機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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群青の鬼神

 

 

 

 

 

 さて、状況を振り返ろう。

 三日前、北海上空で起きた武装飛行艦〈スオラン〉との戦闘後、エルフリーデ・イルーシャはその消息を絶った。

 のんびりと遅れて駆けつけた総督府の偵察機がくまなく周囲を捜索したが、飛行船の残骸一つ発見できなかった――というのが、表向きの事件の顛末である。

 

 しかしその行方について、かなり早い段階でヴガレムル伯爵家はその足跡を掴んでいた。現地まで飛ばしていた長距離偵察ドローンの捉えた映像、そして時空連続体の歪みというべき事象の観測がその根拠となった。

 

 

――これはフィルニカ王国で起きた〈イノーマス・マローダー〉の消失と同じ現象だ。

 

 

 旧世界のオーバーテクノロジーについて深い理解を持つ伯爵自身の推測で、エーテル粒子の異常流出とその源を探知することに成功するまでに、わずか六八時間しかからなかった。

 そしてどんな手品を使ったか知らないが、奇跡は意図的に引き起こされた。

 

 たしかなことはただ一つ、クロガネ・シヴ・シノムラは虚空からエルフリーデ・イルーシャとその乗機〈アシュラベール〉をサルベージしてのけた。

 その馬鹿げた光景――空が七色の光に包まれ、この世ならぬ異次元の色彩があふれ出した――を目の前にして、リザ・バシュレーは乾いた笑いしか出てこなかった。

 

 事前に解説はされていた。

 リザの弟たちのときとは条件が違い、エルフリーデはその異常な存在強度――そう呼ぶほかない魂の可逆性――ゆえに回収が可能なのだ、と。

 

 ここまで常識の外にある事件ばかり起きていると、まあそういうものかと納得するしかない。

 ともあれ、今は雑念を捨てるべきだ。

 そのようにリザは割り切る。プロフェッショナルを自認する少女は、自分にとって命よりも大事だった家族への未練も、ひとまず押さえ込むことができるようになっていた。

 

 

――というか、あれこれ考えていられるほど余裕ないんですけどね!

 

 

 そりゃそうである。

 自分はあくまで機甲駆体の操縦者であって、空飛ぶスーパーロボットなんてガラじゃないのだ。そのような泣き言めいた思考をしつつ、褐色の少女は空気抵抗を肌で感じ取っていた。

 

 群青色(ダークブルー)に塗られた鬼神が、高度四〇〇〇メートルの高さを飛翔していた。

 その機体は細部こそ異なるものの、多くの点で〈アシュラベール〉に近しい特徴を持っていた――額から生えた一本角が、二本になっているのが最大の相違点だろうか。

 

 リザが今操っている機体は、ミトラス・グループで研究されている試作機の一つだ。

 駆動フレームやハードポイントの規格が同じなので、先の戦闘で〈アシュラベール〉が使用した高高度迎撃ユニット〈マルドゥック・フリューゲル〉装備を、そっくりそのまま装着している。

 

 要するに馬鹿でかいジェットエンジンと主翼、ロケット・スラスター内蔵の延長脚(スティルツ)を履いた飛行形態である。

 二足歩行する陸戦兵器として始まったはずのバレットナイトが、飛行機よろしく空を飛ぶための馬鹿げた兵装――当然のことながら、エルフリーデのように超音速巡行するクソ度胸はリザにはない。

 

 

――まあやったら墜落死しますよね、私だと!

 

 

 いつも正気とは思えないじゃじゃ馬を作り出すミトラス・グループの技術者たちには珍しく、今回の〈マルドゥック・フリューゲル〉は空を飛ぶだけならばなんとかなる出来だった。

 重装備を超音速巡行させるというそのコンセプトはともかく、巨大な翼とエンジンのおかげで安定飛行が可能だったのは大きな進歩である。

 バレットナイトと飛行機の操縦、二つの適性がないと運転できないのが欠点だろうか。

 

 

――本当に、私がいなかったらどうしたんですか、これ!?

