機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
地面すれすれを飛翔する二機のバレットナイト――深紅と漆黒の機影が重なり合い、亜音速域の衝撃波で雪が消し飛ぶ。
互いの手にしているのは、先史文明種が残したロストテクノロジーの産物だ。超硬度重斬刀と呼ばれる太刀と長剣が、その刃と刃をぶつけ合い、激しい火花を散らしていた。
やはり、とエルフリーデは確信する。
飛来した刹那、〈アルファマラーク〉の飛行速度は超音速に達していた。だが今、救国卿の乗機は〈アシュラベール〉と鍔迫り合いに持ち込まれている。
おそらくはクロガネの示唆していた、慣性制御機動の限界・制約とやらに由来する何か。
思い出す。
エルフリーデは最終調整の最中、〈アシュラベール〉の開発主任であるゲルト・フレーリヒにも意見を聞いていた。
クロガネの提示した前提条件を元に、彼が導き出した予想は次のようなものだった。
――にわかには信じがたい機能だが。あの黒いバレットナイトがそのような作動原理で推進していると仮定するならば、そうだね。
――何故あの機体が一切、射撃武器を搭載していないかについて説明が付く。
――つまりこういうことだよイルーシャくん。〈アルファマラーク〉はその主翼……〈天使の翼〉によって重力と慣性の制御を実現している。だが、その効果範囲は限られているんだ。
――おそらく翼と接触している機体周辺に、何らかの物理的作用をもたらす力場を発生させているのだろう。尋常ならざる機体強度も、そうして外部から加えられる熱や衝撃に対して防護しているからだろう。
ゲルトの話はわかりやすかった。
つまるところ〈アルファマラーク〉の常軌を逸した戦闘機動は、現代文明で建造可能な人型駆体で耐えられるような負荷ではない。
いくら重力制御と慣性制御によって、見かけ上の質量を自在に操れるとしても――攻撃対象と接触し、運動エネルギー弾じみた原理で破壊する以上、衝撃をゼロにできるわけではないのだ。
にもかかわらず黒い天使があのような動きをできるのは、組み込んだ先史文明種の遺産――飛行ユニットそのものが、機体全体にかかる負担を軽減しているからなのだ、と。
要するに〈アルファマラーク〉は常時、複雑怪奇な機動制御を行い、何らかの力場を操作して機体を保護しながら戦っている。
それはエルフリーデが行っている推力制御以上に、搭乗者の負担が大きい仕様のはずだ。
電脳棺による能力拡張を最大限に使いこなせる人間でなければ、このような機体で格闘戦をこなすのは難しい。
――だがね、イルーシャくん。そういった仕様だとすれば、自分自身と異なる弾道を描く飛翔体……電磁投射砲や誘導弾を搭載できないのも納得できる。
――ただでさえ複雑な力場の制御をしているのに、砲弾やミサイルのような異物にまで対象を広げるのは不可能に近いだろうね。
――〈アルファマラーク〉は絶対兵器だ。間違いなく地上最強のバレットナイトだろう。しかし運用上の制約を抱えているという点で、我々は同じフィールドで戦っているんだよ。
そして今、果敢に飛び込んだエルフリーデはルクカカウと至近距離での白兵戦にもつれ込んでいる。
件の力場による機体防護というのは、あくまでクロガネやゲルトの推測にすぎない。もしもっと単純な解決方法――機体強度が彼らの想定を凌駕している――だった場合、エルフリーデの取った戦術は不合理な自殺行為だ。
だが、エルフリーデ・イルーシャは信じると決めた。
空飛ぶ人型兵器なんて空想の産物を、大真面目に作るバカみたいな男たちだが――その能力を疑うことはしなかった。
ゆえに自分はそこに勝機があると信じて、命を賭けてやろう。
〈アシュラベール〉の振るう太刀が、十字架型の長剣で受け止められた刹那――それまで機体を縛っていた重力の枷が、ふわりと軽くなった気がした。
