機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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祈るようにもがいて

 

 

 

 バナヴィア総督府の軍事侵攻が始まる十数時間前――エルフリーデ・イルーシャは、屋敷の一室で妹と顔を合わせていた。

 出撃前の〈アシュラベール〉L型の最終調整、セッティングの確認、作戦内容のすりあわせなど仕事は山積みだった。それでもなんとかティアナ・イルーシャと話す時間を準備できたのは、周囲の理解合ってこそだった。

 

 ありがたいことだと思う。

 ヴガレムル伯爵家はエルフリーデの武力を何よりも欲していたが、同時に彼女個人の重視するものが何であるかをきちんと心得ていた。

 

 男物の白シャツに背広を着込んだ男装姿、すらりとしたしなやかな手足を包み込む衣装――要するにいつでもすぱっと着替えて、耐環境パイロットスーツで出撃できる格好。

 夜の闇も深まる時刻だった。

 電灯に照らされた室内では、妹がじっとこちらの顔を見ている。

 

 

「ティアナ、お姉ちゃんちょっと戦ってくるよ。大丈夫、すぐに終わらせてくるから――」

 

 

 まるでこれからお使いにでも行くかのような声音だった。

 ヴガレムル伯領とバナヴィア総督府の間の軍事的緊張は、すでに新聞でも報じられている。軍事行動に備えて、市民の移動を制限する交通規制も始まっていた。

 

 そういう情勢下であるから、ティアナ・イルーシャは姉の言葉が意味するところを、すぐに理解したようだった。

 ティアナが目を閉じる。

 

 栗色の髪も、白く透き通るような肌も、宝石みたいに真っ赤な瞳も――何もかもが姉にそっくりで、しかし確かに違う人間である妹。

 その表情は強ばっていた。

 

 

「そっか」

 

 

 それが納得だったのか、諦観だったのかはわからない。

 だが少なくとも、軽々と発されたものではないことは確かな一言だった。

 部屋の隅でじっとして、姉妹の様子をうかがっていた金髪の少女――シャルロッテ・シャインが、意を決して踏み込んできた。

 

 

「こういうとき楽観的なことを口にすると皮肉な結果になるものよ? エルフリーデ、あなたって信心深くないのかしら」

 

 

「まさか。兵隊に取られた人間は誰だってこう思うよ――神様でも悪魔でもいいから、生きて戻れるって保障してくれって。わたしだってそうだった」

 

 

 エルフリーデは嘘偽りなく本音をこぼした。

 かつて自分は〈剣の悪魔〉と呼ばれるほど暴れ回り、敵味方に畏怖され、また多くのバナヴィア兵の命を救ってきた。

 

 戦場の女神だ、民族の英雄だと褒めそやされもした。

 だが、他ならぬエルフリーデ・イルーシャ自身が知っていた。自分だって人間であり、本当は戦場で命を落とすのが何よりも恐ろしかったのだと。

 その当然の恐怖心を押し殺し、勇敢に振る舞うことで仲間の心を守ってきただけなのである。

 

 それは今でも変わらない。

 自分が死なないと思っているから戦場に出るわけではない。ましてや戦場でしか生きる実感を得られない、というような破綻者になった覚えもない。

 そんな姉の心境を読み取ったのか、ティアナがその赤い瞳で覗き込んでくる。

 

 

「お姉ちゃんは、立派な人になりたいから伯爵様の味方になるの?」

 

 

 問いかけは単純明快だった。

 死が恐ろしいのなら、戦場に出るのは間違っている。

 英雄としての名声や誰かの役に立ちたいというような、自己肯定感のために戦っているのかと――そう問われていた。

 

 エルフリーデは一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。

 それは存外、考えてもいなかった可能性で――数秒間、検討してみて全然違うとわかるものだった。

 

 たぶん自分は今、すぐに戦場に出て行ってしまう生き方を咎められていた。ティアナは優しくて普通の子だから、大好きな姉が戦場に出て行ってしまうことが恐ろしいのだ。

 真剣な言葉だったのに、どうしてだろうか――エルフリーデは我知らず、微笑んだ。

 

 問われてみて初めて、言葉として浮かび上がったもの。

 自分自身の祈りを、そっとティアナに告げた。

 

 

 

「わたしはさ、未来が欲しくなったんだよ。それはきっと、わたしのわがままなんだ――うん、ティアナのためだなんて言い訳はしないよ」

 

 

 

