機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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クロガネの秘密

 

 

 

 

 

 

 

 

――長い、長い夢を見ていた。

 

 

 

 

――報われず、救われず、あまりにも多くが失われる夢を。

 

 

 

 

 もうろうとする意識が、視線が宙をさまよう。虚ろなまなざしのまま、最初、少女はぼんやりと天井を見上げていた。

 見知らぬ天井である。

 少なくともバナヴィア北部にある実家の天井ではないな、と思う。見慣れた木の模様ではないから間違いない。

 段々とはっきりと周囲の風景が見えてくる。自分はどうやらベッドに寝かしつけられているらしく、全身が気だるい感じだった。如何にも運動不足といった感じの体調だ。

 ふと視界の隅に違和感を感じた。

 黒い衣服を見つけた誰かが、椅子に座って自分を見下ろしている。

 

 

――クロガネ?

 

 

 眼球を動かして、少女は――エルフリーデ・イルーシャはそいつを見た。

 

 

――えっ、ちょっと待って、誰!?

 

 

 ()()()()()、と思っていただきたい。

 ブリキ缶を被ったような奇怪な頭部をした執事服姿の怪人――そうとしか言いようがない。金属製の頭部を持つ紳士を想像して欲しい――が、少女の顔を覗き込んでいた。

 エルフリーデはびっくりしすぎて動きが固まった。

 まるで蛇に睨まれたカエルの風情、目を見開いて呆気に取られている少女の瞳孔が、覚醒時のそれであることを確認したのか――ブリキ缶の怪人が猫なで声を発する。

 

「はじめましてエルフリーデ様、私はシノムラ家の家令、機械卿ハイペリオンと申します。あぁ家令なのに今の今まで顔合わせすらしていないとは、シノムラ家の自由さも少々行き過ぎな気がしてしまいますね――ちなみにあなたがサルベージされ再物質化プロセスを実行されるまで百二十時間が経過しています。あなたに情報的欠損が皆無であることには、クロガネはもちろん私でさえ驚愕しておりますとも。まさに神に愛された才能と言っていいですね誇っていいですよっていうか若干気持ち悪いレベルで健康体ですね怖い」

 

 声は少年のようでもあり少女のようでもあった。最初こそ慇懃だった物言いは後半に行くにつれて怪しくなり、最後に至ってはストレートな罵倒だった。

 今まで聞いたことがないタイプの罵倒だったので、むかっ腹が立つ前に「どういう情動の変化があればそういう物言いになるの!?」と混乱することしかできない。

 エルフリーデ・イルーシャは長い長い沈黙の末、結局、一番大きな感情を声にした。

 

 

うわぁあああああああカカシが喋ってるぅうう!?

 

 

 というか本気で困惑している。

 誰だこいつ、という気持ちに嘘偽りはない、天国の父母に誓ってもいい。

 

 

――誰なのこいつ!?

 

 

 至近距離で大声を出されたにもかかわらず、ブリキ缶の紳士はにこやかな態度を崩さなかった。

 そもそも表情があるかもわからない――スリット上の穴が開いているので、たぶんそこが目なのだと推察される――怪人なので、雰囲気で判断するしかないのだけれど。

 

「ええ、ええ、実に率直で愚かしい悲鳴ありがとうございます」

 

 確信した。

 たぶんこいつは自分の反応を面白がっているし、そこには悪意らしい悪意が欠片もない。

 それが無性にしゃくに障ったので、エルフリーデはベッドから跳ね起きると、全速力でブリキ缶の紳士から距離を取った。

 ここでようやく、どうやら自分は病院の検査着のような簡易な服を着せられているらしいと理解する。

 おかしい。

 記憶にある限り、自分はパイロットスーツを着てバレットナイトの中にいたはずだ。そして機体ごと分解され、真っ白な光に飲み込まれた。

 それがこうして生身の身体でベッドの上にいるなんて、何もかもつじつまが合わないではないか。

 エルフリーデ・イルーシャは、戸惑いと共にぽつりと呟いた。

 

「ちょっと待って、誰が着替えさせたの?」

 

