機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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冬の嵐(1)

 

 

 

 

 

 

 静かな冬の日だった。

 曇天の空の下、冬至祭まで間もなくという季節柄、外はうっすらと雪景色に染まっている。地平線の果てまで山の稜線(りょうせん)など見えない、バナヴィア中部らしい風景である。

 窓の外に広がる景色をぼうっと眺めていても、思いのほか新鮮味は薄かった。

 

 エルフリーデ・イルーシャはこうして中部を陸路で移動するのは、特例で徴兵されたとき以来だった。数年前のことだ。あのときエルフリーデは父母を失ったばかりの子供だった。

 今はどうだろう。

 あるいは状況に流されて、戦うことを強いられているという意味では大差ないのかもしれない。

 

 

――わたしの戦い、わたしの誓い、わたしの意思。

 

 

 そういうものによって選んだと言い切ることはできよう。だが実際のところ、エルフリーデ・イルーシャが置かれている環境は、今も昔も変わりなく――()()()()()()()()()()()()()()という性質のものだ。

 

 それがベガニシュ帝国の取った人質作戦ゆえか、クロガネの助けとなるかどうかの違いは大きいけれど。クロガネ・シヴ・シノムラは善意の人であり、間違いなくエルフリーデにとって最上の助けになってくれた。

 

 疑う余地はない。少なくとも彼が私利私欲のために、周囲を利用するような悪人ではないことは確かである。

 たぶん自分はいろいろな事情の果てに――クロガネのことを好きになった。

 

 最初は違った。

 姉妹そろって破滅するはずだった運命に、示された一筋の救い――そういうもののために、自分は彼の騎士になることを誓ったのだ。

 あれから数多の冒険を、戦闘を経てきた。

 

 エルフリーデは相応に人を殺めた。サンクザーレ会戦にフィルニカ王国のクーデター、ヴガレムル同時多発テロにマリヴォーネ事件――切り抜ける過程で容赦なく命を奪ってきた。

 一振りの剣としてクロガネの敵を斬り伏せることに、間違いがあったとは思わない。

 

 

――だけど疑問はある。わたしは今、見知らぬバナヴィア人やベガニシュ人に、胸を張って語れる理由があるのかな?

 

 

 そう、確信はある。

 きっとクロガネ・シヴ・シノムラは、明日の世界をよりよくするために戦っているし、これからもその姿勢は変わるまい。

 

 だがそれを第三者に対して示せるのか、と問われれば答えに(きゅう)する。

 例えばクロガネのことを売国奴と罵る人々がいる。ドーレヴォフの惨劇のように、未然に防ぐことができなかった惨事がその理由だ。

 それに対して、今のエルフリーデはたしかな言葉で反論できないのだ。

 

 

――正義の不在って厄介な話だよ、本当。

 

 

 あの英雄・救国卿によって投げかけられた問いかけは、日が経つにつれてその重みを増している気がした。

 いや、ともあれクロガネと冬至祭を過ごす約束が楽しみなのは間違いないのだけれど。

 その左目に消えない傷跡を刻まれている少女は、ほうっとため息一つ。車両に備え付けられたデジタル時計を見ると、時刻は午前一〇時を回ったところだった。

 

 この分なら昼前には到着するだろう。

 大型トレーラーの助手席に座って、道路を移動すること数時間。早朝に出発した車列が向かっているのは、バナヴィア中部クロイツェク管区にある演習場だった。

 クロイツェクはかつてバナヴィア王国の首都だった都市の名であり、その都が存在する地方の名にもなっている。

 

 つまりは行政府の中心であり、バナヴィア王国が解体されたあとは、西ベガニシュ総督府が設置されて占領政策の中心となっている。

 バナヴィア人国家の首都からベガニシュ人支配の中心地――そういう複雑な経緯を経た地域である。バナヴィア王国の時代に整備されていた高速道路を用いれば、東部ヴガレムル伯領からでも数時間でアクセスすることができる。

 

 こうしたインフラの再整備は、総督府の有する強権の一つだった。

 その元手としてバナヴィア人に対する重税が課されていたのは言うまでもない。低賃金で労役に駆り出される現地住民、元手として徴収される重い税金、ベガニシュ人の行政官の懐に消える差額。

 

 実にろくでもない光景である。

 窓の外を見る。雪に覆われた平原は息を呑むように美しいが、その背景にある支配構造は忌まわしい。

 

 

「そろそろ到着しますよ、エルフリーデ卿。準備は大丈夫ですか?」

 

 

