機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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いつか見た夢のように

 

 

 

 怒りだけが、女の手足を動かしてきた。

 その道行きに立ち塞がるものすべてを斬り捨て、屍の山を築き上げてきた。

 かつてルクカカウと呼ばれ、今生では救国卿ルシア・ドーンヘイルを名乗り、数多の神話を使って世界を作ってきた女――罪深く、残忍で、冷酷な不死者は夢を見る。

 

 こんなにも怒りに駆られた自分では、見られない夢を――不死者ルクカカウは求めた。

 彼女は多種多様な価値観を世に放ってきた。

 誰もが生存のため戦う権利を持つこと、その意思には自由があること、人間としての生命と尊厳が保障されること。

 

 すべては人が家畜のように奪われ、踏みにじられる暗黒時代を終わらせるためだった。

 女は知っていた。

 如何なる形で人の平等と公平を謳おうと――邪悪さと冷酷さを正しさと履き違えて、人は何度でも愚行を繰り返すと。

 

 悲嘆も絶望も必要ない。人間がそれほどまでに悪を再生産するならば、彼女は何度でも彼らの原理で教訓を教え込むまでだ。

 ゆえにルクカカウは救済を求めない。

 

 だから女は、意味もなく夢を見る。

 いつの日か――流血と憎悪に満ちた世界でなお、そうではない明日を信じられる誰かが、この世に生まれ落ちること。

 

 遠い昔、うたかたの夢のように、ルクカカウは一つの祈りをその胸に抱いた。

 自分自身でも忘れ去ってしまったような夢を、不意に思いだした。

 

 

「……なんという無茶を。帝国を相手に、詐術を弄するつもりですか?」

 

 

 救国卿ルシア・ドーンヘイル――幾度となくベガニシュ帝国と戦ってきた英雄は、うめくように呟いた。

 師である不死者クロガネの演説は、彼女の予想を超えた内容だった。

 救国卿がありとあらゆる場所に潜ませたネットワークを持ってしても、事前に掴むことができなかった内容――クロガネの性格を考えれば、口から出任せではあるまい。

 

 しかし危うい。

 たとえ彼と協力関係にある何者か――帝国宰相か、あるいは若き皇帝その人――の承諾があったとしても、あの演説はあまりに危険な内容すぎる。

 ベガニシュ帝国が皇帝と貴族の二重支配によって成り立っていることを考えれば、人民主権を謳っているとしか思えない呼びかけは不遜(ふそん)の極みだった。

 

 驕り高ぶる王侯貴族とはそういうものだ。

 他者を差別し、支配し、搾取していい理由作りのために、愚にも付かない再生産のシステムを維持し続ける亡者の群れ――クロガネの演説は、その逆鱗に触れるかもしれなかった。

 ゆえに救国卿はクロガネを見くびっていた。

 バナヴィアの独立に向けて働くと言っても、その実態は独裁者としての差配になるだろう、と。

 

 

『彼らがバナヴィアは特別科学自治圏って言い出した。そこでは、あらゆる実験的制度が可能になる――ええ、クロガネの受け売りですけどね』

 

 

 電波に乗って少女の声が飛んでくる。

 青臭い、若すぎる子供の声――幸運にもすべてを奪われることなく、誰かの手で救われることができた逸脱者(イレギュラー)

 深紅の悪鬼が、火焔を吐き出して飛翔する。

 

 雪が降り始めていた。鈍色の空の下、吹き付けてくる強風によって、徐々に視界が雪色に染まっていく。

 灰色と純白が織りなすモノトーンの世界の中で、その深紅の悪鬼は、何者よりも鮮やかだった。

 おそらくは耐熱塗料の都合と、敵に対する示威効果ぐらいしか意味がないはずの派手派手しい機体色――身長四五〇センチメートルの悪鬼は、その名を〈アシュラベール〉という。

 