 まるで見計らったようなタイミングで、従者を連れた紳士が入室してくる。黒いモーニングコートを着込んだ男は、黄金色の瞳でエルフリーデの顔を見つめていた。

 いつも通りの無表情、いつも通りに愛想のない表情、少しだけほっとしたような雰囲気なのは自分の見間違いだろうか。

 少女の主たるヴガレムル伯クロガネ・シヴ・シノムラだった。

 

「そいつだ。性別がない機械のやることだ、大目に見ろ」

 

「クロガネ? え、いや、性別がないってどういう――」

 

低倫理型(ローモラルタイプ)汎用人工知能ハイペリオン――おおよそ考えうる限り最低の人類の恥、全身が機械で構成された人形だ。慇懃無礼だが気にするな、やつの妄言に価値はない」

 

「おやおや、私の尊厳が激しく侵害されていますね。アニミズム曰く、万物には霊が宿るそうですよ? アンゲルシウムを用いた超高密度頭脳を持つ私は、あなた方、人類よりよほど霊長の名に相応しいと自負しております」

 

 クロガネとブリキ缶の怪人のやりとりを見聞きして数秒間、エルフリーデは絶句していた。

 これまでもクロガネは不可視の魔法のような透明化技術だとか、わけのわからない玩具を持っていたけれど――急に現実感(リアリティ)が損なわれている気がする。

 歌って踊れて喋られるカカシなんて、それこそおとぎ話の中の存在だろう、普通は。

 ギギギ、と油を差していない機械部品みたいにぎこちない動きで、少女は首を回した。助けを求めるようにベッドの上からクロガネの顔を見上げる。

 

「……じんこう、ちのう? えっと、空想科学小説に出てくるアレですよね、電子回路は機械の脳みそになるっていう」

 

「ハイペリオン卿は大変頼りになる方ですよ、エルフリーデ様。少々、言葉使いに癖がありますが……」

 

 戸惑いっぱなしのエルフリーデに助け船を出すように、ロイ・ファルカが口を開く。どうやら彼の様子を見るに、このカカシ――機械卿ハイペリオンはシノムラ家の中では周知されているらしい。

 癖があるのは認めていいんだ、と思うエルフリーデだった。

 落ち着いて周囲を見回すと、エルフリーデが寝かしつけられていたのは屋敷の中の一室らしかった。おそらく普段は客を泊めるため空けられているような部屋である。

 もちろん伯爵家の空き部屋なので、それはもう家格に相応しい内装なのだけれど。

 何から何まで高級っぽいということしか、庶民派であるエルフリーデ・イルーシャにはわからない。たぶん伯爵令嬢のミリアムあたりなら目が肥えてるんだろうなーと思う。

 ひとまず気分が落ち着いたエルフリーデは、ひどく喉が渇いていることに気づいた。

 

「どうぞエルフリーデ様、お水です」

 

「ありがとう……」

 

 ブリキ缶の紳士――機械卿ハイペリオンというらしい――が、例によって猫なで声で水の入ったグラスを差し出してくる。

 この見た目で妙に気が利く。伊達に家令を名乗ってはいないらしい。

 ちびちびとグラスの中の水を飲んで、ふと視線に気づく。クロガネが自分の様子を見ている。

 

「伯爵?」

 

「身体に異常はないか?」

 

「少しだるいですが、たぶん寝っぱなしだったせいです。あの、わたしっていつ回収されたんですか?」

 

「…………まだ、お前は混乱しているようだな。少し待て、今、説明しよう」

 

 クロガネは珍しく、素直に少女の身を案じるようにそう呟いた。

 後ろではロイ・ファルカがせっせと車輪のついた大きな板を運んでいる。それは貴族趣味の屋敷に相応しくない、妙に実用的で色気のないホワイトボードだった。

 どこから出したんだろう。さっきまであんなの部屋にあったっけ――金髪碧眼の従者の手慣れた動きに戦慄するエルフリーデを横目に、にこやかな口調で機械卿ハイペリオンが喋る。

 

「では僭越(せんえつ)ながら私の口から端的な事実を述べさせていただきます。エルフリーデ様、現在はサンクザーレ森林地帯での戦闘から七日経過しています。あなたは事件発生から五日後に、旦那様のご尽力によってサルベージされ、丸二日寝込んでいたのです」

