機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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ソード・ムラクモ

 

 

 

 森の中に消えていった〈残雪〉を見送ったあと――エルフリーデたちを迎えたのは、クロガネの手配した垂直離着陸可能な輸送機だった。

 巨大なカーゴキャビンを備えたティルトローター機だ。ローターブレードは前後左右に四基、翼は二対四枚ある巨大な航空機であった。

 

 普段、ヴガレムル伯爵家で用いているティルトローター輸送機が、一対二基のティルトレーターであることを考えると、実に二倍の積載量を誇る輸送機である。

 大型トレーラーは乗り捨ててきた分、撤退してきた車両群は小型の装甲車が大半である。

 クアッドローターの輸送機は全部で二機手配されており、装甲車も機甲駆体もすべて収容可能だった。

 

 馬鹿でかいローターブレードを回転させて、周囲の雪を吹き飛ばしながら、道路に着陸する輸送機――続々とそのカーゴキャビンに吸い込まれていく車列を見ながら、油断なくエルフリーデは周囲を見渡していた。

 

 機体出力で勝る〈アシュラベール〉型は、〈アイゼンリッター〉型よりも電子戦装備で勝る。

 そして電気熱ジェット推進機構を持つため、輸送機に収容されずとも高速で撤退が可能でもある。

 ゆえにギリギリまで現場に踏みとどまるのが、ライオネス1とライオネス2の仕事だ。

 開口一番、問いかけてきたのはリザ・バシュレーだった。

 

 

『行かせてよかったんですか?』

 

 

「うん、ここまでは予定通りだよ。クロガネの指示だしね、あの辺は」

 

 

 やれやれと肩をすくめる。

 〈アシュラベール〉の調子はいい。あれからシステムの再起動をかけて、火器管制装置との連動も取り戻した。

 今、手にしているのはベア小隊から譲り受けた二〇ミリ電磁機関砲である。予備弾倉ももらい受けて、腰の後ろのハードポイントに装備済みである。

 

 これでひとまず、今の〈アシュラベール〉は最低限の射撃能力を獲得した。

 一方、リザの〈ラセツベール〉の方は多少なりとも武装を失っていた。セヴランの〈ミステール〉と忍者の〈残雪〉、二機のバレットナイトを相手に近距離戦を強いられ、一八〇ミリ無反動砲を喪失したのである。

 

 手持ちの携帯火器は三〇ミリ電磁機関砲が一門、予備弾倉込みで残弾は六〇〇発ほど。あとは榴弾を発射する対戦車拳銃が一つ、対装甲ナイフが一つといったところだ。

 連戦するには心許ないが、あと一回程度の戦闘には耐えられるだろう。

 

 

『伯爵様って指示を機体に入れてたんですか? ちょっと準備がよすぎるような……』

 

 

「新型バレットナイトの空中投下準備を済ませてるような人だよ? これぐらいは普通でしょ」

 

 

『んー、基準がなんかおかしいですね……!』

 

 

 ゆるい会話をしつつ、リザはふと本題に入った。

 

 

 

『お姉さん、敵討ちしなくてよかったんですか?』

 

 

 

 〈守護の短剣〉セヴラン・ヴァロールなる男と、エルフリーデ・イルーシャの因縁はリザも知っている。

 あのヴガレムル同時多発テロ事件のあと、静かに泣いていた少女から聞き及んでいたのである。古い知己、親戚のように付き合っていたおじさんが父母の仇敵だった――あまりにも悲惨な話だ。

 

 そして自身も復讐を果たした側であるリザ・バシュレーは、その助けになりたいと思っていたようである。

 機会さえあれば、エルフリーデに変わってそのクソ野郎を射殺してもいい、と。少なくとも知人を手にかけるより、ずっとエルフリーデ自身の精神衛生上はマシだからだ。

 

 だがつい先ほど、エルフリーデ・イルーシャはその選択を取らなかった。

 むしろ殺気だったリザとベア小隊に「撃つな」と指示を出して、袋のネズミだった敵幹部に慈悲をかけてみせた。

 その真意をリザは探ってきていた。

 

