機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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7章:剣の悪魔と永遠の徒
プロローグ(7)


 

 

 

 

 

 

 

「人類の歴史はいつだって、同じことの繰り返しさ。愛とか希望とかありきたりの聖句で始まって、冷酷さを強さと履き違えた連中が台なしにする――なんともまあ、つまらない読み物じゃないか」

 

 

 

 夜空に浮かぶ星を見ていた。

 すべては偽りの星座だった。わずか直径一〇〇万キロメートルしかない天球儀に埋め込まれた模造品、はるか彼方で輝く恒星の光とは似ても似つかないその景色を、少年は愛していた。

 彼は生まれてこの方、こういう景色以外を知らない。

 

 母星で人類が生まれ育ち、超光速航法という奇跡を手にした末、どこかの銀河の若い恒星を素材にして人工空間を作りあげた。彼らが生きる地球は、そうやって大昔に人類の祖先が構築した世界の真ん中だった。

 

 そんな当たり前の常識すら、そういうものだと高等教育を受けて知っているに過ぎない。少年はこの世界の外側など知らなかったし、これからもそこにたどり着くことなどないだろう。

 人類は科学技術を極めた末に、一つきりの地球さえあればいいという結論に至った。

 安定した環境と無尽蔵の資源さえ確保できるなら、広大すぎて虚無しかない宇宙空間なんて無用なのだ――それが世の賢人たちの定めたルールだった。

 

 クロガネ・シノムラは妹の言葉に、どう答えたものか迷う。ひねくれた言葉を放った、隣に座る妹――スオウ・シノムラの顔を見やる。うっすらとしたランプの光に照らされた少女の横顔には、皮肉っぽい諦念が入り交じっていた。

 

 シノムラの姓は、偶然にも同じ遺伝子サンプルから発現した不死者に送られた特別の証だった。

 原因不明の突然変異、生物種としての限界を超えて未来永劫、生きることができる個体群――不死者と呼ばれるものを、この世界の人々は偉大な先導者と見なしていた。

 それは科学技術がすべてを改変し尽くした世界において、数少ない未知の塊だったからだ。

 

 とっくの昔に、世界は人間のものではなくなっている。

 宇宙時代を迎えるにあたって、母星である最初の地球で生まれ育った人類は、自らを素体にして改造の限りを尽くした。秒速三〇万キロメートルの速度で真空を進む光すら、遅すぎて使い物にない外宇宙――その空間的・時間的な無限大に対して挑むため、人間であることを超越しようとした。

 

 そして当然のように、そうして生まれたものは、原種である人間とは似ても似つかない存在だった。

 ありとあらゆる進化と変異と到達が試みられ、それは素晴らしい成果を叩き出した。銀河と銀河の間を移動して、何百万光年もの距離を飛び越えて、超新星爆発のエネルギー放射すらものともしない超越者にだって人間はなれたという。

 

 そういう見果てぬ夢、様々な倒錯の果てに、クロガネたちの世界は生まれた。

 ここにあるのは、たぶん、そうして偉大な進歩だけを見つめ続けた新人類の先祖返りだった。

 人類は再び、等身大の肉体と知能を持った存在に回帰しようとした。どうして神のような存在に至った種族が、このようなちっぽけな存在に戻ろうとしたのかはわからない。

 

 ただ一つ言えるのは、クロガネとスオウが生きている地球が、最小限(ミニマム)の幸福を目指して作られた箱庭だという事実だ。

 人間の知能をはるかに超える汎用人工知能群に見守られ、地球こそが宇宙の中心にある小さな世界に閉じこもって――かれこれ二万年ほど、再現された人類は繁栄を謳歌している。

 清浄な世界だった。

 

 二人が並んで腰掛けている椅子からは、緑豊かな森を眺めることができたが、その光景の中に不都合な生き物はない。

 ダニやヒルのように病原体を媒介する生物群が取り除かれ、どこまでも人間に対して優しいものとして設計された人工世界――ここはたぶん、母星の神話で語られる楽園に限りなく近しい。

 人間ですら例外ではない。

 

 定期的に弱った個体を切除して、人間工場で必要な数だけ計画的に再生産される単位。

 痛みも苦しみも悲しみもなく、死を積み重ねながら回り続ける機械仕掛けの楽園――調和の取れた世界だと、このときのクロガネは本気で思っていた。

 

 

