機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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追憶:血まみれの怠惰

 

 

 

 時間。

 それは平等でも公平でもなかったが、世界を常に変転させる大いなる破壊の牙であった。

 季節は巡り、時は流れ、ありとあらゆるものが滅んでいった。

 

 かつてルクカカウが築き上げた王国が、千年ほどの時間を経て崩れ去ったように――この星に生きる人々は、もろく崩れ去りゆく営みを、何度も何度も繰り返しながら生きていた。

 そう、定命のものにとって時間は有限なのだ。

 

 世界は、人間は、一〇〇年にも満たない冬の繰り返しの中で無慈悲に滅んでいく。

 自らの長すぎる寿命の中でルクカカウが学んだのは、この世に永遠はないということだ。

 そしてかつて、力なき少女に過ぎなかった亜麻色の髪の乙女は、いつしか悠久の時を生きた不死者として、歴史の裏側を泳ぐようになっていた。

 

 数多の国々の興亡を目にしてきた。

 それにともなう、数え切れぬほどの民草の生と死を見てきた。

 先史文明種の残した造物塔は、人々に魔法としか思えない恵みをもたらしたが、すぐに知識は独占されていった。

 独占による権力と暴力の掌握。

 原始的な営みは、身分階級によって分かたれた社会を生み出していったのだ。

 

 

――わからないことはたくさんあった。

 

 

 ルクカカウが歩んだ何千年もの時間の中で、彼女が師と仰ぐ真実の不死者――クロガネが現世に介入したことは数えるほどしかなかった。

 彼の果たした最も歴史的な事業は、羊飼いの息子に過ぎなかった少年を見いだし、英雄王に至らしめたことだろう。

 

 科学による大陸平定という偉業である。

 それは後世において、やはり大陸にまたがる巨大帝国であるベガニシュ帝国が、自らの起源であると信じるほどの歴史的快挙だった。

 

 そうして世界は、科学文明の果実を知ったが――その結果は先述の通りである。

 知識さえあれば誰もが扱えるはずの技術を、一部の人間だけが独占する構造――資本の集約なくとも機能する、先史文明種の遺産が作り出す歪な社会だ。

 

 魔法の呪文さえ唱えれば、遺跡の自動生産プラントに組み込まれた機械知性体が勝手に科学技術の産物を取り出してくれるから、極少数の人間で知識を独占さえしていればよかったのだ。

 もちろんクロガネもルクカカウも、そのような歪んだ形での知識の独占は許せなかった。

 それを正そうともした。

 

 

――だが歴史は、彼らを勝者に選ばなかった。

 

 

 不死なる放浪者の言う理想世界よりも、偉大な王が古代の神秘を振るう王国を、民は願ったのである。

 人は権威に弱い。偉い人間が偉いから偉いのだ、という何の理屈にもなっていない仕組みこそ、最後の最後に勝者を決めた。

 

 如何に賢く強くあろうと、二人の不死者は、この大地において異物に過ぎなかったのだ。

 彼らは異端として追放された。多くの時間をさすらい、それでも世直しの旅を続けたが――クロガネはどこか、この世界に対して消極的だった。

 

 長い流浪の旅の中で、彼は多くの人を救い、知恵を授け、数々の伝説を残した。

 迫害される不死の同胞を引き取り、育てることもした。

 青髪のゲオルギイもその一人だった――権力の中枢を追われたあとも、クロガネはよき教師であり続けた。

 

 彼は無私であり、利他であり続けたけれど。

 結局のところ、世界に挑もうとはしていなかった。

 

 

――それは優しく賢い男かもしれなかったが、あまりにも彼の能力に対して無責任だった。

 

 

 ルクカカウにとって、クロガネはこの世を救えるだけの力を持った真の英雄だった。

 なのに現実の彼は、目の前で苦しむ人々に手を伸ばすばかりで――流血と犠牲の根源を放置していた。

 怒りがあった。

 

