機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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望む未来のために

 

 

 

 偉大なるベガニシュ帝国は、常に科学技術において世界を切り開く存在でなければならない――そのようにバナヴィア総督府の代表者、ランズバルグ侯爵は考える。

 ランズバルグ侯爵は決して驕り高ぶる貴族ではない。むしろ彼に見えているのは、薄ら寒い現実だった。

 

 おそらく遠からず、ベガニシュ帝国から古き良き貴族の伝統は失われる。軍事貴族が皇族に仕えて、その武力によって帝国を支えるシステムは古びて崩れてしまった。

 若き皇帝とその宰相の意図は明白だった。彼らはすでに帝国の改造に着手した。

 

 大陸間戦争の敗退に次ぐ敗退によって、民衆の貴族に対する不満も強まっている。攻め込んできた敵国の遠征軍を迎え撃ち、何とか五分五分にまで押し返したのは皇帝陛下の軍隊だった。

 貴族家の寄せ集めである騎士団ではない。

 すべてが悪い方向に作用していた。

 

 

 

――アルフレッド殿は失敗したが、その着眼点は正しかった。クロガネ・シヴ・シノムラは危険すぎる。

 

 

 

 この一年足らずの間に事態は深刻化した。そうなる前に、あの成り上がり者を排除しておくべきだったのだ。

 今年の初春にサンクザーレ会戦を引き起こした大貴族、ドゥガリオ公爵ガトア家はランズバルグ侯爵にとって親戚筋である。

 

 かの戦争の代償は高くついた。

 まずサンクザーレ会戦において先陣を切った騎士団の人員の多くが命を失った。〈剣の悪魔〉エルフリーデ・イルーシャに敗れ、手練れの騎士ほど切り捨てられていたのである。

 ベガニシュ帝国陸軍の軍事介入と、それにともなう空爆によってさらに多くの将兵が死傷したのは言うまでもない。

 

 さらに公爵軍にその威容ありと謳われた陸上駆逐艦までもが失われた。

 ベガニシュ帝国南部の要衝、ドゥガリオ公爵領を治めるガトア家が負った傷は大きかった。戦後処理に当たって、帝国皇帝自らの沙汰によって罰が与えられた。

 

 その結果は散々なものだった。ヴガレムル伯爵への多額の賠償金、公爵家の有したいくつかの特権の廃止、そしてガトア家当主アルフレッドの引退――それは戦争の敗者の迎えた、無慈悲な結末だった。

 

 長年、公爵家そのものと言っていいほどの権勢を振るった老貴族の引退は、門閥貴族の集まりにとって衝撃的であった。

 このような変事に為す術なく、皇帝の意思に誰も刃向かえなかったことに、彼らは時代の変化を感じたのである。

 

 世が世であれば、毒杯によって玉座の主がすげ替えられただろう。

 それがベガニシュ帝国の流儀、相争う多頭竜の国の歴史である。

 

 

 

――だが、そうはならなかった。陛下をお諫めする家臣もいない。我らはすでに、歴史の敗者になりつつある。

 

 

 

 皇族の血の尊さを信じながら、自らに都合が悪ければ容易くその命を奪う。この矛盾するように思える性質こそ、ベガニシュ貴族に必要とされる素質である。

 忠義厚く無慈悲、傲岸不遜にして理性的――貴族とは血に殉じる存在である。

 彼らは家を守るために生まれ、領民の血税を吸い取って育ち、その血に課せられた運命に従うのだ。

 

 男が政治を担い、戦場で死んでいく――大いに結構。

 女が子を産み育て、社交の場で神経をすり減らす――そうでなければならぬ。

 極めてベガニシュ貴族的な価値観で言及するならば、それこそが長い歴史の中で継承され続けた繁栄のためのシステムなのだ。

 

 生存のための最適解であると、自らの伝統を信ずるもの。理性ゆえに個々人の意思を否定する機構、そうあることがベガニシュ貴族に求められる素質である。

 改革や自由を求めたものは、過去を振り返れば腐るほどいる。

 