 醜悪な巨人だ。

 開発者のエゴとロマンで編まれて、反動推進によって不安定に空を突っ切る存在。

 救国卿ルシア・ドーンヘイルが心血を注ぎ、その理想を形にした〈アルファマラーク〉とは比べるべくもない。

 そのはずだった。

 

 

「帝国にとって、これはただの時間稼ぎです。粛清と再軍備が終われば、彼らは再びバナヴィアに手を伸ばしてくるでしょう」

 

 

『だから、わたしたちは協力する必要がある。ルクカカウ、今のバナヴィアには必要なんだよ――()()()()()()()()()()()

 

 

「何を――」

 

 

 くだらない戯れ言のはずだった。

 救国卿ルシア・ドーンヘイルの存在を欲しているのは、どこまで行ってもエルフリーデたちの都合でしかない。

 

 クロガネの約束はつまるところ、政治的な毒でしかない。中途半端な妥協で民衆を迷わせるよりも、熱狂によって煽動し、再び戦争を始める方が最終的な犠牲は少なくて済む。

 冷酷な独裁者としてのルシア・ドーンヘイルは、確かにそう思った。

 

 そのはずなのに。

 不思議だった――胸に灯った密やかな熱もまた、嘘ではない。

 

 

『正直ね、今でもあの人を傷つけた選択は許せない。でもさ――それだけじゃないんだよ、ルクカカウ』

 

 

 愚かな少女のさえずりだった。

 機体性能で劣るものが、自己の存在位置の隠匿さえせずに、電波で話しかけてくるなど――正気の沙汰ではない。

 〈アルファマラーク〉が展開している自己欺瞞システムは完璧だ。目視による手動照準以外、その存在を探知する術はない。

 

 あるいは戦闘速度さえ切り捨てていいならば、熱光学迷彩によって透明化し接近することさえできる。

 ジェット噴流によって、騒音と熱量をまき散らして空を飛ぶしかない〈アシュラベール〉――エルフリーデ・イルーシャとは雲泥の差である。

 彼我の戦力差を思えば、いつでも殺せるはずだった。

 

 しかし、そうなってはいない。

 救国卿ほどの不死者の生を持ってしても、得体が知れないと思わせる天運――そう呼ぶしかない何かによって、エルフリーデはすべての攻撃を切り抜けてきた。

 

 

 

――わたくしは一体、何を見ているのでしょう?

 

 

 

 まるでサイコロで決まった数字を出し続けるような天文学的確率の連続――エルフリーデが行っている神業は、確率論的には奇跡と大差ない何かだ。

 黒い天使は飛翔する。

 透明化技術による奇襲は最初から斬り捨てる。そんな小手先のテクニックが通用するほど、眼前の悪鬼は生やさしい存在ではない。

 

 電磁波的に不可視で、音響的に無音であることなど――エルフリーデ・イルーシャの前では、児戯に等しい隠形(おんぎょう)だろう。

 あれは摂理の外にあって、ただ戦うことに最適化された知性と外界認識を持った怪物だ。

 もう一度、〈アルファマラーク〉が急降下する。

 

 飛行速度は音速の十倍、高出力の電磁投射砲の砲弾に匹敵する超高速での突撃――事実上、兆候となるものは重力制御機関の青白い光だけである。

 救国卿はもう理解していた。

 

 多少の危険を度外視しなければ、〈アシュラベール〉を殺しきることはできない。

 ベガニシュ人とバナヴィア人の戦闘は続いている最中に、エルフリーデが散るという形でなければ――救国卿の目論見は叶わない。

 

 〈アルファマラーク〉は一個の矢となって、大地に向け突き進んだ。

 飛行ユニット〈天使の翼〉を折り畳み、テロス合金製のそれ――猛禽の翼によって機体を包み込む。

 衝突。

 

 巨大なクレーターが地面に穿(うが)たれる。

 黒い天使は、その機体を覆っている物理保護領域を制御。

 慣性制御技術の応用――接触面にかかる負荷を分散し、強大な疑似質量による運動エネルギー弾として振る舞う――次の瞬間、雪と土砂が巻き上げられた。

 

