〉の機動力ならば瞬時に移動してしまえる。そうして右舷(うげん)側のカタパルトを破壊し尽くし、深紅の悪鬼は船体下方に向けて降下――巨大船の銀色の腹を盾にして、殺到する誘導ミサイルの群れを回避。自爆した〈スオラン〉のアルケー樹脂装甲が砕ける中、すれ違い様に二重反転プロペラの一つを破壊した。

 

 火花が散る。

 真っ二つにされた超伝導モーターが自壊して、高速回転していたプロペラが停止する。

 そのまま左舷(さげん)側に到達、二〇ミリ電磁機関砲を一斉射した。電磁カタパルトの一つが穴だらけになって、脱落した部品がゆっくりと眼下の雲間へと落ちていく。

 

 

『やめろっ、やめろ! 〈剣の悪魔〉、お前は今、祖国に対する裏切りを働いているのだぞ! 我らの崇高な偉業の礎となる犠牲を(けが)すな!!』

 

 

「爆弾で吹っ飛ばされる崇高な死なんてあるわけない――そうやって他人の死に方を勝手に決めるのが、一番許せないことだよ」

 

 

 言葉にしてみてわかった。

 どうして自分がこんなにも、彼らを許せない気持ちになっていたのか――その答えは最初から決まっていた。

 仕掛けられた爆弾によって吹き飛んで、まともな骸も残らない死に方をした父母を思い出す。

 

 世界から永遠に色彩が消えてしまったような脱力感と、その後、明らかになったセヴラン・ヴァロールの手ひどい裏切り。

 それと同じことを、無関係の人間に味合わせようとしている〈スオラン〉の反乱兵たちを、許しておけるわけがなかった。

 

 

『おのれ、おのれ、おのれ、悪魔め! 明確なる使命を妨害するか――!』

 

 

 なおも悪あがきのように、残った二基の電磁カタパルトに再装填された巡行爆弾――それが発射された瞬間、主翼の二〇ミリ電磁機関砲を発射した。

 命中、着弾、破砕、爆発。

 

 誘爆した爆弾が派手に消し飛び、カタパルトの一基を巻き込んで巨大な火焔の華を咲かせた。

 凄まじい衝撃波と熱波、そして無数の破片をまき散らした爆発――その余波を光波シールドジェネレータで弾き、深紅の悪鬼が爆炎の中から躍り出る。

 

 残る最後の一基のカタパルトを破壊すれば、この飛行船の空襲能力はゼロになる。

 腹の中に何千発の巡行爆弾を抱えていようが、それを打ち出すための設備が壊れていては、爆撃遂行能力は皆無に等しいだろう。

 電動プロペラを破壊して航行能力を奪うのはそれからでも十分だ。

 〈アシュラベール〉がそうして剣を携えて、躍りかかった刹那。

 

 

 

――()()()()()

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャはこの世ならぬ感覚に襲われて、反射的に頭上を見上げた。ここは高度一万五〇〇〇メートルの高み、あらゆる雲塊は眼下を流れていくだけだ。

 だから頭上にあるのは、月明かりと偽りの星明かりだけのはずだった。

 

 広がっているのは全天の闇、夜に覆われた漆黒の空間。

 一つ、きらりと流星が落ちてくるのが見えた。

 その瞬間、エルフリーデはありとあらゆる論理的な思考をねじ伏せ、本能が告げるままに五基のジェットエンジン/ロケットエンジンを最大出力で噴射した。

 

 光波シールドジェネレータを大気整流モードで固定、瞬時に音速の壁を越えて〈スオラン〉から遠ざかる。

 常識的に考えれば、対空ミサイルのいい的になるだけの動き――無数のミサイルにロックオンされたことを知らせる警告が、電脳棺の融合インターフェースにポップしていく。

 

 

――ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 

 

 だが、それはどうでもいい。

 エルフリーデ・イルーシャはかつてなく死を身近に感じていた。それは大陸間戦争の終結間際、クロガネに救われる直前に味わった死の予感と同じ気配だった。

 そして少女が武装飛行艦〈スオラン〉から距離を取った二秒後、()()()()()()()()()

 

 衝撃、閃光、爆音。

 音すらも置き去りにする極超音速の鉄槌――引き裂かれた大気が断末魔の絶叫を上げ、虹色の光が吹き出したかと思うと、銀色の鯨の腹に大穴が空いた。

 全長七二〇メートルにもおよぶ超巨大飛行船は、今や船の残骸だった。雷鳴のような轟音を立てて、真っ二つにへし折れた竜骨に亀裂が入っていく。

 

 

 

ぎぃあああああぁああぁあああぁあ!?