 血まみれのバナヴィア人、救国卿ルシア・ドーンヘイルの思想などくだらない世迷い言である。

 数多の失敗と敗残者の上に、彼らの歴史は築かれていた。

 ゆえに勝利こそ至上の価値だった。

 

 

 

――ベガニシュ帝国において、貴族の衰退はすでに定められた流れだろう。

 

 

 

――だが、それを座したまま受け入れるほど、我らは大人しくはない。

 

 

 

――誇り高きベガニシュ貴族は、去勢された犬ではないのだから。

 

 

 

 ランズバルグ侯爵にとって此度の紛争は、いずれ起きるべくして起きた戦いだった。

 〈剣の悪魔〉エルフリーデ・イルーシャに対して暗殺を仕掛けたのは、早まった部下の独走ではあったものの――いざ振り返ってみれば、あれが絶好の機会だったのは疑うべくもない。

 

 残念だったのは、部下の独断専行ゆえに戦力が足りなかったことである。ヴガレムル伯爵軍の一団は人的損害を出さず、逃げ切ることに成功してしまった。

 つまり総督府は口封じに失敗したのだ。

 

 若き皇帝と宰相が手を組み、今まさに領土を売り渡そうとしている男――クロガネ・シヴ・シノムラは、抜け目ない野心家である。

 彼の動きは迅速だった。

 ヴガレムル伯爵はその影響下にあるメディア――ラジオ放送を用いて、いち早く起きた事件を発表した。

 

 合同軍事演習に参加するはずだった伯爵家の一団が、帝国製兵器を所持した謎の武装集団に襲われ、辛くも撤退したという物語である。

 この発表は総督府の想定を超えて、バナヴィアの民衆に伝わっていった。

 

 新聞や雑誌の検閲をして情報を封鎖しようとしていた当局の思惑は外れ、総督府の支配する管区のあちこちで不穏な動きが広がっていた。

 これに対抗して、総督府は公式見解を出した。長々とした修飾語を取り除き、その声明の要点をかいつまむと次のようになる。

 

 

 

――先日、西ベガニシュ総督府の駐留軍に対してテロ攻撃があった。これによって多数の将兵の尊い命が失われた。

 

 

 

――テロ攻撃の犯人はあろうことかヴガレムル伯領に逃げ込んだ。今もなお多くの領民が危険に曝されようとしているのに、ヴガレムル伯爵は満足な対策を打てずにいる。

 

 

 

――ゆえに総督府は賊徒の討伐のため、軍を送り込んで治安回復を支援する。

 

 

 

 真実を知る人間ほど、その厚顔無恥さに絶句するようなメッセージである。

 要するに総督府はテロを仕掛けた側ではなく、卑劣な攻撃の犠牲者であり、その黒幕はヴガレムル伯爵であると糾弾するような内容なのである。

 そして結論として、苦しむ民を助けるため総督府が正義の行いを為すとまで言い切っている。

 

 ともあれ、軍事侵攻の意図を装飾する建前は成り立った――悪逆非道の伯爵に対して、偉大なる帝国の意向を背負う総督府が、真に正しき道を示す。

 バナヴィア総督であるランズバルグ侯爵の名の下に、ヴガレムル伯領に対しての遠征軍が編成され、雪崩れ込もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「とはいえ、総督府にとっても満足に軍を編成する時間はない。ベガニシュ帝国の中央政府、つまり本国が軍事介入を選択すれば、彼らの目論見は一瞬で崩れ去る。そして本格的な地上戦を展開できるほどの余力は、今の総督府にはないと見ていい」

 

 

 

 わかるか、とクロガネに問いかけられる。

 ミトラス・グループの有する地下施設で〈アシュラベール〉の最終調整に追われていた少女――エルフリーデは静かに頷くと、そっと答えを口にした。

 現在、ヴガレムル伯爵家は大忙しである。今後一〇〇時間以内に総督府による軍事侵攻があるという状況で、当然のことながらクロガネ・シヴ・シノムラは死ぬほど忙しい。

 

