機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
エルフリーデはその視線を拒絶する。
相手が持つ世界観――この世界にどのような理路を用いて対峙するかという価値観――を、追体験したからこそわかった。
これだけは、超感覚的な手段で共感させられようと受容できない。
烈火のごとき激しさを秘めた、赤い瞳が救国卿を睨みつけた。
「ふざけないで――どんな理由を語ろうと、あなたは自分で選んで血まみれの世界を作ったんだ。その理由付けにクロガネを持ち出すのは、あなたの妄執じゃないか!」
「流血を強いるのは、我らが敷いた秩序ではありませんよ――原始の時代から何一つ変わらぬ世のありようです。素手で目を潰し、棍棒で骨を砕き、矢で肉を貫き、銃弾で鎧を撃ち抜く。どれほど科学が進歩しようと、人の愚かさが変わったことなどないのですから」
エルフリーデはその言葉に怒りを感じた。
たしかに自分自身、どうにもならない不条理ばかり見てきた――そうでなければ十代の少女が、単身、戦場に投じられて死地を味わうことなどありえなかった。
だとしてもそれを、世の習いとして断言する姿に、言いようのない不快感があった。
「そんな風に人間を見下しているくせに――どうして愛してるだなんて言えるの?」
「ふむん。中々、痛いところを突きますね。しかし英雄殿、あなたの問いかけにはこう返さねばなりません。不死者が他人事のように世界を論じる様子が許せないというのなら――何故、あなたはクロガネを糾弾しないのですか?」
「何が、言いたい?」
不意に悟った。
エルフリーデ・イルーシャはあまりにもルクカカウに似ているから、その思考の根底にある論理がうっすらと理解できてしまう。
救国卿が何を言わんとするのか、半ば察しながら――思わず問いかけてしまったのは、最後の抵抗だった。
少女の理性を嘲笑うように、亜麻色の髪の女はすらすらと弾劾を口にした。
「一五年前、クロガネ・シヴ・シノムラを名乗る彼は――バナヴィアを見捨てたのです。異界より来たる神すら討ち払う上位者が、その力を振るわなかった。それが怠惰でなくて何だというのです?」
息が止まる。
クロガネがかつて口にした言葉の意味を理解した。救国卿の根底にあるものは、根深い怒りだった。それは無数の不信と失望、諦観と悲観を積み重ねた末に、なおも折れることなく燃え盛る地獄の業火のような感情だ。
エルフリーデと救国卿を隔てる最大の差異――最も愛するものにすら向けられる、憤怒が顔を見せていた。
「エルフリーデ、あえてこう言いましょう。彼が祖国を守ったならば、あなたが
「そんなのは、ただの空想でしょ――ありもしないもしもを虚しく思って、何になるって言うんですか?」
「なるほど、なるほど。あなたは彼の罪を直視しないようにしている――
聞きたくもない、もしもの積み重ねだった。
それはかつて、ヴガレムル市で起きた爆弾テロの最中、クロガネが自分の怒りと憎しみを受け止めてくれたあのとき――胸の中に秘めていた絶望と共に、洗い流されたはずのIFだった。
感情的には整理ができていたはずの問題だった。
だけど今、眼前にいる不死者が問いかけているのは、そういうエルフリーデ個人の納得の問題ではなかった。
朗々と謳うように言葉を紡ぐ救国卿は、まるで世界の真理を説く宗教家のように――熱情を込めて喋りだした。
「バナヴィア戦争で散っていった同胞、帝国の圧政によって死んでいった人民、徴兵され異郷の地で屍となった若者たち――数えきれぬ死者の葬列こそ、クロガネが背負うべき罪の証なのです。如何なる使命、如何なる責務があったとしても、その選択の責任から逃れることはできない」
「それ、は――」
「エルフリーデ。あるいは彼が地方領主として生きるだけなら、このような指摘は無意味だったでしょう。ですがクロガネは選んだ――バナヴィアの指導者へと上り詰める最短の道を。それが帝国の傀儡のそしりを受けることを承知で、彼は血まみれの怠惰を捨てたのです。ならば問われねばならない。何故、一五年前に戦わなかったのかを」
理由はわかりきっている。
先史文明種が残した負の遺産〈ケラウノス〉――かつて旧世界を焼き尽くした悪魔の兵器と、その無力化という使命。
それがサンクザーレ会戦と呼ばれる戦いの裏で決着した。
自分が彼と共に戦って、そのように終わらせたことを、エルフリーデ・イルーシャは知っている。
だから何故そうなったのかはわかりきっている。
けれどそんなものは、誰も信じないおとぎ話のような真実だった。
「――
「彼が積み重ねた不正義は、果たして償えるものなのでしょうか――エルフリーデ、わたくしの言葉は間違っていますか?」
「……あなたは卑怯だ。答えようがない問いかけで、わたしのことを言いくるめようとしてる」
「ええ、ですが――
言い返せなかった。歯噛みしながら、にこにこと微笑む美女を見やる――ここでは互いが振るう暴力に意味はない。
身体感覚として肉体があるように思えても、実際のエルフリーデはエーテル粒子に記述された情報体にまで分解されている。先ほど救国卿が述べた推察はおそらく正しい。自分たちは今、剥き身の魂だけが異界を漂っているに等しい。
であるがゆえに、不死者は武力による戦いをやめて、言葉による舌戦を挑んできていた。
――不味い。わたし、納得させられかけてる。
自分は今、相手の論理にやり込められようとしていた。なまじエルフリーデとルクカカウがよく似た人間だからこそ、相手の言動に影響されやすい状況ができあがっていた。
そして事実、救国卿ルシア・ドーンヘイルの語る言葉は――間違ってはいなかった。
少なくともクロガネ・シヴ・シノムラを名乗る彼が、バナヴィア戦争においてバナヴィア王国の側に立たなかったのは事実なのだから。
如何なる理由があれ、傍観者であったことの罪は否定できまい。自分がクロガネに対して抱いている愛情はさておき、そういう冷ややかなものの見方ができるのが、エルフリーデ・イルーシャだった。
唇を噛んで黙り込んだエルフリーデを、優しく見守るように救国卿が歌う。
「わたくしには思慕があり、崇拝があり、畏敬があり……それらすべてを凌駕する失望が、この憤怒を動かしています。それはかつて、あなたがこの世界に対して抱いた感情と同じもののはずです」
「勝手なことばかり言わないで……! あなたとわたしは違う人間だッ……!」
そのときだった。
視界の果てまで広がるエメラルドグリーンの虚空が、再びぐにゃりと歪み始めた。そのパーソナリティから能力に至るまで、互いが近似値である二人の逸脱者――その魂を繋ぎ、情報を共有させていくあの現象だ。
恐ろしい共感の波がやってくる。
今度こそ不味いかもしれない。相手は一万年の月日を重ねた不死者なのだ。
その感情と思考の辿った道のりを追体験した状態で、巧みな弁舌をぶつけられたら――いよいよ洗脳される恐れがあった。
焦る。
そしてふと冷静になった。
――こういうときは楽しいことを考えよう!
