機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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慈悲深く、傲慢に、誇り高く

 

 

 

 ヴガレムル伯領ヴガレムル市――その地の行政の中心地、ヴガレムル伯爵の館にて。

 館の主の性格を反映するように、機能的な通信設備が張り巡らされた執務室にその男はいた。

 短くも精悍に整えられた黒い髪、切れ長の目の奥の黄金色の瞳、冴え冴えとした美しい顔立ち、筋肉質ですらりと伸びた身長一八八センチの長身。

 

 古代の神殿に祭られた彫像のような造形美――その身体を堅苦しいディレクターズスーツで包み込んだ男は、他者からこう呼ばれている。

 ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラ。

 

 侵略戦争の被害者であったはずのこの地を繁栄へと導き、とうとうバナヴィア全土を統べる未来にまで手を伸ばそうという成り上がり者。

 客観的にこの男を評するならば、毀誉褒貶(きよほうへん)が激しくなるのは避けられない。

 しかしながら鉄面皮じみたその表情には、我が世の春を謳歌する野心家のよろこびは微塵もなかった。

 

 

「カルバーナ航空基地から発進した高速輸送機が、間もなくクロイツェク管区との国境沿いに到達します。本当によろしいのですね、伯爵閣下?」

 

 

「遠回しな言い回しだな、ハイペリオン。これはヴガレムル伯爵としての決定だ、変更はない」

 

 

 彼と対面しているのは、機械仕掛けの家令だった。

 古めかしいフロックコートに身を包み、ブリキ缶のような人工物丸出しの頭部をさらけ出した紳士人形――表情などないはずなのに、皮肉っぽい微笑みを幻視せずにはいられない猫なで声だった。

 

 かつてこの世界に存在した旧文明、先史文明種が残した低倫理型人工知能。

 人間の愚かしさを嘲笑い、今もなお誰かを救おうとし続けるクロガネを観察する存在に、不死者はそっと後悔をもらした。

 

 

「俺の判断ミスだ。この局面でこれ以上の政治的摩擦を、総督府が取るリスクを過小評価した――足下がおろそかになっていたと言うことだ。いずれにせよ、一刻も早く彼らを救出するのが我々の責務だ」

 

 

「さて、私めが予想するところでは、彼らの動機はエルフリーデ様の殺害です。むしろバレットナイトに乗っているときに襲われただけ、あの方の生存確率は大きく上がったと考えるべきでしょう」

 

 

 機械卿ハイペリオンはそう言って、執務室のデスク越しに主を見た。

 クロガネに対する絶対の忠誠など、この機械知性体は持ち合わせてはいない。だが今、彼らの関係を定義づけているのは、主君と家臣という人間社会の役割だった。

 

 その前提となる契約が生きている限り、ハイペリオンが彼を裏切ることはない。

 高みを行くもの(ハイペリオン)――人類を超越する知性体でありながら、その製造目的ゆえに低い倫理観を意味づけられた存在は、薄ら笑いを浮かべて事実を述べる。

 

 

「すでにゲルト開発主任の新型バレットナイトも積み込んであります。降下殻(ドロップポッド)に包んで準備万端――」

 

 

「……俺が彼女に与えられるのは、こんな戦いの宿命だけか」

 

 

 一瞬、クロガネの顔をよぎったのは悔恨の感情だった。

 さて、クロガネは疑うべくもなく、エルフリーデ・イルーシャという少女を愛している。彼女のおかげで使命を果たし、その言葉に長き放浪の救いを見出したからだ。

 

 たとえいつか、エルフリーデが自分の下を去る日が来たとしても、その幸福を祈らずにはいられないほどに。

 クロガネは矛盾に満ちた男だった。エルフリーデが戦場で剣を振るうことに胸を痛めているのに、彼女の武勇なしには成し遂げられない未来を掴もうとしている。

 

 その愚かしさに気づいていながら、彼は立ち止まらない。

 そしてきっと、そんな男のことを――エルフリーデ・イルーシャもまた愛しているのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()のでしょう? 哀れっぽい自虐に、慰めの言葉が必要ですか?」

 

 

「ハイペリオン、お前は稀に、家令の立場を忘れるときがある」

 

 

「私めは低倫理型人工知能ですので……ええ、まあ心配は要らないでしょう。何せあの方は……暴力の星の救世主ですから」

 

 

