機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
ある冬の日の穏やかな夜のことである。
バナヴィア東部ヴガレムル伯領、ヴガレムル市郊外――領主の屋敷である洋館の一室に、四人の男女が集まっていた。
黒髪を短く切りそろえ、冴え冴えとした硬質な美貌にシャツ姿の館の主、金髪碧眼のこれまた美青年の従者、そして二人のうら若き乙女たちである。
彼らは主従関係だったが、本人たちに身分階級の差を気にするような様子は見られない。それどころか全員が着崩した私服姿で、とてもリラックスした様子であった。
生粋のベガニシュ貴族が見れば、おぞましき堕落、はたまた淫行めいたいかがわしさを感じるかもしれない。
そしてこの場に、ベガニシュ貴族の価値観を体現する人物は一人もいなかった――その出自という点だけを見れば、該当者がいないこともなかったけれど。
「――そして旧人類は滅び、一〇万年の時を経て、現在に繋がる文明が生まれた。これが俺の知る、この世界の真実だ」
長すぎる上に脱線することに定評がある、クロガネ・シヴ・シノムラの過去語りが一区切り付いた。
ひとまず壮大すぎる
「そ、そんな……伯爵様が実は一〇万年ぐらい生きてて超古代文明の技術に精通した不老不死の超人だったなんて……!」
今さらすぎる。しかしこれは必然的な成り行きだった。
リザがヴガレムル伯爵家の家中に加わったのは、今年の五月のことである。冬至祭を控えた一二月から数えて、まだ半年ちょっとしか経っていないのである。
そして今の今まで、クロガネは大忙しだったし――そもそも、彼の正体についてエルフリーデ・イルーシャが知ったのは、完全に偶然だった。
要するに仲間に加わったので
かくして場の流れにより、リザはクロガネの正体を知ることなく、これまで過ごしてきたのだ。
――流石に信じられないよね、こんな話。
時刻は午後九時半。親愛なる妹ティアナとその新しい友人シャルロッテは寝室に入っており、本を読んだりしている頃合いだ。
ラフな私服姿の少女たちと、今日は珍しく帰宅が早かったクロガネは今、談話室(驚くべきことに貴族の屋敷には、こういう贅沢な部屋がある!)でハーブティーを片手に談笑していた。
もとい「いい機会だ、話しておこう」と黒髪の青年が切り出したかと思うと、つらつらと自分の来歴について語り始めたのである。
半分ぐらいは既知の内容だったので、エルフリーデはあまり驚かなかったのだが――よく考えると何も知らない側であるリザは、目に見えて面白いぐらいに
まあ胡散臭いホラ話である。
信じられなくても無理はないし、それとなく自分がフォローすべきだろうか。
そのようにエルフリーデは考えていたのだが、リザの反応はひと味違った。というより様子がおかしい。どちらかといえば、クールでシニカルな言動の可愛い妹分。
それがリザ・バシュレーである。いつもならば馬鹿馬鹿しいと肩をすくめるのが関の山だろう。
だが、今のリザは目を輝かせていた。
大陸のはるか南方、フィルニカ王国生まれの褐色の肌の少女――片目が隠れるボブカットの黒髪、その合間から覗く
「あれ、ちょっと、リザ大丈夫? カフェイン取り過ぎた? これハーブティーだけど」
「すいません、過去一テンション上がってますんで今……感動してるっていうか」
「えっ、そんなに?」
皮肉抜きでリザはちょっと涙ぐんでいた。かと思うと立ち上がり、握り拳をぐっと突き上げて、談話室の長テーブルの前で興奮気味に喋り始める――ゆったりしたタートルネックのセーターを着た少女は、これでもかと言うぐらいに今の感動を口にし始めた。
「流れ着いた
エルフリーデは思わずうめいた。
「現実と創作をごっちゃにしてるオタクの妄言……!」
半分ぐらい罵倒の域に到達した鋭い突っ込みだったが、その程度でリザは止まらなかった。
ハーブティーを入れたりしてくれている金髪碧眼の成年――クロガネの従者ロイ・ファルカなどは、そんな少女の様子を微笑ましそうに眺めている。
ちなみにこの混乱した状況の元凶、いくらなんでも設定盛りすぎ男ことクロガネ・シヴ・シノムラは、落ち着き払って椅子に座り、ハーブティーを口にしている。喉を湿らせる程度の優雅な動作という感じである。
まるでエルフリーデとリザだけが、はしゃぎすぎている子供という感じ。
いや、どう考えてもいきなりこんな話をし始めたクロガネが悪い。エルフリーデはその赤い瞳に抗議の意を込めて、じっとりと半眼で睨みつけた。
笑いながら肩をすくめる黒髪の美男子――悔しいぐらい様になっている。
――いや、っていうか悔しい!
