機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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冬の嵐(3)

 

 

 

 

 ベガニシュ帝国とはこの古き大陸における覇権国家であり、その大地を支配する超大国である。

 この帝国は矛盾する性質をいくつも兼ね備えている。

 

 帝都コルザレムを中心とした皇帝の権威、大陸各地を統べる貴族の支配、科学を崇拝せんばかりの先進技術への情熱、君主と騎士の絆を尊ぶ精神文化──そのいずれかだけを見ても、この強大無比にして尊大なる帝国の本質を掴むことはできない。

 

 ベガニシュ帝国が大いなる多頭竜に例えられるのは、その異様にして異形たるありようゆえである。

 あるいは過去、バナヴィア人の歴史学者の発した言葉を借りるならば──カビの生えたような封建制を、地上に世界において並ぶものがない科学技術が支える構造体──そのように言い表すこともできよう。

 

 この帝国が真実、驚異的である点はまさにそこである。

 ベガニシュ人と同程度に、封建制を強く残した国家はこの大地に腐るほど転がっている。だがベガニシュ帝国ほど、戦略・戦術・兵器においてこれをアップデートしてきた国は存在していない。

 

 これほどまでに旧態依然としたシステムの国家が、他の如何なる勢力よりも柔軟に、戦うための知恵を進歩させてきたことは特筆に値する。

 

 貴族の愚劣さを笑う娯楽小説の類が、古色蒼然とした支配階層の滅びを如何に描こうと──彼らは戦い、勝利することで無慈悲な現実を示してきた。

 

 ゆえに。

 バナヴィアより生まれた近代国家の理念を信じるものは、侮蔑と憎悪を込めてこの古き帝国をこう呼ぶ。

 

 

 

──邪悪なる征服者、と。

 

 

 

 獅子(レーヴェ)の名を冠した重戦車は、帝国の有する科学技術と精神文化の結晶とも言える戦闘車両だ。

 

 帝国は陸軍大国として名を馳せてきた国であり、戦車(チャリオット)の歴史もまた古い。電気駆動の車輪と装甲板、そして火砲を備えたこの種の車両は、中世の昔から存在していた。

 騎士甲冑やドローンと同じく、それらは貴族や神官の有する強力な軍事力の象徴であった。

 

 ベガニシュ帝国陸軍が制式採用している重戦車〈レーヴェドライ〉は、そうした長い歴史の末端部、最新の流行に沿って設計されている。

 

 五〇口径一四〇ミリ液体装薬式滑腔砲を搭載した単一の砲塔、索敵システムと連動した機銃付きの自動銃塔、徘徊型ドローンを射出する弾薬庫、自動装填装置によって高速化された主砲の発射間隔、チタン合金とアルケー樹脂とセラミックを組み合わせた複合装甲、超伝導モーター駆動の無限軌道(クローラー)──それらすべてを収めた兵器システムのサイズは全長一二メートル、車体長八・六メートル、主砲の砲身長七メートル。

 

 ほとんど動く要塞と言っていい怪物である。

 今からさかのぼること三〇年ほど前まで、戦車には二つの区分が存在していた。

 すなわち軽量で機動力に優れた軽戦車と、重装甲と火力に優れた重戦車である。

 

 この時代、すでに戦車の定義はある程度固まっていた。敵の陣地を打ち砕く火砲、機銃掃射や砲弾の破片を防ぐ装甲板、これらを駆動させる超伝導モーターの駆動システム──堅く、強く、速い──それが戦車に求められる基本的な性能だったと言ってよい。

 

 人間には不可能なレベルで、攻撃、防御機動の三要素を兼ね備えること。

 そのようにまとめることもできよう。

 

 しかしながらその実現が難しかった。単純にすべての要素をバランスよく高水準に保った戦車が作れなかったのだ。難しかったので当時の兵器工廠は二つの案を出した──機動力を重視して他二つを妥協した軽戦車、火力と装甲を選んで機動力を妥協した重戦車。

 

 すべてを成立させた理想の戦車──主力戦車と呼ぶべきだろう──は実現不可能であり、役割に合わせて機能を分割するのが現実的アプローチだった。

 こうなった理由は多々あるが、やはり最大の要因は仮想敵の多様性だろう。

 

 低空域から接近して爆弾を落としてくるドローン兵器がある以上、多砲塔化による対空機銃の搭載は不可欠だった。

 それでいて対戦車戦闘も想定するのなら、必然的に車体は大型化する。大きな車体に高い防御力を求めるなら、重量はさらにかさむ。

 こうした理由を経て、前世代までの戦車は設計されてきた。

 