 クロガネはしばらくの間、沈黙した。

 働きづめだった従者のロイ・ファルカには仮眠を取らせてある――ゆえに今、この部屋にいるのはクロガネとハイペリオンの二人きりだった。

 そして熟考の後、自分自身の言葉でこう語り直すのだった。

 

 

 

「ああ、我が騎士は――この地上で並ぶものなき最強だ」

 

 

 

 

 

 

 

 空を舞い降りてきた青い戦鬼――〈ラセツベール〉を見た瞬間、エルフリーデの頭をよぎったのは「今ならば勝てる」という確信だった。

 そして視界の隅、先ほどまでベア小隊と忍者が斬り結んでいた地点を見やる。

 

 足払いを食らって地に倒れた〈アイゼンリッター〉に、今まさに刃を突き立てようとする敵の姿を認めた。

 エルフリーデは迷うことなく自身の機体を突撃させた。化け物じみた二四トンの重バレットナイト、そのロケット・スラスターの推力任せの突進にひるんで、忍者のバレットナイトが後退した。

 

 

「リザ――ライオネス2、〈ミステール〉を押さえて! そいつの射程は七メートルから八メートルはある、近距離戦だけはしないように!」

 

 

『ぶっつけ本番で任されました! 私って有能なので引き受けちゃいますよ!』

 

 

 〈ラセツベール〉が地面を滑るように飛翔する。電気熱ジェット推進機構二基を活かした、推力任せのホバリングだった。強烈なジェット噴射を使って、地面から浮かび上がる機体。

 二本角の青鬼は、すかさず三〇ミリ電磁機関砲を〈ミステール〉に叩きこんだ。

 

 すでにセヴランの機体は、二基ある光波シールドジェネレータの片方を喪失している。エネルギーバリアの発生装置は強力だが、決して無敵の守りではない。

 過負荷に耐えきれずに出力装置が壊れれば、粒子防御帯の守りは失われる。

 

 それでもなお、セヴラン・ヴァロールは強力無比な使い手だった。尋常の相手でないとみるや、機体が仰向けに倒れ込む――背中側のサブアーム二本を用いて、ゴキブリじみた動きで地面を這い回ってみせる。

 

 

『うわぁ気持ち悪い!』

 

 

 リザは正直な感想を述べた。

 そして自分目がけて突撃してきたそれに、心底、嫌そうな声音で機銃掃射を浴びせるのだった。

 左右に機体を揺らし、後退を織り交ぜながら敵機との距離を保つ戦闘機動――ひとまずエルフリーデは安心すると、眼前に迫っていた忍者に殺意を向けた。

 

 セヴランから剣を奪った際、機能停止した左腕の〈ブレッヒャーシルト〉を放棄する。

 これでおおよそ三・五トン程度の軽量化に成功した。

 

 ロケット・スラスターの稼働時間は残り二〇秒。

 そのときだった。リザの〈ラセツベール〉からレーザー通信で座標データが送られてくる。現在地点からおよそ五〇〇メートル先だった。

 

 

『お姉さん、伯爵様からの贈り物です! 乗り換えの時間は私が稼ぎます!』

 

 

「――そっか、わかった!」

 

 

 どうやらバレットナイトが入った降下殻が落ちてくるらしい。

 最早、無茶振りとしかいいようがなかったが――やるしかあるまい。〈アイゼンヴェヒター〉が進路を変える。真昼にもかかわらず、その頭上で星が瞬いた。

 

 否、それは星ではない。

 耳を叩くのは電動プロペラ航空機の飛翔音――上空の輸送機から投下された積み荷が、減速用の固体ロケットモーターに点火したのだ。

 

 まったく嫌な思い出がついて回る装備だった。

 思えばクロガネと出会う直前、片道切符の自殺じみた空挺降下でもああいう降下殻を使わされたけれど。

 

 明らかに動きを変えたエルフリーデを見て、忍者のバレットナイトが追いすがってくる。背中から生えた一対二枚の翼、ロケット・スラスターを用いた加速――何を思ったのか、敵から通信が入ってきた。

 

 

『同族殺しは罪でござる。しかしながら――バナヴィアが二分され内戦に陥る危機と比べれば、貴殿らの命は安い。もちろんセヴラン殿が外道なのはさておくでござるが』

 

 

「それ当事者の前で言えるの、面の皮が厚すぎるでしょ!」

 

 