 エルフリーデは身長一六五センチメートルの身体をかがめて、そっと妹と目線の高さを合わせた。

 多感な時期を戦場に放り込まれていたわりに、自分は中々、背が高い方である。それがベガニシュ帝国の食糧事情が存外まともだったからなのか、電脳棺との長期間融合の影響なのかはわからない、とクロガネは言っていた。

 

 確かなことは一つだけである。

 なんだかわからないことだらけの自分と違って、ティアナは自然に大きくなってくれた。身長はすくすくと伸びていて、この前まで一五〇センチメートルあるかどうかだった背丈もすっかり一五〇センチ台半ばになっている。

 

 この子は成長期で、これからどんどん育っていく。

 健やかに生きて、明日を願う権利がある。

 エルフリーデ・イルーシャが守りたいのは、そういう当たり前が保障される未来だった。

 

 自然と脳裏をよぎったのは、最近知り合った少女たちの横顔だ。大国の陰謀に利用され、家族を失ったリザ・バシュレー。復讐に身を焼き焦がし、どうしようもない行き止まりにたどり着いたシャルロッテ・シャイン。

 誰にだって幸せに生きる権利があると思った。

 

 

 

「昔ね、この世界は悲しいことばっかりだって思ってた。大勢の人が、魔法みたいな科学技術を弄んで、そのしっぺ返しみたいな不幸に苦しんでる。でもさ、わたしの願いはささやかなんだ――ティアナみたいな子が、そのままでいられる世界。リザみたいな子が、理不尽を味わわなくていい世界。シャルロッテみたいな子が、絶望しなくていい世界」

 

 

 

 エルフリーデが語るのは、そういう愚直で切実な願いだった。

 シャルロッテは押し黙って、じっとエルフリーデの言葉を聞いていた。自然とティアナを支えるように、そっと寄り添う少女の姿に、エルフリーデは笑みをこぼした。

 

 ずっと苦労をさせてきたティアナにも、こんな優しい友達ができた。

 何をどう言い繕っても、エルフリーデ・イルーシャは英雄だ。そういう名声を得てしまったし、今さらその影響力を捨てることはしない。

 

 そう決めた。

 それがどんなに欲深で血まみれで恥知らずだとしても、つかみ取りたい未来を見つけてしまったから――エルフリーデは謳うのだ。

 自分の戦いの意味を。

 

 

 

「そういうのが、今は無理じゃないって思える。わたしたちが幸せになっていい世界を、少しでも現実にできる気がしてる。だからね、ティアナ――エルフリーデ・イルーシャが戦うのは、そういう夢のためだって覚えていてくれるかな」

 

 

 

 我ながら身勝手な台詞だと思った。

 だけどティアナは黙って、こちらの言葉を聞いてくれていた。まるで降り積もる雪を受け入れる大地のように、ただ静かに抱擁(ほうよう)してくれている。

 

 妹の姿に、たとえようもない愛を感じた。

 胸を埋め尽くす愛おしさに耐えきれず、エルフリーデはもう一つの本音をぽろっとこぼした。

 

 

 

「とにかくね! お姉ちゃんは妹と祝う冬至祭のパーティが楽しみなので! ちゃちゃっと悪党ぶちのめして帰ってくる予定です!」

 

 

 

 冗談めかしている言葉だった。

 しかし実際には何一つとして冗談ではなかったので、その傲慢すぎる言葉に、呆れたように妹はため息をついた。

 やれやれという感じで肩を落とし、ティアナ・イルーシャは辛辣(しんらつ)な反応を投げ返してくる。

 

 

「お姉ちゃんってさ、愛情表現がなんか重たいよ。うん、重すぎ」

 

 

「えっ!? 今のはちょっといい感じに頷いて見送ってくれる感じじゃなかった!?」

 

 

「泣ける展開はやだ、湿っぽくなるから。お姉ちゃん、自分で約束したことは守ってよね」

 

 

 映画みたいに劇的な泣けるシーンは無事に拒否された。

 かつて徴兵される姉の姿を、黙って見送るしかなかった不憫(ふびん)な妹は――いつの間にか、姉の振る舞いに苦言を呈せるふてぶてしさを手に入れていたのだ。

 

 その成長を噛みしめたエルフリーデは、ふと、ティアナの顔に浮かぶ微笑みに気づいた。

 目一杯の親愛が込められた笑顔が、こぼれ落ちた。

 

 

 

 