 〈レーヴェドライ〉はバレットナイトの登場以後に設計、開発された重戦車である。つまり軽量で高出力のレールガンを運用可能な人型兵器が、その存在の前提であった。

 バレットナイトはその開発から数年で実戦投入され、最初期の第一世代機〈パンツァーゾルダート〉が、パナヴィア戦争をはじめとする様々な紛争で活躍した。

 

 こうして蓄積された実践データを経て、改良を重ねた第二世代機〈アイゼンリッター〉が新規設計されて──軽戦車と呼ばれるカテゴリーの戦闘車両は終わった。

 装甲が薄く軽武装な代わりに足が速い、という軽戦車の売りは、すべてにおいてバレットナイトが上位互換になっていたのである。

 

 まず重量が違いすぎる。

 バレットナイトはとにかく軽い。

 合金製フレームと電気収縮式の人工筋肉がその重量の大半を占め、装甲材は軽量なアルケー樹脂だ。

 

 それでいて電脳棺の恩恵──エーテルパルスの付与によるアルケー樹脂の防御力増加、高度な姿勢制御システムによる高反動火器の運用、高出力ジェネレータによるレールガンの運用能力──は大きく、四メートルの巨人はとにかく恐ろしく便利だった。

 

 そのくせ遺跡の自動工場の生産物が由来だから、生産コストも安い。

 これだけのスペックを持ちながら、単座で整備性も良好である。

 つまり軽戦車は完全にその居場所を失った。

 

 こうした戦場の変化を受けて、もう片方の戦車──重戦車はその役割をより明確にすることで生き残りを図った。

 目指したのはバレットナイトにはできないことを、すべて補える移動要塞的な存在である。

 

 主砲はより大型化され、一四〇ミリ滑腔砲にまで巨大化した。それまでの重戦車の主砲が一〇〇ミリ前後だったことを考えれば、恐ろしいほどの進歩──自動装填装置と液体装薬の採用、高度な姿勢制御システムにより、大口径化したにもかかわらずその連射速度は従来の戦車に劣るものではない。

 

 それまで多砲塔化して補われていた対空防御は、高性能化したRWS(リモートウェポンシステム)により自動銃塔に一本化された。

 

 装甲材にはアルケー樹脂が積極的に利用され、大型化した車体の軽量化が図られていた。他にはチタン合金とセラミックが積層されており、複合装甲とすることで防御力を確保しつつ軽量化に成功。

 それでもなお七〇トン級の車体を駆動させるのは、超伝導モーター駆動の無限軌道だ。

 

 ゆえに戦車は未だに陸戦の王者である。

 バレットナイトの重量が五トンにも満たないことを考えれば、両者の質量の差は実に十数倍にもなり、光波シールドジェネレータというエネルギーバリアがあってなお、その防御力の差は隔絶している。

 バレットナイトが用いる携行火器の一つ、四〇ミリ電磁狙撃砲でさえ、〈レーヴェドライ〉の正面装甲を貫徹することは不可能なのだ。

 有効打になりうるのは噴進手裏剣や対戦車ミサイルなどの成形炸薬弾だが、それらは自動銃塔で迎撃されやすい武装でもあった。

 

 要するにこういうことだ──帝国最強の重戦車はバレットナイトを意識しており、それゆえに正面戦闘でバレットナイトが勝利することは難しい。

 そういう寒々しい現実が今、エルフリーデたちに襲いかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ベア小隊の隊長機、ベア1はバナヴィア人である。

 かつて祖国を守るため防衛戦争に駆り出され、戦地で終戦を迎えてしまった一兵士である。そんな彼がヴガレムル伯爵家の軍隊で、帝国製のバレットナイト部隊を率いるようになったのは、並々ならぬ努力と才能あってのことだった。

 

 彼はベア小隊で数少ない、帝国軍と戦ったことのある兵士だ。

 それゆえに帝国製の戦車が好む戦術にも心当たりがあった。

 

 

『ベア1から各機! ベア2とベア3は対戦車ミサイルを発射後、後退! ミサイルの着弾を確認後、ベア4とベア5は一二時と一三時の方向、距離三〇メートルに発煙弾を発射! ベア6、ベア7、ベア8は障壁を展開、味方の後退を援護しろ!』

 

 

 さて、すこぶるよろしくない状況だが、少しはいいこともある。先ほど敵戦車はドでかい砲声を響かせ、砲弾を撃ち込んできた。

 

 こちらの優れた索敵システムは敵の現在位置を特定した。

 レーザー誘導式の対戦車ミサイルならば、問題なく対象に攻撃できるだろう。

 命中率さえ考えなければ、だが。

 

 

『了解!』

 

