機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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女子会(高次元編)

 

 

 

 

 

――時間を超える。

 

 

 

――主体を越境する。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()に接続され、その過程で共有されていく根源的情報。

 時間と空間を飛び越えたそれは、過去そのものであり、あるいは他者の根底に根付いた記憶と呼ぶべき総体だった。

 

 曖昧な状態だった自我が覚醒する。

 かつて経験したのと同じだった。根源的情報であるエーテル粒子となって分解され、自他の境界が怪しい状態にまで還元されてなお、少女は自らの意思を保つことに成功していた。

 

 目覚める。自分がエルフリーデ・イルーシャであり、ルクカカウではないことを自認する。

 そしてそのように意識した時点で、彼女は今まで追憶していたものが、誰の記憶であったかを悟った。

 瞬時に思考して呟いた。

 

 

「これは……ルクカカウの記憶?」

 

 

 驚いてしまう。

 気づけば自分は肉体を取り戻していた。目を開けば見渡す限りの碧空(へきくう)が広がるだけ、雲一つない澄み渡った虚空が視界の果てまで続く場所。

 足下には大地も海原もなく、ただ上下左右の区別が曖昧になるほどの無限だけが横たわっていた。

 

 手足を動かす。ひとまず自分に身体が備わっているのは間違いない。

 生身だし全裸というわけでもない。かといって出撃時に着用していた耐環境パイロットスーツをまとっているわけでもなく、衣服は買ったばかりのワンピースだった。

 白いシャツと重ね着することを前提にしたレイヤードワンピース、今、大陸西部で流行中のファッション――つまり私服である。

 

 とりあえず重力が微塵も感じられないし、高空の低温に凍えるとか、低酸素過ぎて呼吸できないとかの異常も確認できない。

 掌をぐっと開いたり閉じたりした末、エルフリーデはこう結論づけた。

 

 

「なんか空想科学映画とかファンタジー映画に出てくる高次元っぽい空間だこれ!!」

 

 

 身も蓋もない表現だった。

 わたしって今、めちゃくちゃ刺激的な環境にいるのかなひょっとして――わくわくしながら周囲を見渡すと、深々としたため息が聞こえてきた。

 

 

「いくらなんでも緊張感がなさ過ぎるように思いますね、エルフリーデ・イルーシャ」

 

 

 聞き覚えのある声だった。

 とりあえず意識を失う寸前まで、生きるか死ぬかの駆け引きを秒単位で繰り広げていた相手だ。

 すなわちバナヴィア独立派の総帥、二五〇年前の革命の英雄、そして不死者クロガネの愛弟子だった人物――救国卿ルシア・ドーンヘイル、あるいはルクカカウと呼ばれていた不死なる女の声だった。

 

 一体、いつの間にここまで接近されたというのか。

 いぶかしみながら傷ありの少女が目を細めると、すぅっと目の前に人影が浮かび上がった。まるでインクが浮かび上がるように像を結び、実態となっていく誰かの姿。

 エルフリーデが手を伸ばせば触れそうな距離に、亜麻色の髪の乙女が現れた。

 

 

「そう警戒することもないでしょう、英雄殿」

 

 

 見間違いようもなく、バナヴィア収穫祭で話しかけてきた美女がそこにいた。あのときはリュシー・ノワールなどと名乗っていた救国卿その人である。

 今日の服装はタイトなコートに身を包んだパンツルック、如何にも余所行きの冬物コーデ――どこかの貴族のご令嬢が、当世風の活動的な衣装に身を包んでみましたという感じ。

 

 足下のショートブーツを含めて、ロングヘアの美女が着ているととても絵になる格好だった。

 綺麗な人だった。

 相手がさっきまで殺し合っていた張本人だと忘れそうになるぐらい、毒気のない微笑みを浮かべている。

 エルフリーデはどうするか迷った末、ぷかぷかと宙に浮かびながらぼやいた。

 

 

「わたし、突然襲われて命を狙われた側なんだけど……」

 

 

 ええそうですね、救国卿もうなずいてきた。いくらなんでも態度が大きすぎる。神経もたぶん図太い。

 エルフリーデの率直な感想と、辛辣な視線にもどこ吹く風――ルシア・ドーンヘイルもといルクカカウは、亜麻色の髪をふわりとたなびかせて、優しい笑みを浮かべた。

 

 

「あのような存在に掌握された状態で、我らがどうなるのかも定かではないのです。ちょうどいい機会ですし、互いに親交を深めるのも悪くはないでしょう?」

 

 

 エルフリーデには、今の状況がさっぱりわからない。フィルニカ王国で起きた怪現象、巨大兵器〈イノーマス・マローダー〉を消滅させた光り輝く神の腕――そういうものに巻き込まれて、自分がどうにかなってしまったのだということは推測できた。