「あたしも、お姉ちゃんのことを世界一愛してる。だから――いっぱい、いっぱい、今までの分までお祝いしようね。約束だからね」

 

 

 

 

 もちろんエルフリーデ・イルーシャが、その約束を違えるなどありえなかった。

 

 

 

 

 

 

『空虚な宣言です、エルフリーデ――あなたの祈りは、わたくしが斬り捨てましょう』

 

 

 刹那、青白い残光と共に〈アルファマラーク〉の姿が視界からかき消える。一対二枚の主翼に内蔵された抗重力場機関(リパルサー・エンジン)――何らかの推進剤を放出しての反動推進ではなく、重力そのものを操る重力制御能力に由来する加速だ。

 

 瞬時に亜音速に達した敵機の軌道は読めない。

 運動エネルギーと速度を保ったまま、ほぼ直角に曲がることができる推進システム――慣性制御によって、〈アルファマラーク〉は最高速度で自由自在に振る舞うことができる。

 

 つまり〈アシュラベール〉のセンサーの死角に全速力で飛び込んだあと、いきなりこちらの後ろに回り込むことだってできるのだ。

 ロケット噴射やジェット噴射による、反動推進では実現不可能なでたらめな機動――角度九〇度を描く不気味な旋回――瞬時に背後を取られた。

 だが、エルフリーデにはすべて見えていた。

 

 

――ああ、やっぱりあなたはそうするよね。

 

 

 かつての〈アシュラベール〉ならば、黒い天使の慣性制御機動に追従することは不可能だった。たとえエルフリーデが敵の動きを見切っていても、機体の側に反応するための機構がなかったのだ。

 

 だが、〈アシュラベール〉L型――解放(リベルタス)の名を冠したこの機体は違う。

 肩部装甲に支持された光波シールドジェネレータが板状のエネルギーバリアを出力――同時にその表面で、高エネルギー粒子の火球が生まれ、爆ぜた。

 

 爆発。

 閃光が弾け、爆風が浴びせかけられる。

 そのすべてをバリアで受け止める――巨大な圧力の反動を用いて、〈アシュラベール〉が弾かれたように後ろを振り返る。

 

 緊急旋回機構と呼ばれる急旋回用の爆発式推進だ。回転運動へと変換された爆発が、振り向きざまの斬撃に化ける。

 火花が散った。

 

 

『――見切ったというのですか、徒人(ただびと)が!』

 

 

 大上段で振り下ろされた斬撃――十字架型の長剣を、悪鬼の太刀が迎え撃っていた。

 互いの速度と重量が乗ったテロス合金製ブレード同士の激突。衝撃波と閃光がまき散らされ、二人の周囲で雪が舞い上がった。

 

 まるで吹雪でも吹いているかのように、爆音と共に白い帳が下りる。

 鍔迫り合いは一瞬だった。

 手応えが消える。真後ろへと推進方向を切り替えた黒い天使が、一瞬で急速離脱したのだ。

 

 

「わたしはあなたを知っている。理解してる。なら――どんな風に()()()()()()()()

 

 

『戯れ言を』

 

 

 そう、実際のところ余裕はない。

 〈アシュラベール〉は無理を重ねれば〈アルファマラーク〉に反撃をたたき込めるが、向こうは常に最高速を維持して一方的に攻撃に移れる。

 

 エルフリーデはそういう現実を冷静に噛みしめながら、作戦前、クロガネと共に重ねたシミュレーションを思い出す。

 あの無愛想で率直な物言いの伯爵様ときたら――まるで遠慮のない言葉をぶつけてきた。

 

 

 

――エルフリーデ、最初に言っておこう。もしルクカカウが完全な慣性制御に成功していたのなら、お前に勝ち目はない。

 

 

 

――だが、お前は先の戦闘で〈アルファマラーク〉から生還した。ゆえに検討の末、ほぼ確実な可能性が見つかった。

 

 

 

――〈アルファマラーク〉は慣性制御の実用化に成功したが、同時にその使用にはインターバルと使用対象の制限が存在している。

 

 

 

 クロガネの長々とした解説を要約すると、次のような話になる。

 もし〈アルファマラーク〉の行使する重力慣性制御が強力無比で使用に制限が存在しないのなら、エルフリーデ・イルーシャとギリギリの攻防を演じる必要はなかった。

 

 ただ無尽蔵の推力で加速し続け、その負荷を軽減し、無限に行使できる慣性制御によって変幻自在の機動を取り続ければいい。

 それこそエルフリーデの周囲をぐるぐると回りながら、斬撃を四方八方から浴びせてなます斬りにできただろう。

 

