機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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あなたと冬至祭を

 

 

 

 

 

 

 さて、あの不穏な予告――エルフリーデ専用機なる仰々しい存在がほのめかされた――から数時間後。

 耐環境パイロットスーツから私服に着替えたエルフリーデは、精神的にはそこそこ疲れた感じなのに、肉体的には快調そのものというギャップを味わっていた。

 よくあることだ。融合中、肉体の時間面が停止する電脳棺の利用後、バレットナイトの搭乗者がよく陥る錯覚である。

 

 戦地で数年間を過ごし、この世界において有数の機甲猟兵に上り詰めた少女にとって、それは本当に慣れ親しんだ感覚であった。

 融合したのは、久々に乗る〈アシュラベール〉以外のバレットナイトだった。

 

 諸々の政治的事情によって、ベガニシュ帝国から送りつけられてきた試作機の運用試験の依頼――だとかなんとか。

 要するに〈アシュラベール〉を乗り潰して、ちょうど手持ち無沙汰のエルフリーデ・イルーシャにぴったりの雑務だ。空いた時間を使って終わらせておきたい類の仕事である。

 

 

――買いかぶられてるなあ、わたし。

 

 

 送迎の自動車を待って、研究所の待合室で時間を潰す。

 クロガネの手配している運転手は時間に精確であり、さほど待つ必要もないだろう。左腕の手首につけた腕時計を見る。

 それは二ヶ月前、誕生日プレゼントとしてクロガネに贈られたものだ。

 秒針が刻む音を聞く。いわゆる機械式時計だった。

 

 

 

――時計のことはよくわからないけど、これ格好いいよね。

 

 

 

 実用性や耐久性で考えるならば、デジタル式時計の方が優れている――戦地ではエルフリーデもよくお世話になった――けれど、この手の時計はフォーマルな場で身につけていてもいいという利点がある。

 クロガネ・シヴ・シノムラらしい贈り物だった。これから先、否応なくそういう場に引っ張り出されることもあるであろう、エルフリーデに対する心づくしなのだ。

 

 まったくお節介な男である。

 困ったことに彼のそういう気遣いは、嫌いではなかった。

 時刻は午後一八時を回っていた。ミトラス・グループの研究施設である科学研究所は、まだまだ消灯する様子がなかったけれど――そろそろ時間だ。

 

 迎えの車が着いた頃合いである。

 ミトラス・グループの警備員が巡回しているこの研究所周辺は、数ヶ月前のテロ事件を受けて、警備が強化されている。おかげでエルフリーデは今、比較的、警戒をゆるめて外に出ることができた。

 玄関口の自動ドアが開く。肌寒い外気温の中、足音が聞こえた。

 意外な人影だった。

 

 

「クロガネ?」

 

 

 見間違えようもなく、主君にしてこの地の領主、クロガネ・シヴ・シノムラだった。その傍らには黒服の護衛が付き従っている。ぱっと見で一人、エルフリーデの鋭い五感が察知するところでは、死角に二人潜んでいる。

 

 

「それにマルコさん、お疲れ様です」

 

 

 無言で礼を返された。黒服のマルコはすっかり顔馴染みの相手である。おそらく従者のロイ・ファルカは、自動車の運転席にいるのだろう。

 なんとなく状況を把握してきたエルフリーデに対して、クロガネは軽い口ぶりで話しかけてきた。

 

 

「そう驚くこともないだろう。知人と会った帰りでな、ついでに拾いに来た」

 

 

「それはそれは……あなたにしては帰宅が早くないです?」

 

 

「ようやく一段落してきたところだからな。それに最近は、代官や副社長に業務を任せている。それも立派な仕事だ」

 

 

 なるほど、道理である。

 クロガネが恐ろしい仕事量を片付けている超人なのは疑う余地がないけれど、それにしたってここ最近の方針転換を考えると、兼務は無理がある。

 

 ヴガレムル伯爵家の主としての業務、ミトラス・グループ代表としての業務――いずれも重要ではあるが、組織が育ってきた今となっては、クロガネなしでも回る仕組みはできあがっている。

 そのように時間をかけて、男自身が作りあげたシステムだからだ。

 

 ましてやバナヴィア都市連合が、事実上の自治政府の発足に向けての下準備となった今――クロガネ・シヴ・シノムラは政治家として、その時間的リソースを割くべきなのだろう。

 これまではヴガレムル伯領という特殊な立地ゆえ許された、ミトラス・グループ代表の座も、信頼できる後継者に譲るときがやってくるかもしれない。

 

 

「それに、な。我が騎士と過ごす時間が取れるのならば、惜しくはない労力だろう?」

 

 

「そういう口説き文句、やめてください。照れるから」

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは白い肌を少し赤くして、視線をそらした。クロガネの方はと言えば、きざったらしい軽口に悪びれた様子もなく肩をすくめている。

 まったく、この男ときたら。

 

 自分の容姿がどれほど優れていて、絵になるか、よくわかった上でこういう言動をしているのだ。

 腹が立つぐらいに絵になる。そういうところがよくないと思う。

 本当に。

 

 

「はい、わたしの負けですっ!」

 

 

「勝ってしまったか、申し訳ないことをした」

 

 

「負け惜しみに真面目に返された……!」

 

 