 

 

 リザ・バシュレーは自分の人並み外れた優秀さを棚に上げて、考えれば考えるほど意味不明な高高度迎撃ユニットの出自に頭を悩ませるのだった。

 ともあれ、クロガネの仕事は完璧だった。

 

 先ほどエルフリーデと交戦していた敵機――あれも第三世代バレットナイトなのだろうか――を追い払った艦砲射撃は、陸上駆逐艦〈シルバーランス〉のものである。

 世に知られるサンクザーレ会戦でエルフリーデに無力化され、戦後は賠償金の一部と引き換えに、ヴガレムル伯領に譲渡された陸上駆逐艦〈ペネテシス〉を、ミトラス・グループの工廠で改装した船である。

 

 一〇〇メートル以上ある巨大な船体を浮動させる駆動システムはそのままに、推進機関を電動プロペラからジェットエンジンに換装。

 さらに対地砲撃が主だった火砲も、対空射撃を目的とした一二〇ミリ電磁機関砲――大型戦車の主砲並みの口径のレールガンだ――に置き換えている。

 

 その運用コンセプトはクロガネの配下である元バナヴィア王国陸軍の将兵が中心となってまとめ上げ、短時間で艤装が施された。

 実用性に関しては今回の実地試験で存分に証明されたわけだが――ぶっつけ本番で何もない座標に船を移動させたクロガネも、それに応えて虚空から現れた敵を狙い撃った軍人たちも、どうかしていると言わざるを得ない。

 

 

――まあたぶん、大人の底力ってわけでしょう。

 

 

 不甲斐ない面子よりは、頼れる人々が仲間の方が気分よく仕事ができる。

 そう思いながら、リザはクロガネの通信を聞いていた。上空に浮かべている長時間滞空ドローンを中継機にした遠隔通話である。

 すると電波を拾った〈アシュラベール〉から、聞き慣れた少女の声が返された。

 

 

『えっ、いや、クロガネ――覚悟しろって何を!?』

 

 

 どうやら〈アシュラベール〉の通信機能は生きているようだ。この分なら電脳棺も無事だろう。だが状況が予断を許さないのは間違いない。

 今この瞬間も自由落下を続けている赤い機影は、明らかに推力を喪失しているようだった。

 

 さて、残り時間は三〇秒足らず。

 彼我の距離から逆算すると、リザとエルフリーデの機体が接触できるのは一度きりだ。やり直しの利かない仕事だった。

 

 

「こちらリザ・バシュレー、聞こえますかお姉さん! 状況を教えてください」

 

 

『こちら〈アシュラベール〉。現在、主翼とすべての推力を喪失している。そちらは?』

 

 

 流石にエルフリーデは優秀だった。

 地面に向けて死へと近づいていく降下の真っ最中でも、正確にこちらの意図を読み取ってくれる。

 

 とはいえ状況は最悪、事前にクロガネとハイペリオン――科学技術に明るい超人たち――と協議したパターンのうち、一番悪いケースを引いたといえる。

 しかしまあ、思ったよりは悪くない。

 

 想定外の状況よりはずいぶんとマシだな、と正直思った。未確認の敵機がさっさと撤退してくれたのもありがたい。もし空中戦に巻き込まれていたら、リザの操縦練度では容赦なく撃墜されていただろう。

 リザは覚悟を決めながら、口先だけは余裕たっぷりに名乗りを上げた。

 

 

 

「量産試作型〈アシュラベール〉――人呼んで〈ラセツベール〉です。今からわたしがそっちに向かって、空中で受け止めます。お姉さんに要求されるのはクソ度胸と強運だけです、簡単ですね(ベリーイージー)!」

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャにも絶句する常識はあったらしい。非常識を人型に塗り固めたような姉妹愛あふれる英雄殿は、初めてうろたえたような声を漏らした。

 

 

『無茶だ、リザ! 相対速度を合わせるだけでも無理がありすぎる――』

 

 

「バレットナイトは飛行機じゃないんですよ、お姉さん! それに力強い味方もいます――』

 

 

 それはそうだ。

 リザだって、もし見ず知らずの誰かのためだったら、こんな作戦は御免被ると反逆していたかもしれない。空中で衝突して二人とも死ぬのがオチだと見切りをつけただろう。

 とはいえ何も、エルフリーデの忠誠を尽くして殉職する気になったわけでもない。

 

 今のリザは数ヶ月の間だけとはいえ、ミトラス・グループに出入りしてテストパイロットを務めていた経験がある。

 画期的な推進機関を積んだ人型兵器――第三世代バレットナイトの機動特性についても、実際に操縦したからこその知見があった。

 

 これでエルフリーデのような縦横無尽の空中戦をやれと言われたら「ナイスジョーク」と真顔で即答したろうが、そうでないならまあ、やるだけやってやろう、という勝算はある。

 

 

 

「――機動制御OS〈ミスラ〉。まだまだ開発中のやつですけど、わたしって軽飛行機の操縦ライセンスも持ってるので安心してくれていいですよ!」

 

 

 

 冗談めかしてそう告げる。

 ブレード型の複合センサーユニットが、精確に対象との距離を測定してくれる。デュアルアイ式のカメラアイの捉えた映像で、ぐんぐん近づいてくるエルフリーデ機との間合いを計った。