 

『伯爵様の指示だから、で復讐心を殺すのは不健全ですよ』

 

 

「心配してくれてるんだね、ありがとう……でも違うよ。さっき彼らを見逃したのは、わたしにとって優先順位がもっと高い目標があったから」

 

 

『救国卿ですか』

 

 

「そういうこと。あいつは危険すぎる。だからこそこれ以上、救国卿と血まみれの殺し合いになるのは避けなきゃいけない――少なくともセヴランと忍者男(ツルガ)の報告は、きっと注意を引くはずだよ」

 

 

 エルフリーデは自身の復讐心を、そうして心の底に捨て置いた。

 怒りが消えたわけではない。憎しみが流れ果てたわけでもない。思い浮かべれば鮮烈に、それらの激情は少女の胸中を満たすはずだ。

 

 だが、そんなものに囚われるほど、自分の掴みたい未来は安くないのだ。

 その理性と自制心のありようこそ、常人離れしているのだが――エルフリーデ・イルーシャはもう迷わない。

 

 

 

――なってやろうじゃないか、英雄ってやつに。

 

 

 

 そう思った。

 たぶん自分一人なら、こんな決断に至ることはなかった。

 有象無象の悪意と敵意にさらされて、何の未来も見いだせずに、戦う理由を掴めるほど自分は強い人間ではない――そうエルフリーデは思考する。

 

 だが、今は違う。ティアナを助けられた。クロガネに救われた。ロイやリザ、シャルロッテのような友人ができた。カガンやヤレアのように、ベガニシュ帝国に翻弄されてなお抗う人々を見た。

 そして何より、セヴラン・ヴァロールのように、報復以外の未来を失った誰かを知った。

 

 

 

「わたしは欲深いから、欲しくなったんだよ。わたしたちが殺し合う以外の未来が」

 

 

 

 世界は動き続けている。

 クロガネの発表した電脳棺による再生医療は、おそらく爆発的に社会を変容させる。その影響が強まるほどに、ベガニシュ帝国で渦巻く欲望や悪意はバナヴィアに向けられるだろう。

 今回、総督府が武力行使での暗殺を狙ってきたのも、クロガネを脅威視する権力者がいることの表れだった。

 

 すでにクロガネは地方貴族の域を超えて、総督府という古びたシステム――門閥貴族の既得権益を侵すほどにその力を増している。

 力が必要だった。

 そのためには今、バナヴィア人同士が殺し合って消耗している余裕はないのだ。

 

 厄介極まりない敵であるセヴランやツルガを見逃したのは、何も憎しみを乗り越えるなんて綺麗事のためではなかった。

 彼らの厄介さ、敵としての有能さこそが必要だった。バナヴィア独立派を殲滅する必要などない。むしろ彼らを味方にしなければ、バナヴィア人を取り巻く環境は克服できない。

 

 

 

「……で、ベア小隊のみんなも納得してくれたかな?」

 

 

 

 エルフリーデはタイミングを見計らって、通信を聞いていた他のバレットナイトに話しかけた。

 大急ぎでカーゴキャビンに詰め込まれる装甲車の周囲で、ミサイルやドローンを警戒している〈アイゼンリッター〉小隊――ここまでの道中、エルフリーデと共に戦ってきた機甲猟兵たちだ。

 彼らにとってセヴランと忍者男(ツルガ)は殺しておくべき脅威だった。

 

 それを押しとどめて、自分の指示を貫けたのは、ひとえに彼らの忍耐強さのおかげだった。

 とはいえ意図の説明をしなくては禍根が残るだろう。リザとの会話は、ちょうどいい説明の機会だったのである。

 

 

 

『……視点が違います。いや、そこまで言われると何も言えませんよ、ライオネス1』

 

 

 

『我らが勝利の女神は、どうやら本物の英雄のようですな』

 

 

 

『とりあえずライオネス1に同意です。どうせなら落としどころがある方がいい、そりゃそうです』

 

 

 