それはほんの一瞬で消えてしまうような感覚で、事前に原理を推理していなければ、錯覚だと思ったであろう差異だった。
確信する。
――ルクカカウ、あなたは機体全体を覆うように慣性制御の力場を展開してる。でもそれは、あなた自身が精密に制御しなければいけない。
ならば追いつける。
少女騎士の嗅ぎ取った勝利の可能性を悟ってか、忌々しげにルクカカウが声を発した。
『幸福なゆりかごでまどろむだけの子供が、うぬぼれた愛をさえずっている。人はそれを戯れ言と呼ぶのです、英雄殿!』
漆黒の天使が距離を取ろうとする。地面すれすれを時速一〇〇〇キロメートルでかっ飛ばす中での鍔迫り合いは、水平飛行しているからギリギリで成り立っている。
もし推進する方向を違えれば、一秒と経たずに大地に激突するだろう。
矢が飛ぶように流れていく景色の中、エルフリーデはあえて鍔迫り合いを続行した。電気熱ジェット推進機構の出力を全開にして、ジェット噴流で〈アルファマラーク〉を押さえつけるように太刀を押し込む。
黒い天使は、深紅の悪鬼と大地の間に挟まれている。
これまで使っていたような急速離脱は使わせない。自分自身が地面に衝突する可能性も厭わず、エルフリーデは剣を押し当てていた。
正気の沙汰ではない。
二人まとめて大地にぶつかり、砕け散る末路さえ十分にあり得た。
おぞましいほどの勝利への意思――ルクカカウが荒々しく機体を叩きつけてくる。
「ぐぅっ!」
〈アシュラベール〉が弾かれた。彼我の距離が一〇メートルほど離れる。
次の瞬間、青白い光を残して〈アルファマラーク〉が視界から消え去った――舌打ちしたい気持ちを抑えて、エルフリーデはなおも言葉を紡いだ。
「わたしはこんな残酷なままの現在が嫌だから、未来を変えたい――この世界を愛するために。ルクカカウ、あなただって同じでしょう?」
『そんな仮定にどんな意味があるというのです。すべてのバナヴィア独立派に、怒りを捨てて恭順しろとでも?』
「まさか。そこまで傲慢にはなれませんから。でも利用価値なら示せます」
『利用価値? エルフリーデ、あなたは勘違いしています。わたくしが敬意を表するのは、クロガネ・シヴ・シノムラの決断です。あなたの口先だけの理想論など、論じるに値しません』
〈アシュラベール〉が取る対地高度は六メートルが限度だった。これ以上、余裕を持って飛行しようとすれば、より低空を飛んでくる〈アルファマラーク〉に下方から攻撃される恐れがある。
逆を言えば、こうして地面を背にして飛行する限り、〈アシュラベール〉は絶対的な盾を手にすることができた。
巨大過ぎる障害物となった大地が、下方からの攻撃を防ぐ。そして先ほどのように回避されて地面に激突する恐れがあるために、上方からの攻撃も制限される。
事実上、エルフリーデが警戒するのは前後左右の四方向だけでいい。
全方位からの斬撃/刺突を警戒しなければならなかった先ほどまでより、はるかに戦いやすい環境だった。
雪原が衝撃波で踏みにじられる。
巻き上げられた雪の欠片は、まるで大海を泳ぐ竜が巻き上げた水飛沫のよう。
――来る。
エルフリーデは本当にギリギリになるまで、緊急旋回機構の使用を躊躇った。理由は単純である。
余裕を持って〈アルファマラーク〉の突撃を回避しようとすれば、それは相手側にも時間を与えることになる。これまでの動きから見て、あの黒い天使は連続しての慣性制御を行えないはずだ。
しかしそれは同時に、ルクカカウの優位性を示してもいる。彼女はエルフリーデに襲いかかる寸前で、推進方向を九〇度ないし一八〇度ターンさせることも可能なのだ。
〈アシュラベール〉と〈アルファマラーク〉は、それぞれの方法で急激に推進方向を変更できるが――使用タイミングにおいて有利なのは、圧倒的に黒い天使の側なのだ。
絶対に攻撃されるとわかっているのに、本当に手遅れになる寸前まで何もできない恐怖感。
〈アシュラベール〉の中でじっとそれに耐える。
三秒前、二秒前、一秒前――
――今だ!