『拙者は異邦人でござるからな――流れ着いた忍者、異国で忍術無双するみたいなノリでござる?』

 

 

 ふざけたやつだ。

 そのくせ間違いなくベア小隊を初めとした、エルフリーデの味方を殺そうとしていたのは間違いない。

 いや、むしろこれは彼の嘘偽らざる思考なのだろう。

 

 エルフリーデ・イルーシャの存在で生じる禍根を断ち、救国卿ルシア・ドーンヘイルを中心とした新生バナヴィアに民衆をまとめ上げる。

 まったく論理的で合理的な結論だ。

 

 これを意味不明な忍者装束にござる口調の男がやってくるのだから、襲われる側としてはたまったものではない。

 かと思えば、不意に忍者がこぼしたのはしんみりとした言葉だった。

 

 

『内戦とは悲しいもの。本来、手を取り合えたかもしれぬ隣人を、親兄弟の仇と憎み続ける地獄でござる。拙者にはセヴラン殿の気持ちがわかる』

 

 

「知った風な口を!」

 

 

『拙者の故郷は、同じ未来を見据えたもの同士で殺し合った。そして戦の果てに、城下町は焼かれ申した。いやはや、なんとも悲しい末路でござるよ』

 

 

 なるほど、秘められた悲しき過去というやつか。

 真偽も定かではない身の上話に対して、エルフリーデは鼻白んだ。

 

 

「それでやることが、他人の国に来てご高説を垂れることですか!」

 

 

『いやはや、正論でござるなぁ!』

 

 

 〈残雪〉が宙を舞う。

 一息に〈アイゼンヴェヒター〉との距離を詰めようとした敵機――次の瞬間、その左側面で光波シールドジェネレータが展開された。

 粒子防御帯の表面で爆ぜる弾頭。

 

 リザの〈ラセツベール〉だった。背部ハードポイントから取り出した二挺目の大砲――回転式弾倉を備えた無反動砲をぶっ放したのだ。

 ちょうど回転式(リボルバー)弾倉を備えた擲弾発射機のような武装だが、その口径は人間用のグレネードとは比較にならない。

 直径一八〇ミリの成形炸薬弾を空中で浴びせられ、忍者のバレットナイトは地面に叩き落とされた。

 

 

『ぬおわぁ!?』

 

 

 泥にまみれて頭からすっ転ぶ忍者――リザ・バシュレーの抜け目ない援護に感謝しつつ、一直線に降下殻の元へ急いだ。

 地響き。

 とうとう落ちてきた星が、固体ロケットモーターの噴射炎を吹き付けながら地面に接触したのだ。

 

 雪が溶ける。蒸発する。巻き上げられた雪の結晶をカメラアイに映し、ただ疾走した。〈アイゼンヴェヒター〉のロケット推進器の残り時間は一〇秒を切った。

 瞬間、背筋が寒くなるような殺意を感じた。

 

 無限軌道の片方を停止させ、その場でぐるりと旋回する。

 銀色の光が飛び込んでくる。

 超硬度重突剣だった――投げつけられた切っ先が、〈アイゼンヴェヒター〉の股関節に突き刺さった。

 

 ギギギ、と破断音。超高密度金属で作られたブレードが、人工筋肉の束と駆動フレームを破壊し尽くした。

 〈アイゼンヴェヒター〉の下半身は自重に耐えきれず、とうとう右脚が千切れ飛んだ。

 ずどぉん、と轟音が鳴り響く。

 二四トンもの自重を持つ重バレットナイトが、雪と泥の混ざった大地に倒れ込む。

 

 

『ライオネス1!』

 

 

「ライオネス2、わたしがたどり着くまでの時間を稼いで! そうだね、ざっと一五秒だけでいい!」

 

 

 〈アイゼンヴェヒター〉の背中で装甲ハッチが開く。

 エルフリーデは迷うことなく、重厚な装甲の外側へと転がり出た。冷たい外気が頬を撫でる。

 雪上を何かが高速で這い回る音を聞いた。振り返らない。

 

 降下殻までは直線距離でおよそ一〇〇メートル、つまり一〇〇メートルの距離を一〇秒で走り抜けて五秒で中のバレットナイトを起動させればいい。

 やることは単純明快(シンプル)、とても気楽である。

 

 殺気が迫る。

 エルフリーデの背後、一〇メートルほどにまで近づいてきた怪物の気配――瞬間、高速で何かがぶつかる衝突音が聞こえた。

 