 ベア小隊からの返事は明るかった。

 先ほどまでの困惑すら、大物過ぎる少女の器量を見せつけられると納得するしかない、と――そう告げていた。

 彼らの賛意を聞いて、ようやくエルフリーデは一息ついた。

 

 

「ありがとう、みんな――さて、そろそろ時間だと思う。わたしの予想が正しければ、バナヴィア総督府の奴らが空爆しに来るなら、今がちょうどいい頃合いだよ」

 

 

『ライオネス1。ここはヴガレムル伯領との国境地帯です、そんな無茶を?』

 

 

「戦車やバレットナイトで殺しに来る時点で一線を越えてるよ。あとは独断専行を追認するかどうかだけ――これまでの敵の性質から考えて、こっちに平謝りするぐらいなら爆弾で全部吹き飛ばす方がらしいでしょ?」

 

 

 話し終えた頃合いで警告音が鳴った。

 ティルトローター輸送機の上空を旋回していた護衛戦闘機〈サンライト〉――ヴガレムル伯領が試作した双発の戦闘機だ――から、戦術データリンクで情報がもたらされる。

 

 第三世代バレットナイトに比べれば図体が大きく、運動性では落ちるものの、その機体の大きさゆえに大型のレーダーが詰める電動プロペラ推進の航空機。

 その目は〈アシュラベール〉よりもいい。

 

 

『こちらガーダー1、地上部隊に通告。西方に航空機編隊を確認した。高度は……地上すれすれだ、発見が遅れた。飛行速度から見てヘリコプターではない、ティルトローターが八機だ』

 

 

「こちらライオネス1、了解。これより迎撃に出ます。ガーダー1は引き続き上空で索敵を続けてください」

 

 

『ガーダー1、了解。ご武運を』

 

 

 〈アシュラベール〉の腰で、二機のジェット・スラスターバインダーがうなり声を立て始める。

 改良に改良を重ねたジェットエンジンは、十月に撃墜した帝国製バレットナイト〈ヤークトドラッヘ〉のロケット推進機も参考にして完成したものだった。

 

 これまでにない新機能――高エネルギー粒子である励起状態のエーテルを燃料に、限定的に加速性能を引き上げるシステム――を搭載している。

 正直なところ気は進まない。

 

 まだ高速巡航でのテスト飛行はしていないので、ぶっつけ本番での運用は避けたかった。

 だが、そういう余裕のある判断が許されない程度に、状況はよろしくない。

 こちらから見て西の方向にあるのは、つい先日まで西ベガニシュ総督府を名乗っていた連中――バナヴィア総督府の本拠地、クロイツェク管区である。

 

 ちょうど航空基地もそちらの方角にある。

 つまり今、こちらに接近してきているのは敵の航空部隊――それもおそらくは爆撃機の編隊だろう――ということになる。

 

 部隊の収容はまだ終わっていない。

 撤収完了まであと五分はかかる見積もりだ。もたらされたデータを見るに、敵部隊がこちらに到達するまで時間はない。

 

 

「ライオネス2、わたしが突っ込んで連中の鼻っ柱をへし折る。撃ち漏らしは君が始末して」

 

 

『了解です。安心してください、〈ラセツベール〉にも慣れてきたところです』

 

 

「頼もしいね、じゃあ――行こうか!」

 

 

 〈アシュラベール〉の腰部ジェット・スラスターバインダーが火を噴いた。甲高いエンジン音の駆動音――地獄の悪鬼を思わせる咆哮が響き渡る。

 そうして生まれた速度は馬鹿げていた。

 

 一瞬で四〇Gを越える加速――ほぼ航空機の墜落事故の際、生じるGに等しい数字――が降りかかっていた。

 生身の人体であれば、それだけで命の危機に陥ることは必定――だが、電脳棺によって完全な人機一体を体現した〈アシュラベール〉に不可能はない。

 

 機械的故障がそれだけの負荷で生じない驚異的信頼性は、ミトラス・グループの誇る科学技術の結晶だけに可能なものだった。

 ゲルト・フレーリヒ開発主任の顔を思い浮かべた。

 

