機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
始まりの時代、原初に築かれた千年王国の崩壊はあまりにもあっけなかった。
不死者ルクカカウは、自らに保障できる範囲内での人類の管理を目指していた。
それゆえに自分の目が届く範囲で完結するコミュニティを求め、国家の形を都市国家の形態に
それはこの大地において、比類なき科学力に支えられた楽園だった。
造物塔より引き出された科学技術によって、人々は飢えを知ることなく生きることができた。街には電気の明かりが灯され、清潔な暮らしが保障された。
城壁のはるか外側からでも一望できる、空高く掲げられた高層ビルディングを象徴として、その楽園は存続し続けた。
――何が起きたかを詳しく語る必要はあるまい。
ルクカカウが育てた知識人、技術者たちは貪欲に過去の文明の遺物を活用してきた。
彼らは発掘した電脳棺の解析を進める中で、その無限の可能性に魅せられた。ルクカカウが示した文明の進歩の手引きは、長い時間の中で無視されていった。
不死者の監視の目を逃れて、科学技術省の極秘プロジェクトとして始まった研究は、やがて統治者が望むだけの結果を出した。
無尽蔵のエネルギーは人類の夢だった。
あらゆる欠乏から逃れ続けるために、人々はより大きな収穫を願った。
自動工場である造物塔によって産出されるがゆえに、生産量が限られる電脳棺――その平和利用の過程で、意図的に制御装置を破壊する蛮行さえ試みられた。
数十年かけて、ありとあらゆる試みがなされて。
実験を止めるために動いたルクカカウを捕らえた時の為政者は、彼女を無力化すると、それをいいことにより大々的に実験を行った。
信じがたいほどに人は愚かで、欲深で、怠惰な生き物だった。
その末路が、一つの都市国家の滅亡であった。
――極大の暴走の果てに引き裂かれた時空連続体、流れ込む異次元の侵食プラズマ、死んでいく重力、歌声と共に現れる光輝。
その結果もたらされたのは、笑えるほど救いがない滅亡だった。
天を突く摩天楼が跡形もなく砕け散る。軋みねじれながらバラバラに崩れた高層ビルの残骸が、引き剥がされた舗装道路と一緒に空中へ持ち上がっていく。
シェルターなど何の意味もなかった。吸い上げられ、破砕され、地下建造物のすべてが破滅した。
無数の人体が、空中を漂った。ゴミクズのように高度二万メートルの高さまで持ち上げられた人間が、上空で凍り付きながら息絶えていく。
そして凍てついた死骸の群れは、次の瞬間には、異次元から流入した超高温のプラズマによって焼き尽くされ、炭化した体組織は大気中を漂うエアロゾルに成り果てた。
――優しい歌声だけが響いている。
気づくと、少女は滅尽されていく世界を見つめていた。ルクカカウは自分が築き上げたはずの理想国家が、目の前で瓦礫の山になっていく光景を呆然と眺めるだけだった。
荒野に投げ出された身体が、あああ、あああ、と喉を枯らして泣き続ける。
幾度かの死を繰り返して、高速再生された肉体が、偶然にも無重力地帯を抜けて城壁の外側に投げ出されたのだ。
「あぁぁあ……な、なんで、なんで……」
どうしてなのだろう、どうしてみんな、自分の言うとおりにしてくれなかったのだろう。
絶望の空を見上げた。
虹色に輝く巨大な何か――それは強いて言うならば、人間の形をしていた――七色の色彩で彩られた幻想的なものが、ルクカカウの育てた都市を喰らっていた。
その存在をルクカカウは知っていた。師であるクロガネから教授された知識の中にあったもの。
仮定上の存在――すべてのエーテル粒子が持つ超時空的なアーカイブとしての特性、エネルギー保存の法則からの逸脱を可能とする原理原則。
この世界が存在する時空間とは違う系に、あるかもしれない天文学的エネルギー量の総体。
「……アカシャ・フェノメノンの怪物……偽りの神が、本当に実在していたと言うのですか……?」
震える声。
そしてようやくルクカカウは自身の過ちを認めた。
あらかじめ計画されたとおりに人類を導くなど、自分一人の手には余ることだったと――最悪の結果によって思い知らされていた。
虚空より流れ込む途方もないエネルギーが、都市が築かれた痕跡すらえぐり取っていくのが見えた。
「いけない……このままでは、破滅が広がってしまう……」
どうにかしてこの狂った光景を止めなければいけない。