 だが結局、彼女はそうしなかった。

 口ではエルフリーデ・イルーシャという人物を見定めるため、という風を装っていたが――ルクカカウは本来、自分が殺すべきだと判断した相手を生かしておくほどお人好しではないのだ。

 であれば可能性は自ずと限られてくる。

 

 

 

――〈アルファマラーク〉の重力慣性制御の効果範囲も同じことが言える。もしあれが無制限に運動エネルギーのベクトルを操れるならば、〈アシュラベール〉の攻撃など意に介さない。

 

 

 

――外部から投入される砲弾や斬撃に対して、ベクトル操作で攻撃を逸らす。そういった防御を行えば、まともな勝負にならなかったはずだ。

 

 

 

 しかし実際にはそうなっていない。

 〈アシュラベール〉と〈アルファマラーク〉は幾度も剣を交えて、激しい鍔迫り合いが生じた。陸上駆逐艦からの対空砲火を浴びた際には、砲弾を強固な外殻で弾くことで防御していた。

 

 クロガネが言うような運動エネルギーのベクトル操作――要するに攻撃の向きそのものを逸らしてしまう能力――は使われていなかった。

 無論、これはたった一度の交戦データからの推察である。

 

 ルクカカウが意図して機能をセーブしていたなら、すべての予測は無意味なものになる。

 しかしその点に関しては、二重の意味で保障があった。

 かつて師匠として長い時間をともに歩いてきたクロガネの知る人物像、そしてひとときとはいえ、その心象風景が交わったエルフリーデの理解――この二つを組み合わせることで、高い確度でルクカカウの取りそうな選択肢が絞り込めた。

 

 

 

「ルクカカウ、あなたの〈アルファマラーク〉は最強のバレットナイトだ。でも無敵じゃない――あなた自身、先史文明種の遺産を完璧に制御してるわけじゃない」

 

 

 

 地を這うような超低空を飛ぶ。

 こうすれば少なくとも下方からの奇襲は防げる。前後左右と上方からの奇襲を警戒するだけでいい。

 深紅の悪鬼は雪の粒を巻き上げ、雪原を衝撃波で薙ぎ払いながら索敵を続ける。複合センサーシステムによる自動検出は役に立たない。

 

 できるのは光学観測による手動での発見だけ。

 つまりカメラアイの映す現実を、自分の目で見張る昔ながらのやり方だけ――ほんの一瞬、視界の端を横切った影を見逃さなかった。

 真上から来る。

 

 

 

『――絶対的な強者に、そのような詭弁で勝利することはできません』

 

 

 

 深紅の悪鬼が跳んだ。

 電気熱ジェット推進機構と緊急旋回装置を組み合わせる。小さな爆発をバリア表面で起こし、その反動を利用して急旋回する――最新鋭の空対空ミサイル並みの旋回半径、数十Gの負荷と引き換えに機体が起き上がる。

 

 爆発的に生じた推力によって、斜め前方に打ち上げられる機体。

 合金製の駆動フレームがみしみと軋む音。

 自分自身の肉体となった第三世代バレットナイトが、凄まじい過負荷によって痛めつけられる。

 それと引き換えの回避運動は成功した。

 

 コンマ二秒前、〈アシュラベール〉が存在した位置に刃が振り下ろされる。

 爆発と見まごう衝撃波――知性化超硬度重斬翼〈天使の翼〉が、しなやかな断頭台となって振るわれたのだ。

 〈アルファマラーク〉の上に回り込む。

 両手の超硬度重斬刀を振るう――十字架型の長剣が、二本の太刀を受け止めた。

 

 

 

「あなたもわたしも絶対の上位存在なんかじゃない――同じように悩んで、苦しんで、それでも生きてきた人間じゃないか!」

 

 

 

 叫ぶ。

 それは祈りに似て、厳かに少女の本心を表していた。

 

 

 

「ルクカカウ、あなたがバナヴィア最強にして最古の英雄なら――わたしは最新の英雄になるッ! だから信じてよ、わたしたちを!」

 

 

 

 手を伸ばす。

 絶対的な強さも、絶対的な孤独も、この世にあってはならないという願いと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










緊急旋回機構「クイックブーストできます」
アシュラベールの駆動フレーム「ぎゃああああああ!!!(みしみしと軋む)」





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