機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
『――ルクカカウとは、また懐かしい名前ですね。エルフリーデ、どうやらあなたは、わたくしの想像以上にクロガネと親しいようです』
電波による応答が返ってくる。
それは恐ろしく優雅で、世間話でもしに来たかのような口ぶりだった。
まるでバナヴィア教会に伝わる伝承、救世主を導く御使いのような黒い人型――有翼の巨人との相対距離は三〇〇メートル。おそらく敵機にとっては一瞬で詰められる間合いだった。
今の〈アシュラベール〉は、飛行用オプション〈マルドゥック・フリューゲル〉装備によって、翼で揚力を得ての飛行が可能になっている。
だがこれは、ジェット噴射によって推力を得ることが前提の空中飛行だ。推進装置の向きによって進む方向が左右され、空中に静止することなどはできない。
――だけどあの黒い天使は違う。
エルフリーデは必死に思考を巡らせた。おそらく以前、バナヴィア収穫祭のとき、街中に透明化して現れた敵機と同一だろう。
事件後にクロガネとハイペリオン――不死者と機械人形という違いはあれど、両者はともに先史文明種を起源とする存在であり、その科学技術にも詳しい――が解析した結果、わかったことはいくつかはある。
まずあのような無音での浮遊を維持できるのは、極めて高度な形で制御されている
次にああいった形でヴガレムル市内での侵入を可能とするのは、センサーを欺瞞する高度な電子戦機能――
最後に上記のようなことが可能な兵器システムの製造は、現代の技術水準では不可能であるということ。
――つまり相手は大昔のすごい
要約すると今の科学技術では逆立ちしても作れない代物らしい。
それが現実に目の前にある以上、考えられる可能性は――どこかしらの先史文明種の遺跡に埋まっていたものを、救国卿が発掘・回収・解析して使用可能にしたのだろう、と。
厄介なことに救国卿ルシア・ドーンヘイル、あるいはルクカカウはクロガネから多くの知識を授けられた賢人なのだという。
であればざっと軽く見積もって一〇万年前の遺物とて、有効活用する方法を見つけることは容易いだろう。
少なくとも相手は、クロガネにできることは再現できる。
――やっぱりこれ、〈アシュラベール〉で勝ち目がある相手じゃないな。
今年の春に激突した白銀の邪竜〈シュツルムドラッヘ〉や、フィルニカ王国で撃破した群青の巨神〈イノーマス・マローダー〉など、抗重力場機関を利用した兵器はこれまでにも遭遇している。
一万トンを超える総重量の怪物的巨大兵器が、陸上での高速移動が可能なほどの自重軽減効果――それが抗重力場機関のもたらす作用だ。
言い換えれば、重力を擬似的に弱くしたり、空中にふわりと浮かぶことができるようになってしまう。
とんでもない
もしあの黒い天使が抗重力場機関の高度制御に成功しているのなら、現行技術だけで作られた兵器に勝ち目はない。
反動推進に過ぎないジェットエンジンとロケットエンジンの集合体と、重力制御に手を伸ばしている超技術の塊では、文字通り次元が違いすぎるからだ。
「わたしとあなたは戦う理由がありません……バナヴィアを空爆してたこの船を撃沈するのが目的なら、ここでお別れしてもいいと思いますが?」
努めて冷静にそう呼び掛けた。
向こうから奇襲を仕掛けてきた時点で、このような呼びかけの効果が薄いことはわかっていた。
それでも最低限、一番自分の生存確率が高い選択肢を選ぶ努力はした。
空中を飛行して、旋回し続けて――円を描くように高度一万五〇〇〇メートルの高空を飛び続ける。弧を描く旋回半径の中心部にいるのは、ぴたりと空中に静止している漆黒の彫像だ。
返答は手短だった。
『残念ながら情勢が変わりました。わたくしの読みよりも、クロガネの動きは迅速だった――それゆえに、今ここであなたと対話する必要が生じたのですよ』
「……結局、あなたもセヴランと同じってわけですか?」
赤い瞳の少女はエーテル粒子で満たされた電脳棺の内部――仮想コクピットの中で、静かにそう呟いた。
