機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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嵐の前の静けさ

 

 

 

 ティアナ・イルーシャは察しがいい。

 それは少女が過ごしてきた時間の過酷さ――父母がなくなってすぐ、姉に対する人質として軟禁生活を強いられてきた――ゆえだったが、何はともあれ人間観察の能力が磨かれたのは間違いない。

 

 誰かを恨むことなく、心優しいままの妹は地上に産まれた天使なんですよ、と姉が自慢に思う程度に。

 ともあれティアナはちょっとした異変から、いつもと違う空気を敏感に察知する少女だった。

 学校から送迎の自動車に乗ってお屋敷に戻る最中、車内でぽつりと呟いた。

 

 

「お姉ちゃんに何かありました?」

 

 

 すっかり顔馴染みになった黒服の一人――ジャンさんという――が、少し困った顔になった。

 気さくなお兄さんという感じのジャンは、生まれも育ちもバナヴィアである。つまり言葉や習慣が違うわけではないので、意思疎通の不具合はなかった。

 運転席でハンドルを握っている彼は、すぐに困惑を引っ込めて軽い口調でこう言った。

 

 

「自分たちは何も知りませんよ。そう心配しなくてもいいと思いますよ、ティアナさん」

 

 

「うーん……いえ、そういうことなら大丈夫です。すいません、変なこと訊いちゃって」

 

 

 ティアナはするりと疑問を引っ込めた。

 ジャンは親切な男である。仕事ぶりも真面目だし、何より差別心が薄い人柄は得がたいものだ。

 説明すべき状況ならしっかり説明してくれるだろうし、そうではないならしつこく尋ねても困らせるだけだ。

 

 そのようにティアナは現状を理解した。一方、ティアナの隣に座っている友達――同じ学校の制服を着た、ふんわりとした金髪が印象的な少女だ――は、怪訝そうな顔で小首をかしげた。

 

 

「ティアナ、どうしてそう思ったのかしら?」

 

 

「ロッテ、うーんとね。あたしの場合、根拠はあんまりない勘だから……」

 

 

 栗色のウェーブしたセミロングヘア、雪のように白い肌、ぱっちりした赤い瞳――その面差しまで姉によく似ているティアナは、新しくできた友達に憧れていた。

 何せシャルロッテ・シャインはとっても綺麗な女の子なのだ。

 

 ふわふわした黄金のロングヘアも、青く澄みきった瞳も、異国の姫君を模した人形のように整っている。

 シャルロッテ自身、立ち振る舞いに自信が感じられる質なので、その容姿と相まってとても華がある子だった。

 最近、愛称で呼ぶようになったシャルロッテは、元々の出身地がベガニシュ帝国とは思えないほどバナヴィア語が堪能(たんのう)だった。

 

 

「勘ね。やっぱりあなたって、あの人の妹ね。エルフリーデ・イルーシャもよく、同じようなことを言っていたわ」

 

 

「……一応、訊いておきたいんだけど。それってやっぱり、ロボットで殴り合いの喧嘩したときの話?」

 

 

「よくわかってるじゃない、ティアナ。ええ、わたしってとっても優秀よ――なのに、あの人には手も足も出なかった。だから言ってあげるけどね、たぶんあなたの勘って当たってるわ」

 

 

 シャルロッテの青い瞳が、ティアナの顔を覗き込んでいた。

 本当に納得していいのか、とその目は問いかけていた。どうやら目の前の友達に、相応に薄暗い過去があることはティアナにもわかってきた。

 

 今ではすっかり伯爵家に馴染んでいるリザ・バシュレーもそうだが、どうやら姉には奇妙な人徳があるらしい。

 人型兵器バレットナイト――そう呼ばれる存在に見出されてから、姉は英雄と呼ばれるようになった。

 

 そしてどういう巡り合わせなのか、どうにも一度は銃口を向け合った相手を拾ってくる習性が、エルフリーデにはあるようなのだ。

 これがどんな経緯なのか、ティアナにはわからない。

 

 

――とりあえず悪いことしてるわけじゃないみたいだから、別にいいんだけど。

 

 

 ティアナにとっての姉は、何故か自分を溺愛してくる天然ボケの間が抜けてる人だ。読んでる小説に影響されて冒険者とか恋愛マスターとか、めちゃくちゃなことを口にしたりもするし、徹夜で小説にかじりついて目を真っ赤に泣きはらすことだって珍しくない。