 

 背後ではハイペリオンの発言に合わせて、ロイ・ファルカが油性ペンでホワイトボードにタイムラインを書き出している。

 【サンクザーレの戦闘】→【五日後にエルフリーデ様の回収】→【二日間寝込む】→【エルフリーデ様が目覚める】――ものすごくわかりやすいまとめなのだが、妙に手慣れているという感想が拭えない。

 思わずクロガネの顔を見つめて、ぽつり、とエルフリーデは呟いた。

 

「いつもやってるんですか、これ?」

 

 黒髪の伯爵は、重々しく頷いた。

 真面目な顔である。

 

「――目で見て理解することは極めて重要だ」

 

 エルフリーデは何も言えなくなった。

 この男、天然だ。

 だが少女には男の都合など知らぬ欲求があった。丸二日寝込んでいたと聞いては、どうにも我慢がならないことがある。

 そしてエルフリーデ・イルーシャは我が道を行く人物なので、クロガネの説明したげな雰囲気を無視することができた。

 

「ところで伯爵様、わたしはシャワーを浴びたいのですが」

 

「…………あぁ、許可しよう。ロイ、アンナを呼んで来い」

 

 身の回りの世話をするのは女性の方がよかろう、という気遣いはあったらしい。クロガネがまるでただの紳士みたいだったので、エルフリーデは「この男、ちょっとわたしに優しすぎないか?」と不信に思った。

 何故、このような気遣いができるのに、帝国内で二等市民扱いのバナヴィア人を「犬」呼ばわりしたのだろうか。

 クロガネのいいところを見つけるたびに鮮烈にダメなところが強調されていくなあ、これがコントラストってやつなのかなと一人納得する少女。

 ロイが部屋を出てから二分ぐらい経ってから、ドタドタドタドタ、とやかましい足音が聞こえてきた。

 ドアがばぁんと勢いよく開く。

 ブラウンのショートヘアをばっちり櫛で梳いた最高の美少女が、目に涙を浮かべて飛び込んできた、と思っていただきたい。

 ティアナ・イルーシャだった。

 

 

「お姉ちゃあぁああん!!!」

 

 

 そうだ。

 よく考えたら丸一週間、姉が目覚めなかったら妹は不安に思うに決まっている。

 これまで軍にいたときはずっと、家族と引き離されての任務だったから忘れていた。

 自分の胸に飛び込んできた妹のぬくもりを感じて、エルフリーデはじんわりと幸福を噛みしめた。

 

 

――もうわたしは、一人じゃないんだ。

 

 

 そんな姉妹の様子を眺めるクロガネの目は、どこまでも優しく穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、シャワーを浴びてさっぱりしたエルフリーデは、白シャツにデニムジーンズのラフな格好で部屋に戻ってきていた。

 栗色の髪(ブラウンヘア)をウェーブさせたミディアムヘア、左目から左頬にざっくり切創の痕が走っている以外は天下無敵の美少女である。

 ベッドに腰掛けてクロガネたちの説明を聞く姿勢――姉の無事を確認したティアナは、メイドのアンナに連れられて退席した。

 まだ説明されていない事象は山ほどある。

 エルフリーデの側の準備が整ったのを見て取って、クロガネが口を開いた。

 

「結論から言おう。七日前、お前は先史文明種の遺跡の暴走事故に巻き込まれた。現地では直径十キロメートルの範囲にわたって地表のすべてが消失した。粒子の一粒すら残さずにな――もちろんエルフリーデ、お前も例外ではない」

 

「えっ……」

 

 消失した。

 自分の乗っていたバレットナイトが虹の光に飲み込まれ、最終的に粒子のようになって解けていった記憶――アレはどうにも自分の錯覚ではないらしい。

 一度消えたと宣告されると、どうして今、自分がこうして実体として存在しているのか不明瞭ではあるが。

 困惑して自分の掌を握ったり開いたりしてみる。

 普通だ。

 うーん、と真面目な顔で悩み始めたエルフリーデ・イルーシャに対し、伯爵は補足の説明を始めた。

 