 数百トン、あるいは数千トンの質量が、間欠泉から湧き出す蒸気のように吹き荒れた。

 凄まじい轟音と衝撃波。

 重力制御によって機体の見かけ上の質量を最大化し、とてつもない高質量と同等の破壊力を叩き出す。

 

 要するにこういうことだ――〈アルファマラーク〉は羽のように軽く、同時に高密度の金属塊のように振る舞う――矛盾した性質を両立させ、それ自体を兵装として行使する。

 重力制御という想像を絶する超高度科学技術(ハイ・テクノロジー)の兵器転用は、単純明快であればあるほどよい。

 

 荒れ狂う土石流が、地面すれすれを飛んでいた〈アシュラベール〉を襲う。

 次の瞬間、黒の御使いはその双翼を広げた。

 

 

 

――剣閃、剣閃、剣閃。

 

 

 

 極超音速で振るわれるのは、斬撃の嵐だ。

 〈アルファマラーク〉の腰から伸びた一対二枚の〈天使の翼〉は、猛禽の翼であり聖騎士の剣でもある。

 ありとあらゆる物質を切り裂くもの――エーテルパルス発振状態の超硬度重斬刀(テロス・ブレード)――二枚の主翼と手に保持した長剣、全部で三本の刃すべてが必殺だった。

 

 慣性制御機動を織り交ぜ、すれ違い様の斬撃の直後、一八〇度反転。

 ほぼ同時に二方向から着弾する斬撃。

 必殺の魔剣である。

 

 だが、悪鬼はそれを見切った。

 閃光が弾ける。

 二刀流の太刀がその軌道を変えて、悪鬼と天使が交差する刹那に反撃を見舞ったのだ。

 無傷ではない。肩部装甲に支持された光波シールドジェネレータが脱落する。防ぎきれなかった斬撃を浴びて、〈アシュラベール〉の左腕が千切れ飛んだ。

 

 その瞬間、〈アルファマラーク〉は確かに直視した。

 吹き荒れる雪の結晶と、巻き上げられた土砂の中で――火焔を吐き出す〈アシュラベール〉は、この世の何者よりも力強かった。

 

 

 

――馬鹿な。わたくしは、何を感じているのです?

 

 

 

 救国卿は得体の知れない感情に襲われた。

 互いの光学センサーシステムが、深紅の悪鬼/漆黒の天使を捉えていた。それは時間にして〇・一秒以下の邂逅(かいこう)だった。

 

 超音速での格闘戦という、前代未聞にして人外の域に達した絶技の応酬――それは生身の人間の反射神経では、純然たる生物学的限界から達成不可能な戦闘技術だった。

 光速化された情報伝達、エーテル粒子によって制御システムと同一化した思考。

 

 機甲駆体(バレットナイト)でなければありえない融合操縦システムの極地――二人の逸脱者がいるのは、そういう超人の領域である。

 たった一瞬だった。

 エルフリーデが、言葉を投げかけてくる。

 

 

『あなたの目論見に乗っかるよ、ルクカカウ。わたしとクロガネは、新しい価値観をこの世界に根付かせてみせる。それはきっと、ベガニシュ帝国やガルテグ連邦の覇権主義に取って代わるものになる』

 

 

 今度こそ救国卿ルシア・ドーンヘイルは、罵倒じみた反応を引き出された。互いの機体が遠ざかっていく中、不死者の口からこぼれ落ちたのは、打算なき言葉であった。

 

 

「正気で言っているのですか? そんなものは、馬鹿げた、叶うはずもない絵空事です。世に一体どれほどの先人が、叶わなかった夢の残骸をさらしていったのか――それを知らないクロガネではないはず!」

 

 