エルフリーデ・イルーシャに複雑な政治のことはわからない。
だが、自分が置かれている立場の難しさぐらいは把握している。
バナヴィア人の英雄エルフリーデ・イルーシャはベガニシュ帝国最強の騎士〈剣の悪魔〉であり、敗退続きの大陸間戦争の最中、戦時中のプロパガンダに利用された存在だ。
あくまで宣伝戦の材料に過ぎなかったはずのエルフリーデは、戦地でその武名を轟かせ、その名声と実力に実体がともなってしまった。
彼女が一声かければ命を捧げられる人間が、バナヴィア兵はおろかベガニシュ貴族の子弟にも少なからず存在するのだ。
一度はそれを理由に謀殺されかけたし、数ヶ月前には旧知のセヴラン・ヴァロールがその正体を露わにして自分を殺しに来た。
正直なところうんざりする。
「ちょっと幻滅します。あなたってもう少し、わたしと同じタイプだと思ってたんですが」
『ふむん、誤解があるようですね――エルフリーデ、あなたとわたくしは、たしかに近しい人間ですよ。何故ならば、同じ男のことを愛しているのですから』
「はぇ?」
びっくりした。合計で五基の推進装置の制御をしているエルフリーデが、操縦桿を狂わせて墜落しなかったのは超人的自制心の賜物だったと言っていい。
黒い天使はやはり不動の姿勢。
いや、小首をかしげてこちらを見ている。煌々と輝く単眼は不気味なのに、奇妙に人間くさい動きだった。
そして優雅な曲線で構成された有翼の巨人は、そのすらりと長い両手を左右に広げて、芝居がかった仕草で大仰に一礼してみせた。
『――これこそは我が善、我が夢、我が愛のかたち。かつてこの大地に降臨した最も尊いもの、
意味がわからなかった。
エルフリーデはどうするか迷った末、救国卿のことをハイペリオンと同じ箱に放り込むことにした。要するに苦手なタイプの人というカテゴリである。
そして次の瞬間、黒い天使が視界からかき消えた。
反動推進による高速飛行ではありえない、静止状態からの超加速――加速Gが激しすぎて並みの機体ならば空中分解を起こすだろう――その出現位置を予測して
脚部のロケット・スラスターを最大出力で点火、機体を
激しい衝突音、エーテルパルスの飛沫、強烈なエネルギーが空気を焼き焦がす音。
真っ暗闇の夜空を、エーテル粒子の閃光がまばゆく照らし出していた。夜の闇よりなお暗い、漆黒の装甲。青白い光を放つ駆動システムと共に、黒い天使〈アルファマラーク〉は瞬間移動じみた動きをしてみせた。
高速移動にともなう衝撃波が遅れてやってくる。
横殴りの突風にぶん殴られながら、エルフリーデは叫んだ。
「意味がわからない! 〈始まりの御使い〉ってクロガネの逸話が元なんでしょう! どうしてそれが、こんな機械仕掛けの人形になるんです!?」
『これは我が最愛、クロガネに対する祈りです。
めちゃくちゃな急速旋回をやった代償に、〈アシュラベール〉の機体フレームはみしみしと軋み続けている。あの旋回の一瞬だけで軽く三〇Gを超える負荷がかかっていたのだ。
ほぼ真後ろに現れた〈アルファマラーク〉に対応するためには不可欠だった。
だが、あと何度同じ動きができるのかはエルフリーデにとっても未知数だった。
脚部ロケット・スラスターを再び点火、充填された高エネルギー粒子を推進器の内部で解放し、爆発的に推力を生む――駆動フレームと人工筋肉の連動によって回転運動に変換、左右の太刀を続けざまに叩きつける。
弾かれた。
敵機を視認する。
〈アルファマラーク〉はその両翼――腰部から伸びた
現代の技術レベルでは、刀剣の形に整えるだけでも膨大なコストがかかる特殊合金だ。
それが微細な部品の一つ一つに至るまで使われているならば、間違いなく先史文明種の遺産だろう。
こちらの攻撃を弾き、触れられればこちらの装甲を破砕する巨大な手。
嵐のように見舞われる刺突/斬撃――そのすべてを見切って弾いた。ロケット推進によって現在位置を入れ替えて、化学エネルギーを運動エネルギーに転化する。
深紅の悪鬼が、二本の太刀を振るって吠えた。