 ルクカカウを突き動かしているのは、あの日からずっと変わらない激情だ。

 まるでしんしんと雪が降り積もるように、永遠を生きる乙女の胸の中に、不満は降り積もっていった。

 幾度となく言葉を交わした。

 

 師であるクロガネは、愛弟子の不満をよく聞いて、何度も言い含めた。

 科学技術や知識さえあれば、人心が乱れず、誰もが幸福に暮らせるなどというのは夢物語なのだ、と。

 

 それはかつて、その錯誤ゆえに国を滅ぼしたルクカカウに釘を差すような物言いだった。

 されどルクカカウの怒りは鎮まらなかった。

 幾百幾千の冬を越えた果てに、少女は血を吐くように叫んだ。

 

 

 

「あなたは……わたくしたちの血で踏み固められた大地を、悲しそうに眺めるだけの傍観者だ!」

 

 

 

 ちらちらと雪が舞い落ちる季節だった。

 辺り一面には焼け落ちた家屋の残骸と、無残に殺された人々の亡骸が横たわっている。

 戦争だった。近隣諸国の始めた戦争の余波は、あっさりと人里離れた集落を飲み込んでしまった。

 

 幾度かの合戦を落ち延びた兵士たちが、略奪のためにやってきて――激しい戦いの末、すべてが燃え落ちたのだ。

 男も女も子供も老人も、等しく死んでいった。

 かれこれ二〇年ほど、面倒を見てきた村の成れの果ては、焼死体が転がる悪夢のような光景だった。

 

 

「ルクカカウ。お前の感じている痛みは正しい。俺が無力であることも認めよう。だが、その怒りを理由にするな。それはあまりにも、お前自身を不幸にする」

 

 

「……違う、あなたは無力などではない。あの日あのとき、たしかにわたくしは見ました。あなたは本来、救世主の役とてできたはずです! 世捨て人の隠者のように無数の大陸を巡っているのは、あなたが自身の使命のため、他のすべてを見捨てているからだ!」

 

 

 男は理性的であり、他者に優しく賢明であり続けた。

 目の前で幾度も繰り返される死の連鎖、争いをやめられぬ君主たちの戦争、飢えた民が野盗となって盗み殺す地獄――怒りを抱くべき局面ですら、彼はそうしなかったのだ。

 ルクカカウは知っている。

 

 この男は、この世に降りてきた異界の神すらも切り裂き、世界を救ってみせたのだ。

 だというのに何故、クロガネがこうも消極的なのか。

 ルクカカウはその答えを悟っていた。

 彼には自分の知らない使命がある。それはきっと、この世のすべてを見捨ててもなお、献身するだけの大きな使命だ。

 

 許せなかった。

 こんなにも強く、誇り高くあるべき人が、愚かしいものどもの所業を看過するなど――耐えられない。

 

 雪が積もっていく。

 煙を上げる燃え落ちた家屋の屋根、そこからはみ出した焼け焦げた子供の手を見た。

 ルクカカウは涙を流して吠えた。

 

 

 

「その諦念が圧制者たちの暴虐を黙認しているも同然だと何故わからないのです? わたくしたちが無知で無力な存在だから、文明の火を知らずに生きていればよかったとでもいうのですか?」

 

 

「俺は一度として、お前たちの生きる世界をどうでもいいと思ったことなどない」

 

 

 だからこそ許しがたいのだ。

 いっそのことクロガネが、この世のすべてをせせら笑い、上位者ぶって見過ごすだけの男だったなら――こんなにも激しい憤りを感じずに済んだ。

 彼は最愛であり、尊敬と親愛と崇拝のすべてを向けるに足る存在なのに。

 この何もかもが色褪せ、滅んでいく世界の中で唯一、尊く思えるものだった。

 

 