 傷あり(スカーフェイス)の少女は、年相応の恋する乙女のように、照れながら研究所の敷地内を歩き始めた。防水仕様のブーツが、融雪のために流されている水流を弾く。

 故郷のロシュバレアほどではないが、バナヴィア東部のヴガレムル市も雪が降る土地だった。

 

 すっかり暗くなった空の下、電灯を頼りにロイ・ファルカの待っている自動車に向かう。クロガネが乗り込むのを待って、クロガネの真横に乗り込んだ。

 護衛の黒服が、ぐるっと回り込んで自動車の助手席に座る。

 

 運転席にロイ、助手席に黒服のパウル、後部座席にエルフリーデとクロガネ――あまりにも自然な乗り合わせだった。電気駆動の自動車がなめらかに走り出す。

 その前後を守るように、どこからともなく護衛の自動車が現れた。

 見慣れた車種だった。

 

 いずれもクロガネらしい趣味の車である。領主としての格式を重視するときは、広々とした高級乗用車を用いるが、今乗っているのはバナヴィア製の四輪駆動車だ。

 防弾仕様の特注品ではあるが、ぱっと見の外観は普通乗用車と変わりない。精々、ドアを開けたときにその分厚さに気づくぐらいに偽装がしっかりしている。

 ぴんときた。

 

 

「誰か、人に会ってたんですか?」

 

 

 おそらく非公式な会談だろう。そのためにヴガレムル市内に内緒で出かけて、帰りにエルフリーデを拾いに来たのだろう。

 クロガネは微笑んだ。

 

 

「相変わらず我が騎士の勘は鋭いな。これでは隠し事もできそうにない」

 

 

「わたし、引っかき回したらダメそうなことは訊かない主義ですよ?」

 

 

「ああ、まったく敵わない」

 

 

 そういえば、と思い出す。ここ最近はミトラス・グループの施設と屋敷を、送迎されて行き来するばかりだったので、忘れがちだったけれど。

 エルフリーデ・イルーシャは意を決して問いかけた。

 

 

「あの、もうすぐ冬至祭なのは覚えていますか?」

 

 

「もちろんだ。年中行事を覚えていないようでは貴族は務まらないからな」

 

 

「んんっ……いえ、それはそうですけど、そういうことじゃなくって」

 

 

 エルフリーデは困ったように眉をひそめた。黒髪の美男子――そう、クロガネ・シヴ・シノムラは容姿だけなら二十代前半で通じるような超若作りなのだ――の横顔を見る。

 ちょっとズレてる天然ボケの気があるので、真面目にこう返答しているのかもしれない。

 そう思考した刹那、クロガネは笑った。

 

 

「冗談だ。もちろん屋敷でも冬至祭は盛大に祝う。冬至祭の当日は、家族だけで過ごすのが通例だからな。もちろん伯爵家も身内だけで、ささやかなパーティをする予定だ」

 

 

「あっ、意外と貴族も普通なんですね」

 

 

 エルフリーデはちょっと安心した。これで冬至祭も政治家として振る舞うのが優先、だなんて言われた日には「なんてやつだ!」と腹を立てたかもしれない。

 そんな少女の感情を読み取ったように、クロガネは悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

「だが年末はパーティシーズンだな。ヴガレムル伯領だけでも、市長や企業代表とのパーティだらけだ」

 

 

「うわー、うらやましくない……!」

 

 

「他人事ではないぞ、我が騎士。お前にも壁際に立っているカカシぐらいの役割はしてもらう」

 

 

「うわぁ……」

 

 

 エルフリーデは心底、嫌そうな顔になった。

 もしかしたら自分はちょっと、人生の選択を間違ったかもしれない。軽々にクロガネの騎士になるだなんて誓ったけれど、そういう政治的な場での振る舞いなんてげんなりする。

 

 いや、と思い直す。これも可愛いティアナのための試練である。姉心の見せ所であろう。

 面白いように表情がクルクルと変わるエルフリーデを見て、クロガネはくすりと笑った。

 

 

「そんなに嫌か、俺とパーティに出るのは?」

 

 

「わかっててからかうの、本当よくないですよ?」

 

 

「すまん、冗談が過ぎたな――とはいえ、そう緊張する必要もない。俺が思うに、自分で考えているよりも、お前は聡いよ。たかがパーティでしくじることはない」

 

 

「買いかぶりだと思うけどなぁ」

 

 

 エルフリーデはため息一つ。冬物のワンピースの上からベージュ色のコートを着込んだ少女は、ひとまず心配事の一つが消え去ったことを噛みしめた。

 そしてゆっくりと口を開いた。

 

 

「それじゃあ、期待しちゃいますからね。いっぱいのごちそうに、大きなケーキに、炭酸のジュースも用意してください。できればフルーツジュースも!」

 

 

「ああ、料理人(ピエール)も腕によりをかけてくれるだろう。飲み物は……そうだな、未成年が多い。ワインは俺とロイの楽しみにしておこう」

 

 

「わたし、ベガニシュの法律なら飲酒できる歳ですよ?」

 

 

「ああ、たしなむ程度ならいいかもしれん――いや、よもや悪酔いなどしないだろうな?」

 

 

 ああでもない、こうでもない、と二人は話し合う。

 どれだけの暗雲が待ち受けていようと、冬至祭を楽しむという気持ちは、そんなものに負けないのだと言いたげに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










黒服「(えっずっとこれ聞かされるのマジ?)」
ロイ「(無言でニコニコしてる)」






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