 子供の語るおとぎ話だった。

 この世界は残酷で、冷酷な原理を何度でも人間に強いてくる。ゆえにいつだって、弱者が直面する醜悪な現実の像は変わらないのだ。

 救国卿――いいや、不死者ルクカカウに根ざす怒りの根源。

 その憤怒に満ちた反論に対して、エルフリーデはただ静かにこう告げた。

 

 

 

「バナヴィアって近代国家を、夢物語だと笑われても――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 わたしを形作っているのは、あなたが作りあげてきた物語だよ、と。

 エルフリーデ・イルーシャは何のためらいもなく、祈るようにそう続けた。

 少女はバナヴィア人だ。

 

 ルクカカウがその言語を、神話を、宗教を、文化を、思想を作りあげ――途方もない時間をかけて築いた、血まみれの楽園で生まれ育った子供なのだ。

 そんな当たり前の事実が、どうしてだろうか――

 

 

 

――胸に響いてしまう。

 

 

 

 意味のない感傷だった。エルフリーデ・イルーシャを形作るものが、ルクカカウの影響下にあるなど、今さらすぎる事実なのである。

 現に過去のルクカカウ自身、挑発と共にそういう意味の言葉を発している。

 

 理性はそうして否定を、反論を想起させるのに。

 それでもなお色あせてくれなかった。

 黒の御使いを駆る不死者は――胸をかきむしりたいような激情のままに叫んだ。

 

 

 

「その愚直さで――何者が救われるというのです、エルフリーデ!」

 

 

 

 〈アルファマラーク〉が飛翔する。

 先ほどの突撃と衝突で減速した分の運動エネルギーが、重力制御機関が生み出す加速によって補填(ほてん)されていく。

 

 黒い天使の胴体に内蔵された光波シールドジェネレータ〈アルミュール・ブリランテ〉が起動――空気抵抗を抑制する不可視の外殻(カウル)が形成される。

 それによって生じるのは、凄まじい加速であった。

 

 如何なる機構で〈アシュラベール〉が加速していようと、それは所詮、健気な反動推進の限界に束縛されている。空気抵抗の軽減にエネルギーを注ぎ込み、得られる最高速度は超音速が到達点なのだ。

 数秒間の加速運動でその十倍以上の速度を得られる〈アルファマラーク〉から逃れる術はない。

 

 

 

――奇跡など二度は起きないのです、エルフリーデ。あなたが生還する未来はない。

 

 

 

 ルクカカウは救いを求めない。

 世界に怒り続けた女の激情は、今もなお炎のように燃え盛っている。

 まるで呪いにも似て、鮮烈に、消えぬ痛みと共に――漆黒の御使いは青白い光と共に飛来する。空気を切り裂くその飛翔音は、死者を弔い、涙を流す泣き女にも似て――その感情を形にしたかのようだ。

 

 燃えるように輝く単眼が、深紅の悪鬼を捉えた。

 先ほどの斬撃のダメージによって、〈アシュラベール〉はその飛行速度を大きく落としていた。空気抵抗を低減する粒子外殻が生成できず、急激な減速に見舞われているのだ。

 偽りの翼は砕け散り、天空に拒絶され、失墜するばかり――それが英雄を名乗った少女の愚かな結末だった。

 

 〈アルファマラーク〉は両手で長剣を握りしめた。バナヴィア教会の聖典に記された宗教的象徴、刑具から転じた聖なる形――天使をかたどった機体に最も相応しい兵装。

 一秒間に三〇〇〇メートル以上の距離を移動する絶大な速度。

 極超音速域の飛翔体と化した〈アルファマラーク〉は、今度こそ一撃で〈アシュラベール〉を(ほふ)らんと進撃した。

 

 吹雪が視界を覆う。

 だが、高度な電子戦システムを備え、あらゆる電磁波を探知するがゆえに、ルクカカウが敵を見失うことはない。

 

 おのれの天敵――悠久の時を生きてきた不死者である自分を、心揺れさせるほどの情熱を持った徒人(ただびと)

 滅さねばならなかった。

 ああ、夢など見なくていい。

 

 

 