「ぜんぶっ、全部がおかしいです! クロガネはそんな、人間離れした存在じゃない! あの人は悲しみを、苦しみを、憎しみを浴びながら、それでも進み続けただけの人間だッ!」
『万の歳月を経て狂わず、ただあるがままの人間を愛する――それこそが、あの人がいと高きものであることの証左なのです。わたくしは多くの不死者、長命種を見てきましたが、誰一人として人間への愛を体現できた存在などいませんでした。永遠に回り続ける暴力の円環を前にして、愛想を尽かさない方がおかしいでしょう?』
また〈アルファマラーク〉の姿がかき消える。
抗重力場機関の完全制御が生み出すもの――機体に現在かかっている慣性の法則すら振り切って、
だが、人間が動かす機械である限り、意図は生じる。
人間の思考速度では不可能、人体の反射速度では不可能、情報粒子の頭脳ならば可能、光速の神経網ならば可能――エルフリーデが
思考を超える。反射を凌駕する。本能と直感が理論を実践する。
電気熱ジェット推進機構二基、エーテルパルス・ロケット推進機構二基、独立した可動軸を持った合計四基のスラスターを同時制御――背中の固定式大型ジェットエンジンが生み出す莫大な推力と合わせて、最小の旋回半径で上下左右にターンを繰り返す。
見えた。
〇・一秒前、〈アシュラベール〉の死角だった座標を、黒い天使の翼が薙ぎ払う――それに剣閃を衝突させた。
〈アシュラベール〉の全身が負荷に耐えかねて、ギチギチと不穏な振動を放っていた。
『わたくしの知る限り、伴侶を得て、子供たちに囲まれた不死者もいましたが……ええ、孫の孫の代には、子孫が殺し合う地獄絵図になって世を儚むようになりました。大抵の場合、あなた方の作る世界はそうして、我々に対して苦痛を与えるだけの存在なのですよ』
剣戟、剣戟、剣戟。
〈マルドゥック・フリューゲル〉の左翼が千切り取られる――砕け散ったアルケー樹脂装甲の破片が舞う中、右翼ハードポイントの二〇ミリ電磁機関砲を照準。
至近距離で連射型レールガンを一斉射撃する。
読まれていた。
黒い天使〈アルファマラーク〉の翼が、機体前面を庇うように前に突き出される――テロス合金製の装甲は、通電されている限り絶対的物理強度であらゆる攻撃を弾く鉄壁の盾。
エーテルパルスの粒子の飛沫が飛び散って、極超音速で連射された機関砲を全弾弾いてみせた。
『ゆえに数少ない例外は美しい。クロガネは一万年の昔からずっと、人類のために奉仕する崇高なる魂です。彼はその美徳と数々の偉業ゆえに、我らバナヴィア人の始祖として聖典に記される権利を得たのです』
片翼だけになったレールガンの反動で〈アシュラベール〉の姿勢制御が崩れる――電気熱ジェット推進機構とエーテルパルス・ロケットの出力を変化させ、推力制御だけで無理矢理に機体を立て直す。
背中のジェットエンジンに指令を送る。最大出力でジェット噴流を吐き出す大型エンジン。
残り少ない燃料をすべて火にくべて、アフターバーナーを使用する。巨大な推進炎の尾を引いて加速する機体、深紅の悪鬼が弾丸のように空を駆けた。
「聖典? 何の話を――待って、まさか〈始まりの御使い〉の伝説って」
ぞくりと背筋が総毛立った。
エルフリーデ・イルーシャが救国卿/ルクカカウの言葉の意味を、うっすらと理解した刹那、二機のバレットナイトが激突した。
深紅の悪鬼と漆黒の天使がぶつかり合う――互いの携えた
その蛮行に堪えかねたのは、〈アシュラベール〉の側だった。
とうとう右手の駆動フレームが、度重なる衝撃に破断する。ぼきりとへし折れた右腕が、すれ違い様の斬撃によって千切り取られた。
肘関節から先が消し飛ぶ。〈マルドゥック・フリューゲル〉装備の右翼も切断される。
ほんの〇・五秒にも満たない攻防で右手を持って行かれた――その事実に歯噛みしながら、エルフリーデは機体を旋回させた。
――ちょうどいい、ガタが来てた右腕の分、
主翼を失い、揚力もまたこの機体から失われた。
右腕の分の重量バランスも狂ってしまった。
――だけど推力制御ができている限り、この機体は飛行できる!