 あのマッドサイエンティスト丸出しのベガニシュ人は困った人物だが、少なくとも設計ミスでエルフリーデを殺すような真似だけはしない。

 そういう信頼があった。

 

 

 

――空を駆ける。

 

 

 

 たった〇・五秒の加速で時速七〇〇キロメートルを超えた。爆発的推力の発生によって、〈アシュラベール〉の背後で地面が吹き飛んだ。

 高温に熱された大気を浴びて、雪が気化して蒸気が生じたのである。

 

 同時に、強烈な空気抵抗が生じる。

 高速になればなるほど、まるで水中にいるときのように粘性を帯びた空気の壁が押し寄せてくる。

 

 〈アシュラベール〉に搭載された高エネルギー粒子のバリアシステム――光波シールドジェネレータが起動する。粒子防御帯と呼ばれる障壁が生まれ、機体前面に半球状の障壁が展開された。

 それは押し寄せる空気の壁を受け流し、整流する外殻として機能した。

 つい先日、高高度迎撃装備〈マルドゥック・フリューゲル〉によって実証された空気抵抗低減システムだった。

 

 超音速巡行を目指した〈マルドゥック・フリューゲル〉に比べれば、はるかに機能面で劣るものの、〈アシュラベール〉L型もまたその恩恵にあずかることができている。

 かつてベガニシュ帝国先進技術研究所に在籍し、電脳棺を利用した飛行ユニットの開発を目論んでいた科学者――ゲルト・フレーリヒ開発主任の理想の結実。

 

 

 

――さあ、〈アシュラベール〉。みんなを守ろう。

 

 

 

――きみはそのために生まれてきた(つるぎ)なんだから。

 

 

 

 そのために敵を殺す罪過を受け入れ、深紅の悪鬼が空を切り裂く。

 粒子防御帯の放つ発光現象が、鈍色の空の下で光輝を放つ――まばゆい閃光となって高度三〇〇メートルの低空を駆け抜ける。安定性などありはしない飛行、二基のジェットエンジンが生み出す推力と、エネルギーバリアによる空気抵抗の低減。

 

 そのどちらもバレットナイトの動力源、電脳棺が生み出す凄まじいエネルギーあってのシステムだった。

 膨大な量の電力を消費して、高速巡航が可能な時間はおそらく三分間が限度だろう。

 

 〈アシュラベール〉が推進システムに採用している電気熱ジェット推進は、大気を取り込んで電磁波で加熱、推進剤として吐き出すことで推力を得ている。

 空気抵抗が弱まるという意味でなら、高度を上げた方が望ましいのは間違いないが、そうすると推進剤にする空気が薄くなっていく。

 

 なのでベストとなるのは、酸素濃度の高い地上すれすれで空気抵抗低減システムを用いることだった。

 飛翔する。

 深紅の光となって一直線に飛んだ。

 

 

 

――見えた。

 

 

 

 敵の飛行部隊。

 視界の彼方、眼下に機影が見えた。高々と育った樹木の上、ギリギリを掠めるように飛ぶティルトローター攻撃機の編隊だった。

 その昔、ミリアムから習った知識を思い出す。たしかベガニシュ帝国陸軍航空隊では、航空機が四機で一つの編隊を組む。

 

 つまり相手は二つの編隊がいる。

 あえて遠方から発見されにくい低空飛行を行い、確実にミサイルを撃ち込むためにやってくるようなパイロット。

 おそらく総督府にとっては精鋭と言っていい部隊だろう。

 

 超伝導モーター駆動のロータブレードを持ち、爆装した状態でも時速五五〇キロメートル超での飛行が可能な機体――大陸間戦争のときは友軍として世話になった対地攻撃機でもある。

 頼りになる味方は、敵に回ったときは驚異的な兵器ということでもあった。

 

 

 

――さあ、できるだけ潰そう。

 

 

 

 深紅の悪鬼が急降下する。

 音速に迫る勢いで加速しながら、進路方向に向けて二〇ミリ電磁機関砲をばらまいた。

 直径二〇ミリの徹甲弾が、電磁バレルを通って加速――凄まじい速度で機関砲が連射される。音速の数倍の速度で撃ち出された砲弾は、時速五〇〇キロメートル程度の飛行速度で避けきれるものではない。