「――この身はただ、消えぬ怒りに捧げられているのです」

 

 

 

 深紅の悪鬼が迫ってくる。

 刹那の出来事だった。全身の人工筋肉をバネのように使って、空中で身をひねる悪鬼――鎧が砕け、片腕を失った機影は満身創痍(まんしんそうい)に見えた。

 完全に死角を取った〈アルファマラーク〉に反応したのは驚嘆に値する。

 

 だが、それだけだ。二刀流の片割れを失い、光波シールドジェネレータも満足に機能しなくなった今、エルフリーデがこちらの猛攻を凌ぎきることは不可能。

 そう判断していたはずなのに――ルクカカウは総毛立った。

 怖気がする。

 

 〈アシュラベール〉がこちらを視認した。その胸部装甲が展開されている。それまで装甲外殻に付属するスタビライザーの類にしか見えなかったものが、砲身のごとく持ち上がっていた。

 直感する。

 不味い。あれは危険だ。

 

 慣性制御機動によって回避運動を取る――否、間に合わない。音速の十倍の速度、時速一万二〇〇〇キロメートル超のとてつもない加速ゆえに――〈アシュラベール〉と距離を詰めすぎていた。

 今まさに目と鼻の先に到達しようとしている距離で、翡翠色に燃えるエーテルの光がほとばしった。

 

 

 

 

 

魔剣執行――〈ソード・ムラクモ〉解放

 

 

 

 

 

 極光の濁流が、〈アルファマラーク〉を飲み込もうとしていた。

 打ち下ろされる光の渦は、まるで神の裁き。

 その燃えるような輝きは、エルフリーデ・イルーシャの意識活動を火に変えて放出されるエーテル粒子の剣だ。

 

 慈悲深く、傲慢で、誇り高い少女の魂そのもの。

 その原理は察しが付く。ベガニシュ帝国が熱線砲と呼び、その実用化に腐心している粒子ビーム兵器の一種である。

 そう長い時間、放出していられるような兵装ではない。

 慣性制御機動によって九〇度ターン、横方向に直角に折れ曲がって回避すればいい。

 

 

 

「――こけおどしを!」

 

 

 

 刹那、爆発が起きた。

 〈アシュラベール〉だった。これまで何度も使用していた爆発の反動を利用した急旋回システムの応用――〈アルファマラーク〉が回避運動に転じる寸前、その移動方向を読んで賭けに出たのだ。

 

 

『でもさ、ルクカカウ――()()()()()()()()()()

 

 

 互いの機体が接触し、激突することを辞さない体当たり。

 深紅の悪鬼が、その右手の太刀を振るう。あらゆる生存本能をねじ伏せて、研ぎ澄まされた勝利への執念が生み出す一撃。

 すれ違い様の一閃。

 

 

 

 

――黒い天使の両腕が断ち切られる。

 

 

 

 

 高々と宙を舞い、放物線を描いて墜落する天使の腕。

 そして〈アルファマラーク〉と、その軌道上に割り込むように斬撃を放った〈アシュラベール〉が接触する。

 

 深紅の悪鬼の右脚――超振動ブレードユニットが生えた臑部装甲が、回し蹴りの帯びた回転運動を斬撃に変換――まるで刃で編まれたような脚部が、〈アルファマラーク〉の下半身と衝突。

 切断と破砕と自壊、三つの破壊的現象がほぼ同時に起きた。

 

 〈アシュラベール〉の右脚は跡形もなく砕け散った。膝関節から下の駆動フレームがねじ切れ、装甲は粉砕され、人工筋肉は破断した。

 そして片足と引き換えに――深紅の悪鬼は、黒い天使の腰部装甲を深々と切り裂いていた。

 爆発。

 

 〈アルファマラーク〉は墜落する。

 長大な〈天使の翼〉で胴体を包み、地面との激突の瞬間、自らの機体を保護することに成功した。

 