 

 感受性が豊かなのである。どちらかというと物静かなタイプであるティアナと比して、姉は何かと能動的な人間だった。

 であるからして外で何かやって、新しい友達を作ってくるのもそう不思議ではない。

 さて、シャルロッテの問いかけを考える。

 

 学校は楽しい。元々、ヴガレムル市が国際色豊かなこともあり、シャルロッテもすぐ新しい学校に馴染むことができた。

 バナヴィア戦争以降、バナヴィアという土地はあまり平穏無事とは言いがたい状況だが――少なくともヴガレムル伯領は平和なのだ。

 

 

「お姉ちゃんならたぶん無事だよ。それに伯爵様もリザさんたちも、いろいろ頑張ってくれてるのわかるし……」

 

 

「あなたはあの人の家族なのよ。もっと心配したって、誰も悪く言ったりはしないわ」

 

 

「ロッテ、あたしのために怒ってくれてるの?」

 

 

「ええ、そうよ。悪いかしら?」

 

 

 最近わかってきたことがある。シャルロッテ・シャインはエルフリーデのことが大好きだが、同じぐらいにティアナのことも好きになってくれていた。

 そして姉妹が互いを思い合っているのに、それを上手く表現できないことに苛立っていた。

 

 つまりシャルロッテは本質的に優しい人なのだ、とティアナは思う。この辺、良くも悪くもドライであっさりと流すリザとは性質が違う人間である。

 情が深いというか、気配りがしっかりしている。

 

 自分とは違う人種だ、と思う。ティアナ・イルーシャは望もうと望むまいと、否応なく受け入れるしかない現実に直面してきた。

 かつてそこにあったのは、自分の意思で変えられる余地なんてない冷たい世界だった。

 現在はそれに比べれば、何もかもが優しい――だからすぐ、納得するための理由を探してしまう。

 

 

 

「――うらやましいよ、そんな風に強くなれるのが」

 

 

 

 思わず本音がこぼれた。

 ロッテがじっと自分を直視してくる。彼女の実直な優しさに対して、誤魔化しを言いたくはなかった。それは嘘をついているみたいで嫌だったから、ティアナは包み隠さずに自分の気持ちを話した。

 

 

「あたし、お姉ちゃんみたいに強くないから。あたしが何かしたって、心配かけるだけだよ。そういうので足手まといみたいになるのが、一番つらいよ」

 

 

「エルフリーデが幸せだとしたら、それってあなたが幸せだからよ。幸せを独り占めしないのって、すごいことよ」

 

 

「ロッテ、すごい大人っぽいこと言うよね」

 

 

「あら、わたしは子供よ? あの人に子供扱いされてるしね」

 

 

 ちょっと話の雲行きが怪しくなってきた。

 ティアナ・イルーシャは戸惑いを秘めた表情で、自信満々に胸を張っている友達の顔を見た。

 

 

「それってロボット使った喧嘩で?」

 

 

「ええ、手も足も出ないまま解体されたわ。容赦がなさ過ぎて今でもちょっと引くぐらいに」

 

 

「うちのお姉ちゃんのやらかしが増えていく……!」

 

 

 過ぎた話である。

 一体どんな経緯で姉がシャルロッテと知り合い、人型兵器バレットナイトを駆使した戦闘になり、自信家のシャルロッテに完敗と言わせるほどの決着になったのか――結局のところ、戦う側ではないティアナにはわからない。

 

 ただ一つわかるのは、たぶんエルフリーデは本当に容赦がなかったのだろうなという実感だけだ。

 送迎用の自動車が、見慣れたお屋敷に近づいていく。

 季節は十二月中旬、道ばたにうっすらと雪は積もっているけれど、午後の昼下がりに相応しい穏やかさの冬だった。

 

 じきに冬至祭のシーズンだった。街を歩けば冬至祭を祝う歌が、伝統的なものから流行りのものまで、ラジオ放送のスピーカーから流されていることだろう。

 学校だってじきにお休みになるはずだ。

 

 そうなればきっと、日頃から忙しいことだらけの姉だって、祝祭には参加してくれるはずだ――ようやく戦地から帰ってきたのだから、数年ぶりに家族で祝う冬至祭を過ごしたっていいはずだった。