 

 

 

 〈スオラン〉から放たれる悲鳴は、今やほとんど言語の体を成していない悲鳴だった。

 船体甲板から下方にかけて、突き抜けるように貫通した一撃。加えられたあまりにも破壊的な運動エネルギーによって、内部では爆弾倉に収められた巡行爆弾が誘爆を始めているようだった。

 

 強固なアルケー樹脂の外殻は、内側で連鎖する爆発の連続による圧力を、船体内部で荒れ狂わせる最悪の過程を招き寄せた。

 その結果、訪れた破綻――エルフリーデの目の前で、〈スオラン〉の銀色の船体が真っ二つにへし折れる。

 

 火焔とエーテル粒子の混じった混合物を噴き上げながら、ギギギギギ、と甲高い破断音を立てて、銀色の鯨が破壊されていく。

 押し寄せる衝撃波と乱気流によって、〈アシュラベール〉も危うくバランスを崩すところだった。機体を震わせる強い振動は、空気を伝わってきた莫大なエネルギーの解放を意味していた。

 

 

 

「何が、起きて――」

 

 

 

 呟いた。

 その次の瞬間、エルフリーデは迷うことなく回避運動を選んだ。爆発炎上し真っ二つになりながら、抗重力場機関の作用で今もなお滞空している〈スオラン〉の残骸――その爆炎の中から、恐るべき速さで何かが現れる。

 

 彼我の距離は二〇〇〇メートル以上、その間合いが詰められる。

 辛うじて目で追えただけだった。

 刹那、超高速で〈アシュラベール〉の真横を通過した何か――遅れてやって来た衝撃波を叩きつけられて、深紅の装甲が激しく震えた。

 

 必死に機体制御を保ち、旋回しながら頭部センサー群を向ける。

 青白い煌めきと共に、夜の闇を音もなく駆け抜ける亡霊――その軌跡を追い求め、レーザー照準を完了。画像認識型のミサイル群、全部で八発をぶっ放した。

 

 瞬時に超音速に到達する固体ロケットモーターの矢、それらに続けて敵に向けて突撃する。

 〈マルドゥック・フリューゲル〉は、このような運動性を問われる戦闘を想定していなかったが、今やらなければ確実に殺されるとわかっていた。

 

 

 

――だけど()()()()

 

 

 

 八発の対空ミサイルが殺到するタイミングに合わせて、超硬度重斬刀を握った自らを必殺の矢として放つ。

 超音速で追撃する――青白く輝く異様な何かを追いかけて――まるで黒い鳥のような翼を広げた、この世ならぬ美しい彫像じみたもの。

 

 ミサイルが突如として全弾、誘導機能を失ったかのように明後日の方向に飛んでいく。

 何らかの電子戦機能――だが関係ない。

 彼我の距離を詰めるロケット噴射の加速、そして斬撃を叩きつけた。

 

 

 

――火花が散る。

 

 

 それはエーテル粒子の波動をまとった、テロス合金製ブレード同士の接触を表すエネルギーの飛沫だ。

 超硬度重斬刀の刃を受け止める黒い翼――まるで猛禽類(もうきんるい)を思わせるしなやかで力強い一対二枚の翼は、如何なる飛行機よりも有機的な造形をしていた。

 手応えが重すぎた。

 〈アシュラベール〉渾身の一撃が、こうも容易く止められた事実に怖気が走る。

 

 

 

――不味いッ!

 

 

 

 エルフリーデは電気熱ジェット推進機構を逆噴射させた。

 ジェット噴流が相手の顔面に叩きつけられ、その反動によって一気に敵機から遠ざかる――馬鹿でかい翼を持ったそいつは、ジェット噴射やロケット噴射特有の推進炎を吐き出さず、ただ不気味に宙に浮いていた。

 

 もちろんプロペラなんて影も形も見えなかった。

 背後では小さな爆発を繰り返し、エーテル粒子の噴流をまき散らす飛行船の残骸。

 その断続的に響き渡る爆発の炎に照らされて、敵の姿がようやく見えてきた。ジェットエンジンの騒音を響かせて、敵機の周囲を旋回する〈アシュラベール〉と対照的に、敵は微動だにしていなかった。

 

 

 

――嘘でしょ、天使?

 

 

 

 それは飛行機でもなければ、鳥でもなく、竜でもない優雅な存在だった。

 青白く輝く発光部位を備え、黒鉄(くろがね)色の装甲を身にまとった人型。

 大きさこそ機甲駆体(バレットナイト)と呼ばれるものに近似していたが、それは如何なる既存の機種にも似ていなかった。

 

 すらりと伸びた手足、黒衣を思わせるなめらかな外殻装甲、曲線だけで構成された頭部、真実を見透かすような単眼――それはむしろ、幻想小説に描かれる神秘体験、厳かな聖なる霊の化身とでも言うべき気品を備えていた。

 

 有翼の巨人は、天使と呼ばれるものに限りなく近しい神秘を宿していた。

 その腰部から生やした大きくたくましい翼――おそらくは翼手として機能するしなやかな関節の集合体――で羽ばたくもの。

 

 単眼の天使が、エルフリーデの顔を覗き込んでいる気がした。高度一万五〇〇〇メートル、北海上空に舞い降りた天使は、優雅なお辞儀と共に声をかけてきた。

 

 

 

 

『――またお目にかかりましたね、エルフリーデ・イルーシャ。素晴らしい腕前でした、流石はクロガネが騎士に選んだ逸材です』

 

 

 

 

 その声の主を、エルフリーデは知っていた。

 喉を震わせる。異様な存在感を放つ自身の敵を見据えて、その名を呟いた。

 

 

 

 

救国卿(ロード・セイヴィア)……ルクカカウ……!」

 

 

 

 

 それは歴史の生き証人であり――少女が対峙すべき、もう一人の不死者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















天使型で漆黒のロボ…!
正真正銘のスーパーロボットでライバルロボットの登場です。
いわゆる最強の敵です。
作者は黒くて悪いのが大好き。













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