 雪原にクレーターが穿(うが)たれる。

 凄まじい衝撃波によって巻き上げられた雪が、吹雪の中にあってなお白い煙幕のように景色を塗り潰す。

 

 

 

「…………見事です、エルフリーデ。人の執念が、よもや……わたくしを超えていくとは」

 

 

 

 〈アシュラベール〉は墜落を免れていた。

 片腕と片足を失った状態でなお、機体バランスを立て直してホバリングして見せるその技量――筆舌しがたい才覚がそこにあった。

 

 認めよう、エルフリーデ・イルーシャは万年に一人の天才だ。

 それもはるかに格上のバレットナイトに融合したルクカカウを相手に、勝利してみせるほどの存在。

 自身の死が目の前にあった。

 

 電脳棺に融合した状態での死は、まだルクカカウも経験したことがない。果たしてこれまでのように、蘇生できるのかも定かではない。

 あるいは今度こそ、自分は死ぬのかもしれない。

 

 バナヴィア東部ヴガレムル州の雪原、今もなお砲火交わされる戦場のすぐ傍で――地面に横たわる天使の残骸を、深紅の悪鬼が見下ろしていた。

 両者の距離はすでに数メートルにまで縮まっている。

 その右手に握りしめた太刀を、エルフリーデが振り下ろした瞬間に決着は付く。

 だというのに。

 

 

 

「どうして……そんなにも泣きそうな顔をするのです、エルフリーデ」

 

 

 

 少女は何も応えない。

 ただ無言で抜き身の太刀を手放した。背部ハードポイントの鞘に超硬度重斬刀を納刀し、わざわざ自分から無防備になって見せる。

 

 触れるものすべてを切り裂くような、刃と一体となった機体なのに――そのとき、確かに〈アシュラベール〉は如何なる武器も使おうとしていなかった。

 そう信じられた。

 数秒間の沈黙の末、エルフリーデ・イルーシャはぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

『ルクカカウ、信じてよ――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 曇天の空が、不意に雲の切れ間を覗かせた。

 分厚い雲と雲の間、吹雪に覆われた空間を切り裂くように、天から光が降りてくる。

 差し込む陽光を浴びながら――深紅の悪鬼が手を伸ばす。容赦なく殺し合って、ボロボロに傷ついて、なお残ったその右手は光り輝いて。

 そこにはただ、赫奕(かくえき)たる祈りがあった。

 

 

 

――それはきっと、神意にも似た救いだった。

 

 

 

 心臓が動き出す。怒りでも悲しみでもない、熱い鼓動によって脈打ち始める魂の中核。電脳棺によって情報体に変換され、機体中枢と溶け合った身体は涙を流さない。

 そのはずなのに、そうではないと思えた。

 亜麻色の髪の乙女は、おのれの頬を流れ落ちる涙の雫を信じた。

 

 

 

 

「……なん、で? ああ、どうして……どうして今さら……!」

 

 

 

 

 怒りは消えない。この世界への慟哭が止むことなどない。朽ち果てぬ身体がある限り、戦い続ける明日は必ずやってくる。

 ああ、だとしても――遠い昔、亜麻色の髪の乙女は夢を見た。

 

 数千年もの間、続いた流浪の旅の果て。

 幾度となく名を変えて、幾度となく死にぞこなって――ルクカカウはうたかたの夢を叶えていた。

 待ち人は、ここにいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――この血まみれの掌を、それでも手に取る英雄(だれか)として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








〈アルファマラーク〉戦はこれで決着です。
永遠をさすらった女にとっての救済かもしれない何か。

最後の攻防は
・振り返り様に必殺ビーム(5章でシャルロッテがやってた戦術)
・これを回避されることを前提にクイックブースト
・相手の回避運動の軌道上に割り込んで斬撃(腕の太刀と脚部ブレードで二連撃)
という手順です。
これは〈ソード・ムラクモ〉を初見殺しとして、衝突を厭わないエルフリーデのクソ度胸あっての作戦勝ちでした。






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