エルフリーデの
「いやー、やっぱり武闘派ヒーローの隣には頭脳派ヒーローが必要ですね! トゥモローマンに対するダークケープマンのように……あっ、私は多くを望みませんので光の速さで動く男ファーライトマンぐらいのポジションでお願いします」
「ごめん、言ってることの半分もわからないよリザ……でもきみが、すごくおこがましいこと言ってる気配だけは伝わる……!」
「そんな……知名度で言えばファーライトマンはやや劣りますし……もちろん得意分野では最強と言っていいスピード特化のヒーローですけどね!」
つまるところ華のある主役はエルフリーデとクロガネに譲るが、その実、最強のヒーローであると主張したいらしい。
そう、リザ・バシュレーには可愛げがある。現実を見て冷め切った価値観があるように見えて、影の実力者ポジションを取っておくぐらいの欲目はあるのだ。
そもそも友人、知人、主君をヒーローコミックに例えること自体が、わりと暴走気味の行為なのだが――エルフリーデはどうしようか迷った末、とりあえず釘を刺すことにした。
「リザ、リザ。ヒーローコミックのオタク以外は興味ない設定だよ、たぶん」
エルフリーデは容赦なくオタク心の暴走を刺した。まるで刺突短剣で心臓を一突きするような手並みだった。
ぐえっ、とうめき声を上げたリザは、ちょっとダメージを受けたのかよろめいた。
しかしながらここ半年以上の付き合いで、リザの方だってエルフリーデのことをよく知っている。普通の人間同士が通じ合うには短すぎる時間だが、一度、お互いの本音をさらして殺し合った仲の二人である。
おおよそ一般人には理解しがたい感覚で、二人は通じ合っていた。
「ぬううう……でもお姉さんだって、ちょこちょこ読んでる小説に影響されてるじゃないですかぁ!」
そうなのだ。
リザ・バシュレーがヒーローコミックのオタクだとするなら、エルフリーデ・イルーシャは恋愛小説のオタクである。つまりそのジャンルをこよなく愛し、古典も新作もばっちり楽しみ、一家言ある人間ということだ。
そういう知識と情熱を持った人間は、いわゆる一般人――例えばクロガネなどは、教養として古典作品は一通りたしなんでいるが、最新の作品を追うほどではない典型的な一般人だ――とは行動が異なる。
普通人とは異なる、血と銃弾が飛び交う青春を送ってきた少女たちは、その代替行為のように空想の世界をこよなく愛していた。
リザはガルテグ連邦中央情報局の工作員として。
エルフリーデはベガニシュ帝国東海岸の最前線に送り込まれた兵士として。
おおよそ年頃の少女が送るべきだと世間一般で考えられている、平穏な暮らしとは無縁の青春時代を送ってきた。であるからして如何なる時も友として傍にあったフィクションに対する思い入れは人一倍強い。
リザの苦し紛れの一言は、そういうエルフリーデの弱点を的確に突いたもののはずだった。
「よくぞ訊いてくれました! リザ、今わたしがはまってるのは、
だが、エルフリーデ・イルーシャはひるまない。
むしろ布教の機会とばかりに、聖典について問われた宣教師よろしくぐいっと前のめりになって説法を始める始末だ。
ちなみにこの間、同じ部屋にいる男性陣は口を挟んでいない。神経をリラックスさせる効果のあるハーブティーを片手に、微笑ましそうに少女たちを見守っている。
リザは胡散臭そうな表情で、テーブルの向かい側に座るエルフリーデを見た。
「いきなり造語ですね。なんですか、それ」
フィクションの味わいは
いわゆる現代ものは政府の検閲を特に喰らいやすいから、架空世界を舞台にした恋愛ものが大人気になったりもした。
そして出版物の文化において、なんやかんやベガニシュ帝国の文化は強い。ベガニシュ帝国政府による検閲をくぐり抜け、出版社はいい感じのヒット作を生み出すことに成功していた。
その特殊な境遇ゆえに、ベガニシュ語の読み書きも