 

『頭が高いんですよ、この虫けら野郎!』

 

 

 リザだった。

 彼女の命がけの献身に感謝しつつ、エルフリーデ・イルーシャは雪上を駆け抜ける。体力配分なんて考えなくていい、今あるすべてを使い切って一秒でも早くたどり着くことだけを考える。

 走る、走る、走る。

 

 どうやら自分は人間離れした身体能力の持ち主らしい。

 イメージするのは昔通っていた学校での体育の授業。短距離走をやるときのフォーム。

 ああ、ただひたすらに前に出ることだけを考えて雪上を走った。背後で重たい何かが、互いに刃と銃口をぶつけ合う音を聞いた。

 悲痛な叫びを聞いた。

 

 

『――邪魔をするな! すべてが無意味になる、それだけは認められないッ!』

 

 

 セヴランはきっと、憎しみでエルフリーデを殺したいのではない。

 どれほど悪意に満ちた手管を用いようと、彼は自分なりの正義を思い描いている。

 それが悲しかった。残酷で理不尽なこの世界への怒り、奪われたことへの憎しみ――そのどれもが、セヴラン・ヴァロールのような人間を歪めてしまったのだ。

 

 ああ、この男を許すことはできない。

 父クリストフ・イルーシャの優しい微笑みを、母ヘルミーナ・イルーシャの笑顔をこの地上から失わせたことを許すことなどできない。

 自分はきっと、赦しの聖者にはなれない。

 

 

 

――でもね、セヴランおじさん。わたしはあなたが、わたしたちを愛していたことも知っている。

 

 

 

 ここにあるのは矛盾に満ちた感情だった。

 彼の憎しみを不正義だとして、切り捨ててしまうのは違う気がした。その出口の見えない苦しみこそ、かつてエルフリーデ・イルーシャが、もがいていた灰色の世界と同じだったから。

 クロガネが差し伸べてくれた手が、自分を救ってくれた。

 

 だからこう思うのだ。

 怒りに駆られ、憎しみに囚われ、失った痛みに報いるため命を燃やす――その悪なる道にすら、救われるいつかがあってほしい。

 

 切なる願いだけがそこにあった。

 肉体は合理的に動き続け、相対する敵の殺意を(かわ)しているのに、エルフリーデの脳裏をよぎったのはそんな想いだ。

 感傷と呼ぶしかない、愚かしい祈りだった。

 

 

 

――たどり着くまではあっという間だった。

 

 

 

 頬をなでつけるひんやりとした外気、こぼれ落ちた涙を拭うこともせず、少女は降下殻に飛び乗った。

 降下殻の外殻は、炸裂ボルトで分離されている。

 剥き出しになった種子の中にあったのは、見慣れない、しかしどこか懐かしい機影だった。

 

 鈍色の空の下、ちらちらと雪が舞い落ちる中でなお、見間違えるはずもない深紅の装甲――片膝を突いた降着姿勢のまま、うやうやしく頭を垂れた鬼神。

 まるで東洋の鎧武者、あるいは古代の神像のようだと思った初対面のときから、それの印象は変わらない。

 力強く、禍々しく、神聖であるとすら感じられる巨人のかたち。

 

 

 

「……そっか、きみか」

 

 

 

 少女の声に反応して、その背部装甲が持ち上がる。首の真後ろに存在する装甲ハッチが開き、その機体中枢を構成する脊髄――光り輝く電脳棺が露わになる。

 まるで刃で編まれた神像のような、荒々しい機体の装甲を駆け上がる。

 

 そしてエルフリーデ・イルーシャはためらいもなく、迷いもなく、自身の全存在をそれと一体化させた。

 刹那、少女の意識に流れ込んできたのは、その機体を構成する名前であり理念であり機能だった。

 

 

 

 

 

 

 

――〈アシュラベール〉L型

 

 

 

 

 

 

 

 その意味するところは、光輝(ルミナス)にして解放(リベルタス)――笑ってしまうぐらいに安直で、力強くて、真摯(しんし)な願いがそこにあった。

 それが誰のために祈られ、形作られたものなのかを一瞬で理解する。

 

 クロガネ・シヴ・シノムラを名乗る不死者――かつて一〇万年の時を過ごし、きっとこれからも永遠を生きるであろう彼――その美しい面差しを思い浮かべた。

 もうエルフリーデは知っていた。

 彼が誰よりも優しくて、意外と間が抜けていて、底抜けのお人好しで――真っ暗闇みたいな世界でも、諦めることだけはしないことを。

 