 

 要するに焦っても騒いでもどうしようもない、お手上げというやつだ。

 こうして意識を取り戻して、自他の区別がはっきりつくだけマシだと思うしかない。何かよくわからない高次元っぽい空間(エルフリーデが勝手にそう思っているだけだ)にいる以上、人の身でどうにかできるのかという疑問もある。

 

 救国卿があっさりと殺意を仕舞い込んで、のんきに話しかけてきた理由もよくわかった。

 何せ自分と彼女は、思考回路がよく似ているのだから。

 ため息をついた。

 

 

「あー、つまり一時的に休戦ですね。了承します……で、早速聞きたいんですけど。あなたがさっき口走ってた偽りの神(ヤルダバオート)ってなんなんです?」

 

 

「英雄殿。遠慮がないですね、とってもバナヴィア~ン!」

 

 

 エルフリーデは容赦なく本題に入った。

 先ほど垣間見たルクカカウの記憶――不死者が築き上げた王国が、異次元から飛来した得体の知れない巨神に滅ぼされる一部始終――から、うっすらと察することはできるけれど。

 

 詳しく聞くのであれば、ひとまずクロガネの愛弟子だったというルクカカウに尋ねるのが一番だろう。彼女が恣意的に情報を絞ったり伏せたりする恐れはあるが、この際、その可能性はひとまず置いておく。

 

 そういう現世でのしがらみは置いておく、と互いに了承した以上、ここで嘘はつかないだろう。

 そのようにエルフリーデは救国卿のことを理解していた。

 

 

「偽りの神とは、先史文明の時代に名付けられた呼称です。バナヴィア教会やベガニシュ教会が聖典で定めるところの天主(デウス)とは似て非なるもの。人間が空想する超越者に最も近い観念であり、同時に神そのものではないという意味です」

 

 

 期待に違わず、救国卿は率直に説明を述べてくれた。あの恐ろしげな光り輝く巨神――その存在が偽りの神である、と。

 宗教書に描かれているような存在は無関係である、という断言を聞いて、エルフリーデは自分なりの理解をまとめてみた。

 

 

「要するに――あれが空想科学映画に出てくるような異次元の生命体なのか、ホラー小説に出てくる悪魔なのか、あなたにもわからないってことか」

 

 

「ええ、そういうことです。あれが本来、どのような存在であったのかはわたくしにもわかりません。言葉少なにクロガネが語ったところによれば――偽りの世界(イミテーション)である我らの地球は、あの存在から遠ざかるために作られたのかもしれない、とのことでしたが」

 

 

 遠慮なく補足が入った。

 詳細を聞きたければ後々、クロガネ・シヴ・シノムラを捕まえて聞き出せというわけだ。これが救国卿が情報を伏せた結果なのか、本当にこれしか知らないのかはさておき。

 

 おそらく一番、この世界の秘密について深い知識を持っているのは彼だろう。その認識について異論はなかったので、エルフリーデはひとまずうなずいた。

 

 

「…………この世界が人間の手による作り物で、本当の宇宙はこの外側にある。そこまではわたしもクロガネから聞いています。ここは卵の殻の中身なんだって」

 

 

「ええ、そしてこの場合、問題となるのは――わらくしたちの世界の殻に、得体の知れない存在が触れているという事実です」

 

 

 エルフリーデの言葉を受けて、亜麻色の髪の美女は悩ましげに目を伏せた。その表情に浮かぶ苦悩が、作り物の見せかけなのか、真実のものなのかはわからない。

 

 一つだけわかりきっているのは、どんなに言葉を重ねて、遠い昔に成立したこの世界の起源を語り尽くそうと――今現在、二人が殺し合っている理由にはかすりもしないという現実だけだ。

 ずいっと一歩前に進み出る。深い栗色のミディアムヘアを揺らして、エルフリーデ・イルーシャは自身の反感を口にした。

 

 

外側の世界(アウターワールド)だの、異なる次元(ディファレント・ディメンション)だの……ベガニシュ帝国から独立するのしないので争ってるわたしたちが、気にしてどうするんですか?」

 

 

 問いかけは冷ややかだったが、同時に切実すぎた。彼女たちがバレットナイトと融合して、一騎当千の超人と化して刃を交えていたのは、政治的立場の違いゆえの武力衝突だった。

 異次元の悪魔だの神だのは関係ない、人間の業がそうさせる殺し合い――その根源をぶちまけられて、ルクカカウは困ったように眉を下げる。

 そして肩をすくめながら、こんなことをのたまった。

 

 