 

 最悪の状況だったが、部下たちの士気は高い。そのように訓練され、選抜された人材なのだ。

 前方に展開していた二機の〈アイゼンリッター〉が、背部ハードポイントのミサイルランチャーを構えた。歩兵携行型の対戦車ミサイルをベースに、車載用として改良したものだ。

 

 バレットナイト本体のセンサーシステムと連動した発射機から、細長い筒状の飛翔体が飛び出した。

 固体ロケットモーターに点火、瞬く間に音速の矢となって飛翔するミサイル──数秒後、視界の彼方でぱっと炎が散った。

 爆発したのだ。

 

 成形炸薬弾が爆ぜたのか、迎撃されたのか、こちら側からはうかがい知る術もない。

 次の瞬間、別の二機の〈アイゼンリッター〉が発煙弾を発射した。レーザー照準器による距離測定を妨害し、光学観測を困難にする黒い煙がもくもくと垂れ流される。

 

 煙幕が、白銀の雪原に真っ黒な煙の帯を広げていく。

 それを合図にして光波シールドジェネレータを起動させ、粒子防御帯の障壁を展開したバレットナイト三機が前に躍り出る。

 光が爆ぜた。

 

 煙幕の真っ黒なベールを突き破って、一四〇ミリ榴弾がぶち込まれたのだ。先ほどに比べて、攻撃の精度は落ちていた。

 車列群から大きく横にそれた砲撃だ。

 どうやら対戦車ミサイルは直撃し損ねたようだが、煙幕と合わせて敵の狙いをずらすことには成功したらしい。

 

 だが問題はこのあとだ、とベア1は思考する。

 敵戦車〈レーヴェドライ〉の正確なスペックは不明だが、ヴガレムル伯爵軍ではある程度の予測を立てている。

 ベア1が知るところによれば、〈レーヴェドライ〉の主砲は一分間に六発から七発、一四〇ミリ砲弾の発射が可能である。

 姿勢制御システムや砲身の冷却システム次第では、さらに高頻度の攻撃もありえるが──まあそんなところだろう、予想しておくに限る。

 

 

『こちらライオネス1。残り四〇秒で起動シークエンスが完了。この機体には対戦車レールガンが搭載されています、照準器は調整済みです』

 

 

 エルフリーデ・イルーシャから機体のデータが送信されてくる。

 仰々しいベガニシュ帝国陸軍の書式──馬鹿でかい対戦車レールガンを携えた大型機であることが読み取れた。

 バレットナイトで正面から戦車と殴り合うための装備らしい。どれほど当てになるかはわからない。

 だが今の状況では、頼りになることを祈る以外にやりようがなかった。

 

 

 

『こちらベア1。残り時間は我々で保たせます。その後の反撃はお任せします』

 

 

 

 問題は撃ち込まれる主砲だった。

 発射間隔から考えてあと数発飛んでくるはずだ。

 

 

『空中に目を向けろ! 重戦車(レーヴェ)のドローンにこちらを観測させるな!』

 

 

『ベア3、敵ドローンを確認──撃墜しました』

 

 

『よくやった!』

 

 

 後方の車列に目を向ける。こちらの進行方向、おおよそ二〇〇〇メートル先に待ち伏せしていた敵戦車は、おそらく一両だけではない。

 降り積もった雪と木々がちょうどよく遮蔽物になっているのか、待ち伏せに適した地形が少なかったのか──今のところこちらに攻撃を加えてきているのは一両だけだが、最低でももう一両、敵がいると考えるべきだった。

 

 下手をすれば四両──戦車一個小隊が敵である可能性もあるのだ。

 刹那、再び砲撃が弾けた。今度は榴弾ではなかった。代わりに高エネルギー粒子の盾がごっそりと削り取られ、着弾時に発生したエーテルパルスの爆発が悲鳴のような衝撃を生み出していた。

 

 そして粒子防御帯が消え失せる。

 エネルギーバリアの発生器が負荷限界を迎えて、その機能を停止したのである。

 

 

『ベア7、後退しろ』

 

 

『了解!』

 

 

 あまりよくない展開だった。

 敵は対戦車榴弾による車列の皆殺しが叶わないと見るや、対戦車徹甲弾による装甲目標の破壊に狙いを切り替えている。

 すでに後方では撤退が始まっていた。

 

 路肩爆弾でふっ飛ばされた装甲車も、乗員は奇跡的に死傷者がいなかった。今は別の車両に人員を振り分けて乗せて、道路を引き返している最中である。

 

 当然、後退する車列群の護衛にもベア小隊のバレットナイトがついている。

 つまりベア小隊は今、強力無比な重戦車を相手に、半分の戦力でしのぎ切らねばならなかった。

 

