機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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エピローグ(6)

 

 

 

 

 

 バナヴィア東部、バベシュ大河より数千キロの彼方に、その大都市はあった。

 それはこの大陸において最も広大な領土を持った、古き帝国を統べる政治と経済の中心地――ありとあらゆる大陸連絡網、鉄道と道路と運河が網の目のように張り巡らされた超巨大都市圏(メガロポリス)

 

 

――帝都コルザレム。

 

 

 花の都と謳われる文明の中心地である。

 無数の高層ビルディングが立ち並ぶ市街地を睥睨(へいげい)するのは、あまりにも長い歴史を重ねた王侯貴族の城〈大宮殿〉。

 

 数え切れないほどの宮殿と庭園と聖堂を増築した果て、政治の要衝たるその場所――大いなる多頭竜をその始祖とするベガニシュ皇帝と、その尊き血に仕える貴族と官僚たちがひしめく宮廷は今、一つの話題で持ちきりだった。

 

 すなわちバナヴィア問題。

 西ベガニシュ総督府の管轄下に置かれて、分断統治され、ゆっくりと帝国に同化させる予定だった元バナヴィア王国。

 その実質的な無制限の自治権獲得と、科学技術を推進する文明圏としての復興――壮大に過ぎる未来図に酔いしれるように、とある官僚はこのように褒めそやす。

 

 

「これは戦後の世界秩序に必要な大改革です。陛下は帝国の権威によって支配する旧時代を終わらせ、理性ある秩序を打ち立てんとしておられる」

 

 

「ヴガレムル伯爵が築いた治療技術と教育体制は、帝国の未来を形作る柱となるだろう。今や彼の地は辺境ではなく、新しい時代の要所かもしれんな……」

 

 

 興奮冷めよらぬ口調で話し合うのは、ベガニシュ人の高級官僚たちだった。

 帝国の科学技術の振興、インフラ整備を司る技術官僚(テクノクラート)にとって、皇帝自らのお墨付きでその整備が宣言された特別自治科学圏は夢のような概念だった。

 

 貴族と騎士の国であるベガニシュ帝国において、実現したくともできない大いなる構想――科学技術そのものを行政の中心に据えて、ありとあらゆる物事が差配されるなど素晴らしいの一言に尽きる。

 何より彼の地を統べるヴガレムル伯爵と、その傘下にある企業連合体ミトラス・グループの技術力は素晴らしい。

 

 彼らが中心とした国作りなど、この世界で科学技術の発展を目指すものならば、誰もが目を輝かせる出来事に違いなかった。

 しかしもちろん、このような突飛な構想が無批判に受け入れられるはずもなかった。

 特別自治科学圏について、また〈大宮殿〉の別の場所では、このように愚痴がささやかれていた。

 

 

「ハッ、まるで学者に王冠でもくれてやるような話だ。あのような怪人に統治を任せるとは、陛下もずいぶんと夢心地でおられるようだな」

 

 

「特別自治とは聞こえがいい……要するに始末に負えなくなった辺境を手放しただけだろうに。それで帝国の威光が保てるとお思いなのか?」

 

 

 ベガニシュ帝国を古くから支配してきた貴族――彼らの視線は冷ややかだった。成り上がり者の新興貴族に対する、行きすぎた寵愛にしか見えなかったからだ。

 所詮、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラは佞臣(ねいしん)に過ぎない。真実、ベガニシュ帝国という栄光ある超大国を支えているのは、血による支配を重ねてきた武家の誇りであろう。

 

 科学技術や重工業によって財を成し、新しいものが好きな若き皇帝に取り入った奸賊(かんぞく)の類――そのように彼らはクロガネのことを評していた。

 第一、せっかく戦争で勝ち取った領土を、自治という形で卑しいバナヴィア人の手に戻すなど、先帝のご意思に背いているのではないか。

 

 バナヴィア戦争で死んでいった貴族/騎士たちの骸が、あまりに軽んじられているのではないか。

 そのような批判が、皇帝の耳に聞こえぬよう交わされていた――実際のところ、彼らの会話のほとんどは〈皇帝の杖〉と呼ばれる諜報機関によって把握されていたのだけれど。

 

 そしてそのようなベガニシュ帝国本土の思惑と裏腹に、バナヴィアの地を襲ったのは困惑であった。

 どこかしらけたような空気で、酒場で交わされるのはこんな言葉だ。

 