「まったくそのとおりですね。現実のわたくしたちは、等身大の歴史を積み重ねて、新天地となったはずの星でも殺し合いを続ける獣です。そしてそのような有様だからこそ――人類はその叡智と資源を結集して、文明を前進させねばならない。バナヴィアという近代国家の基礎を築いたのには、わたくしなりの矜持があります」

 

 

 二人の間に沈黙が降りた。

 無限に続く碧空、翡翠をちりばめたようなエメラルドグリーンの空が果てまで広がる景色――距離感覚が狂う、比較対象物が何もない世界では、互いの存在だけが現実感を担保していた。

 

 栗毛と亜麻色、深紅と黄金――異なる髪、異なる瞳を持った美しい二人。

 この世の誰よりも戦いに優れた少女/美女は、互いの顔をまじまじを見つめた末、いつまで経ってもこの奇妙な空間が終わらないことを認めて、再び会話を重ねるのだった。

 

 

「……二五〇年前のこと、バナヴィア革命のことは知ってます。あなたがわたしの生きる現在(いま)の基礎を築いた英雄だってことも……バナヴィア教会の真実はちょっと気持ち悪かったですけど」

 

 

「ふむん……王殺しの簒奪者、貧民を新大陸送りにした独裁者と言ってくださっても構いませんよ? わたくし、諧謔(ジョーク)をたしなむ余裕はありますから」

 

 

 笑えない冗談だった。

 バナヴィア人であれば誰もが知っていることだが、ルシア・ドーンヘイルはバナヴィア史に残る有数の独裁者なのである。二五〇年前の革命で王侯貴族が支配する体制を覆し、中央集権国家としてのバナヴィアの礎を作りあげた人物なのだが――とにかく毀誉褒貶(きよほうへん)が激しい。

 

 あるいは貴族や金持ちを処刑しただけなら、貧民が拍手喝采するかもしれない。しかし救国卿は苛烈な治世で知られる人物であり、治安を悪化させる貧民の存在にもとにかく厳しかった。

 内戦を制して王ならざる独裁者となった救国卿は、国内の貧民を反乱者と一緒に引っ捕らえると、新大陸行きの船に乗せて強制労働に従事させた。

 

 要するに奴隷である。

 こうして築かれた新大陸植民地が今日の大国、ガルテグ連邦の起源となるのだが――救国卿ルシア・ドーンヘイルを評価するとき、処刑と弾圧の二文字を排除して語ることは不可能に近い。

 歴史上、まれに見る独裁者から直々に自虐をふっかけられるという困りすぎる体験である。

 エルフリーデは目を泳がせたあと、ぽりぽりと頬を掻きながら呟いた。

 

 

「笑えないジョークのセンスまで、クロガネと同じなんですね」

 

 

 救国卿は破顔一笑した。

 

 

素晴らしいです(バナヴィア~ン)! 最高の褒め言葉です、ありがとうございます!」

 

 

 皮肉が皮肉と通じていなかった。

 エルフリーデはどっと疲れた顔になると、虚空に目を泳がせて――ふと、果てまで続く碧空が、ぐにゃりと歪むのを見た。

 

 これまで上下左右の概念すら怪しかった空間に、明らかな変化が生じていた。

 感覚する。

 世界が何者かと接続されていく感覚――それが目の前で微笑む美女の記憶だと、直感的に理解する。

 

 まるで蜃気楼(しんきろう)のごとく周囲の景色が歪んで、何かが投影されつつあった。エルフリーデが疑問を口にするよりも早く、救国卿はこれから起きる事象に対しての推測を述べていた。

 

 

 

「わたくしたちは今、おそらくエーテル粒子に還元されて仮想上の情報ネットワークにその存在があります。剥き身の魂だけが虚空を漂っているのです。常人であれば構造を保てず霧散していたかもしれませんが――逸脱者(イレギュラー)である我々はそうならなかった。そしてそれゆえに必然として、近似値である互いの情報が共有されつつあるのです」

 

 

 

「まるでオカルトじゃないですか……!」

 

 

 

「ええ、そもそも電脳棺(サイバーコフィン)の原理がオカルトなのですよ――人の魂を炉にくべて無限のエネルギーを取り出す半永久機関、その申し子であるわたくしたちです。何が起きても不思議ではないでしょう?」

 

 

 

 幻影がはっきりと像を結びつつあった。

 黄金瞳の不死者は、虚空に映り込むもの――自身の記憶を見て、ほうっとやわらかな吐息を漏らすのだった。

 

 それは過去を懐かしむような郷愁(きょうしゅう)と、すでに選ばれてしまった決断に対する哀切と、どうにもならない憤怒が入り交じった言葉ならざる意思だった。

 そして女は、芝居がかった口調でこう語りかけてくる。

 

 

 

 

 

「どうかご覧ください、わたくしとクロガネの――()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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