 

 薙ぎ払うような機銃掃射を浴びて、いきなり二機のティルトローター機が火を噴いた。

 電動プロペラ推進の航空機に使われている大容量パワーセルは、決して引火性が高いものではないが、その内部に秘めているエネルギー量は液体燃料の比ではない。

 

 ゆえに運悪く砲弾が直撃した場合、機体が爆ぜるのは必然だった。

 空中で二機の攻撃機が砕け散った。

 急降下する〈アシュラベール〉の機影を認めて――レーダー上ではもっと前から確認できていたはずだが、単純に速すぎたのだろう――敵編隊が散開する。

 だが、逃さない。

 

 

 

――背部ハードポイント、超硬度重斬刀を抜刀。

 

 

 

 エルフリーデの意思に従って、〈アシュラベール〉の背部でサブアームが動く。

 保持されていた太刀が持ち上がり、柄を握りしめて――左腕で引き抜かれる太刀が一振り。

 抜き打ちだった。

 

 すれ違い様に敵攻撃機のティルトローターごと主翼を切り裂いた。相対速度など考えたくもない、ほんの刹那の出来事だった。

 一瞬で揚力を失って、狂ったようにスピンしながら飛行機が墜落していく。

 

 そうしてエルフリーデは一度目の遭遇戦をやり終えた。互いが高速で飛行している空中戦は、接近していればいるほど一瞬で通り過ぎ、遠ざかっていく運命にある。

 あっという間に自身の背後に消えていく敵影。

 

 敵部隊は賢かった。

 下手に旋回して空中戦を挑むよりも、〈アシュラベール〉自身が持つ速度を利用して、距離を稼ぐ方がいいと判断したのだ。

 

 

 

――クソ度胸の隊長機がいるのかな。

 

 

 

 大したものだ、と思う。

 少なくともなりたての機甲猟兵ならば、ああいう状況になったら混乱して応戦しようとするものが出るはずだ。

 

 飛行機乗りの仲間意識は強い。

 さぞ復讐心に燃えているだろうが、それを押さえ込んで爆撃という当初の任務を果たすつもりなのだろう。

 

 

 

――だから怖いよ、確実に皆殺しにさせてもらう。

 

 

 

 〈アシュラベール〉は推力任せの高速飛行している。これは直線機動ならばよいが、安定性に欠けているし、旋回半径はかなり大きくなってしまう。

 まともなやり方でターンした場合、敵航空部隊とはかなりの距離が開くはずだ。

 思い出す。

 

 かつて〈アシュラベール〉で戦った数多の強敵たち――その中でも卓越した戦闘機動――ミリアム・フィル・ゲドウィンの〈シュツルムドラッヘ〉が取った動き。

 ジェット・スラスターバインダーと呼ばれる機構を動かす。この種のジェットエンジンとしては驚異的な小型化と高出力化に成功した推進装置を搭載、超伝導モーターによって噴射ノズルの角度を調整できる仕組み。

 

 すなわち〈アシュラベール〉の生命線とも呼べる翼が、羽ばたいた。

 水平方向の機動を、垂直運動に切り替えていく――上昇しながらターンする。横倒しになったUの字を描くような進路変更。

 あるいはクロガネ・シヴ・シノムラが、この光景を見ていたなら、このように評したことだろう。

 

 見事なインメルマンターンだ、と。

 それはミリアム・フィル・ゲドウィンという天才に再発明され、エルフリーデの手で再現された戦闘機動(マニューバ)だった。

 

 

 

――飛翔する。

 

 

 

 〈アシュラベール〉L型――解放(リベルタス)の名を与えられた機体は、その推力だけで空中を飛ぶ。

 自重に対する推力比が狂ったように高い、第三世代バレットナイトだけに許された飛行速度だった。

 そして光波シールドジェネレータによる大気整流機能のおかげで、空気抵抗の影響も押さえ込んでいる今――深紅の悪鬼は何者よりも早い飛行速度を手にしていた。

 