 

「どうせ俺らの生活が変わるわけじゃねぇ。偉い奴らが肩書き変えて喜んでるだけさ」

 

 

「前は帝国の役人に頭下げてたのが、今度は爵位持ちの学者様に頭下げろって話だろ? それって何か違うのか?」

 

 

 そう、どうせ何も変わりはしない。

 横暴に振る舞うベガニシュ人ども、重く課された税金、反乱分子の鎮圧を口実にした弾圧――この一五年間で嫌と言うほど浴びせられてきた不条理が、人々の間に無気力をはびこらせていたのだ。

 かと思えば世間話に華を咲かせる婦人たちが口にするのは、クロガネが発表した新たな医療福祉への期待だった。

 

 

「あのなんだかすごい機械を使えば、腕や足をなくした子も元通りになれるんだろう? ……ありがたい話だよ、本当に」

 

 

「うちの子もそうさ。戦争から戻ってきたけど、身体がボロボロで……あの子が元通りになれるなら、あたしゃクロガネを信じてみたいけどねぇ」

 

 

 クロガネがかねてから進めてきた電脳棺の医療活用――それはバナヴィアの自治権の獲得と合わせて、大々的に報じられるニュースとなった。

 その突拍子もない内容に誰もが胡散臭いオカルト話を疑ったが、次々と発表される資料によって、疑いは熱気に変わりつつあった。

 どうやらクロガネ・シヴ・シノムラは本気で、この再生医療とやらを実現しようとしているのだ。

 

 それは当初、バナヴィア都市連合に参加する一部の自治区だけの取り組みだと思われていたが――やがてバナヴィア全土が対象になるのであれば、それは久しぶりにバナヴィア人が聞く明るいニュースと言えるだろう。

 冬至祭を控えた一二月という季節に相応しく、誰もが未来に期待を持ちたいと願っていたから、一途な願いが託されようとしていた。

 

 

 

――もっと幸せな明日がやってくる、と。

 

 

 

 もちろん綺麗事だけで回っていたわけではない。

 例えばそう、ガルテグ連邦から脱走した武装飛行艦〈スオラン〉の襲来と、かの船が繰り広げた空爆の事実は、ほとんど知られることなく一二月の上旬のニュースに埋もれていった。

 

 これは不幸中の幸いとして、発射された巡行爆弾すべてが空中で迎撃され、一つとして市街地に到達することなく撃破されたからである。

 爆発四散した爆弾の破片が、人家に落ちて民間人を死傷させるようなこともなかった。

 であるからしてこのテロに関する報道は大きくされなかった。

 

 今現在、バナヴィア全土に対して睨みを利かせている総督府――西ベガニシュ改めバナヴィア総督府による報道管制が可能だったのは、人的被害が存在しなかったことが大きい。

 数千発の爆弾を満載した軍艦が、北海の沖合からテロ攻撃をしていたなど――それだけで総督府の威信に傷がつく。

 相変わらずの傲慢で独善的な意思こそ、ベガニシュ人による支配の宿業だった。

 

 とはいえ隠蔽(いんぺい)は完璧ではなかった。

 この日、海岸線で複数の爆発があったこと、夜間飛行する謎の高速飛行物体がいたことまでは隠しきれることではない。

 

 ゆえに話がどう転がったかというと――大規模なテロ攻撃があったという事実が伏せられたことにより、荒唐無稽(こうとうむけい)なオカルト話が盛り上がることになるのだった。

 曰く、バナヴィアには遠き異世界の彼方より異次元人の宇宙船が来訪しており、それこそが謎の空中飛行物体の正体なのだ、とか。

 古代世界から復活した神秘の種族が、人類に対して接触してきたのだ、とか。

 

 こうした目撃談は面白おかしい噂話として消費されていった。

 それが実際のところ、人の手による試作兵器群――〈マルドゥック・フリューゲル〉装備や〈アルファマラーク〉による超音速飛行の証だったことは、後年になるまで明らかにされなかった。

 

 閑話休題。

 つまるところ世界は大きく動いていたし、貴族も平民も、今まで以上にヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの動向を見守っていた。