光波シールドジェネレータが粒子防御帯を展開――物理防護領域として展開された高エネルギー粒子のバリア、その表面で火球が弾け飛ぶ。
爆発。
白く空間を焼き焦がす閃光と爆風――それを浴びて、深紅の悪鬼が斜め横方向に吹き飛ばされる。電気熱ジェット推進機構を制御、ジェット噴流の角度を調整、押し寄せてくる大気の壁にぶつかりながら機体を跳ね上げる。
コントロールを誤れば地面に激突して死ぬだけだ。
機体前方に地形の隆起を確認する。機首を上げて辛うじて躱す。〈アシュラベール〉の真下、三メートルほどに地面が見えていた。
あと〇・〇五秒、判断が遅ければ即死していた。
そう理解した刹那、黒い天使が突っ込んできた。
次の瞬間、小山のように盛り上がっていた隆起が、跡形もなく消し飛んだ。巻き上げられた数十トンの土砂が散弾のようにまき散らされる。
「――嘘でしょ、地形ごと!?」
限界だった。
〈アシュラベール〉がたまらず高度を上げた瞬間、やはり地面すれすれを飛んでいた機影――〈アルファマラーク〉が突っ込んできた。真下から上空に向けての全力突撃だった。
迫り来る土砂の津波を突っ切って、弾丸のように迫り来る。
青白い光が目に焼き付く。
刺突が飛んでくる。それは音速の十倍以上の速度で飛来する、砲弾にも似た鋭い切っ先だった。
回避は間に合わない。
では死ぬしかないのか。
――わたしには見えている。
剣閃。
エーテルパルスと共に、超硬度重斬刀が一筋の光となって空間を薙いだ。
深紅の悪鬼が、その右腕で振るった一太刀――互いの速度の差を考えれば、本来、勝負になるはずもない。二機のバレットナイトが接触する刹那に、相手の剣を真横から叩いて逸らすという絶技。
交差は一瞬だった。
まき散らされた衝撃波を至近距離から浴びる。〈アシュラベール〉が大気の乱流に飲み込まれる。
きりもみして落下していく機体――だが減速はできない。
電気熱ジェット推進機構を積んだスラスターバインダー、〈アシュラベール〉の腰から伸びたスカート状の構造体が火を噴く。
エーテル粒子を燃料として、一時的に莫大な推力を得るという試作エンジンの機能――
白く燃えるプラズマを吹き出して、〈アシュラベール〉が加速する。
機体前方に展開した粒子防御帯――大気整流モードのエネルギーバリアで空気を掻き分け、音速を越えて悪鬼が飛ぶ。
電脳棺のステータスウィンドウで時刻を確認する。
そろそろだった。
「――なら聞いてよ、クロガネの言葉を。あの人がどんな覚悟で戦っているのか、あなたにも知る義務があるんだから」
エルフリーデ・イルーシャには今、外部からの電波が入らない。
ルクカカウの操る〈アルファマラーク〉がその電子戦能力によって無線通信を遮断しているからだ。
だからこそ信じられた。
相手は確実に、クロガネが長距離通信で発している放送を聞いているだろう、と。
◆
その日、バナヴィア全土が一つの放送を耳にした。
それはかねてからヴガレムル伯領が整備していた通信インフラ――高高度滞空プラットフォームによる無線通信の中継・増幅――があってこそ、初めて実現できるものだった。
バナヴィアは今、制度的に三つの領域に分断されている。
バナヴィア人の自治区、ベガニシュ貴族の貴族領、そして総督府の直轄領である。当然のようにこれらの地域は、情報的にも格差が存在していた。
領土を支配するものの意向によって、人民の耳目に入る情報もまた制限される。
それがこの一五年間の当たり前だったのだ。
『――こんにちは、バナヴィアの友よ。私はクロガネ・シヴ・シノムラ。バナヴィア都市連合を提唱したものです。この記念すべき日に、皆さんへ一つの思いを伝えさせてください』
ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラ――その名を知らぬものは、今やバナヴィア人にはいないと言っていい。
彼は
だが、それらはすべて、今日までのことだ――バナヴィア人の大半にとって、クロガネは新聞記事で目にする支配者の一人にすぎなかった。あるいは人づてに噂話でその存在を意識することもあっただろう。
『かつて、戦争がありました。それゆえに長い間、我々は分かたれてきました。過去の争いは、土地を、家族を、そして心までも引き裂いたのです。しかし、私たちは敵ではありません。同じ大地に立ち、同じ言葉を交わし、同じ希望を抱くものです。バナヴィアという名を胸に刻む、ひとつの民として』
その日、ラジオ放送から聞こえてきた声は違った。
そこにあったのは――若々しく、理性的で、明瞭なバナヴィア語を話す人間だった。