 視界に映る機影は五。

 いや、たった今、三機に減った。リザ・バシュレーの〈ラセツベール〉が、地上から電磁機関砲を掃射したのだ。

 三〇ミリ電磁機関砲の威力は凄まじい。軽量化を第一とした航空機が、その直撃に耐えるはずもない。見る見るうちに二機のティルトローター機が、火を噴いて地面に墜落した。

 

 だが、もう時間切れだった。

 もう地上の輸送機と敵編隊の距離がない。対地攻撃機が高度を上げる。機首側面に取り付けられた対地ロケットが、大型ミサイルが次々と放たれていく。

 仲間を信じるときだった。

 

 

 

「リザ、ミサイルをよろしく! 残りは全部、わたしが落とす!」

 

 

 

『了解っ!』

 

 

 

 〈ラセツベール〉がホバリングしながらミサイルを追いかける。固体ロケットモーターで加速する弾頭は、その性質上、初速に優れているわけではない。数秒間で超音速に達するが、その直前であれば十分にバレットナイトに迎撃できる。

 

 エルフリーデ・イルーシャは加速した。

 〈アシュラベール〉L型が、とうとうティルトローター攻撃機の編隊に追いつく。

 こちらが敵の尻を取ったのだ。

 

 猛烈な速度で食らいつく――空の下で赤い華が咲く。リザが敵のミサイルを撃ち落としたのだ。

 これ以上、撃たせるわけにはいかなかった。

 〈アシュラベール〉L型の火器管制システムが、搭載された武装を告げる。敵編隊はすでに散開しようとしている。信じがたいことに、この期に及んで敵は爆撃を続行しようとしていた。

 一瞬で三機すべてを落とす必要があった。

 

 

 

――展開式エーテルパルス戦術兵装〈ソード・ムラクモ〉を選択。

 

 

 

 仰々しい名前だった。

 間違いなくクロガネの趣味だと確信する。この妙な名付けはマリヴォーネ事件のときと同じだ。あのときは〈ソード・ヴァジュラ〉なんて名前の奇妙な剣を渡されたのだが。

 要するに同種の兵装だろう。

 

 ならば殺せる。

 瞬間、〈アシュラベール〉の胴体装甲の一部が展開された。ちょうど鎧武者が着込む陣羽織に似た衣装――エミッターコートと呼ばれる機構が露出する。

 まるで巨大な竜の顎だった。

 開かれたエミッターコートが牙のように並び、輝く光変換型放熱器が発光現象をともない明滅。

 

 

 

魔剣執行――〈ソード・ムラクモ〉!」

 

 

 

 説明書に書いてあるとおりの音声認識で安全装置を解除。

 

 

 

 

――刹那、励起状態のエーテル粒子が放射された。

 

 

 

 

 それは物質と相互作用する状態となり、高エネルギー粒子としての性質を帯びたエーテルが、噴射されることを意味していた。

 発されたのは細く鋭い、一条の光だった。

 

 音速に迫る加速を得ていたバレットナイトが、一瞬で急減速するほどの反動が生じた。

 強大なエネルギー放射が行われた。たった一秒のエネルギー放射だけで、数十秒かけて得た速度を失わせるほどのおぞましいエネルギー量。

 刹那、閃光が空間を薙ぎ払う。

 

 大気が引き裂かれた。轟音が響き渡る。超高温に熱されて膨張した大気が、凄まじい戦咆哮(ウォークライ)を生じさせた。

 それは爆発だった。

 

 そのエネルギー放射をもろに浴びたティルトローター機は、跡形もなく消し飛んだ。辛うじて原型を留めた主翼の残骸が、泡立つ金属の飛沫となって飛び散った。

 続いて飛散した高エネルギー粒子が、僚機を一度に撃ち落とした。

 一瞬で穴だらけになった主翼が折れ飛び、表面が赤熱化した胴体が墜落していく。

 あっけなく敵編隊は壊滅した。

 

 そしてエルフリーデも危うく墜落しかけた。〈アシュラベール〉が機体を立て直したのは、地面に接触するまで五秒前みたいな状況だった。

 ずいぶん余裕があるように聞こえるが、自分以外ならば間違いなく墜落していた。

 

 

 

――バカじゃないの!?

