機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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家畜にあらず

 

 

 

 

 

 

 その日、クロガネ・シヴ・シノムラは旧知と会おうとしていた。

 場所はヴガレムル市内、ちょうど夕暮れ時の小さな教会である。人っ子一人いないのは、無理を言って三〇分ほどこの場を貸しきってもらったからだ。

 

 信徒のために暖房が導入された建物は、近代的な建築物であった。冬の凍えるような寒さを感じずに済む建物は、信徒からの寄付によって建てられたのだという。

 聞き慣れた足音を聞いて、クロガネは振り向いた。

 待ち人の声が聞こえた。

 

 

「お久しぶりです、閣下」

 

 

 よく通る声だった。

 クロガネの同志であり旧友であり戦友である相手――それは六〇代の老人であった。頭髪は白く染まって久しく、身にまとった高位の聖職者を意味する法衣は、穢れを知らぬ純白。

 

 その顔に刻まれたしわは深いが、足取りはしっかりとしていて、まるで年輪を刻まれた大木のような印象を抱かせる老爺だ。

 身長一八八センチメートルのクロガネと向かい合っても、決して小柄に感じさせないだけの力強さがあった。

 

 

 

「久しいなトマス大司祭……さて、時間が惜しい。早速だが、貴殿の見立てをうかがってもよろしいか?」

 

 

 

 事実としてクロガネには時間がなかった。今回の極秘裏の会談も、普段は別の都市にいる聖職者――バナヴィア教会のトマス大司祭が、別件でヴガレムル市を訪れたがゆえ、急遽、組まれた予定だった。

 

 二人が腰を落ち着かせて、ゆっくりと話せる情勢ではなかった。

 数々の企みごと――歴史の裏側で起きていた暗闘で、不死者の男に力を貸していた老司祭は、嘆かわしそうに嘆息。

 そして本質的な問いかけを放った。

 

 

 

「では遠慮なく――閣下はバナヴィアの王になられるおつもりか?」

 

 

 

 クロガネ・シヴ・シノムラは批判者から売国奴と呼ばれている。

 その根拠は多々あるが、そのうちの一つはこういうものだ――ベガニシュ帝国は疑いようもなく侵略者であり、その戦後統治に協力して爵位を授った経緯自体が裏切りである、と。

 

 ベガニシュ帝国の行った最も邪悪な民族浄化政策として、ドーレヴォフの惨劇――都市の住人を強制移住として極地へと運び、そのことごとくを死なせた――が挙げられる。

 これは疑いようもなく帝国の暗黒面である。つまりはバナヴィア独立派が言うところの、帝国の無責任と悪意の結晶とも言える結末であろう。

 

 このような所業を行う国家勢力に、多かれ少なかれ加担すること自体が罪悪である。

 人道的な見地から見て、反論の余地がない正論だった。

 

 だが、あるいは自己弁護じみた論法を用いるのなら――必ずしもそうではない事実もある。

 ヴガレムル伯領がバナヴィア東部から南部にかけて、大きな影響力を保っているのは、その経済力だけが理由ではない。

 クロガネは水面下でバナヴィア人の保護のため動き、これに成功していたのだ。それは総督府にとって不都合であるがゆえに、決して表に出なかった成果だった。

 

 この一五年間、何事も起きなかった地域――そのすべてにおいて、クロガネはその怪物じみた手腕で、西ベガニシュ総督府の行おうとしていた様々な搾取的政策を停滞させた。そこでは武力以外のありとあらゆる手段が講じられ、密かに総督府は機能不全に陥るように妨害工作を受けた。

 

 造物塔の生産力を独占しようとした計画は無期限凍結され、責任者はひっそりと更迭された。

 バナヴィアからの収奪を目論んだ、ベガニシュ貴族たちの意向は停滞させられたし、手足となって暴虐を働くはずだった軍事力は十全の働きができないよう誘導された。

 すべては有形無形の圧力と妨害工作、政治的な働きかけによって水面下で行われた。

 