 

 自由落下する〈アシュラベール〉――手足をもがれて、エンジンユニットも破損したひどい状況である――の速度を測定、それに合わせて推進器の出力を調整する。

 細やかな調整は機動制御OS〈ミスラ〉に投げる。

 

 速すぎても遅すぎてもいけない。これからリザが行うのは前代未聞、バレットナイト乗りも飛行機乗りもやったことがない凶行の類――空中で自由落下する物体に対する接触なのだ。

 自信なんてあるわけがない。

 

 それでも機動制御OS〈ミスラ〉の助けがあれば、何とかやれるかもしれなかった。

 何せこの自動補正システムの礎になっているのは、誰であろうエルフリーデ・イルーシャと〈アシュラベール〉が積み重ねてきた戦闘機動のデータなのだから。

 ありとあらゆる加減速、推進ベクトルの変更、出力制御を行ってきた最強の機甲猟兵――その手助けがあるならば、彼女を助けられる。

 

 

 

――そう信じますよ、お姉さん(ソウルシスター)

 

 

 

 とうとう下層雲を突き抜けて、エルフリーデの機体が雲の真下にまで落ちた。

 それを追うようにして垂直降下する〈ラセツベール〉――ぐんぐん近づいてくる地上の情景、恐怖心を抱かない方が無理な操縦。

 

 重力加速度で乗っていく速度に合わせて、主機であるジェットエンジンの推力を調整。弱めすぎた出力をOS〈ミスラ〉が自動的にちょうどいい感じにしてくれる。

 群青の鬼神が空を舞う。

 

 鳥のように軽やかではなく、数多の特殊樹脂と合金で編まれた無骨な人型が、死へと向けて飛び込んでいく。

 手足をもがれ、死を待つばかりの恩人を救うために。

 

 

――ああ、今がそうなんだ。

 

 

 あの日あのとき、弟たちと心中するつもりだった自分が、命を拾って生き延びた意味。

 それが今だとわかった。

 完全に速度が同期した。ぶつかりそうなほどの至近距離、真上でも真下でもなく真横に並んだ機影――穴だらけになった装甲の、一本角の鬼神を視認した。

 

 

 

――手を、伸ばした。

 

 

 

 愛おしいものを救い上げるために、ありとあらゆる恐れを振り払った。空中衝突の危険も、空振りして手をすり抜けていく失敗も、何もかもがそうはならないと信じられた。

 この機体はミトラス・グループの開発スタッフたちが尽力し、あの伯爵様が心血を注いで作りあげたのだ。

 ならば自分一人では無理なことだって、きっとできるはずだった。

 

 

 

『――今、掴みますよ! お姉さん!!』

 

 

 

 ()()()()()()

 柔軟な間接機構と精密な高速動作を可能とする二本のマニピュレータ――〈ラセツベール〉の二本の腕が、優しく〈アシュラベール〉の胴体を抱き留めていた。

 覚悟していた衝撃は何もなかった。

 

 〈アシュラベール〉の胴体を抱きしめながら、推力方向を調整する。腰部の電気熱ジェット推進機構がぐるんと回転、スラスターバインダーが地上に向けて逆噴射をした。

 減速を開始する。

 

 脚部に装着したエーテルパルス・ロケットスラスター二基も全開で噴射する。

 減速によってかかるGまで感じられるような有様――それでもなお、地上までの距離が一〇〇〇メートルを切った。

 

 落下速度を殺しきるか、二人まとめて大地に叩きつけられるかの二者択一。

 高度が下がり続ける。

 九〇〇メートル、八〇〇メートル、七三〇メートル、六八〇メートル――落下速度が少しずつ下がっていく。地上はもう目と鼻の先だった。

 そして永遠にも感じられる時間が過ぎ去って。

 

 

 

 

 

『…………生きてる?』

 

 

 

 

 エルフリーデの呆然とした呟き。

 気づくと二人は、地上すれすれをホバリングしていた。見渡す限りの草原が広がる平地の上を、群青の鬼神が轟音を立てて通り過ぎていく。

 

 二基の電気熱ジェット推進機構と二基のエーテルパルス・ロケット、全部で四基のエンジン推力だけを頼りに浮かんでいた。

 脚部のランディングギアを展開。

 

 がくん、と殴りつけられたような衝撃と共に、〈ラセツベール〉が地面に降り立った。

 そのまま〈ラセツベール〉は身をかがめると、その腕の中に抱きしめた深紅の鎧を、そっと地面の上に降ろした。

 