 果たしてクロガネ・シヴ・シノムラが旗振り役となったバナヴィア都市同盟は、バナヴィアの再独立への道なのか。それとも帝国によって躾けられた属国の首輪に過ぎないのか。

 そんな疑問が呈されていた。

 ほんの二週間もすれば、冬至祭を迎える時期の話である。

 

 

 

 

 

 

 飛行機で揺られること数時間、さらに郊外の空港から送迎用自動車に乗って三〇分――ヴガレムル市郊外の邸宅に到着したのは、エルフリーデとクロガネの再会からずいぶんと経ったあとだった。

 ティルトローター輸送機の機内でも書類仕事を淡々とこなしていたクロガネはともかく、やることがない自分はすっきりと仮眠を取ったけれど。

 

 耳栓越しにも聞こえるローターブレードの騒音すら、一定にリズムに慣れてくると子守歌になるのだから人間の適応力はすごい。

 ともあれ欠片も疲労を感じさせず、エルフリーデ・イルーシャは睡眠もばっちり取って帰宅したのである。

 

 せわしない帰路だった。何せエルフリーデはと言えば、大きめのコートを羽織っている以外は耐環境パイロットスーツを着たままなのである。

 着替える暇もなかったのは、純粋にクロガネの善意であった。エルフリーデの強すぎる姉妹愛ならば、一刻も早く、妹と顔を合わせたいだろうと気を利かせたのだ。

 

 電脳棺による融合中、肉体の時間面は停止する――要するに汗を掻いたりはしないので、身体を綺麗にする必要もなかった。

 すっかり夜の闇が濃くなった冬の空気を吸い込む。丁寧に雪かきされた玄関入り口へ通じる道を歩み、そっと扉を開いた。

 温かな屋内の空気が、頬を撫でた。

 

 

「ただいま――」

 

 

 声を発した瞬間、屋敷のどこかから扉を勢いよく閉める音がした。

 ぱたぱたとせわしない足音が近づいてくる。この体重と歩行のリズムは間違いなかった。エルフリーデにとっての最愛の少女が、こちらに駆けつけてくるのがわかった。

 エントランスに小柄な人影が現れる。ふわりとスカートの裾がひるがえって、姉と同じ栗色のウェーブした髪が揺れた。

 

 

――ああ、神様。今日もティアナが可愛いことに感謝を捧げます。

 

 

 エルフリーデは空中で十字を切ると、静かに祈りを捧げた。別段、信心深くはないエルフリーデも、妹の存在に関しては神秘の介在を疑うことはしない。

 よもやこれほど愛らしい妹が、細胞分裂によって生じる確率論的奇跡の産物であるなどと信じられるだろうか。

 

 おそらく人類の進化も歴史も、ティアナ・イルーシャという可愛らしい運命のためにあったのだ。

 少女の思考はややおかしかった。

 様子がおかしい姉の挙動を無視して、ティアナは飛びつくように抱きついてきた。

 

 

「……お姉ちゃん! もう、帰るの遅すぎだよ! 急なお仕事だからって、何も言わずにふらっといなくなるのはやめてね!」

 

 

 その声は震えていた。

 それだけでこの三日間、最愛の妹がどんな気持ちで帰らぬ姉のことを待っていたのか、言葉にせずとも伝わるようだった。

 エルフリーデは自分の胸に顔を埋めている、温かなぬくもりをそっと抱きしめた。

 

 

「うん、ごめんね。でもお姉ちゃん、しっかり戻ってきたでしょ――待っててくれてありがとう、ティアナ」

 

 

 ティアナが顔を上げた。

 くしゃくしゃになった少女の顔に浮かんでいるのは、唯一の肉親が、戻ってきてくれたことに対する安堵だった。

 

 小さな肩だった。ティアナ・イルーシャは成長期でどんどん身体は大きくなっているけれど、それでもまだ十代前半の子供なのだと思い知らされる。

 エルフリーデ・イルーシャは、死と隣り合わせの戦いを稼業とする、自分の宿命の業深さを思い知らされた気がした。

 

 この道が間違っているとは思わない。こうして剣を手に取らなければ、守れないものの方が多いと今のエルフリーデは知っている。

 だけど妹を悲しませた罪深さは、何よりも胸に響いた。

 

 

「あなたはティアナに謝るべきよ、エルフリーデ。あんなにティアナを心配させるなんて、いくら英雄さんでも罪深いと思うの」

 

 