「竜狩りの聖騎士ロゼッタっていうんだけどね。なんと入った学生の四分の三が毎年のように死ぬ学校で――」
「治安悪すぎですよ!? もう安全管理がゴミ!!」
リザは容赦なく突っ込みを入れた。だがエルフリーデは気分を害した様子もなく、うんうん、とうなずいてみせた。
「うん、強大な力を持つ魔神を操る聖騎士には、それだけの覚悟と才気が求められるんだよね。主人公のロゼッタはその学校で、多種多様な背景を持った貴公子たちと巡り会うんだけど」
「ゴリ押しされた!? あっ、でもちゃんと美男子が出てくるんですね、安心しました」
「当然、主人公のロゼッタに対して殺意や悪意をほとばしらせた一癖も二癖もあるキャラたちなんだよね。それはもう、謀殺も決闘もありみたいな感じでさ」
「クソ野郎じゃないですか! 顔がいい以外の美徳あるんですか!?」
恋愛ものっぽい雰囲気が五秒で台なしになった。そりゃあ初見時の印象とのギャップは、演出の基本かもしれないが――流石に殺しに来るのは一線を越えているのではないだろうか。
さっきから、どう考えても貴族に対するイメージの
ベガニシュ帝国って騎士の国じゃありませんでしたっけ、と困惑するリザ――しかしエルフリーデは真顔でこう応じた。
「リザ、なんてことを言うの……? 彼らにも複雑な事情、愛憎をこじらせるだけの因縁がロゼッタとあるんだよ……まあロゼッタもね、その出生にはいろんな秘密があるんだけど、そういう互いの過去と激情が交差するストーリーが最大の見所と言えるかもね。強烈な憎しみが愛に変じて、また親しみが怒りに変わっていく……少年少女の愛憎が揺れ動く様子がね、そりゃもう面白い作品なんだよ! リザもきっと楽しめると思うな!」
「うわー、熱心なファンが言いそうなレビューですね! まるで恋愛博士です!」
自分のことは棚に上げて批判する。リザとエルフリーデの関係は、親しいからこそアクセル全開で突っ込まずにはいられない。
それこそ他の人間が聞いたら、さぞ仲が悪いのだろうと誤解するぐらいには、歯に衣着せない物言いを是としていた。
言うまでもないことだが、リザは戦闘シーンたっぷりのアクションものや、血しぶきたっぷりのスプラッタホラーものを好む人間である。細やかな恋愛感情の揺れ動きを楽しむ、恋愛ものが大好物のエルフリーデとは畑違いなのである。
それをお互いに承知の上で、自分の好きな作品を押し売りする関係――実に面倒で奇っ怪なやりとりだった。
リザの皮肉たっぷりの反応に対して、エルフリーデは胸を張ってにっこりとうなずいた。
「リザにもわかってきたかな……わたしが恋愛に詳しい恋愛博士だってことがさ……」
「あはははは、お姉さん、
すっかり脱線しきった会話を余所に、クロガネはぽつりと呟いた。
「…………思いのほか、俺の正体が軽くあつかわれているな……?」
もう少し、一〇万年の時を生きる不死者として、怪物あつかいされるぐらいのことを覚悟していたのだが。
実際には少女二人の雑談のネタにされて終わりだった。
戸惑いを隠せない主に対して、たれ目が愛嬌の美青年――ロイ・ファルカは甘い
「エルフリーデ様もリザ様も、その程度のことで動じるような方ではありません」
「その程度、か」
「ええ、旦那様。とても些細なことでしょう」
有無を言わさぬ説得力があった。
忠誠心厚い従者からの一言に、黄金色の瞳を持った男は、そっと苦笑をこぼした。
「ああ、まったく……敵わないな」
・ヒーロー映画について
リザ:どっちかっていうとDCの方のオタク。でもMCUもチェックしてるタイプ。
エルフリーデ:そもそも会社が2つあるのがよくわからない(同じでは? と素で言う)
・恋愛映画、青春映画について
リザ:毎年似たようなのがやってるので区別つきませんね!(かなり舐めてる)
エルフリーデ:そんなことないよ!!!(早口にここ10年の名作を挙げる)
何故か仲はいいらしい。