彼が語るのは、未来に対する展望であった。
『科学技術は、かつて破壊に使われました。その過ちを、二度と繰り返してはならない。ゆえに私たちは、その傷跡を癒やすために、新たな技術を生み出しました。それは世界で最初に、バナヴィア人が手にする知恵と誇りです』
電脳棺による再生医療――ともすれば胡散臭いオカルトと疑われているそれが、真実であると告げたあと、男はゆっくりと語り始めた。
戦争で傷ついた人々こそが、次なる時代では人生を取り戻せるのだ、と。
『近い将来、多くの傷ついた人々が――再び歩き、再び働き、再び笑えるようになるでしょう。人を癒やし、人を支えるために
ここまでは、これまで新聞で報じられてきた内容の繰り返しだった。
誰もが耳にできるラジオ放送で、直接、わかりやすい言葉で伝えるというメリットはあるにせよ――実のところ新鮮味のあることは話していない。
だが、次にクロガネが発したのは、誰もが一度は耳を疑うような宣言だった。
『――五年です。どうか五年、私に時間をください。五年を目処に、バナヴィア全土で、人々が自らの代表を選ぶ選挙を実施します』
それは帝国の支配下にあって、長らく忘れ去られてきた概念だった。バナヴィア自治区の一部で存続しているものの、貴族制であるベガニシュ帝国の占領下にあっては、人民に選挙で選ばれる政治家は無用の長物だった。
よしんば選挙を行うとしても、それは有識者が限られた候補から選ぶ寡頭制の形態でしかない。
バナヴィア革命後、世界に広まった民主主義とは根底から異なる世界観――それこそがベガニシュ帝国の支配体制なのである。
クロガネの言葉は明らかに、そういう権力者の間のゲームを指していなかった。
『誰もが自分の声で未来を決められる日を、取り戻すのです。その第一歩として、来年にはいくつかの街で、地方議会の選挙が始まります。栄誉ある繁栄とはなんであるかを、世界に示すときです』
この放送が流れる前、誰もがこう思っていた。
クロガネ・シヴ・シノムラが何者であれ、つまるところ――彼が優秀な独裁者であるか、それとも無能な独裁者であるかを見定める機会がやってくるだけだろう、と。
かつてバナヴィア革命で王の首を刎ねたあと、救国卿ルシア・ドーンヘイルがバナヴィア共和国の軍事独裁者として君臨したように。
王ならざる名を騙り、王冠を被る権力者が生まれるだけだと、誰もが諦観していたのだ。
その疑念をかき消すように、男は言葉を重ねていく。
情熱的に、心からの誠意が込められていると――耳を傾けるものが信じたくなるような響き。
それは精密に意図され、心地よいテンポになるよう設計された演説だった。
『今、私たちの周りには、恐怖を広めようとする者がいます。爆弾や銃弾で、この道を諦めさせようとする者がいる。けれども、彼らの怒りも憎しみも、私たちを壊すことはできません。何故なら私たちには、未来を選び取る意思があるからです。
話題が切り替わる。
それは明らかに今、ヴガレムル伯領に対して行われている軍事侵攻――総督府による侵略行為の糾弾だった。
一つの事実を述べるなら、クロガネは一度としてベガニシュという単語も、帝国という単語も用いていなかった。
完全にバナヴィア人の方を向いた演説は、その実、ベガニシュ帝国皇帝を頂点とした権力構造には一切触れていない――そういう言葉選びでありながら、耳にしたものが受け取るメッセージは異なっていた。
バナヴィア人は決して屈さない。
『バナヴィアの皆さん、どうか覚えていてください。私たちは生きています。誇りを取り戻すために、未来を諦めないために。恐怖ではなく、
男は語る。
まだこの世界に、嘘偽りない希望があると信じさせるために――
実のところ、帝国の中枢との綿密な打ち合わせの果てに、ギリギリの綱渡りをして実現した演説。
それを奇跡のように見せかけていく。
『その日が来るまで、どうか共に歩んでください。私、クロガネ・シヴ・シノムラは皆さんと同じバナヴィアの友として、そして未来を共に築くものとして――この約束を果たすことを、今ここで誓います』
そして悠久の時を生きてきた不死者は、バナヴィア人に魔法をかけた。
誰もが意識せずにはいられない、約束という魔法を。
『皆さん、バナヴィアの明日を信じてください――
クロガネ「領地防衛の指揮しながら帝国中枢と政治的交渉を重ねて空き時間でエルフリーデとコミュニケーションも取る」
エルフリーデ「よく考えると一番おかしいのこの人では…?」
151話「家畜にあらず」でクロガネと老司祭が「5年が限度だね」っておしゃべりしてたのはこういうことです。