 運転席でハンドルを握っている青年が声をかけてきた。名前はアレン技師。ヴガレムル伯爵家の軍に属しているものの、軍人ではないのだという。彼はミトラス・グループ系列の技術者であり、今回の任務の特殊性から同行している部外者の一人だった。

 

 ヴガレムル伯爵軍の母体となっているのは、旧バナヴィア王国軍の軍人たちなのだという。

 今話されている言葉もバナヴィア語だった。アレンもまたバナヴィア人であり、その母語はバナヴィア語なのである。

 

 まさにこれが、ベガニシュ帝国による支配の実態だった。制度上の権力と武力はあるけれど、人民に対しての権威と実態はなきに等しい。

 帝国公用語としてのベガニシュ語の地位は揺るぎないものだが、旧バナヴィア領での同化政策は初歩の初歩でつまづいていた。

 

 本来、率先して言語のベガニシュとの同一化を進めるべき帝国貴族クロガネ――彼がその手元で育てている軍隊が、まるっきりバナヴィア王国軍の残党みたいな状況なのだ。

 クロガネの騎士となって一〇ヶ月、段々と内情がわかってくると、政治に疎いエルフリーデにもわかってくるものがある。

 

 

――これって面従腹背だよね。

 

 

 クロガネ・シヴ・シノムラは存外、喰えない男なのである。

 だが、そんな男にも断れない圧力というものはあった。その一つが帝国製兵器の運用試験を、エルフリーデ・イルーシャにやらせてみろというものだった。

 今回、エルフリーデがクロイツェク管区まで出張しているのは、用事を果たすためだった。

 用事の内容は試作バレットナイトの運用試験である。

 

 

「ええ、大丈夫です。アレンさんもお疲れ様でした、最後までしっかりお願いしますね」

 

 

 エルフリーデはにこやかに笑顔で応じた。今の少女は耐環境パイロットスーツの上から、軍用コートを羽織っている。いつでもどこでも出撃できるよう、常在戦場の状態だった。

 単純にこの格好が、一番肉体的なストレスが少ないとわかっているからでもあった。

 そう、今は油断ならない時期なのだ。

 

 これまでの経緯を振り返ってみればわかることだが、ヴガレムル伯爵と英雄エルフリーデ、そしてミトラス・グループの実績は凄まじい。

 この三者が一体となって数々の戦果をあげ、最強の機甲駆体〈アシュラベール〉という評価を作りあげたことは疑う余地がない。

 

 面白くないのは、踏み台にされた帝国本土の兵器工廠や軍需企業である。

 自分たちだって適切な機会さえあれば、ミトラス・グループに負けない戦果をあげられる――そのような無念を、数多の設計技師たちが抱いていたのだ。

 

 そして今やエルフリーデ・イルーシャの名は、相応の価値を持ち始めていた。

 信頼と実績の英雄である。かつては卑しいバナヴィア人の女と侮っていたのもけろりと忘れて、ベガニシュ帝国のお偉方はこう思ったのだ。

 いっそのこと帝国製の新兵器を、この英雄に使わせてみればいいのでは、と。

 勘弁して欲しかった。

 

 

――このきな臭い時期に、クロイツェク管区まで出向かなきゃいけないのが憂鬱だよ。

 

 

 エルフリーデ・イルーシャもここ最近の政治的情勢は把握していた。クロガネの動向に合わせて、それに反発する人々が怪しい動きを見せていることも聞いている。

 そういう情勢下でも断れなかったあたり、今回の運用試験とやらには帝国上層部が関わっているらしい。

 以前、異国の地で会った帝国貴族令嬢の言葉を思い出す。

 

 

 

――ここだけの話……陛下がお望みなのですよ、サイン。

 

 

 

 よもや、とは思うが。

 あのクロガネが断り切れない政治的圧力となると、そのぐらいえげつない存在が関わっていても不思議はない。

 エルフリーデ・イルーシャはバナヴィア人であり、平民の子女である。流石に帝国皇帝のご威光なんて関わりのない世界で生きていたい気持ちはある。

 

 窓の外を見る。

 路面の雪は綺麗に除雪されており、融雪装置によって溶かされているから路面状況は悪くない。

 今、エルフリーデの周囲には数台の装甲車が群れを成している。高速道路を降りてからはさらに、身長四メートルほどの巨人が八機、車列の外側で銃を構えて並走中だ。

 

 第二世代バレットナイト〈アイゼンリッター〉が周囲に展開し、随伴歩兵よろしく車列を囲んでいた。

 用事そのものはトレーラー後部に積んである試作機――陸戦用の大型バレットナイト――の運用試験だが、その道中を護衛するために、ヴガレムル伯爵家は機甲部隊をつけていた。