「お得意の悲観主義か、スオウ。まったく不健全だ。多少なりとも現代世界に対して、肯定的な思考を育む方が、よほどお前の幸福に寄与すると思うが?」

 

 

 スオウの問いかけに対して、クロガネはすらすらと現状の改善を訴えかけた。

 燃えるような赤毛の少女は、すらっと伸びた両脚をバタバタと動かして、駄々っ子のようにうめき声をあげた。

 

 

「おいおい兄上、ボクに対する愛情が足りないんじゃないのかい? カウンセラー気取りの人工知能どもと大差ないじゃないか」

 

 

「少なくとも現代でカウンセリング用途に用いられる高倫理型人工知能は、俺よりよほど尽きない愛を注ぐはずだ」

 

 

「あーあーあー、乙女心がわからない男だなあキミって! 誰にでも優しい素敵な機械知性の皆さんより、身近な不死の兄貴に認められたい、愛されたい! とっても可愛い感情の機微がわからないかなあ、キミって!」

 

 

 スオウは黄金色の瞳に茶目っ気を見せて、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 いつも通りの軽口だった。

 クロガネとスオウが仲良くなったのは、自然発生的な経緯ではない。生真面目で自身の使命に一途なクロガネに近づいてきたのは、いつだってスオウの側だった。

 

 同じ遺伝子サンプルを元に乱数的改変を経て生まれた存在――性別も身体的特徴も異なる二人が、そろって不死性を発現させたのは、確率論的には奇跡と呼べることだ。

 おそらくスオウがクロガネを対等な存在として認めているのは、自分とあらゆる意味で同じものだからだ。

 

 黒い髪と赤い髪、背の高い男子と背の低い女子。

 今ある世界を肯定しようとするクロガネと、今ある世界に疑問を呈するスオウ。

 肉体も精神もかけ離れているのに、人工子宮で用いられた受精卵の大本が同じだったというだけで、二人は繋がっていた。

 

 お互いの休暇――飛び抜けた優秀さゆえに教育カリキュラムを圧縮され、二人は十代半ばにしてそれぞれの道に進んでいた――を合わせた今回のキャンプだって、元々はスオウの発案だった。

 ぼんやりとしたランプの明かりに照らされて、妹は小悪魔じみた微笑みを浮かべる。

 

 

「不思議だよ、クロガネ。ボクたちは世界に願われて、奇跡みたいに生まれてきた。不死なる導き手として、怠惰なくせに寿命に追い付かれて死んでいく人間を、救えって言われてるんだ――嫌気が差したりはしないのかい?」

 

 

「嫌気か。新鮮な考え方だ」

 

 

 自分にはない視点だったので、黒髪の少年はほとほと感心してしまった。心地よい夜風を頬に感じながら、クロガネは空を見上げた。

 ここは大陸の端っこ、人類の中心地たる広大な都市領域から遠く離れたキャンプ場だ。都市を満たす照明から物理的距離があるから、月光も星空もよく見える。太陽も月も星々も偽りのものだと知っていても、それらが美しい感覚は損なわれなかった。

 

 クロガネとてエリートであることを願われ、ある程度、中立的な視点から物事を見られるように教育を受けている。

 厭世的なスオウの言いたいこともわかった。

 

 だけど不器用な少年は何もわかっていなかった。冴えた言葉を放って、諦念の沼に沈む妹を救うような真似はできなかった。

 できなかったのだ。

 代わりに口からこぼれたのは、世間話でもするように滑り出た問いかけだった。

 

 

「お前にとってはどうなんだ、スオウ」

 

 

「ボクの考え? …………ああ、まあね。キミが聞いたらびっくりするかもね。でも今は、キミの考えが聞きたいな、兄上」

 

 

 クロガネの素朴な疑問に対して、スオウは目を逸らして、興味もなさそうに夜空を見上げた。

 思えばこのときから、妹は絶望していたのだ。

 

 あれから一〇万年の月日が経とうと、時折、クロガネは思ってしまう――あるいはこのとき、彼女が満足するような答えを出せていたならば。

 旧世界が絶滅に至ることもなかったのではないか、と。

 

 

 

 そして追憶されるあの日あのときの情景の中――目を細めて、スオウはもう一度、疑問を口にしてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミは一体どんな風に、この世界を祝福するんだい。クロガネ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








死後強まるお兄ちゃん大好きブラコンヤンデレ妹の呼吸(あいさつ)
7章開幕です。
政治もバトルもどったんばったん大騒ぎな章です。
主人公ロボの後継機とか出ます。




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