我ながら名案だと思った。
そして救国卿の魂に刻まれた膨大な量の情報と繋がれた刹那、エルフリーデがその脳裏に思い浮かべたのは、もちろんこの世で最も素晴らしく愛らしい存在のことだった。
念のために記すと、これは別にクロガネのことではない。
大いなる差異――エルフリーデとルクカカウはよく似た人間だったが、それでもなお二人を明確に区別する構成要素――ルクカカウが膨大な歳月をその怒りに費やしたように、傷ありの少女は際限ない愛を持っていた。
そう、恐るべき現象が起きた。
論理的帰結として情報の流れが生じるのならば、それは一方通行のものになるはずだった。
一万年もの時間を激情と共に生きた不死者と、たったの十数年しか生きていない少女の人生では、根本的にその数量が異なるからだ。
圧倒的な情報密度によって、エルフリーデ・イルーシャという個は洗い流され、染め上げられるはず。
そのような安易な展開は否定された。
代わりに救国卿の精神を襲ったのは、耐えがたい不気味な感覚だった。
永遠にも等しい時間を埋め尽くすように、走馬灯じみた人生の追憶が流れていく。それはかつて存在した幸福な現実であり、戦地で想像された虚構であり、あるいは眠るときに夢で再生された情景だ。
すべてが妹への巨大過ぎる感情だった。
万華鏡に映る鏡像のごとく、無限に分岐し続ける妹の姿――エルフリーデ・イルーシャがティアナ・イルーシャに向ける偏執的愛情が、特に意味はなく救国卿を襲った。
「くっ……なんですか、この姉妹に対する形容しがたい気味の悪い感情は!?」
悲鳴が上がった。
あるいは初めて、救国卿がこの対話で取り乱したかもしれない光景だった。
妹の誕生日を祝う景色が、一歳から一二歳まで何重にも重なって再生されていた。エルフリーデはそのすべての光景を鮮明に覚えており、戦場にいて会うことができない時期でさえ、空想の中で妹の誕生日を祝っていた。
それはボクサーが空想上の相手と向き合い、鍛錬するように過酷な想像だった。
常人であれば戦場の死と破壊を前にして、ささやかな日常の記憶など塗り潰されてしまうだろう。しかしエルフリーデ・イルーシャは超人的な精神の強度を持っており、その想像力は狂気の域に達していた。
まるで天文学的数量のデータをあつかう大型演算装置よろしく、常人離れした感覚と思考は、空想上の妹の再現精度を限りなく現実に近しいものに至らしめたのだ。
過度に美化せず、かといって陳腐化もさせず、ただあるがままのティアナを感じ取る――すでに現実逃避を超えて、一種のアルゴリズムにまで昇華された感覚が、直接、救国卿に叩き込まれていた。
「わたしの愛は綺麗です!!」
エルフリーデは断言した。
あまりにも異様で言葉にできない感覚が、一万年の時間を超えて不死者の魂に刻まれていく――ルクカカウが「うわあ、気持ち悪い!?」と素直すぎる感想を述べようと、この共感と追体験は止まることがなかった。
時間と空間を超えて、たったの十数年しか生きていない少女の人知を超えた狂気が流し込まれていく。
泣こうが喚こうが逃げられない追憶の果て、ようやくエルフリーデからの逆流が終わる。
あとに残っていたのは、虚ろな目でぼんやりと視線をさまよわせる亜麻色の髪の美女だけだった。
半ば茫然自失という感じで、救国卿が呟いた。
「こ、これが……カワイイ……?」
エルフリーデは胸の前で腕を組むと、自慢げに胸を張ってうなずいた。
「どうやら相互理解に一歩近づいたようですね――」
致命的に何かが間違っている現象が起きていた。
救国卿「洗脳レスバトル!」
エルフリーデ「妹思考防壁!」
救国卿「妹は…世界一カワイイ…?」
エルフリーデ「洗脳されてる…」
クロガネの功罪に関してはこれで決着ではありません(重要)