 

 

 

「言ったじゃないですか、エルフリーデ――私って世界一、有能な妹なんですよ?」

 

 

 

 

 強がり混じりにそうこぼすと、「何それ」とおかしそうにエルフリーデが笑った。

 

 

『リザ、きみって……わたしが思ってたよりすごいやつだよ』

 

 

「そうでしょう、そうでしょう。何なら世界一の妹って言ってくれてもいいんですよ?」

 

 

『ごめん、それは無理』

 

 

「えっ、ひどくないです!?」

 

 

 軽口を叩いて、少女たちは笑い合う。

 雪が舞い落ちる空の下、目の前を死が通り過ぎていったとしても――恐れるものなど知らないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・〈ラセツベール〉/量産試作型〈アシュラベール〉
群青の鬼神。
〈アシュラベール〉を素体にした試作バレットナイト。
第三世代試作バレットナイトとして頑強な機体強度と高出力を持つ〈アシュラベール〉をベースにしたバリエーション機である。
電気熱ジェット推進機構による高速での近接戦への移行――強襲型バレットナイトである〈アシュラベール〉に対して、これに追従可能な機動力を持った火力支援機というコンセプトで設計された。
すなわち大口径レールガンや熱線砲を携行した状態で、航空機並みの速度で移動可能な重武装のバレットナイトである。

〈ラセツベール〉の開発コードは旧文明に存在した神話に由来する。
本機は基本的に〈アシュラベール〉と同じ駆動フレーム、人工筋肉を使用しているが外見上の相違点は多い。
これは開発中の量産型〈アシュラベール〉をベースにしているためで、本機はそのパーツの先行生産分を使って組み上げられている。

原型機で特徴的な頭部の角――ブレードアンテナは2本に増えており、高性能の複合センサーユニットにより長距離射撃戦を可能としている。
これは原型機の大型ブレードアンテナとの性能比較のために使用されたセンサーユニットである。
また腰の後ろ=尾てい骨にあたる部位には3本目の脚部と言うべき補助脚が収納されており、火砲の発射時にはこれを展開・接地させることで反動制御を行う。

〈アシュラベール〉の画期的な電気熱ジェット推進機構の制御に関しては、二次元的な機動――水平方向の移動に限って、電脳棺からの操縦補正が加わるようになっている。
これは天才的操縦技能を持ったエルフリーデ・イルーシャと、その操縦ログから得られたデータを元に、ジェットエンジン制御で一定の自動化に成功したことを意味する。

このジェット推進機構の機動制御OSを〈ミスラ〉と呼ぶ。
とはいえ、〈アシュラベール〉のような瞬間的・三次元的な戦闘機動は不可能である。
あくまで電気熱ジェット推進機構によるホバリング、長距離巡航に限った実用化というのが実情。

通常のバレットナイトがサブアームによる武装の入れ替え動作を行っていることからもわかるように、非人型機構の自動制御そのものは技術的に可能である。
ただしその操縦難易度はこれまでのバレットナイトの比ではなく、「身長4メートル大の巨人の身体を動かしながら、ジェットエンジンの推進方向のコントロールもしなければいけない」忙しいものとなっている。

戦闘時には「人型兵器としての肉体制御」「携行火器とその補助装備の操作」「ジェット噴射の方向・出力などの操作」を並行して行う必要が生じる。
要するに従来のバレットナイトの2倍近い仕事量が、パイロットには求められる。
操作を誤れば墜落・炎上する〈アシュラベール〉に比べれば、はるかに実用性の面では前進しているが、それでも求められる技量は高い。

その運用は単純明快である。
重戦車に匹敵する制圧力の火砲を発射後、反撃される前にジェット推進機構によって速やかに離脱するというものである。
言うなればバレットナイトの技術で作られた戦闘ヘリ/ホバータンクであり、〈アシュラベール〉の戦略的機動性に追従可能な数少ない機動兵器である。
その実用性の探求や運用戦術の構築のため、試作機として製造された機体は伯爵家の騎士見習いリザ・バシュレーに供与された。

武装
・頭部:複合センサー型ブレード×2
・胸部ハードポイント:対装甲ナイフ・スティレット
・背部ハードポイント:大型サブアーム×2
・肩部固定装備:光波シールドジェネレータ×2
・腕部内蔵機銃:6.8ミリ電磁機銃×2
・左腕部ハードポイント:超硬度バックラー・シールド
・腰部固定装備:電気熱ジェット・スラスターバインダー×2
・腰部展開式補助脚×1



一言で言うとアシュラベール・キャノンみたいな機体です。




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