「世界は、人間は、犠牲を出さずに道を切り開くことができない……師よ、あなたは現世で流される血のすべてに無気力で無責任だ。その怠惰が知恵者の必然だというのなら、わたくしは……あなたの代わりに人々を導きましょう」

 

 

 焼け落ちた廃墟の群れ。埋葬すらされぬ人々の骸に背を向けて、黒衣の男のすくそばを通り過ぎた。

 引き止める声はなかった。切り捨てて制止するような殺意もなかった。

 

 ただクロガネは悲しげに、自分のことを見ていた。

 黒髪の青年は、端正なその顔立ちに憂いを秘めて、弟子の旅立ちを見送ろうとしていた。

 一言だけ、問いかけがあった。

 

 

「ならば問おう、我が弟子ルクカカウ。お前はどんな理をもってして、この世界と向き合う?」

 

 

 それは愛弟子に対する、クロガネからの最後の宿題だった。

 ルクカカウの答えは決まっていた。

 

 足を止めて振り返り、師の顔を見た。黄金色の瞳と瞳が互いを見つめ合い、永劫にも思える刹那が通り過ぎていく。

 亜麻色の髪の乙女は、ただ一途にこいねがうように、祈りを口ずさんだ。

 

 

「――怒りを。我らに争いを強いるこの世の(ことわり)のすべてを焼き尽くす憤怒(ふんぬ)こそ、わたくしの選ぶ道に相応しい」

 

 

 そして不死なる師弟の道は分かたれた。

 男は何かを探すようにして――おそらくこの世に存在しているかも怪しい、先史文明種の遺産を求めて歴史の闇に消えていった。

 

 女は人知れず、かつて故郷だった大河のほとりに流れ着き、その地で国づくりを始めた。

 人を導き、人を育て、人を殺した。

 彼女は多くの民が信じるべき物語を作り上げ、それを流布した。

 この残酷無惨の絶えない世界において、人々を救う輝かしきもの。

 

 

 

――曰く〈始まりの御使い〉。

 

 

 

 物語は神話となり、やがて宗教として民心を集めるに至った。

 かつてルクカカウと呼ばれた女は、文化を、文明を築き上げた。

 

 後にバナヴィア人と呼ばれる民族、バナヴィアと呼ばれる文化、バナヴィア教会という宗教、バナヴィア語と呼ばれる言語――おぞましいほどの執着と執念の果てに、不死者は一つの王国が大陸西部に広がっていくのを見届けた。

 

 その傲慢を、再び姿を現したクロガネに諌められたこともあった。二人の対話は幾度となく決裂し、殺し合いになることも多々あったが、大したことではなかった。

 彼も彼女も不死者であり、手傷が死をもたらすことはありえず、それゆえに導きは終わらなかった。

 

 

 

――数奇な運命の果てに、歴史の表舞台に立つこともあった。

 

 

 

 バナヴィアという国が荒れ果て、王党派と反乱貴族の内戦に発展したとき、女は迷うことなく世界に挑んだ。

 地方貴族の養子となった彼女は、ルシア・ドーンヘイルを名乗ると、その軍事的才能を世に知らしめた。

 

 戦争に勝利し、政治を掌握し、平民を集めた軍隊で騎士の群れを打ち倒した。

 腐敗した君主たちの軍隊を踏み潰し、蹂躙して、銃口から生まれる自由を民に教えたのだ。

 そして内戦の果てに王の首を刎ねて、ルシア・ドーンヘイルの革命は始まった。

 

 

――畏怖を込めて救国卿(ロード・セイヴィア)と呼ばれる英雄の誕生だった。

 

 

 彼女の世直しは苛烈だった。

 貴族や君主が知識と権力を独占し、社会構造を停滞させている現状を如何に望む方向に変えていくか。

 思索の果てにルシア・ドーンヘイルが選んだのは、最も強烈な方法論だった。

 