「消失した物質は、現場を漂う超高密度のエーテル粒子となって情報体の海を形成していた。その中でお前は情報が無意味化せず、奇跡的に回収が可能な状態だった。電脳棺(コフィン)のちょっとした応用だ。俺にはベガニシュ帝国の水準よりも高いテクノロジーの伝手があり、お前のサルベージが可能だった。驚くべきことは何もない」

 

 絶妙にわかりにくい説明だった。

 つまりエルフリーデは、水が蒸発して水蒸気になるような感じで空気中を漂っており、それをクロガネが頑張って水に戻した。

 だいたいそんなイメージでいいのだろう、たぶん。

 エルフリーデがふわふわの理解していると、ブリキ缶の怪人が話に割って入ってきた。

 

「旦那様は消えたあなたの捜索に丸一日費やし、その後、事態を把握してからすぐ、あなたの回収作業に取りかかりました。極めて危険の伴う作業に六十八時間、ヴガレムル伯クロガネ・シヴ・シノムラともあろう御方が従事されたのです。エルフリーデ様は感涙し平服すべきだと判断致しますよ私は」

 

「ハイペリオン、黙れ」

 

 自分が本当に大事にされているらしいことは、すべてをバラした機械卿ハイペリオンの口から明らかにされた。

 クロガネは若干機嫌が悪くなっている。二人のやりとりをロイ・ファルカは無言で見守っていたが、心なしか笑顔が楽しそうな気がする。

 家令も従者も、主人を玩具にしていないだろうか。

 

 

――クロガネって部下の人選間違えてないかな?

 

 

 若干、彼の人を見る目が心配になってきた。

 そしてここまで言及されて、エルフリーデは気づいた。これまで誰も、そもそもの事件の発端である誘拐されたバナヴィア人のその後について、触れていないことに気づいた。

 あえて後味が悪すぎる話題を避けて、気を遣っているのが丸わかりだった。

 

「待ってください、すべてが消えたっていうなら――あの日、あの森で殺されたバナヴィア人は」

 

「エルフリーデ、よく聞け……すべての証拠は遺跡と共に消去された。賊どもも誘拐された人々も、物質としてこの地上から消し去られた。残念だが、あらゆる事件の立証が不可能だ。実行犯が貴族であることが問題なのではない、告発の手段がないんだ」

 

「…………みんな行方不明ってことですか。ひどすぎる、そんなの……惨すぎる……これが、貴族のやり方なんですか。あんな、人間を虫けらみたいに……」

 

「彼らの精神世界においては――ベガニシュ人もバナヴィア人も平民は等しくそうだろうよ。貴族以外は人にあらず、というわけだ」

 

 なんだそれ、とエルフリーデは悔し涙をその赤い瞳に浮かべた。

 あの森に連れてこられた人たちは本来、こんな殺され方をする謂われなど何一つなかったのだ。

 それが無残にも拉致され、人知れず命を奪われたのは――エルフリーデ・イルーシャを引き込むためだ、とあの貴族の刺客は言っていた。

 わからなかった。

 そこまでして軍を除隊したエルフリーデに、見知らぬどこぞの貴族が執着する理由がわからない。

 たぶんその答えを知っているのは、少女の今の雇い主である眼前の伯爵だった。

 

「……すべて俺の責任だ。お前が負うべき責任は今回の一件にはない」

 

 そう言い終えて、クロガネはエルフリーデ・イルーシャの顔を見た。少女が罪悪感に傷つかぬよう、慎重に言葉を選ぶかのように。

 エルフリーデが問うべきことは、罪悪の所在ではなかった。そんなもの、無辜の民を誘拐して殺した奴らが悪いに決まっている。

 目を細めて、静かに言葉を紡いだ。

 

「クロガネ卿、教えてください。どうして今回のような事件が起きたのか、その理由を知っているのはあなただ」

 

「ああ、そのつもりだ。ロイ」

 

「はい、旦那様」

 