 

 大げさだとは思わない。

 クロガネはこういうとき、安全策を選ぶ側ではあるが――それだけ今の状況は切迫しているのだろう。

 

 

 演習場が見えてきた。

 広大な空間を丸ごと貸し切った陣地には、西ベガニシュあらためバナヴィア総督府の陸戦部隊が控えている。

 

 これは運用試験において帝国陸軍の兵器との比較が必要であり、機甲駆体、戦闘車両、航空機すべてを所有しているのは総督府のバナヴィア駐屯軍に他ならないからだ。

 つまるところこれは交流会みたいなものだ、とエルフリーデは思う。ベガニシュ帝国の中央政府が仲介者となって、その仲がよろしくないヴガレムル伯爵と総督府に共同作業をさせる。

 果たして両者の政治的隔たりが、それで埋まるかは大いに疑問だったが――

 

 

 

『こちらベア1より各機。未確認の飛行物体を検知した。推定高度は一〇〇メートル、注意しろ』

 

 

 

『こちらベア2、目標を視認した。動態探知は正常だ。機種照合……帝国製の自爆型無人機(ライアー)が三〇機』

 

 

 

 ろくでもない通信が入ってきた。

 アレンが戸惑った様子で、こちらの顔色をうかがってくる。彼は若く、その知識ゆえにバナヴィア人に対する徴兵の対象外だった。

 つまりは実戦経験がないのだ。

 

 

 

『こちらベア3、自爆型無人機(ライアー)の進路変わらず。撃墜の許可を』

 

 

 

『こちらベア1。総督府側に無線で呼び掛けている――いや待て、電波の通りが悪い。これはジャミングだ! 全機に発砲を許可する、撃ち落とせ!』

 

 

 

『こちらベア2、了解。これより近接防空システムを行使します』

 

 

 

 バレットナイト部隊の通信が聞こえた。

 要点は簡潔である。ベガニシュ帝国陸軍が配備している自爆ドローンが複数、こちらに目がけて低空飛行で接近中。そしてタイミングよく電波妨害が発生している。

 

 窓の外で戦闘が始まった。

 〈アイゼンリッター〉の手にする二〇ミリ電磁機関砲が、白熱するプラズマの光と共に砲弾を撃ち出す。空の彼方で何かが火を噴いて落ちていくのが見えた。

 エルフリーデは警告した。

 

 

「――アレンさん、姿勢を低くしてください。シートベルトは外して」

 

 

「へっ?」

 

 

 エルフリーデは静かに、〈騎士の拳銃〉を腰のサイドホルスターから引き抜く。銃身長二六センチの長銃身モデル、常人であれば片手であつかうことすら辛いような大型自動拳銃。

 安全装置を解除、スライドを引いて弾丸を装填する。

 

 電磁加速式である馬鹿でかい対物拳銃のパワーセルが、いつでも電磁力で弾体を射出可能な状態に移行する。

 出力は最大値に設定。

 

 そして有無を言わさず、エルフリーデは自分とアレンのシートベルトを外した。

 次の瞬間、前方を走っていた装甲車の足下で何かが爆ぜた。

 車両がひっくり返るのが見えた。

 

 急ブレーキが踏まれる。大型トレーラーが慌てて減速したのと同時に、それまで見渡す限りの銀世界だった場所――道路の両脇が、ぼこっと盛り上がった。

 それは人影だった。

 

 

「伏せて!」

 

 

「うわぁ!?」

 

 

 エルフリーデはほとんど飛びかかるような勢いで、アレンの身体を引き倒した。次の瞬間、雪を盛り上げて現れた襲撃者たち――馬鹿でかい対戦車ロケットランチャーを担いだ歩兵が襲ってくる。

 構えられた発射筒から、ロケット弾が飛び出す――固体燃料ロケットモーターに点火され、猛烈な速度で推進する成形炸薬弾。

 エルフリーデ・イルーシャの判断は迅速だった。トレーラーの運転席、そのドアを開ける。

 

 そしてアレンを外に蹴り出しながら、自身も転がり落ちるように地面へ飛び降りる。

 ほぼ伏兵がわかったのと同時の退避――少女がごろごろと路面を転がった刹那、大型トレーラーの運転席が爆発した。成形炸薬弾が炸裂し、ごうごうと炎に包まれる運転席――アレンの安否はわからない。

 

 ううっ、うめき声。目をやるとアレン技師は地面に倒れていた。受け身を取り損ねたようだが、とりあえず生きてはいる。

 

 

――よかった。

 

