機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
なんだかちょっとしんみりしてる男性陣に対して、リザはどこまでも冷めた視線を送った。
おそらく照れ隠しだったが、それはそうとクールな一言が解き放たれる。
「いえ、まあ伯爵様が不老不死だろうが超若作り詐欺師だろうが、よく考えると私にとってはどっちでもいいですしね……」
釘を刺されて、クロガネとロイの主従はそろって苦笑した。
少女の言をそっくりそのまま受け取るほど、この二人は機微が読み取れない人間ではないのだ。
対してエルフリーデは小首をかしげると、心の底から思ったことを言葉にした。
「わりと重要事項だと思うけどなあ……」
「重要事項なら半年ぐらい放置しませんよね?」
「リザ、リザ。ちょっと怒ってない?」
「いえ、どっちかっていうと……これ伯爵様のところに馴染む前に言われても困ったかな……って思いました」
リザはやや落ち着いた様子でそういうと、言外に「こんな話を仲良くないときに切り出されてもホラ話だと思いますよ」と告げた。
それはそうである。ある種、反則じみた神秘体験――クロガネ曰く「素粒子レベルに分解された状態からの再構築」とやらの過程で、彼の記憶を垣間見るという偶然があったエルフリーデが例外なのである。
リザ・バシュレーからしてみれば、伯爵の自己申告が真実なのか、虚言癖のある男のホラ話なのか、区別する術はない。
そういうところで奇妙に現実的な少女だった。
とはいえ口ぶりから見るに、実際のリザはクロガネの過去を信じているようだった。
その根拠は何なのだろうか。疑問を含んだ視線を浴びて、褐色の肌の少女は肩をすくめた。
「お姉さん、お姉さん。私もちょうど、伯爵様が起こしたド派手な奇跡を目にしたところなんですよ? 流石に仕事ができるやり手の伯爵様ってだけじゃ、逆に納得できないです」
「あー、たしかに……〈スオラン〉号の撃沈から、まだ一週間しか経ってないんだよね」
バナヴィアを襲った空襲と、その元凶である超巨大飛行船への対艦攻撃――エルフリーデが高高度迎撃装備と共に出撃してから、一週間の時間が経っていた。
さて、ここ数日間、エルフリーデの方はといえば大忙しだった。まず全身の精密検査を受けて、健康状態に異常がないことを確認。その上で職務復帰が可能と判断され次第、速やかに報告書を作成することとなった。
何せ先の戦闘では、これまで無敗伝説を築いてきた〈アシュラベール〉が大破している。
思えば、いろいろなことがありすぎたのである。ガルテグ連邦軍からの脱走兵が操る飛行戦艦との戦闘、そして機を見計らっていたかのごとくやって来た救国卿の専用バレットナイト〈アルファマラーク〉との死闘。
常人であれば何度死んだかわからない体験だった。
そしてエルフリーデはとうとう、なんだかよくわからない高次元空間から救出されるという希有な経験を積んできたのだ。
それを横から見ていたリザとて、疑問を持って当然だった。クロガネの魔法じみた手際の良さを目にすれば、誰だって裏があると思うに決まっている。
「まさか壮大な空想科学的な裏だとは思いませんでしたけど……いやぁ、人に歴史ありですねえ」
しみじみと呟きつつ、ふとリザは疑問を口にする。
「そういえばお姉さん、そんなに面白いならティアナさんとかシャルロッテとかにはおすすめしないんですか?」
エルフリーデ・イルーシャは誰がどう見ても常軌を逸した
それはそうとして、エルフリーデがここまで情熱を持って面白いと触れ回る作品なら、真っ先に最愛の妹や年下の友人に紹介しそうなものだった。
ゆったりしたクッションに身を沈めて、
「えーっと……
「あぁ……」
要するに性描写とか暴力描写とかが出てくるので、あんまり小さなお子様には向いていない作劇なのだろう。そう聞かされると、なるほど――たしかに自分向きだろう、とリザは思う。
根本的に恋愛ものや青春ものを舐めている節があるリザ・バシュレーは、やはり過激な要素があると心惹かれるのを否定できなかった。