であれば敗北はまだ遠い。
たとえそれが機体性能の隔絶から、針の穴に糸を通すようなか細い勝ち筋であろうと――エルフリーデは諦めない。
必ず殺す。必ず倒す。必ず生き残る。
この三つを守れる限り、敗北ではないのだから。
撃沈した飛行船〈スオラン〉の残骸が噴き上げるエーテル粒子の発光――虹色に輝く幻想的な光を浴びながら、エルフリーデはなお問いかけた。
「――ルクカカウ、あなたがあのバナヴィア教会の基礎を作ったの? クロガネを神格化するために?」
黒い彫像が、音を置き去りにして追撃してくる。
元より加速で振り切るなど夢のまた夢、〈アシュラベール〉は〈アルファマラーク〉に加速でも最高速でも劣った機体だ。
それでも必死に感覚を研ぎ澄ませた。
ルクカカウの攻撃の癖、加速のさせ方を見極めるために――そうして鋭敏になった少女の感覚器は、次の瞬間、おぞましい真実を浴びせられた。
『ええ、その通りです。わたくしは戒律を作り、人々が崇めるための伝説を語り継ぎ、国教とするために手を尽くしました。荒れ果てていた民の心は、崇拝すべき上位者の存在を受け入れました。彼らには救世主が必要だったのです。クロガネが成し遂げた偉業は、書き記すだけで人々の尊敬と信仰を勝ち取るものでした。素晴らしいことでしょう?』
「えっ!?」
思わず悲鳴が漏れた。
そして本音をぶちまけた。
「文明レベルのストーカーでしょ、それ!?」
・〈アルファマラーク〉
黒い天使。
頭頂高4.5メートル、バナヴィア人の建国神話にある〈始まりの御使い〉=過去のクロガネを模した機体。
悠久の時を生き、250年前のバナヴィア革命で歴史に名を刻んだ不死者・救国卿が自らの乗機として設計・開発した一騎当千のバレットナイト。
猛禽類のごとき有翼の人型をしており、なめらかな曲線を描く漆黒の装甲と、青く輝く発光部から構成されている。発光部は極めて高効率の冷却システム。
頭部には巨大な単眼を思わせる巨大な複合型電子戦デバイスを搭載している。
小型・高出力の抗重力場機関によって単独での高速飛行が可能であり、後述の電子戦能力によって高度なステルス性を獲得している。
バナヴィア独立派がこれまで開発してきた機甲駆体――〈ミステール〉、〈ルー・ガルー〉、〈ウラガン〉のデータを元に設計された完全新規の駆動フレームを持つ。
その正体は先史文明種の遺産=巨大な翼手〈天使の翼〉と頭部ユニット〈摂理の眼〉に、〈アシュラベール〉を参考にした人型駆動フレームを組み合わせたもの。
〈天使の翼〉を収める器としてバレットナイトを用いているに過ぎず、その本体は巨大なウイングユニット/アームユニットである。
不可視の抗重力場をまとったテロス合金製の翼手は、その膨大な質量を感じさせない軽快な動きで駆動――凄まじいスピードとパワーを誇り、重戦車すら紙切れのように引き裂く。
またこの翼手そのものが独自の知性を持っており、内蔵センサー群と連動して外敵を感知する補助脳としての機能を併せ持つ。
この特殊合金製の翼手、本体側に搭載した光波シールドジェネレータにより鉄壁の守りを誇る。
機体中枢〈摂理の眼〉の特徴は電子戦能力であり、その射程圏内ではレーザー誘導式や画像認識式を含めた精密誘導兵器が事実上、使用不能になる。
最大の脅威はその最高速度と機体強度であり、極超音速での高速巡航から繰り出されるエーテルパルス突撃〈アルミュール・ブリランテ〉は、全長700メートル超の空中戦艦〈スオラン〉船体を貫通するほどの破壊力を秘めている。
総じて〈アルファマラーク〉の脅威レベルは、現代文明においては戦術の域を超えて戦略的レベルである。
歴史上でも稀な超人、エルフリーデ・イルーシャに匹敵する電脳棺の適性を持つルシア・ドーンヘイル/ルクカカウの卓越した機体制御によって、異常な戦闘速度で全機能を使いこなす。
武装
・頭部内蔵:絶対汚染機構〈摂理の眼〉
・胴体内蔵:光波破砕機構〈アルミュール・ブリランテ〉
・背部ハードポイント:超硬度重斬刀(ロングソード)×2
・腰部:
・脚部固定兵装:格闘用武装肢〈ピエ・ドゥ・ラパス〉×2
悪くて黒いロボ枠。
正真正銘のスーパーロボットにして最強機体…出そうぜ!!!
最強チートロボットVS最強パイロットの人外魔境バトルが北海上空・高度一万五〇〇〇メートルで始まっています。
クロガネが「うわ…」って顔になってた理由はこういうことです。