 この暗闘の恐るべき点は、少なからず帝国の政財界に協力者がいたことである。そしてもちろんバナヴィア人の中にも、クロガネのバナヴィア人保護のための取り組みに手を貸したものたちがいた。

 トマス大司祭はこの知られざる戦いの同志の一人だった。

 

 つまるところベガニシュ帝国の政治指導者層と、半ばレジスタンス的なバナヴィア人組織の共闘関係を成立させてしまった――そこにクロガネ・シヴ・シノムラという男の手腕があった。

 

 トマス大司祭はバナヴィア教会の重鎮であり、同時に多種多様なバナヴィア人ネットワークの中継役として機能してきた人物である。

 最も困難であり、成し遂げられねばならない戦いを共に実行した同志――じっとクロガネの顔を見つめる老人の目には、ただ問いかけがあった。

 お前もまた、救国卿のように無慈悲な独裁者になるのか、と。

 

 

「まさか。私の願いは正しく権力が人民へと返還されることだ。それは二五〇年前、この地が革命の舞台となり、かの救国卿の独裁を打ち破ったあと――バナヴィア人がその手で掴んだ権利なのだから。分断されたバナヴィアの再統合の果てに、それは成し遂げられねばならない」

 

 

 クロガネの返答は堂々としていた。彼の語る過程において、独裁に等しい強権が振るわれるのは目に見えていた。

 劇薬である。一つだけ確実なのは、すでに何もしないことで成り行きに任せるという選択肢は潰されていることだ。

 

 帝国自身の手で(さい)は投げられた。手をこまねいていても、帝国や諸外国の干渉を強めるだけだろう。

 クロガネの考える未来図を理解して、トマス大司祭は深々とため息を吐いた。

 では、と続く言葉。

 

 

「まず一〇年では長すぎますな。かといって短すぎれば、ベガニシュ帝国の方々も心穏やかではいられますまい」

 

 

 それは一つの区切りをどこでつけるか、という見通しの話だった。具体的に何を以て区切るのかは、意図的に言葉から省かれている。

 二人は通じ合っていた。クロガネはうなずいた。

 

 

「ああ、五年が限度だろう。これ以上長すぎれば、バナヴィアの民衆が辛すぎる」

 

 

 クロガネが行おうとしているのは、実質的にバナヴィア全体の再出発のお膳立てだった。そこではベガニシュ帝国の影響力は、大きく排除されることになるだろう。

 

 つまりベガニシュ帝国の保守派から見れば、一五年前の戦争で得たはずの利権すべてを無に帰す裏切りだ。

 だが、ここに帝国政治の複雑怪奇な側面がある。

 

 何故ならクロガネの政治的後ろ盾――ベガニシュ帝国皇帝ルートヴィヒの目論見は、正しくその結果にあるのだった。

 ベガニシュ帝国は先の戦、いわゆる大陸間戦争で少なからぬ打撃をこうむった。その敗戦に次ぐ敗戦の責任は明らかに、驕り高ぶって独断専行を続けたベガニシュ貴族にある。

 そして幸いなことに、ベガニシュ帝国内部の世論もまた、貴族たちへの責任追求に傾いていた。

 

 要するに戦に負けたにもかかわらず、若き皇帝はさほどダメージを負わずに済んでいる。

 絶好の機会であった。ベガニシュ帝国は古き帝国であり、その内部に無数の貴族領を抱えている。彼らには納税と軍役が義務づけられているが、正直なところ、このシステムはすでに老朽化している。

 

 大陸西端に生まれた近代バナヴィアが、短期間のうちに大国の地位に上り詰めたように――中央集権化による国家の改造は、帝国の延命に必要不可欠な処置だった。

 際限なく肥大化して権利をむさぼる門閥貴族の縮小、そして段階的な解体――最終的にはベガニシュ帝国中央政府に人材を供給するエリート層としてのみ、貴族という存在を残す。

 