 そのときだった。

 廊下の突き当たりから顔を出して、金髪をポニーテールでくくった少女がぬっと現れた。ゆったりした感じの寝間着姿、すでに半分ぐらい寝る気満々という感じである。

 シャルロッテ・シャインだった。ほんの二ヶ月前はエルフリーデの命を狙う刺客だった娘は、今ではシノムラ家の屋敷に増えた居候の一人である。

 

 いつの間にかティアナとも親しくなったらしい。

 じっとりと据わった半眼で、金髪碧眼の美少女が睨みつけてくる。エルフリーデはティアナの頭を撫でながら、視線を宙にさまよわせた。

 

 

「うん、でもね。わたしも大変だったっていうか……ちょっと北海を漂流? した感じだしさ?」

 

 

「なんで疑問形なのかしら……」

 

 

「あははは、気のせい! 気のせいだよロッテ!」

 

 

 北海を漂流していた、というのはこの三日間、行方不明だったエルフリーデの空白期間を説明するための建前である。

 いわゆるカバーストーリーというやつである。

 

 超巨大飛行船を撃墜したものの、その爆発に巻き込まれて機体を損傷、飛行船の残骸に掴まって北海を漂流していた――というのが表向きのシナリオである。

 まさか〈アシュラベール〉が異次元から現れたよくわからない超越者に飲み込まれ、クロガネがこれまたよくわからない古代文明の遺産で助けてくれた、なんて表沙汰に出来るわけがない。

 

 前提条件が突拍子もなさ過ぎて、説明するだけでも大変な上に、クロガネの伏せているいくつもの切り札が露見してしまうからだ。

 かくしてエルフリーデ・イルーシャは、あまり得意ではない嘘をつく羽目になっていた。

 

 

「……まあ、お姉ちゃんのバレバレの嘘は追求しないであげるけど」

 

 

「うっ」

 

 

 流石に妹は鋭かった。冷や汗をだらだらと掻いているエルフリーデの顔を見上げて、ティアナは「仕方ない人だなあ」とため息一つ。

 そして自分が人目もはばからず、姉に抱きついていたことを自覚すると――羞恥心で頬を少し赤く染めた。

 

 いつの間にか、エントランスに屋敷の使用人が集まっていた。メイドのアンナが微笑ましそうに二人の様子を見守っているのに気づき、ティアナはそっと姉から距離を取った。

 エルフリーデは残念な気持ちになった。妹の全存在を五感で感じ取れる貴重な機会だったのに。

 やや気持ち悪い愛情を悟ったのか、いぶかしげにシャルロッテがこちらを見ていた。

 

 

「お姉ちゃん、ご飯まだでしょ? あたしもまだだから、一緒に食べようよ」

 

 

「ほわぁ!?」

 

 

 奇声を上げた。

 よろこびのあまり頭が痺れて硬直したエルフリーデを、怪訝そうな目でティアナは見つめた。

 とはいえおおよそ、姉の奇行には察しがつくのだけれど。

 姉妹の麗しいやりとりに対して、シャルロッテが突っ込みを入れた。

 

 

「ティアナ。まずは着替えさせた方がいいと思うわ」

 

 

「あ、そっか。ロッテって冴えてるね! ほら、お姉ちゃんこっち!」

 

 

 戦場では目下、最強の英雄と呼ばれてきたエルフリーデ・イルーシャも妹の前では形無しだった。

 骨格も筋肉も何もかもが、戦場に最適化された戦士の肉体――生き物として自分と違いすぎる姉の手を、恐れることなくティアナは引っ張っていく。

 それが惜しみもない家族の愛情だとわかっているから、エルフリーデは胸が温かくなった。

 

 

「わわっ、わかったから! ティアナ、歩くの速いって!」

 

 

 喉からこぼれ落ちたのは、慌てた年相応の少女の声だった。

 バレットナイト搭乗者としての衣装を着けたまま、そうしてエルフリーデ・イルーシャは日常に戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

――自分の帰るべき場所を、一歩一歩、新雪を踏みしめるように愛おしんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










これで6章は終わりです。
クリスマスは…続く!
7章は主人公の乗るバレットナイトの新型機とか、再びのボス戦とか、いろいろイベントもりもりでお送りするかと思います。



感想・評価などいただけると…作者がめっちゃよろこびます!








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