 分刻みのスケジュールで対応に追われていた。そのはずなのだが、どういうわけか彼はひょっこりとエルフリーデの元に顔を見せていた。どうにもミトラス・グループの経営陣との話し合いのついでに、時間を作ってねじ込んできたらしい。

 

 部屋の入り口では、静かに従者のロイ・ファルカが見張りに立っている。

 たぶん彼の差し金だろう。実際問題、エルフリーデは今回の作戦で最も重要な役割を任されているので、こうしてすべてを知るクロガネと打ち合わせしておくのは重要だ。

 

 エルフリーデは耐環境パイロットスーツの上から軍用コートを羽織ったラフな格好で、クロガネの方は如何にも高そうな背広に身を包んでいる。

 お互いの平常運転という感じだった。

 

 

「狙うなら、こっちの首脳部を根切りにする首狩りってことですか?」

 

 

「そういうことだ。総督府の駐留軍の大多数は、これが帝国に対する反乱だと知らされれば、戦闘を躊躇う部隊の方が多い。彼らの多くはベガニシュ人の平民であり、貴族将校のすべてがこのクーデター紛いの行動に賛同しているわけではない。現在の総督であるランズバルグ侯爵と、その取り巻きが事件を引き起こしている」

 

 

 二人が話しているのは、地下格納庫の一角にある小部屋だった。外では技術者たちが〈アシュラベール〉の調整に当たっており、今も様々なパロメータが調整されている。

 

 光波シールドジェネレータの粒子防御帯の形状、電磁式人工筋肉の出力、全身の駆動システムの反応速度、内蔵兵装に供給されるエネルギーの流量――先の実戦運用でエルフリーデが感じた報告を元に、ありとあらゆる数値が最適化されている最中だった。

 

 つまりエルフリーデの仕事は片付いている。

 なのでこうしてクロガネと雑談に興じる余裕があった。そして少女騎士は戦う人間であり、実務家であり、軍事的才能に優れた人物だった。

 マグカップに入れた紅茶を口にして、ほうっと息を吐く。

 

 

「……実質的に動くのは、その総督様の私兵ってこと?」

 

 

「ああ。だが戦力規模としては相応のものだ――少なくともヴガレムル市の主要施設を押さえて、占領を実行するだけの空挺部隊を彼らは展開できる」

 

 

 もちろん、ヴガレムル伯爵軍にも飛行機があり、対空砲やミサイルの陣地は無数に存在する。

 総督府の有する軍隊が如何に強力だろうと、こちらの防空網をすり抜けて素通りするのは難しいだろうが――クロガネの側にも弱点はある。

 

 今の彼は守るべきものが多すぎるのだ。たとえこの場で紛争に勝てるとしても、バナヴィア都市連合という構想の旗振り役になった以上、参加の意を示した自治区を見捨てるわけにはいかない。

 ゆえにヴガレムル伯爵軍は、その全戦力を首都防衛に注ぐことはできない。

 

 いずれは自治区の再軍備を進めて、独自の防衛力を整備しなければならないが――少なくとも現在、バナヴィア人が自由に動かせる戦力はさほど多くないのだ。

 エルフリーデ・イルーシャの理解するところでは、要するに敵味方が異なる制限を課せられている。

 

 総督府の側は時間制限と士気の低い味方を、クロガネの側は敵の狙いがわかっていても全戦力をそこに注ぐわけにはいかないという政治的縛りを――それぞれが抱え込んだまま、戦闘に突入するのだ。

 

 

「これ、持久戦やってベガニシュ帝国の援軍待つのってありです?」

 

 

「戦略的にはそれが定石だが、政治的には――なしだな」

 

 

「あー……力関係が嫌でも固定されちゃうんですね」

 

 

「そうだ。我々の最終目標は、総督府に対する勝利ではない。バナヴィア都市連合という枠組みに対して、バナヴィアの人々の信頼を勝ち取ることだ」

 