 

 

――ああ、そっか。

 

 

 

――クロガネはもう、覚悟を決めていたんだね。

 

 

 

――わたしやティアナの生きる明日を守るために、この残酷な世界と戦うことを誓ったんだ。

 

 

 

 その祈りを実感する。

 そして尽きることない愛情を感じた。

 加速した思考の中で、その理解に至るまでの時間は一秒にも満たなかった。刹那が引き延ばされて、永劫に等しい時間が通り過ぎていく。

 

 不思議だった。目の前にある現実は何一つ変わっていない。同じバナヴィア人が殺し合って、剣を向け合い、かつて家族のように慕っていた相手の命を奪おうとしている。

 あの東洋人が言うとおり、ここにあるのは地獄なのだろう。

 きっと愛なんて答えにはならない。いつだって誰かが愛を口にして、それが答えにならなかったことを現実に突きつけられてきた。

 

 その最果てにある世界で、それでもなお――()()()()()()()()があると信じられた。

 愛は答えではない。だが常に、誰かが立ち上がる理由としてそこにある。

 わき上がった激情のままに、エルフリーデ・イルーシャは叫んでいた。

 

 

 

 

「――わたしは証明する。この命が、()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 電脳棺に火が灯る。

 エルフリーデ・イルーシャの存在を炉にくべて、その意思を永遠の炎へと至らしめる半永久機関が動き出す。

 燃えるような光があふれ出す。エーテル粒子が生成され、機甲駆体の駆動フレームを通じて全身に行き渡る。

 

 事象を変異させ、無限に連なる可能性事象を操り、そこにあるべき現実をたぐり寄せる魔法の杖――途方もない超自然的なプロセスを経て、恐るべき量の電力が生まれた。

 電子機器が起動する。電気式人工筋肉が駆動する。

 

 エルフリーデの意思が、電脳棺の起動プロセスに干渉する――火器管制システムの立ち上げをすっ飛ばし、完全なマニュアル操作での自律稼働モードを選択する。

 

 

 

 

――深紅の悪鬼が目覚める

 

 

 

 

 〈アシュラベール〉のカメラアイが外界を捉える。

 リザの銃撃を浴びながら、それでもなお獣じみた動きで迫り来る〈ミステール〉を見た。その右手に再び握られた刺突長剣が、今まさに自分に突き立てられようとしているのを視認する。

 なるほど、バレットナイトが起動する前ならば――セヴラン・ヴァロールはエルフリーデ・イルーシャを殺せる。

 

 それは道理だ。

 ゆえにその論理は踏みにじられる。

 人工筋肉が瞬時に拘束具を破断させた。化け物じみた出力で床を蹴る。〈アシュラベール〉L型に搭載された推進機関がうなりを上げ、瞬間的加速に合わせて高エネルギー粒子が解放された。

 

 馬鹿げた熱量と推力、四〇Gを越える加速が生み出された。

 すべてが〈ミステール〉の想定する動きを越えていた――刀身のようなブレードアンテナで大気を切り裂く。

 

 

「――遅い」

 

 

『なっ』

 

 

 伸びきった異形なる右腕――〈ミステール〉の肘関節に、〈アシュラベール〉の前腕を叩きつけた。

 対装甲ブレード・レイザーと呼ばれる超振動ブレードが咆哮した。超振動モーターによって対象を切削するブレードユニットが火花を散らし、鴉頭の剣鬼の腕を引き裂いた。

 

 すれ違い様の一閃。

 〈ミステール〉の右腕が千切れ飛ぶ。こうして両腕を失うに至った剣鬼が、頭から地面に激突する。

 エルフリーデは思考した。電気熱ジェット推進機構を搭載するスラスター・バインダーが動き、逆噴射しながら制動――雪を削り取るようにして振り返る。

 

 そして〈アシュラベール〉は仁王立ちした。

 吠える。

 この世に生まれ落ちた尊厳を。

 

 

 

 

 

わたしはエルフリーデ・イルーシャ――この世界に、希望を見せる英雄だッ!