そして思っていたことを尋ねてみる。
「それにしてもよく帝国で出版できましたね、その聖騎士ロゼッタとかいうの。話を聞く限りだと、ものすごく貴族に批判的な気がするんですが」
「そこがベガニシュ文学のややこしいところでね、リザ。たしかに芸術作品なんかは貴族がパトロンになってることが多いから、実在の貴族家に関わるものは悪く書けないんだ。でもほら、ロゼッタの場合は
「詭弁じゃないですか?」
「小説は大衆文化だからね。貴族から見て、
エルフリーデは生き生きとしていた。いつも通りの活動的な私服――長袖のブラウスとジーンズでぱりっとしたパンツスタイル――だが、すらすらと小説文化について語る様子には、ただならぬ情熱の炎があった。
帝国内で少なからず差別を受けているバナヴィア人、それも十代半ばで戦地に送られた少女兵――エルフリーデ・イルーシャの半生は、明らかに幸福と言えるものではない。
実の両親を爆弾テロで亡くし、唯一残った妹を人質同然にされていたと聞く。
自分自身も重たい過去を持つリザだって、流石に同情せざるを得ない境遇である。
しかしながら好きな小説について語るとき、エルフリーデの顔にそういう幸薄い人生を感じさせる影はなかった。むしろ真昼に差し込む太陽の光みたいに、陽気で暖かな雰囲気がある。
そういう年上の少女のありようを、リザは好んでいた。
「お姉さんって本当に好きなんですねー、そういうの」
「もっちろん! リザもちょっと読んでみない? 恋愛ものって言ってもね、極限の状況下で育まれる愛をあつかった作品は結構ハードなんだよ! アクションやサスペンスの色が濃い傑作もいっぱいあるんだ!」
ここまで言われると断りづらいし、エルフリーデに義理立てして手を出してみるのも悪くないと思った。
そうですね、じゃあおすすめを一本お願いします――そんな風に返答する。エルフリーデは今にも笑みがこぼれ落ちそうな表情で、両手に握り拳でガッツポーズを作ってみせた。
なんだろう、尻尾がついてたらぶんぶん振り回してそう。
リザが胡乱な思考を巡らせていると、不意にエルフリーデがクロガネの方を見た。少女二人のやりとりを横目に、伯爵様は優雅な態度を崩していない。
この男、ここのところ屋敷に帰ってくるのは夜も深くなった頃合いばかりだったというのに、その疲労を一切見せていない。
超人的な体力と気力の持ち主である。
今、彼が主導するバナヴィア都市連合という枠組みは、政治的に大きな岐路に立たされている。帝国宰相によるお墨付きで、無制限の自治権が付与される特別科学自治圏――その一報がバナヴィア全土にもたらした衝撃は凄まじいものがあった。
まだ詳細については伏せられていたものの、バナヴィア系のマスメディアはこれを報じた。
要するにベガニシュ帝国による強権的支配の終わりが約束されたのである。良かれ悪かれ、政治的な反応も大きくなる。
そういう表向きの業務に加えて、武装飛行艦〈スオラン〉のテロ事件があったばかりなのだ――それはもう連日、激務に追われていた。
リザとてエルフリーデの救出と事後処理で仕事が多かった方ではあるのだが。
精力的に活動するクロガネとその秘書を務めているロイの負担は、想像を絶するものだったはずである。
それをまったく悟らせない振る舞いは、皮肉屋で醒めていてひねくれているリザから見ても、驚嘆すべき偉業だったけれど――エルフリーデにとっては違う意味を持つらしい。
深紅の瞳に戸惑いの色をにじませて、恋愛博士は問いかけた。
「なんですか、クロガネ。その微笑ましいものを見るような目は……?」
「微笑ましいものを愛でる視線だが?」
「喧嘩売ってます?」
「何故そうなる」
かと思うと二人そろってじゃれつき始めた。ここ半年で見慣れた風景であった。
リザ・バシュレーが知るところによれば、ベガニシュ帝国は身分階級によって社会が隔てられた階級社会である。一五年前のバナヴィア戦争で併合されたヴガレムル伯領も、基本的にはこの身分階級制度に組み込まれている。