 

 そうして安堵の息をつく暇もなかった。

 雪を蹴立てて、重厚な装甲を身にまとった人影が飛び込んでくる。それは人間ではありえない跳躍力を持っていたものの、機甲駆体に比べればはるかに小柄だった。

 

 その甲冑じみた影の正体を、エルフリーデ・イルーシャは知っている。

 騎士甲冑――そう呼ばれるベガニシュ帝国製の強化外骨格だった。現代戦では時代遅れになりつつある旧式の装備だ。

 

 雪上迷彩が施された白い装甲は、丸みを帯びたアルケー樹脂のプロテクターで構成されている。人工筋肉のアクチュエーターは音もなく、しなやかに歩兵を超人的な身体能力を持った存在に仕立て上げる。

 そいつらの数は三つ、エルフリーデから見て前方一〇メートルの距離に着地。

 

 

「目標を発見した、これより排除する」

 

 

 くっきりと聞こえる言葉は、ベガニシュ語だった。

 明瞭な殺意を感じ取った。そして今、護衛のバレットナイト部隊は飛来する自爆ドローンにかかりっきりだ。エルフリーデは即断即決した。

 

 

――事情はわからないけど、殺すしかない。

 

 

 襲撃者たちの落ち度は二つ。

 一つは確実に対象を視認して、死体の顔を記録するため近接戦を選んだこと。

 二つめはエルフリーデ・イルーシャの驚異的身体能力を知らなかったこと。

 ゆえに彼らは死ぬ。

 

 

「――ッ!」

 

 

 エルフリーデは一息に距離を詰め、獣のように飛びかかる。相手の銃口が宙を切った。ちょうど股ぐらの間に頭部を挟み込むにして飛び乗った――数十キログラムの体重を利用して、強化外骨格を着込んだ歩兵の重心を狂わせる。

 

 相手がエルフリーデを振り払おうと、片手を伸ばしてくる。

 それだけの隙があれば十分だった。大型自動拳銃の銃口を、押し当てるようにヘルメットの隙間にねじ込んだ。

 引き金を引いた。

 

 強烈な電磁力の作用の果てに、銃身から吐き出される弾丸――脳幹を破壊する一撃――血しぶきが耐環境パイロットスーツに散った。

 ごぽごぽと血を吐き出しながら倒れ込む騎士甲冑。

 頭部を失った凄惨な人型が、雪を真っ赤な血で溶かしていく。

 

 

 エルフリーデはその無残な光景に心揺れることなく、その腰からするりと武器を奪い去った。腰に提げられていたサーベルを抜き放つ。

 刃渡り七〇センチはあろうかという合金の刃、柄に存在するスイッチ、耳をつんざくような振動音――振り返りもせず背後に投げつけた。

 高速振動ブレードがライフルの銃身に突き刺さる。

 今まさにエルフリーデに向けられていた銃身が引き裂かれ、弾丸は明後日の方向に飛んでいった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 いきなり手元で銃が真っ二つになって、面食らう二人目の強化外骨格兵――その一瞬があれば十分だった。

 地を這うような低姿勢、ほとんどスライディングするような格好で相手の足下に滑り込む。

 大型自動拳銃が構えられる。狙うのは股関節、装甲化が最も困難な部位――銃口からプラズマ化した大気が吐き出される。

 

 轟音。

 激烈な反動で手首が軋む。

 そして投射された弾丸は、狙い違わずに股関節を撃ち抜き、その内部で炸裂した。

 肉が裂ける。骨が砕ける。無数の血管が押し潰され、人体構造をつなぎ止めているあらゆる体組織が崩壊した。

 

 片足が根元から千切れ飛び、どぼどぼと肉片をまき散らしながら敵兵が倒れ込む。

 悲鳴すら上がらなかった。瞬時に負ったダメージの甚大さに耐えきれず、ショック死したのだ。

 

 血まみれの騎士甲冑――肉片が飛び散った地面を避けて、ごろごろと雪上を転がって姿勢を変える。一泊遅れて銃弾が地面を穿(うが)った。

 三人目の敵兵が、殺意に満ちた銃火を加えてくる。死体が着ている装甲を盾にして、飛んできた銃弾をやり過ごす。

 

 

 

――ひどい血のにおい。

 

 

 

 分厚い装甲服を着た成人男性の死骸は、エルフリーデの身体が十分に隠れられるだけの遮蔽物だった。

 ギンギンギンギン、と銃弾が弾かれる音。超硬化結晶体が用いられているライフル弾が、アルケー樹脂装甲の甲冑を削り取っていく。

 