 

『バリアが限界になった機は後退しろ!』

 

 

 こうなってくると、発煙弾による煙幕は生命線だった。

 あるいはここが平地でさえなければ──地形を盾にして接近し、戦車の側面や上面を攻撃して撃破するのも選択肢としてありえた。

 

 しかしここは平地であり、道路沿いに生えている木々が頼りない遮蔽物と思えるような地形だった。

 間違いなく射的のように狙い撃たれるのがオチだろう。

 砲撃が飛んでくる。

 

 超高速の徹甲弾が雪原に突き刺さり、雪の欠片が飛沫のように撒き散らされていく。

 恐ろしい状況だった。

 

 敵戦車が位置を移動していることを考え、さらに発煙弾を発射する。

 もくもくと炊かれる煙幕──敵の現在位置を確認したい衝動に駆られた。

 

 しかし敵と味方の索敵システムは同等と考えてよい。

 つまり顔を出せばお互いに相手を視認できる。

 最低のかくれんぼだった。

 しかもこちらは常におおよその位置が露呈しており、相手側は必殺をいつでも撃ち込めるのだ。

 

 一〇秒が経過した。敵は撃ってこなかった。 

 二〇秒が経過する。やはり撃ってこない。

 ベア1は息を呑みながら平静を装い、声を張り上げた。

 

 

『ベア小隊、各機へ! これより撤退を始める! 周囲を警戒しつつ転進!』

 

 

 そして声を発した次の瞬間、ベア1は勢いよく垂直方向に跳躍した。それは恐るべき直感のなせる技だった。

 瞬間、〈アイゼンリッター〉の真下で爆発が起きる。

 

 対戦車榴弾が爆ぜたのだ。強烈な爆発と破片がミックスされた殺傷力が、嵐のように吹き荒れた。

 運が悪かったのは、それが綺麗に〈アイゼンリッター〉の足首を吹き飛ばしていたことだ。

 二足歩行で駆動するバレットナイトは、脚部の損傷がそのまま機動力の死に直結する。

 

 

『隊長!?』

 

 

 部下の悲鳴のような声。無防備に地面に投げ出された〈アイゼンリッター〉が、片膝をついてゆっくりと立ち上がる。

 無理だった。右の足首がねじ切れている。

 ぎこちない歩行ならばともかく、陸戦兵器としての十全の機動力など望むべくなかった。

 

 そして薄れてきた煙幕の向こう側に、こちらに対して接近してきた敵戦車の姿が見えていた。

 距離にして一五〇〇メートル。護衛として〈アイゼンリッター〉型のバレットナイト四機が視認できる。

 焦れて勝負を決めに来た、と見るべきか。

 おそらく後詰めもいるはずだ。

 

 

『こちらベア1、脚部を損傷した。脱出する。以後、指揮はライオネス1に委譲する』

 

 

 ベア1の判断は迅速だった。おそらく自分の脱出は間に合わない。そして今この場において、最も指揮官として優れているのはライオネス1──エルフリーデ・イルーシャだ。

 

 そのときだった。

 運転席の爆破された大型トレーラーの荷台で、巨大な影が立ち上っていた。

 青みがかったグレーに塗装された巨人――それは大きく、無骨で、明らかに〈アイゼンリッター〉とは異なる機影だった。

 

 まず背丈が違う。

 身長六メートル以上はあろうかという巨体は、四メートルの〈アイゼンリッター〉をはるかに凌駕する体躯。

 大型重機を彷彿とさせる太ましい胴体、類人猿よろしく長く大きな腕、巨大な無限軌道を取り付けられた脚部──そのすべてが、これまで設計されたあらゆるバレットナイトと異なる異質さを浮き彫りにしている。

 

 トレーラーの荷台から、巨人が降りてくる。

 その重量でトレーラーが傾ぐのがわかった。

 馬鹿でかい武装──太い右腕に保持された、恐ろしく長い砲身──中世の騎兵槍を思わせる対戦車レールガン。

 カウンターウェイトとして左腕に装備された、分厚く尖った盾──地面に打ち込むためのスパイク状の先端部──凶悪な存在感そのもの。

 

 

 

 

 

『ライオネス1、了解──〈アイゼンヴェヒター〉、これより対戦車戦闘を開始します。ベア1は脱出を』

 

 

 

 

 

 そして英雄はこともなげに、帝国最強の陸戦兵器との対峙を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









重大お知らせ(2回目)
というわけで【書籍化】です、【書籍化】しますよ!!!
すごい!!





詳細は…後日…!(2回目)




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