成り上がりものとはいえ伯爵に上り詰めた男と、平民上がりの騎士――クロガネとエルフリーデの身分は到底、対等とは言いがたいものである。
事実として二人は主従関係にあり、男は少女を最強の騎士として厚く信頼している。
帝国全土にその名を轟かせる機甲駆体〈アシュラベール〉を与えて、紛争のここぞという場面で切り札としてあつかっているように。
クロガネにとってのエルフリーデは本来、そういう利用価値と信頼関係に基づく存在のはずなのだ。
「不思議ですねー」
だが、もちろん二人の様子はそんな主君と騎士の関係に収まるものには見えなかった。ほんの二ヶ月ほど前、誕生日を祝うパーティで愛の言葉が飛び出したように――クロガネはエルフリーデを愛している。
そして普段の言動を見るに、彼は女性関係に軽薄な人種ではない。愛人がいる様子もない。
もちろんエルフリーデ・イルーシャと肉体関係を持っているようなそぶりもなかった。つまりびっくりするぐらいの純愛である。
我らが少女騎士も憎からず思っているようなので、要するに両想いということになる。
身分違いの恋にあるべき悲壮さなど欠片もなかった。
ゆるい。
とにかくヴガレムル伯爵家の空気はゆるいのだ。リザが普段、言葉を交わす身近な人々から、伯爵に付き従う家臣団に至るまで――身分階級についての認識はさほど重くない。
外交上の礼儀としての遵守はするものの、それに囚われて人生が決定されるような呪縛が、この地にはまったく存在していなかった。
――たぶんこれが、辺境の地ってやつですね。
おそらくベガニシュ帝国にとって、バナヴィアが辺境と呼ばれる最大の理由はこれなのだろう。
元々、リザは異国の地で生まれた上流階級の子女である。その姓からもわかるように、遠い先祖には亡命バナヴィア人の血も混じっている。
貴族の間に流れる共通認識としての身分階級の壁――順応しようと反発しようと、否応なく意識に上がってしまう価値観の前提――はよくわかっている。
こればかりはクロガネがどれだけ開明的な貴族であろうと、そう簡単に育まれるものではない。
元々のバナヴィアという土地が、こういう情熱的な恋愛に対して肯定的なのだろう。
それはベガニシュ貴族でもフィルニカ貴族でもない、ただのリザ・バシュレーにとっては望ましいことだった。
とはいえ、今や時の人であるクロガネとエルフリーデにとっては、逆風になることだって大いに考えられる。そこら辺のことは、伯爵様だって考えているのだろうけれど。
賢い少女が思考を巡らせる中、するっとクロガネの口からこぼれ落ちたのは、間が抜けているコメントだった。
「人生のある時期においては――刺激的な内容や、陰鬱な作風にこそ真理があると思うものだ。つまるところ余人が健全だと感じるようなフィクション以外の選択肢があってこそ、自由と呼ぶべきものはある。そういう意味でお前の嗜好は何ら不思議ではない」
流石のリザも唖然とした。びっくりするぐらい年長者のご意見だったのである。エルフリーデはがくっと肩を落とすと、ややうろたえながら正直な感想をもらした。
「お、お爺ちゃんが若者を見守る感じのノリ……!」
「やめろ。俺は年寄りではない」
「この一〇万歳の男、いくらなんでも無理があること言い始めた!」
ちなみにロイ・ファルカはニコニコしながら無言で二人を見守っている。この金髪碧眼の青年は謎が多い。喋る言葉の発音から察するに、ベガニシュ帝国で高等教育を受けた貴族階級の出なのだろう。
それ以外のことは何もわからない。ロイという男は、それなりに仲良くなった今でさえ、身の上話の欠片ももらさないのである。
彼に関してリザが知っていることは、そう多くない。
いつだって――エルフリーデとクロガネのふわふわした関係を、この従者は好意的に見守っているのだ。
リザはため息をつくと、このまま壁の染みと一体化して姿を消しそうな青年に苦言を呈した。
「この綿菓子みたいにふわふわの会話、なんとかなりませんか
ロイは無言で微笑んだ。
リザは確信した。
――この場で一番いい空気吸ってますね、この人!