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは心の底から罵倒した――主にゲルト・フレーリヒ開発主任あたりを。

 あと格好つけた名付け親のクロガネの罪も重いと思う。

 電脳棺のステータスウィンドウ――エミッターコートの粒子放出機構が一瞬で焼きついたこと、光変換型放熱器が急激に機体を冷却していることを示していたが、そういう問題ではない。

 

 眼下の木立では、雪が衝撃波で吹き飛んでいた。

 よし、帰ったらあの二人を叱りつけておこう――エルフリーデはぐっと怒りを飲み込んで、リザと連絡を取った。

 地上部隊に被害は出ていない。リザはやり遂げたのだ。

 

 

 

「こちらライオネス1、敵航空部隊の殲滅に成功。ライオネス2、よくやったね」

 

 

 

『ライオネス2、了解――帰ったらご褒美ください、お姉さん』

 

 

 

「えっ、ヒーロー映画上映会とか?」

 

 

 

『あはは、いいですねそれ!』

 

 

 

 軽口を交わしつつ、少女は空の彼方を見た。

 いつの間にか、雪が止んでいた。だが、ずっしりと重たい暗雲は消えていない。

 これではっきりしたことがある。

 

 

 

――総督府はわたしたちを殺すと決めた。そしてわたしたちは、それを返り討ちにした。

 

 

 

 エルフリーデもリザもわかっていた。

 これは始まりに過ぎないのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












・展開式エーテルパルス戦術兵装〈ソード・ムラクモ〉
通常型〈アシュラベール〉と改修型/リベルタス型の最大の相違点である試作戦術兵装。
〈ヤークトドラッヘ〉の残骸から得られた技術を元に、以前から存在していた戦術兵装プランを完成させ、試作機に組み込んだものである。

マリヴォーネ事件で使用されたビームデバイス=光波斬機剣〈ソードヴァジュラ〉の稼働データと、〈ヤークトドラッヘ〉の内部構造を参照して完成した。
竜の死骸から生まれた武器、という経緯から、旧世界の神話を元にクロガネが命名した。

使用時には〈アシュラベール〉L型の胴体装甲に接続されているエミッターコートを展開、圧縮・臨界状態となった高エネルギー粒子を解放。
これにより機体前面に高エネルギー状態のエーテル粒子を発振、接触した物質を粉砕・溶断する。
熱線砲や光波シールドジェネレータと同じエーテル粒子の制御技術だが、出力を極限まで強めることでその破壊的作用を増大させたもの。

バレットナイト前方に局所的にエネルギーの波が展開され、高エネルギー粒子で破壊の嵐をもたらす。
その稼働時には、空気が急激に加熱され膨張することで形容しがたい騒音――悪鬼の戦咆哮(ウォークライ)が発生する。

この装備の展開時には腕部とサブアームの可動域に制限が生じる他、非稼働時にはデッドウェイトでしかない。
またエネルギー消費も凄まじく連続稼働時間は短い上、専用の放熱機構を作動させねばならないほどの熱量が生じる。

これは赤外線探知に弱いという〈アシュラベール〉の弱点をむしろ増加させるものであり、現段階での実用性には疑問が残る兵装だが、エルフリーデ・イルーシャの卓越した戦術眼と操縦技術により必殺と化している。
かつて弾丸の騎士(バレットナイト)と呼ばれた人型兵器を、再び必殺の弾丸せしめる破壊力――それこそがこの試作戦術兵装の存在意義である。

「魔剣執行――〈ソード・ムラクモ〉」とパイロットがコールすることで起動する。
これは誤作動を防ぐための必然的な仕様である。



※ボル〇ッカです。




エルフリーデ「とにかく魔剣執行なんてコールは認められません。〈アシュラベール〉はリアルロボットですから…」
クロガネ「……???(スーパーロボットだろうという顔)」






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