だが、どうやって鎮めればいいのか想像もつかなかった。ルクカカウはボロ布のような衣装を身にまとって、満足に動くことすら難しい手足を動かそうとした。
激痛が走る。
重度の凍傷と火傷を負ったばかりの肉体は、ルクカカウが望むような身体能力を発揮させてくれなかった。
このまま何もできないのかと歯噛みした。
すでに都市国家の滅亡は決定づけられた。政治的中枢と資源生産の拠点は跡形もなく、虚空より現れた異形の神体に飲み込まれてしまった。
亜麻色の髪の乙女が、ボロボロの肉体に鞭を打って、それでもなお立ち上がろうとした刹那。
――虚空より現れた虹色の巨影が、唐突にその動きを止めた。
歌声が止まる。
まるでそれまでの幻想的な風景が嘘みたいに、無重力化していた空間に清浄な秩序が戻っていく。宙を漂う何千万トンもの瓦礫の山が、高空から大地へと落ちていくのが見えた。
虹色の巨影は、明らかにその力を失いつつあった。
かと思うと、ルクカカウの眼前で信じがたいことが起きた――遠く、遠く、空の彼方から七色の輝きが飛んできた。
それは相互作用する状態に転換されたエーテル粒子の行使であった。
――光輝の剣。
それは如何なる神話や伝承に語られる武具よりも美しく、煌めいていた。全長一〇キロメートルを超えようかという馬鹿げた巨神が、その光で編まれた胴体を真っ二つにされていく。
まるで天上の神々の争いにも似た景色だった。
ルクカカウは何もできなかった。
ただ目と鼻の先で起きた想像を絶する奇跡――偽りの神を切り裂く一筋の光を、その目に焼き付ける。
エーテル粒子の相互干渉が織りなす絶景、都市を滅ぼす異形なるものを引き裂き、打ち砕く神意の具現。
そうとしか表現できぬ景色だった。
――あとはそう、語るべきことはそう多くない。
出現したもの、虚空より来たる異形の神は、無数の断片となったかと思うと――虹色に輝く流星雨となって、大地のすべてへ降り注いだ。
それは
ルクカカウは人知を超えた景色を、ただ眺めていることしかできなかった。昼が過ぎて夜が来て、また再び日が昇る。その繰り返しを経てなお、不死の少女は立ち上がる気力を取り戻せなかった。
見渡す限りの瓦礫の山となった都市国家の跡地を、歩いてたしかめるのが怖かった。
そうしてどれだけの時が過ぎただろう。あるとき、空の向こうからやってくる機影を見つけたルクカカウ――少女はただ、ヘリコプターから降りてくる人影をぼんやりと見つめて。
懐かしい顔を、はっきりと視認した。
「……ルクカカウ、久しいな。状況は把握している。すべては俺の責任だ……これほど危険が秘められていると見抜けぬまま、お前を送り出して、重責を背負わせた。その咎は受けよう」
見慣れない異国の装束を着た黒髪の不死者――クロガネは何も変わっていなかった。
二人が別れてから一五〇〇年の月日が経っていたのに、生真面目で理知的な男は何一つ変わっていなかった。
そして直感的に理解する。
あの日あのとき、降臨した神の存在実体を切り裂いた光輝の剣――この世のものとは思えない奇跡を、成し遂げたのが誰であったのかを。
亜麻色の髪の乙女は、黄金色の瞳に涙を浮かべて震えた。
例えようもない感動があった。そこにあるのは悲しみであり、悔しさであり、怒りであり、よろこびだった。すべての相反する感情が、ルクカカウの心を覆い尽くしていた。
おのれの中に芽生えた感情が、崇拝にも似た愛情であると確信して立ち上がる。
自らが半裸に近い格好であることも忘れて、ルクカカウはただ問いかけた。
「師よ、クロガネよ……教えてください、あれは一体、何だったのですか?」
問いかけは切実だった。
目の前の男が真実、人知を超えた奇跡の使い手であるとわかったからこそ、彼にしか答えられない疑問だと思ったのだ。
そしていつも知識に関しては多弁なクロガネは、らしくもなく口を閉じて沈黙した。
深い苦悩の果てに、そっと息を吐くように、不死者は愛弟子の問いかけに答えた。
「第一の奇跡の証明だ。かつて人類がこの世界を作った理由――その仮説の一つが立証された。最悪の形でな」
その表情に刻まれているのは、どうしようもなく大きな難題を見つけてしまった哲学者のそれだった。
クロガネ「異変を察知したので世界の果てから介入してなんとかなれーっしたら弟子が俺を見る目がおかしい」
クロガネ崇拝宗教ができあがった理由です(最悪)