 ああ、そうか。

 自分にはこんな望みがあるし、それが叶って欲しいと思うわがままだってあるのだ。

 それに気づいて、ティアナは微笑んだ。

 

 

「ロッテ、あたしはお姉ちゃんと冬至祭を祝いたいよ。一緒に祝ってくれる?」

 

 

「……もちろんよ。わたしたち、友達でしょう?」

 

 

「わっ、ロッテがそういうこと言うと違和感あるね!」

 

 

「どういう意味かしら……」

 

 

 車内でじゃれ合いながらティアナは思う。

 どうかこのまま何事もなく、無事に祝祭を迎えられますように。

 

 

 

 

 

 

 ヴガレムル伯領に帰還後、真っ先にエルフリーデ・イルーシャが向かったのはクロガネの元だった。

 〈アシュラベール〉L型に同封されていたメッセージの件で、問いたださねばならないことがあったからだ。

 

 ぶっつけ本番で実戦運用した新型〈アシュラベール〉についての報告書や改善点の要求も提出しなければいけないが、何はともあれ最優先事項はそれだろう。その傍らにはゆだんない目つきが周囲を警戒するリザ・バシュレーの姿があった。

 二人は着替える時間も惜しんだ。

 

 耐環境パイロットスーツを脱ぐこともせず、軍用コートを羽織って前を閉じて、そのまま伯爵家の執務室に直行した。

 結論から言えば面会時間はすぐに作られた。

 どうやらエルフリーデとクロガネの考える優先順位は一致しているらしい。そのことに安堵しつつ、少女騎士は彼の執務室のドアをノックした。

 

 

「入れ」

 

 

「失礼します」

 

 

 ドアを開く。一目見てわかったのは、どうやらつい五分前までここは戦場だったのだろうなとわかる書類仕事の名残だった。

 机はしっかり片付けられているし、部屋の主は鷹揚に構えているが、部屋全体に残るちょっとした雰囲気がそういう緊張感を嗅ぎつけさせた。

 エルフリーデ・イルーシャはまず何について口にすべきか迷った末、単刀直入に本題に入ることにした。

 

 

 

「クロガネ、教えてください――総督府はわたしたちを排除するつもりなんですか?」

 

 

 

「エルフリーデ、まずはよく戻った。そしてその問いかけにはこう答えよう――お前たちを、ではない。()()()()()()()()()()()()を、彼らは潰そうとしている」

 

 

 

 エルフリーデは思いのほか、ショックを受けない自分に驚いていた。

 予想できる結論だったからかもしれない。名実ともにクロガネの懐刀であり、バナヴィア人にとっての英雄として名声を得ているエルフリーデを正面切って殺そうしたのである。

 

 これは事実上、戦争の口実になるレベルの挑発行為だ。

 あの暗殺を仕組んだのがベガニシュ人――バナヴィア総督府であるならば、最初に口火を切ったのが何者であれ、その意思はすでにクロガネとの敵対に振り向けられている。

 

 そしてベガニシュ帝国皇帝によって、いずれバナヴィア全土の統括者となる可能性を示唆された男と敵対するのだ。

 中途半端な落としどころでは意味がない。

 

 やるならば、クロガネが再起不能になるほどのダメージを――それが政治的であれ、身体的であれ、意味するところは同じだ――与えるのが目的になるはずだった。

 そしてクロガネがここまで明白に、事実として語ったことの意味を悟る。

 

 

 

「……もう動いてるんですか?」

 

 

 

「ああ。総督府に忍ばせている内通者からの報告と、こちらが国境沿いに展開している監視部隊の報告が一致した。ヴィタフォード自治区からも連絡があった――すべての兆候が総督府の軍事侵攻を示している。クロイツェク管区の駐留軍は、演習を名目に動いていたようだが。彼らは数日中に、ヴガレムル伯領へと侵攻してくる可能性がある」

 

 

 

 エルフリーデは絶句した。

 まだ暗殺やテロならばわかる。少なくともテロリストの仕業だとか、多少は言い訳が利くだろう。

 だが、それがどれほど空虚な言葉であろうと――同じベガニシュ帝国の臣民と領土に対して戦争を仕掛けるなど、正気の沙汰とは思えなかった。

 