 

 クロガネとエルフリーデの会話には今、色恋沙汰の絡む余地はない。お互いの現状認識をすり合わせるような会話だが、そこに奇妙な居心地の良さがあった。

 

 自分は彼の思考を理解しており、彼は自分の認識を把握しているという確信――深い相互理解を噛みしめるような会話だった。

 ゆえにエルフリーデ・イルーシャは確信を持って、今回の紛争の鍵を握るであろう人物の名を口にした。

 

 

「だから救国卿を引っ張り出す必要があるんですね? 彼女は反帝国運動のボスで、あなたのことを熱烈に愛している――ものすごーく厄介な崇拝者って感じですけど」

 

 

「そうだな、だからルクカカウは絶対に、()()()()()()()()()()()()()()。総督府にヴガレムル伯領が占領される未来も、帝国を頼って俺がその走狗になる未来も、彼女にとっては問題外の選択肢だろう。これはバナヴィア独立派という組織の首魁としても同じことだ。バナヴィアの自治権獲得によって、独立派が失う求心力――それを劇的に回復させるなら、今回の紛争は見過ごせない大事件だ」

 

 

「クロガネ。まどろっこしい話はなしです。つまり、こういうことですよね――ルクカカウは絶対に戦場に現れる。そこで勝負を仕掛ける。でもどうやって、あの人を口説き落とすんです?」

 

 

 核心を突く問いかけだった。

 エルフリーデ・イルーシャの理解するところでは、クロガネの思い描く未来図には、バナヴィア独立派の協力が必要不可欠である。

 それは帝国の属国としての自治区存続ではなく、将来的な独立も視野に入れた舵取りをするということであり――バナヴィア総督府との対決は、彼の指導力を試される場になる。

 

 どれだけクロガネ・シヴ・シノムラがバナヴィア人による自治を訴えようと、帝国に従属する小物と見なされれば、あらゆる外交も内政も行き詰まるしかない。

 もちろん救国卿を説得すれば、すべてのバナヴィア独立派がその意に従うなんてことはありえないが――ひとまず最大勢力のトップを味方にできなければ、始まるものも始まらないだろう。

 

 だが、救国卿ルシア・ドーンヘイル――不死者ルクカカウは恐ろしい魔人である。

 その愛情は燃え盛る焔のように激しく、世俗権力に向けられる破壊的な意思は力強く、何よりベガニシュ帝国に対する敵意は苛烈だった。

 

 利害関係だけで説得に応じるような、生やさしい人物ではないのは明白である。

 クロガネは五秒ほど沈黙を保つと、意を決したようにエルフリーデの瞳を見つめた。黄金色の理性に燃える目が、少女の魂を掴むように覗き込んでくる。

 

 

 

 

「エルフリーデ、その答えは夜に話す。今この場では、こう伝えよう。戦場に出れば、必ず救国卿はお前を殺しに来る――ルクカカウと〈アルファマラーク〉に勝利しろ

 

 

 

 

 なるほど、さっぱりわからない。

 どうやらクロガネには秘策があるようだが、その前提として――力を示さなければ、あの燃え盛る劫火のような不死者は納得しないらしい。

 

 一体どんな政治的力学だの陰謀策謀だのが絡むのかと身構えていたが、そう言われるとかえって気が楽だった。

 その左目に消えない傷跡を負った少女は、不思議と負ける気がしない自分を見つけて、屈託なく微笑んだ。

 

 

 

「……()()()()()()ってことでしょ? 弱った、あなたに無茶振りされるのってこれで何度目だっけ……ちょっと安心してきたよ、わたし」

 

 

 

 そして無双の騎士は、力強く宣言するのだった。

 

 

 

 

「――()()()。わたしと〈アシュラベール〉が、二度も負けることはないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












クロガネ「ポリティカル要素はさておき…まずバトルで勝て」
エルフリーデ「あっ、ボス戦だこれ…!」




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