 それが改革派の狙う未来図であった。

 その第一弾として仕組まれたのが、此度のバナヴィア全土への自治権拡大だった。先帝の取り巻きとして、門閥貴族がその先陣を切ったバナヴィア侵攻――その統治コストという負債を、自治権という形でバナヴィア人に背負わせる。

 

 目障りな貴族の権益も潰してしまえる。

 まさに一石二鳥であった。最も反発しそうなベガニシュ帝国陸軍の統制は問題ない。軍神とまで謳われる大英雄カール・トエニ将軍を取り込んだことで、皇帝ルートヴィヒの足下は盤石になっていた。

 

 言ってみればベガニシュ帝国内部の国家改造計画の一部として、此度のバナヴィア問題は発生したのである。

 そういう諸々の政治的力学に水を差すように、トマス大司祭は淡々と語った。

 

 

「クロイツェクで不穏な動きがあります。どうやら閣下が行おうとしているまつりごとを、今のうちに踏み潰したい向きもあるようです」

 

 

「クロイツェク管区……総督府の動きは私も掴んでいる。ランズバルグ侯爵の意向だろう」

 

 

「閣下のご慧眼とご尽力は存じております。しかしながらあえて申し上げましょう。如何に世の賢人たちが知恵を尽くそうと――俗世はそのような理で動きませぬ。絞め殺されるのを待つのは家畜だけでしょう」

 

 

 痛烈な指摘であった。ある意味で、実にベガニシュ的な手続き――民衆の意思が不在で、エリート層の間だけで意思決定がされる――に対する皮肉である。

 如何に帝国皇帝や宰相が、ベガニシュ貴族の解体を目論んでいようと、当事者が大人しくしているはずがないのだ。

 その最前列に立たされている自覚はあるのか、と問われていた。

 

 

「……耳が痛いな」

 

 

「ご寛恕(かんじょ)を。年寄りの冷や水です、悪い癖です」

 

 

「いいや、まさにそこが貴殿の美徳だろう。トマス大司祭、感謝する」

 

 

 数秒間、二人の間に沈黙が降りた。

 成り上がりのベガニシュ貴族とバナヴィア教会の老司祭――おおよそ世間のイメージからすれば、似つかわしくない組み合わせである。

 前者が後者に、これまでの足取りの懺悔でもするなら別だが。

 

 一五年前、戦争があった。

 一方的な侵略戦争であり、その結果としてバナヴィア王国は地図から消え去った。長い歴史から見れば、一五年という時間はわずかに思えるかもしれない。たったの一五年で忍耐の時が終わるのならば、上出来だと評するものもいるだろう。

 

 だが、今を生きる人々にとって、一五年は長すぎる。あの戦争の前後に生まれた子供たちは、もう在りし日のバナヴィア王国の姿を知らないのだ。

 エルフリーデ・イルーシャがそうであるように。

 

 

 

「…………長すぎたな。俺は行動に移すのが遅すぎる」

 

 

 

 クロガネの自嘲を聞いて、トマス大司祭は微笑んだ。

 

 

 

「ですが、真に許されざる怠惰を、あなたは選ばなかった。その勇気に敬意を」

 

 

 

 今度こそ、沈黙の帳が下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












今回の内容まとめ
・ベガニシュ帝国は今「皇帝率いる改革派」VS「貴族中心の保守派」が熱い! 政治バトル!
・どうして皇帝がクロガネにダダ甘なのかというと、もう存在そのものが都合いいスパダリだから。
・クロガネはクロガネで、この皇帝の信任を利用してバナヴィアの独立性を取り戻そうとしてる。
・バナヴィア教会の宗教おじさん「でもそれは君らの都合じゃん、敵対してる人たちは妨害するでしょ」と釘を刺す。
・事実として総督府で不穏な動きがある。

クロガネが防げなかった惨事は相応にありますが、人知れず何も起こさせなかった惨事(未遂)もいっぱいあるので後方彼氏面協力者もあちこちにいます。







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