 ロイ・ファルカが、これまたいつの間にか用意していた映像投影機――どこから取り出したのかさっぱりわからない――を操作して、窓の日差しを遮るようにカーテンを閉めた。

 部屋がうっすらと暗くなると、ホワイトボードに投影されている映像が鮮明になってきた。

 だが、映像がくっきりはっきりとしても、最初、エルフリーデ・イルーシャにはそれが何を映したものなのか理解できなかった。

 緑色の木々が並び立つ平地、それを映したと思しき映像の真ん中に異物が存在している。

 真っ黒い円筒。

 そう呼ぶほかない何かが、斜めに傾ぎながらも自立している。

 文字通り天を突くような何か――縮尺が狂っているとしか思えないほど、周囲の風景と調和していない違和感の塊。

 

 

「こちらはヴガレムル伯領サンクザーレの映像です。先日のエルフリーデ様と賊徒の戦闘のあと、サンクザーレ森林地帯で地表の構造物がねこそぎ消え去る怪奇現象が発生しました。その後、小規模な地震と共に地表が隆起してこのような人工物が出現したのです」

 

 

 距離感が狂うほど大きな構造体は、斜めに傾ぎつつも上空に向けて一直線に伸びている。比喩でなしに雲の高さにまで届きそうな、とんでもない超巨大構造体(メガストラクチャー)

 比較対象になるのがサンクザーレ森林地帯の巨木群なので、目測でざっと計算してみると二千メートルはある。

 それが人工物であることは、遺跡と同じ材質――研磨された黒曜石のように艶やかな表面――を見ても明らかだった。

 現在のベガニシュ帝国で知られている如何なる建築技術でも、このような構造体を作りあげることはできまい。というか普通に考えて、重力の影響で自壊するのがオチだろう。

 うめくようにエルフリーデは呟いた。

 

「……塔?」

 

 途方もない破滅の予感がした。

 少女の不吉な直感を裏付けるように、クロガネは首を横に振った。これはそんな生やさしいものではないのだと知らせるように、男は忌々しげに回答を口にする。

 

 

「いいや、これは砲身だ――最も忌むべき先史文明種の遺産とも言えるだろう」

 

 

 あらゆる意味で確信のこもった言葉。

 そこにこの男らしからぬ深い執着――怒りや憎しみに分類されるであろう、激しい感情を見て取って、エルフリーデ・イルーシャの胸はざわついた。

 だから、なんとなく信じる気になったのだ。

 ブリキ缶の怪人を見て驚愕する前、まどろみの中にいた自分が見ていたおぞましい夢――あの内容が、単なる空想ではないという奇妙な確信。

 エルフリーデ・イルーシャはクロガネに悟らせることなく、不意打ちのように言葉を投げかけた。

 

 

「……夢を、見ました。あなたが女の子を撃ち殺して、見たこともない大きな街が一瞬で消え去る……そんな恐ろしい夢です。すべてが生々しくて、とてもわたしの空想の産物だとは思えなかった……」

 

 

 男の目が見開かれる。

 それはまるで、今までずっとひた隠しにしていた罪を暴かれた、咎人のような表情。

 何の論理的根拠も証拠もなかった。しかしクロガネ・シヴ・シノムラという男の嘘偽りない感情をそこに見て取って、エルフリーデは躊躇わなかった。

 赤い瞳が、クロガネの黄金色の瞳を覗き込む。

 この男らしからぬ動揺が、さざ波のようにその瞳の奥で揺れている。

 

 

「クロガネ、あなたは……一体、何者なんですか?」

 

 

 長い長い沈黙の末、ヴガレムル伯クロガネ・シヴ・シノムラはため息をついた。

 それは見ようによっては、おのれの罪を認めた罪人のようでもあって――主を労るように「旦那様」と声をかけた従者を手で制し、モーニングコート姿の伯爵は目を閉じた。

 ああ、とエルフリーデ・イルーシャは確信する。

 これできっと彼は嘘をつかない。

 

 

――あなたはきっと、誠実な人だから。

 

 

 クロガネが目を開いた。

 その瞳には毅然とした決意が宿っていた。

 彼はエルフリーデの顔をじっと見つめると、ぽつり、と言葉をこぼした。

 そう、秘密を明かすのだと言わんばかりの厳かな口調で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――滅び去った世界の残滓、先史文明種(プリカーサー)の生き残り。それが俺だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だが、男の発した言葉は、エルフリーデ・イルーシャの予想を超えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………へっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の戸惑いが、虚空に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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