 心臓に悪すぎる数秒間で周囲の状況を把握する。

 銃撃が飛んできている方向を推定する――電磁式ライフルの厄介なところは発砲音がしないことである。火薬を用いた実包式と異なり、電磁式は静音性が高い。

 

 だから脳内で鳥瞰図(ちょうかんず)を描くようにして想像力を駆使する。周囲の地形と自分との位置関係を理解し、片手だけを突き出して発砲する。

 当たった。

 敵兵がひるんだのを感じ取る。

 

 

 

――大体わかった。

 

 

 

 間違いなかった。事情はわからないが、敵はベガニシュ兵だ。しかもエルフリーデ・イルーシャを目標にして攻撃してきている。

 つまり敵だ、問題はない。すべきことを理解する。まずは機甲駆体を起動させねばならない。

 

 野外運用試験のために持ってきた、帝国製の機体が寝かしてあるトレーラー後部まで、現在位置からはざっと七メートルの距離がある。

 運転席は爆破された。

 ハッチを開くにはトレーラー後部の手すりを登って、開閉スイッチを操作する必要があった。

 

 次の瞬間、エルフリーデは全身の筋肉をバネのように伸縮させ、トレーラーの車体の下から転がり出た。

 冷たい外気を浴びながら、猛烈な勢いで弾かれたように立ち上がる。

 

 そして皮膚感覚で知覚した。死角から迫り来る歩行音。音を吸収する雪上であっても、地面を伝わる振動までは誤魔化せない。

 エルフリーデのいるトレーラーの影へと迫る、獰猛な戦士――銃剣を着剣したライフル銃が突き込まれる――その切っ先を避ける。

 

 即座に飛んでくる肘打ち。

 それをかいくぐるようにして身をかがめる。まるで喉元に短剣を突きつけるように、片手で〈騎士の拳銃〉を構えた。

 

 三人目の強化外骨格兵が膝蹴りを叩き込もうとした刹那、銃撃。

 右手首が痺れる。

 じんじんと関節も靱帯も痛む感じ。指の感覚が残っていることさえ奇跡のように思えた。

 八ミリ電磁機銃までは弾くことができる騎士甲冑――その表面で超音速の弾丸が弾ける。装甲を貫通するには至らない。しかしその姿勢を揺るがすことには成功する。

 

 

「ぐおっ!?」

 

 

 うめき声。その腰から短剣を奪い取る。

 引き抜かれたナイフの柄。炭素鋼で作られた刃を力一杯、間接部に突き刺した。

 刺さった。だが浅い。人工筋肉の束によって刃が絡め取られたのを感じる。

 

 次の瞬間、打撃が飛んできた。エルフリーデは目一杯、身体から力を抜いてそれを受け止めた。拳が腹に突き刺さる。耐環境パイロットスーツの素材、衝撃吸収機能が作用する。

 内臓破裂してもおかしくない一撃が、辛うじて腹筋で耐えられる衝撃に緩和された。

 つまりめちゃくちゃ痛い。

 

 

「げほっ!! ごほっ! ぐ、がぁ――」

 

 

 息が乱れたが、呼吸を取り戻す必要はない。酸素を求めて肺と腹膜がうごめく中、苦痛が脳を塗り潰すその瞬間でさえ、勝利のために最適化された行動が取られる。

 構えられる銃口。

 

 〈騎士の拳銃〉の銃口の先にあるもの――敵兵のライフル銃がこちらに向けられるよりも早く、引き金を引いた。

 弾体が超音速にまで加速する。プラズマ化した大気が白熱して、今度こそ騎士甲冑の隙間――人工筋肉に包まれた柔らかな肉を穿(うが)った。

 

 ごぼり、と血が吐かれて、倒れかかった騎士甲冑が動かなくなる。オートバランサーの作用だった。着用者が死んだあとでさえ律儀にバランスを取る自動的機能。

 エルフリーデは意識して呼吸を取り戻すのに要したのは、たったの三秒だった。

 

 血に塗れた指を雪になすりつけ、獣のように全身の筋肉で立ち上がった。

 連続発射で銃身が熱された拳銃をホルスターに突っ込み、トレーラー後部の梯子(はしご)を登った。

 開閉スイッチを見つける。

 

 

 

――行こう。

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャはそうして、自身の依代となる巨人を駆る。

 骸を作り、血に塗れ、銃を手にして――ただより大きな死によって戦いを制するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










ロボットに乗ってない美少女パイロットをパワードスーツで襲撃!!←吹き荒れる血しぶき




エルフリーデさんはわりとゴリラ。






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