 

 

 

 

 

 慈悲深く、傲慢に、誇り高く、少女は叫んだ。

 怒りならざる祈りのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












・〈アシュラベール〉L型
深紅の悪鬼。悪なる刃金。
Lはルミナス(光輝)型/リベルタス(自由)型のダブルミーニング。
身長4.5メートル、複合センサーである一本角込みで5メートル。
陣羽織を着た鎧武者を連想させる姿。

後発の新型バレットナイト――〈ヤークトドラッヘ〉との交戦を経て、残骸から回収された帝国製技術を導入した〈アシュラベール〉の改良型。
機体フレームは新造されており、サンクザーレ会戦での初運用から数えて2代目ということになる。
厳密に言えば〈アシュラベール〉の後継機ではなく、共通のフレームを使用した兄弟機である。

元々がオーバースペックという言葉を形にしたような機体だったため、あくまで実戦データを元に機能を追加した形に近い。
主な改良点は主機ジェットエンジンの出力強化/高エネルギー粒子を用いたアフターバーナーの追加、超音速飛行時の衝撃波(マッハコーン)対策、全身に追加された超振動ブレードによる白兵戦能力の付与、光変換型放熱機構の追加、レーザー式ジャミングシステムなど電子戦能力の向上、そして光波シールドジェネレータを応用したエーテル粒子サイドスラスターの増設である。

これは従来のエネルギーバリア発生装置に追加機能を施したもので、高エネルギー粒子をバリア表面で爆発させ、その反動を利用して横方向の推力を得る緊急回避ギミック。
これによってジェット推進による飛行中、急激な軌道変更が可能になった。
当然のごとくGは凄まじく、その負荷は最新鋭の高性能空対空ミサイルの旋回時のそれに匹敵する。
高速飛行中に使用すればそのまま墜落もあり得る試作装備である。

さらに全身に追加された放熱器と、それを前提とした高エネルギー粒子兵装――戦術兵装〈ソード・ムラクモ〉(後述)は、絶大な攻撃力を本機に付与したものの、その稼働時間の短さゆえにデッドウェイトになる時間の方が多い有様である。

ベース機となった改良型〈アシュラベール〉は、初期型に比べて多くの点で性能・機能が向上、十分に実用段階に達しつつあった。
それをある種、台なしにするような無茶な装備が取り入れられているのは、エルフリーデ・イルーシャという万年に一人の天才によって技術的限界を求め続ける開発陣の熱意の産物である。

武装Ver2.0
・頭部:複合センサー型ブレードアンテナ×1
・胸部ハードポイント:対装甲ナイフ・スティレット×2
・展開式エーテルパルス戦術兵装〈ソード・ムラクモ〉×1…対物ビームエミッターとその放熱ユニット群。
・背部ハードポイント:超硬度重斬刀(太刀)×2
・肩部固定装備:光波シールドジェネレータ(改良型)×2
・腕部内蔵兵装:自在軌道剣〈パイチェ・シュヴェールト〉×4
・腕部近接兵装:対装甲ブレード・レイザー×2
・腰部:電気熱ジェット・スラスターバインダー(改良型)×2
・脚部近接兵装:対装甲ブレード・レイザー×2…腕部のブレード共々、ハードポイントによってブレード部の交換は容易である。


4章で使ってたビーム大剣〈ソードヴァジュラ〉、5章で鹵獲した〈ヤークトドラッヘ〉のロケット推進技術、6章の〈マルドゥック・フリューゲル〉で使った大気整流技術を組み込んだ性能向上版。
カリッカリにピーキーされたモンスターマシン。
最初からエルフリーデの操縦を前提とした、事実上の専用機であり、〈アシュラベール〉系列機の頂点に立って先導し続けるもの。
共通フレームからの魔改造機という意味では、自由に対する攻撃自由みたいな感じです。
でもイメージ的にはジ〇ノブレイカー。




そういうわけで主人公機の乗り換えイベントですよ!!!
あのロボットものを書くなら誰もがやりたい憧れのイベントです、いえーい。
やりたいこと全部乗せしました。

〈アシュラベール〉L型、もしくは〈アシュラベール・リベルタス〉で覚えてください。
でも作中では〈アシュラベール〉表記で通します。
おおむねスーパーロボットみが増した〈アシュラベール〉です。

帝国の傀儡でもなく、報復を叫ぶ復讐鬼でもなく、第三の道を示せる英雄――そういう道を、エルフリーデ・イルーシャが選んだことの証明です。
これは剣で敵を切り伏せる、悪鬼の物語。





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