 少なくとも形式上、ヴガレムル伯爵家が舵取り役になっているバナヴィア都市連合は、ベガニシュ帝国皇帝の後押しを受けた政治的存在のはずである。

 あのロボット家令――機械卿ハイペリオンから受けたレクチャーは、そういう感じの内容だったと思う。

 

 エルフリーデ・イルーシャは政治家ではない。貴族でもない。だからベガニシュ帝国の複雑怪奇な派閥争いの事情はいまいちわかりかねる。

 それでもこれはおかしいとわかる。

 

 

 

「これって皇帝陛下のご威光ってやつに喧嘩売ってるも同然じゃないの?」

 

 

 

「その皇帝陛下に彼らは事実上の解体を命じられた。これは明確な反乱だ、エルフリーデ。ゆえに総督府は誤魔化しも効かない博打を始めた――ヴガレムル伯爵家の持つ資産すべてを接収し、戦後の勝利者となる目論見だろう」

 

 

 

 クロガネの言葉はよどみない。そこに絶望も諦念もなく、ただ淡々と事実を告げる風だったから――ようやく冷静になることができた。

 すぅっと深呼吸して、息を整えた。エルフリーデにも理解できたことがある。

 少女はゆっくりと、受け入れがたい現実を噛みしめるように言葉を吐き出した。

 

 

 

「――わたしたちが頑張ってきた成果全部をかっさらって、帝国の中での権力闘争の道具にしようってわけ?」

 

 

 

 クロガネは頷いた。

 エルフリーデの横に控えているリザも、流石に神妙な顔つきで話を聞いていた。

 今年の春先に起きた戦争――サンクザーレ会戦からこっち、クロガネ・シヴ・シノムラは常に勝利してきた。彼はミトラス・グループの技術力を示し、英雄エルフリーデ・イルーシャは〈アシュラベール〉と共にその武勇を轟かせた。

 

 そしてとうとう、電脳棺の再生医療という希望、バナヴィアの自治権獲得という未来への展望すら示してみせた。

 出る杭は打たれるというが、これはもうそんな領域の話ではない。

 クロガネが持っている力の源泉が明確だからこそ、それを収奪することができれば、彼が振るう権能も奪い去れる――そういう野蛮で残忍な論理が振るわれようとしていた。

 

 

 

――足を引っ張るなんてレベルじゃない、首を掻き切って、別人の頭にすげ替えるような真似だ!

 

 

 

 なるほど、そこまで過激な結論に総督府がたどり着いているのなら――あの絶対的な殺意に満ちた爆撃機の編隊も納得できる。

 これはもう、エルフリーデの暗殺なんて次元の話ではなくなっているのだ。

 

 総督府全体が反乱に組みしているのかはわからないが、クロガネを消したい一派にとって、一連の行為はすでに戦争の一部なのだ。

 黒髪の不死者は落ち着き払っていた。もうすぐ巨大な軍事力で踏み潰されようとしている男には不釣り合いなほど、彼の態度には自信が満ちていた。

 

 

 

「エルフリーデ、ゆえに我々には勝機がある――()()()()()()()()。そしてお前がいる。ならば我々は短期間で勝利するだろう――()()()()()

 

 

 

 クロガネ・シヴ・シノムラは笑う。

 大胆不敵に、かつてない力強さで――数秒間、その美貌に見惚れたあと、ふと我に返ってエルフリーデ・イルーシャは赤面した。

 

 ああもう、この男はどうしてこう、こういうとき格好いいのだろうと思う。こんなの反則だろう。

 そんな緊張感のない自分が気まずくて、つい場違いな呟きをもらした。

 

 

 

「……ここで計画通りみたいな雰囲気出すと、ちょっとわたしたちが悪者みたいじゃないですか?」

 

 

 

 クロガネは神妙な顔で頷いた。真顔でその軽口を受け取ったようだった。

 

 

 

「ああ、気をつけよう。イメージ戦略は大事だからな」

 

 

 

 リザはとうとう耐えきれず、ぷるぷると痙攣(けいれん)しながらうめいた。

 笑いをこらえていたのだ。

 

 

 

 

「お、お二人とも……話す内容に対して空気がゆるすぎます……!」

 

 

 

 

 ヴガレムル伯爵家は平常運転だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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