 敵対者を粛清し、反乱者を処刑し、貧民を奴隷同然に新大陸へと送って使い潰した。

 そうして新大陸植民地から吸い上げた資源――異国の地にある造物塔は、余剰生産として搾取することも可能なのだ――を元手に、救国卿が率いるバナヴィア共和国は多くの改革を成し遂げた。

 近代的な軍隊、それを維持するための知識の解放、技術者を育成するための教育の充実。

 

 そしてそれらを維持するための重税――反乱は叩き潰され、徴税機構が整えられていった。

 恐ろしいほどの内政手腕を発揮して、救国卿はバナヴィアを作り上げていった。

 そもそもバナヴィア人という枠組みは人工的な代物だった。

 

 徴税機構と教育システムの整備の過程で、救国卿率いるバナヴィア革命政府は多くのものを踏み潰していった。

 地方に無数に存在した方言、独自の祭祀に発展していた信仰、土着の権威と融合した統治システム。

 すべてはバナヴィア近代化の過程で統廃合され、消えていくべきものだと女は信じた。

 

 

――そして無数の部族の集まりに過ぎなかった王国は、バナヴィア人という物語に飲み込まれていった。

 

 

 その功罪は巨大だった。

 文字通り一つの文明を築き上げるに至った思想――救国卿ルシア・ドーンヘイルの統治は、近代的国家というヴィジョンをこの世界に知らしめた。

 

 それはやがて、何十年もの歳月の果てに、救国卿ルシア・ドーンヘイルが討たれようと変わらない足跡だった。

 かつて不死者の世迷い言に過ぎなかった思想、近代化された人民という存在はいつしか実体を持っていたのだ。

 

 バナヴィア共和国がバナヴィア王国に回帰し、王政復古が為されようと、誰も王権に絶対的権力を与えようとは思わなくなった。ただ一人の支配者にすべてを委ねる恐怖を、バナヴィアの貴族も平民も等しく思い知ったからだ。

 

 

 

――すべての王の首を刎ね、すべての民を善導する。

 

 

 

 女は決して善なるものではなかった。

 ましてや偉大であると言い切るには、あまりにも多くの人々を踏みにじり、屍の山を作りあげていた。

 そのすべてを確信犯的に成し遂げたことに、救国卿ルシア・ドーンヘイル――かつてルクカカウと呼ばれた女の業があった。

 

 

 

 

 

 

 追憶が終わる。

 不意に連続した記憶、情念、景色の断続的な再生が断たれて、ようやく自分がエルフリーデ・イルーシャだったと思い出す。

 深く、深く呼吸した。

 

 自らが肉体を――少なくともそれに近しい身体感覚を保って、この空間に存在することを再確認する。

 あまりにも恐ろしいヴィジョンの連続――縛り首にされたもの、断頭台の露と消えたもの、銃殺刑にされて地面に埋められたもの、劣悪な環境の奴隷船へと詰め込まれるもの――そのすべてを慈しみながら、死ねと命じられる世界観の持ち主。

 そこにあったのが、何よりも深い共感だったことを思い知る。

 

 

――すべての犠牲が未来のためにあるって、この人は信じられるんだ。

 

 

 恐ろしさを通り越して畏怖に至るような、確信犯的な殺意――憎しみの一欠片もない冷酷さが、救国卿ルシア・ドーンヘイルの世界だった。

 ぞっとしながら、エルフリーデは眼前に断つ麗人へと目を向ける。

 亜麻色の髪の美女。かつてルクカカウと呼ばれ、今は救国卿を名乗る不死者。その表情は魅力的であり、親しみすら感じさせるほどの愛に満ちていた。

 

 

 

 

 

「この理不尽を強い続ける世界への怒り――我が剣はそのためにあり、我が愛は成し遂げられるべき理想と共にあります」

 

 

 

 

 

 黄金の瞳を輝かせて、美女は微笑む。

 戸惑う幼子を見守るような慈愛と共に、その一挙一動を見逃すまいとするかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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